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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
4th Quest - 最強カップルのVR学園生活

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226/262

第221話 輝く夜の月下にて


 俺は《石化》の状態異常を喰らったときのことを思い出していた。

 脳から発される『動け』という指令が弾かれている感覚……声を出すどころか息さえできず、なのに苦しくない、そう感じる心さえもが固まっているような、あの感覚。

 ああいう心地だった。


「告知した通り、今回は助っ人をお呼びした。MAOでは知らぬ者のいない有名プレイヤーだ」


 天初百花が視聴者に向けて言うと、妖精の姿をしたVRカメラがヒュンと飛んで、生徒会室に適当に立たされた俺とチェリーの前まで移動してくる。

 俺は反射的に隠れたくなったが、ガチガチになった身体はそれさえも覚束なく、そうしているうちに、チェリーがにこやかな笑顔を浮かべた。


「チェリーと申します。プロでもないただのプレイヤーなんですが、お役に立てればと思います。よろしくお願いします」


「おお~」


「いや、なんですかその反応」


「礼儀正しく挨拶する人を見るのが久しぶりでね」


「うん。珍しいね」


「あたしちょっと感動しちゃった。ガチ清楚~」


「異常な価値観を基準に感動するのやめてくれます?」


 ひと笑い起きたところで、司会進行役の天初百花の目がこちらに向く。


「ところで、さっきからケージさんが喋らないけど」


「ああ、この人は私のSPかなんかだと思ってください」


 ぽんぽんと腕を軽く叩きながら勝手なことを言いやがるので、俺は小さな声で抗議した。


「……おい。誰がお前のお付きだよ」


「黒服にサングラスで来ればよかったですね?」


「それやったらお前、完全にヤクザのお嬢だからな」


「先輩が若頭まで出世できるならそれもいいですね。ほら、お嬢と若頭って王道のカップリングですし?」


「自分のカップリング考えるのやめろやキショい!」


「――という感じの二人だ! 切り抜き動画で見たことがある人も多いと思うが、この二人はこれが平常運転なのでいちいちいきり立たないように。持たざる者たちよ」


「会長が一番煽ってますけどぉ?」


 思わず普通に喋っていたら、なぜか自己紹介扱いされた。

 チェリーが肘で軽く俺の腕を小突いて、


「(やればできるじゃないですか、先輩)」


「(いや、俺は別に何もやったつもりはねえんだけど?)」


「(先輩は素のときが一番可愛いですからね~♪ 格好つけるとダサいですけど)」


「(別に格好つけた覚えもねえんだよ!)」


 こそこそ喋っているうちに、話が進んでいく。


「二人を呼んだのはフランちゃんだったね。そもそもどういう繋がりなのかな?」


「え~、まあ予告状が来て~、こりゃ誰か助け求めたほうがいいかなって思って、友達に相談したんですよねぇ。ミミちゃんっていうんですけど」


「あー、知ってる知ってる! ツイッターでエロい絵がアホほど流れてくる人!」


「千鳥先輩。コンプライアンス」


「そうそう。あの死ぬほど身体がスケベな子なんですけどぉ」


「フランちゃん!」


 チェリーはゲストの立場をわきまえているようで、質問を振られたときや補足が必要なときにしか話に入らなかった。

 こいつだって本格的に配信に出るのは――それもこんな、同時接続者数が何万人にもなるような配信には――初めてのくせに、大したものだ。素直に尊敬する――

 ――隣の俺をちらちら見てはくすくす笑うこと以外は。

 人が緊張してるのがそんなに面白いか。


「さて、ここでひとつ、みんなに見てほしい動画がある」


 天初百花が切り出して、ホロウインドウを広げた。

 ついに来たか。

 俺たちと虚面伯の対決を隠し撮りした動画だ。


「これから虚面伯と対決するに当たっての貴重な情報だ。気付いたことがあれば何でも言ってほしい」


 それぞれがうなずくと、動画が始まった。


 映るのは、夕焼けに染まった学校の屋上。

 柵の前に立つ俺とチェリーの背中が映っている。……いや、おそらくこのチェリーは変身した虚面伯だ。

