彼女の手料理を褒めなければならない
先に言っておくが、俺とチェリーがプレイヤーホームを共有しているのは、大容量アイテム倉庫を始めとした便利機能が目当てであり、つまり攻略の一環であって、決して同棲などという浮ついたものではない。
「……同棲ってどういう感じなんだろうなぁ……」
だから俺は、名前も覚えてないクラスメイトの、男子高校生らしい憧れの籠もった夢想について、何ら意見を持つものではない。
「そりゃあやっぱり、四六時中イチャイチャだろ」
「だよな。だよな! 料理中の彼女を後ろから抱き締めたりして!」
「お前めっちゃ乙女じゃん。笑うわ」
……持つものではない。
ない、のだが……。
「ええ? じゃあお前はどういうのがいいわけ?」
「そりゃあお前、食後にうとうとするだろ? 彼女に『寝る前にお風呂入りなよ~』とか言われるだろ? とか言いつつ膝枕してもらうだろ? 耳に息吹きかけられたり、ちょっと悪戯されたりするだろ?」
「きもっ! 細かすぎだわ! っつーかそれ彼女じゃねーだろ。母親だろ!」
「仕方ねーだろ! 彼女なんてできたことねーんだよ!」
そんな都合のいいもんなわけねえだろ。
「じゃあちょっと待っててくださいね、先輩」
クエスト後のひと時。
食材アイテムが手に入ったので、チェリーのスキル上げタイムが始まった。
気分の問題があるのか、いつもの和風装備の上に白いエプロンを着けてキッチンに立つチェリー。
俺はダイニングテーブルから、包丁の音に合わせて揺れる紅白ローブの裾を眺めた。
思い出すのは、今日、教室で耳に入ったクラスメイトの雑談だ。
――料理中の彼女を後ろから抱き締めたりして
もちろん、そんなことやったことがないわけだが、憧れる気持ちはわからんでもない。
『もぉ~、危ないでしょっ♪』
『ごめんごめん』
『甘えん坊なんだからぁ』
――的なイチャイチャを期待しているんだろう。
しているんだろうが……。
俺は立ち上がると、キッチンに立つチェリーの背中に近付いてみる。
すると、ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ、と呟きが聞こえてきた。
「――……お肉を引っ繰り返すのは周りの色が変わってきた頃……その間にサラダを用意すればタイムを短縮できる……スープができるまで5、4、3……――」
「なあ、チェ――」
「いま話しかけないでください! 集中が乱れます!」
ピシャリと拒絶され、俺はすごすごとテーブルに戻る。
こいつ、料理に対する取り組み方がスコアアタックのそれなんだよな。
後ろから抱きついたりしようもんなら、ぶっ飛ばされた上にその日ずっと不機嫌になりそう。
まあ料理って言ってもゲームの一部なんだから、むべなるかなってところだが。
「――ふ。ふっふふふふ!」
大人しくテーブルで待っていると、チェリーが料理の皿を並べながらにやにや笑っていた。
「今日はずいぶん得意げだな」
「完璧です。スープをかき混ぜる速度、火を止めるタイミング、調味料の量――すべてが理論上最高の数値に限りなく近付きました。人類が作りうる限り最高の料理ができたと言っていいでしょう」
「ふうーん」
「興味なさげにしていられるのも今のうちですよ!」
っつっても、そもそも俺は食というものにさほど興味がない。
見るからに豪華な料理だったらすげーなーと思うかもしれないが、チェリーが得意げに並べたのはありふれたハンバーグにサラダ、ボイルしたポテトにコーンスープ……基本的に単なる娯楽でしかないVRグルメとしてはインパクトに欠ける。
「まあ、お前の最高記録とやらを見せてもらうとするか」
そして。
「……………………」
「どうですか?」
俺はハンバーグの欠片を呑み込んで、対面に座ったチェリーをちらりと見た。
不安げな様子なら老婆心のひとつも湧いたんだろうが、その唇には薄く笑みが浮いており、自信の程がありありと窺えた。
だからこそ、……口籠もる。
自分の口から感想を伝えることがはばかられ、俺はすっと視線を横に逸らした。
「……………………………………」
「えっ……なんですか? なんなんですかその態度!? 美味しかったですよね!? ノーミスだったんですから!」
「……………………残念だが……………………」
「い、いや、うそうそうそっ! 嘘です絶対っ! 理論的には絶対に――」
「………………………………………………クソ美味い」
「………………え?」
俺は横を向きながら、切り分けたハンバーグをヤケになって口に運んだ。
「あー、はいはい。美味いよ。超美味い。よくできたな。えらいえらい」
「はっ……はあぁーっ!? なんですかその態度! もっと素直に褒めたらどうなんですか!?」
「うるせえ。ドヤ感が強すぎて腹立ったんだよ」
「料理が成功して上機嫌になってる女子を相手に何たる言い様ですか! そんな風に言うなら食べなくていいですぅー!」
「あっ、おい! 持っていくな!」
チェリーが俺のハンバーグの皿を取り上げて、ウッドデッキのほうに走っていく。
慌てて立ち上がった俺は、掃き出し窓を開けようとしやがったところでチェリーに追いついて、その肩を捕まえた。
「うおい! 外まで出る気か!」
「……知りません。意地悪な先輩は放っておいて、寒空の下ひとりで食べます」
「それだと俺がDVしてるみたいになるんだが!」
「私、知ってますから……。先輩はこう見えて優しい人だって……」
「被害者ぶるな! お前がやるとチートだからそれ!」
窓の外はとっぷりと暮れていて、星空とフロンティアシティの街並みだけが輝いている。
だから、窓にはチェリーの顔がくっきりと映っていて――
――その顔が、拗ねたように唇を尖らせていた。
「……いや、本気で拗ねんなよ。こんなことで……」
「…………こんなこと?」
「い、いや! その……お前が頑張ってたのは知ってるけど!」
「…………誰のために頑張ってたと思ってるんですか…………」
「え」
「誰の! ために! 頑張ってたと! 思ってるんですか!」
…………めんっどくせええ…………!