 アングルは――階段室の陰から撮ってるのか? 屋上のドアを抜けてすぐ横のところに、誰かが隠れていたのだ。まったく気付かなかった……。


 動画は、記憶の通りに進む。

 俺に腕を掴まれ、本物のチェリーが現れ、虚面伯は笑い出す。

 そして――ここは俺が見落としたシーンだ。

 虚面伯は俺の手をするりと抜けながら、高く空にジャンプしたのだ。


 ……高い。

 4メートルは跳んでいる。

 かなりAGI寄りのステ振りだ――おそらくクラス補正も付いている。

 実数値にして1000はあるだろう。《縮地》なしでこれだ。全力を出せば、垂直跳びで6~7メートルくらい跳べるんじゃないか?


 ジャンプの頂点で、虚面伯の全身が光のエフェクトに包まれる。

 空色のセーラー服を着たチェリーの姿から、漆黒のセーラー服にマントを羽織った赤髪の少女の姿へ――


「……ん……?」


 本来の姿に戻った虚面伯が柵の上に着地するのを見ながら、俺は首を傾げていた。

 隣のチェリーにひそひそと話しかける。


「(なあ。なんか変じゃなかったか?)」


「(はい? 何がですか?)」


「(んー……具体的にはわかんねえけど……たぶん、虚面伯が正体を見せる瞬間だと思う)」


 チェリーは眉根にしわを寄せて、軽く首を傾げた。


「(私は何も感じませんでしたけど……)」


「(気のせいじゃねえと思うんだけどな……)」


 それから程なくして、動画は終わった。

 やはり、虚面伯が姿を消した後の俺とチェリーのやり取りはカットされているようだ。実際に見て安心した。


「他人に変身する魔法か……」


 制服にパーカーを着た氷室白瀬が、腕を組んで難しげに呟く。


「姿だけじゃなく、ネームタグも変わってた。……ということは、この中に虚面伯が紛れ込んでいる可能性もあるのか」


「ちょっ、怖いこと言わんでよムロっぺ!」


 顔を青くして縋りついてこようとする金髪ギャルの千鳥・ヒューミットから、氷室白瀬はこれ見よがしに距離を取る。


「ちょっと疑わしいんで離れてもらえますか。千鳥先輩、真似しやすそうだし」


「誰のキャラがテンプレだって!?」


「よくわかってるじゃないですか」


 ミーギャーやり始めたパーカーとギャルのコンビから、天初百花はこちらに視線を移した。


「チェリーさんたちは? 何か気付いたことは?」


「んー……具体的にはまだよくわからないんですけど……実は、先輩が何か変だって言ってまして」


 一同の視線が、一斉に俺に集まった。

 そ、そんなに注目すんのやめてくれる? こちとら配信者でもねえんだからさあ!

 天初百花が軽く首を傾げ、


「変、というと、どこがだい?」


「虚面伯が変身する辺りです。動画、コマ送りにできますか?」


「わかった」


 動画が虚面伯がジャンプしたところまで巻き戻り、コマ送りになる。

 ちょっとずつ進んでいく動画を、6人が黙って注視する。

 ジャンプの頂点で、虚面伯が光のエフェクトに包まれて――

 あ、そうか。


「あっ」

「ああ……」


 俺が違和感の正体を確信した直後、チェリーと氷室白瀬が納得深げな声を漏らした。

 残りの3人――天初百花、雨矢鳥フラン、千鳥・ヒューミットは首を傾げるばかりだ。


「そういうことか……。となると……」


「なになに? わかんないわかんない。どういうこと? なんか悔しいんだけど!」


「普通こんなのわかりませんよ、千鳥先輩。すみません会長、もっとゆっくりコマ送りにできますか?」


 氷室白瀬がそう言うと、今度は1フレームずつ――60分の1秒ずつ動画が進んでいった。


「ストップ」


 虚面伯の変身が始まり、光のエフェクトが出た瞬間、氷室白瀬は動画を止める。


「わかりますか? よく見てください」


 天初、雨矢鳥、千鳥の3人が、ホロウインドウに顔を近付けた。


「この瞬間、エフェクトを出し、変化しているのは、虚面伯の身体のみです」


 1フレーム進める。


「直後、装備の変化も始まる。つまり――身体と装備の変化が、1フレームだけズレてるんですよ」


「ふむん……それがどうかしたのかな?」


「装備の変化までもが虚面伯の独占魔法によるものだったと考えると、身体と装備の変化は1フレームのズレもなく、同時に始まるはずです。だけど、ほんのわずかにズレていた――」


「あぇ? 身体の変身と装備の変化は、別々の魔法ってこと?」


「そういうことですね」


 隣の千鳥にうなずいてから、氷室白瀬は俺のほうに視線を送ってきた。


「……ケージさん、コマ送りもせずにこの1フレのズレに気付いたんですか?」


「い、いやー、まあ、なんか変だなって思っただけで……」


「いやいやいやヤバいでしょー!! やばー!!」


 千鳥・ヒューミットにヤバい語彙力で褒められて、俺は愛想笑いをする。

 素直に褒められるとどうしていいかわからんのだが。

 っていうか1フレって結構でかいし。格ゲーで技の発生が1フレ遅くなってたらすぐ気付くもんな。そんなに褒められるようなことじゃ……。


「(……ふふー♪)」


 俺がたじたじになっている横で、チェリーがなぜかニヤニヤしていた。なんでお前が得意げなわけ?


「視聴者のみんなにもう一度言うけど、この動画はこの4人には見せてなかった。本当に初見でこの1フレの違いに気付いたんだよ。いや、びっくりしたな……」


「さすがミミちゃんに狙われてるだけありますねぇ。あの子、ゲーム上手い男にしか興味ないんでぇ」


 その褒められ方は釈然としないんだが。その通りではあるけども。


「ではケージさん。装備を別のものに変化させたこの魔法は、なんだと思う?」


「え?」


 やべ。話振られた。余計なこと言わなきゃよかった。

 俺は全力で目を泳がせつつ、


「あー、うーん、そうだなー……アイテムの見た目に作用する魔法って、すげー少ねえと思うけど……」


「《ギメッカ》がありますよ、先輩」


「あ、それだ」


 チェリーに言われて思い出す。

 そうだ、《ギメッカ》があった。


「《ギメッカ》とは?」


「聞いたことない魔法ですねぇ」


「アイテムの見た目を別のアイテムに変えてしまう魔法です」


 俺に代わってチェリーが説明してくれる。

 持つべきものはコミュ強の後輩。


「ただし、元のアイテムと同じ材質のアイテムにしか変えられませんし、見た目を変えたところで機能まで再現できるわけではありません。普通は使い道ないんですけど……」


「発動条件はあるの?」


「身体に触れているものにしか使えません。虚面伯の場合、詠唱をしていませんから、たぶん恐ろしく細かいジェスチャー・ショートカットですね……」


 うーん、と俺は動画が映ったホロウインドウを見ながら、


「ジェスチャーがわかんねえよな。もしかしたらベロ使ってるかも……」


「ベロ?」


「ジェスチャー・ショートカットって、実は舌の動きにも設定できるんですよ」


「え!?」

「ええっ!?」

「ほんと?」


 氷室白瀬までもが驚いて目を瞬く。

 チェリーはうなずいて、


「本当です。もちろん、喋るときとかに誤爆しまくっちゃうんですけど、速度や解析の難しさなどから、理論上最強のジェスチャーと言われていますね。あれだけペラペラ喋っていながらベロジェスチャーを使ってるなんて、にわかには信じがたいですけど……」