何を言えばいいのかはわかるが、無理やり言わせられると負けたみたいでイヤだ!
「……ふん。言わないつもりならいいです。一人で全部食べちゃいますから」
そう言って、チェリーは手に持っていた皿のハンバーグに、フォークをぶすっと突き刺した。
『あ~ん』とこれ見よがしに大口を開けて、ソースの滴ったハンバーグがチェリーの口に入ろうとした、そのとき。
俺はその手首を握って、フォークの端に齧りついた。
「うぇっ?」
口に入ったハンバーグをもぐもぐと咀嚼して、胃の中に呑み込んで。
目を丸くしたチェリーに向かって、はっきりと言ってやる。
「美味い。マジで。それと……」
次の台詞を言うときには、さすがに目を逸らさずにはいられなかった。
「……俺のために頑張ってくれて、ありがとう」
あ~~~~~!!
なんでこんなこと言わなきゃいけねえんだよ! 恥っず!
チェリーはしばらく、ぱちぱちと目を瞬いて俺の顔を見ていたが――
やがて、にまあ~っと満面の笑みを広げた。
「許してあげます!」
チェリーはハンバーグの皿を俺に押しつけ、何事もなかったかのようにテーブルのほうへ戻っていく。
と思いきや。
ふわりと桜色の髪を翻し、悪戯めいた笑みを口元に滲ませた。
「まあ、頑張ってたのは自分のためですけどね?」
「……は?」
今度は俺が口を開ける番だった。
「一定以上の味の料理を作らないとクリアできないクエストがあるんですよね~~~! どこかの先輩は何だか幸せな勘違いをなさっていたようですけど! あ~、これであのクエスト、クリアできるな~~~~~!!」
「お……お……おま……!!」
「でもまあ? 珍しく素直に褒めてくれたお礼に? 食後に膝枕でもしてあげましょうか、先輩?」
「いるか!!!!」
くすくすくす、とチェリーは肩を揺らす。
どかどかどか、と俺はテーブルに戻る。
同棲なんて、男が妄想するほど都合のいいもんじゃねえ。
……まあ、チェリーは彼女じゃないし、俺たちは同棲してるわけじゃねえけど。
もしかしたら知らない方もいるかもしれないので、
ここでもご報告しておきます。
12月20日。
本作の書籍版が集英社ダッシュエックス文庫より発売されます。
イラスト担当は『ド級編隊エグゼロス』のきただりょうま先生です。
内容は温泉旅行編になっていますが、
当時に比べて私もだいぶラブコメを書き慣れたので、
結構な改稿と、新規エピソードの追加をしました。
販売サイトへの直接リンクは禁止なので、
書籍情報ページへのリンクを貼っておきます。
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-631345-2
続報等があったら、基本的にツイッターで第一報を出すと思うので、
チェックしておいてくれると嬉しいです。
https://twitter.com/kamishiro_b
ということで、本当は書籍版の発売までに新章を始めたかったんですが、
どうも間に合いそうにないので、
番外編の短編を、これからしばらく“毎週”投稿しようと思っています。
発売日まで+1週くらい?
できたら新章の準備が整うまで続けたくはあるんですが。
しばらくの間、今までなんだかんだで書いてこなかった、
ケージとチェリーのVR同棲生活をお楽しみください。