 ベロジェスチャーは対人戦プレイヤーがたまっっっっっっっに使っているくらいで、普段使いしている奴は見たことがない。

 それでも疑うくらい、虚面伯のジェスチャー隠しは巧妙だ。見抜くのはまず不可能だと思っていい。


 その後も、変身魔法の発動条件や、虚面伯のAGIの数値などについて話し合っていると、予告時間が差し迫ってきた。


「そろそろ時間だ。上に移動しよう」


「カメラはどうするんですかぁ?」


「回したままにしようかな。視聴者のみんなが何かに気付くかもしれないしね」


「警備状況を漏らしてしまうことになりませんか?」


 と懸念を表明したのは、やはり氷室白瀬だ。

 学園側のメンバーでは、このパーカー少年が一番頭がキレるように思う。


「あー、そうか……。どうしよう?」


 言って、天初百花が視線を飛ばしたのは、助っ人である俺たちだった。

 チェリーはすぐに、


「大丈夫だと思いますよ?」


 と軽く答える。


「どうしてだい?」


「その程度の対策では、どうせ虚面伯には通じないと思うので。それよりは4万人の目で警備状況をチェックしてもらうほうがメリットが大きいと思います」


 現在、同時接続者数4万人。

 クロニクル・クエストが佳境に入ったときばりの視聴者数だ……。4万人に見られていると思うと、せっかくほぐれてきた緊張がぶり返してくる。


「……うん。よし。じゃあカメラは回したままで行こう。みんな、ついてきて」


 初めて会ったときはなかなかのポンコツだと思ったが、配信となると見事な会長ぶりだ。まだ方言も出てないし。


 天初百花の後について、俺たちは生徒会室を出る。

 虚面伯が狙う《晴天組の秘宝》は、ここよりもさらに上――時計塔の屋上にあるらしい。

 俺たちは列の一番最後に並んで、絨毯の敷かれた廊下を歩いた。


 やがて大きなエレベーターホールに出る。

 この階に上がってきたのとは別のエレベーターだ。

 扉は一つしかなく、円筒状のシャフトが天井に飲み込まれていく様子が剥き出しになっている。


 扉の前には、剣と甲冑でフル装備の警備員が4人も配置されていた。

 何でも、百空学園のスタッフらしい。レベルはいずれも100オーバーで、4人もいれば大抵の相手には負けないだろう。


 天初百花が『▲』のボタンを押してしばらく待つと、シャフトの中をケージ(俺じゃない)が降りてくるのが見えた。

 ……もしかしてだけど、外が見えるタイプのエレベーター?


 密かに恐々とする俺をよそに、一同は扉が開いたエレベーターの中に乗り込む。

 天初百花が閉めるボタンを押して扉を閉めると、エレベーターはゆっくりと上がり始めた。


「階数のボタンがないんですね?」


 ドアの開け閉めのボタンしかない操作盤を見て、チェリーが言う。

 天初百花が「ああ」とうなずいて、


「行き先が一つしかないから。人が乗って扉が閉じると勝手に上がり始める仕組みなんだ」


「へえ……下りも一緒ですか?」


「そうだけど?」


「ありがとうございます」


 なんだ今の質問。何か意味があるのか?


 チェリーの言動に疑問を持っている余裕は、すぐになくなった。

 視界が、急に開けたのだ。


 ――カチ、コチ、カチ――


 どこからともなく、歯車が回る音が聞こえる。

 巨大な空間だった。

 全方位を煉瓦の壁に囲まれた巨大な縦穴を、俺たちはエレベーターで上がっているのだ。

 案の定、透明な壁から下を覗き込めば、深い闇があるばかり――高所恐怖症な俺は足が竦んで、配信が始まったとき以上にカチコチになった。


「ここは大時計のちょうど裏側なんだ。せっかくだからよく見えるようにしたんだけどね」


 余計なことを!!

 外を見ないようにするにも、全方位が透明になってやがるから目を瞑るしかない。

 そんな俺の肩に、そっと優しく触れる手があった。

 隣を見ると、チェリーが素知らぬ顔をして、俺の身体を支えるように寄り添っていた。


 ……さすがに人の配信中は、俺をおちょくるのを控えるらしい。

 いつもそうしろよ。ったく……。


「(ねえねえねえ。ムロっぺ。後ろ後ろ)」


「(わかってますから。小説読んだけど、本当にそのままなんだな、この二人……)」


 だから聞こえてんだよ。

 そのせいでチェリーが気まずそうに離れようとしたので、俺はとっさに手を握って捕まえた。


「~~~~!!」


 静かに暴れるチェリーを、しかし俺は逃がさない。

 どうせカメラには映らない角度なんだからいいだろ! 捕まらせろこの野郎! お願いします!


 カチ、コチ、カチ、という機構の音を聞きながら、煉瓦の壁に囲われた縦穴を上がること数十秒。

 ようやく時計塔の最上階に辿り着く。


 エレベーターの扉が開くと、一本道の廊下があり、その先にまた鉄の扉があった。

 廊下を抜けて、先の鉄扉を開くと、冷たい夜風が緩く吹きつけてくる。


 鉄扉の外には、短い階段。

 それを登った先には、星空が広がっていた。


「高っか……!」


「いい眺めですねー」


 百空学園で最も高い建造物の屋上。

 そこから見渡す夜景は、確かに宝石の欠片をちりばめたような絶景だったけど、いかんせん高い。怖い。早く地上に戻りたい!

 円形の屋上は、どうやら展望台を兼ねているらしく、四方に望遠鏡が設置されていた。いかにもデートスポットっぽいが、少なくとも俺はこんなところじゃ色っぽい雰囲気にはなれない。


 その真ん中に、細長い透明な箱が鎮座していた。

《展示ボックス》である。

 その名の通り、アイテムを博物館のように展示し、保存する箱。通常、アイテムを適当に放置していたら耐久度が下がっていくんだが、この《展示ボックス》を使った場合はそうならないのだ。


 ボックスに展示されているのは、一振りの剣だった。

 あれは、確かなんて名前だったか……。柄に空色の宝飾が施されたロングソード。名前さえ咄嗟に思い出せないくらいの、有り触れたレア武器である。


 しかし、武器には歴史がある。

 俺の愛剣《魔剣フレードリク》にもかけがえのない歴史があるように、あの剣にも他では代えがたい歴史があるのだろう。

 だから、性能が追いつかなくなって使わなくなっても、ああして保存されている。

 天初百花が、今はもういない相方・晴屋京と共に初めてゲットした、思い出の剣。


「この屋上への入口は、いま上がってきた階段、ひとつのみだ」


 天初百花が、思い出の剣を背にして言う。


「さらに、ここでは《法律》の設定によって、即時ログアウトが不可能になっている。《落ち逃げ》対策だ」


 俺はメニューを開いて確認した。

 即時ログアウト不可ってのは、ログアウトしたり回線を切断したりしても、アバターが一定時間その場に残っちまうことだ。

 中身の抜けたアバターから盗まれたものを取り戻すのは容易である。

 これで、剣を手に入れた瞬間にログアウトして逃げる、という手段は封じられる――虚面伯は、そんな芸のないことはしなそうだけどな。


「他にも僕のほうで対策を用意しましたよ。でも――」


 氷室白瀬がだだっ広い屋上展望と美しい夜景をぐるりと見回して、


「――虚面伯は、そもそもどうやって、ここに入ってくるつもりなんですかね」


 この屋上に至る唯一の道であるエレベーターの前には、スタッフによる警備がある。

 そして――


「……下、すごいことになってますね」


 チェリーが別の配信を開いて呟いた。

 その配信に映っているのは、この時計塔の外の様子である。

 俺たちと虚面伯の対決を少しでも近くで見ようと、時計塔の周りに大勢の野次馬が詰めかけているのである。

 当然、入口はスタッフが固めている――この状況で中に入ろうとすれば、否応なしに目立ってしまうはずだ。


 虚面伯は、どうやって侵入してくる?

 強行突破か? 目を盗んで忍び込むのか? それとも――


「――午後10時、10秒前だ」


 天初百花が言った。

 虚面伯が予告した時間まで、あと10秒。

 ピリッと張り詰めた緊張が、俺たちに走る。


「5、4、3、2――」


「先輩」


 天初百花のカウントダウンが終わりきらないうちに、チェリーが言った。


上です(・・・)




 月光が陰った。




 俺はすぐに夜空を見上げる。

 宝石をちりばめたような満天の星空。

 それを、まるで切り取ったように。

 影があった。

 大きな怪鳥の影。

 モンスター。

 空を飛べる。

 テイムされた――




 そう思ったときには、すでにそいつは着地していた。




 輝く夜の、月下にて。

 獲物である剣が収まった、展示ボックスの上で。


「赤統連が第六席・虚面伯――」


 怪盗女優は、スポットライトのように、月の光を浴びていた。


「――お宝、頂戴仕る」


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