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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い

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第211話 マギックエイジ・オンライン VS 呪転竜母ダ・ナイン - Part4


 湖底での戦いを終えたセツナやろねりあたちは、水面に浮かびながらその現象を目撃した。


 呪転領域・樹海エリアでの戦いを終えたジンケやUO姫、巡空まいるたちは、雪山エリアの前線基地に向かう馬上でその様子を見上げた。


 恋狐亭で、空中都市で、ナイン山脈の全域で。

 無数のプレイヤーが、その瞬間を目撃していた。


 空を横切る、超巨大なHPゲージ。

 度重なる《カースド・ソウル》の撃破にも拘らず、未だ80%ほども残していたそれが。

 たった1本の矢で20%ほども削れる、その瞬間を。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 メイアが放った光の矢が竜母の心臓に突き立った直後、甲高いいななきのような悲鳴が耳をつんざいた。

 俺もチェリーも、慌てて耳を押さえながら心臓を見上げる。

 心臓を覆う黒い泥。その表面に浮かぶ、嘆き苦しむ男の顔のような模様。

 それが今、凄絶に歪み、断末魔めいた声を上げているのだ……!


 そんなに苦しいか、《呪王》。

 そんなに寂しいか、《呪王》!

 惚れた女の忘れ形見がそばにいないことが、そんなにも……!


 それは、恐るべき生き恥。

 きっと誰が望んだわけでもない、誰にとっても不幸な末期の姿。

 ……ああ、そうだ、だからこそ。


「パパ、ママ」


 近くに来たメイアが、絶叫する顔を見上げながら静かに言う。


「見せつけてあげて。それがきっと、あの人への引導になるの」


 見せつける。

 あの男が選べなかった道を。

 誰に理解されることもないまま、幸せになる姿を。


 ――お前の想いは、決して呪いなんかじゃなかったんだってことを。


「……手伝ってくれるか、メイア?」


「もちろん」


 メイアは悪戯っぽく笑う。


「たまには親孝行しないとね?」


 ……ったく。

 笑い方が母親そっくりだよな、お前は。


『先輩! メイアちゃん! 気をつけてください! 《呪王》が……!』


 ボゴン!! と心臓の表面が波打った。

 真っ黒な泥肉がぶくぶくと泡立ち、嵩を増して、見る見る嘆き苦しむ男の顔が埋もれていく。


 なんだ? 何が起こる?

 まさか……ここからさらに……!?


 さっきまで俺を追い回していた真っ黒なドラゴンたちが、不意にその姿をほどけさせた。

 無数の条となって、ボゴボゴと肥大化する心臓に集まってゆく……。


 泥肉から、腕が生えた。

 泥肉から、足が生えた。


 ボコボコとマグマのように泡立ち続ける胴体に大胸筋めいた山が張り出し、次いで、その上にボゴリと、胸の中から這い出すように丸いものが伸びる。


 ギョロリと、巨大な単眼が開いた。

 ニチャリと、頬まで裂けた口が開いた。


 それは、サイクロプスを思わせる、一つ目の巨人……。

 未だ無数の血管に繋がれたそいつは、俺たちの姿を見下ろすと、ぐるんと単眼を一回りさせ――


「――ンンーッ!! ン゛ーッ!!!」


 野太い声で激しく唸りながら、ズンドンダン!! と地団駄を踏む。

 まるで子供だ。

 そう……怒りという感情を抑えることができず、剥き出しにするしかない子供……!


「メイアッ、来るぞ!!」


「うんっ!!」


 電車みたいなサイズの両腕が、ブウンと振り上げられる。

 ミチリと、筋肉が膨らむ音が聞こえた気がした。

 力を、怒りを、これでもかと溜め込んで、両腕はハンマーのように―――


 世界が震撼した。

 身体の芯がビリビリと震えた。

 足が竦む。

 手が震える。

 世界そのものを叩き壊そうとするかのような、その圧倒的な怒り(のろい)に……!!


「――メイアっ! 前!!」


「え……!?」


 白い煙のようなエフェクトを伴った、それは同心円状の衝撃波。

 ただのエフェクトじゃない。あれは攻撃だ!

 地面を舐めるように迫るそれを避けるには――


「合図する! 3、2、1――」


「――ジャンプっ!」


 まるで縄跳びのように、俺たちは衝撃波をジャンプして避ける。

 幸いにも飛び越えられる高さだった。しかしもし、この衝撃波の高さが上がるようなことがあれば、AGI極振りの俺はともかくメイアは――


「――きゃっ!」


 短い悲鳴で、ようやく気が付いた。

 無差別に平等に広がった衝撃波が、誰にとって致命的なのかを。


「チェリー! 大丈夫か!?」


『だ……大丈夫です……! あと一発くらいなら……。いざとなれば《風治》を使います!』


《聖杖再臨》使用中のチェリーはその場から動けない。

 ジャンプだってもちろんできない。

 今までは俺がヘイトを買っていたから平気だったが、あの漆黒の巨人がこれからも全体攻撃を繰り出してくるようなら……!

 やるしかない。

 やられる前に、やるしか……!


「このぉっ!!」


 メイアが《エルフの弓剣》に素早く光の矢を番え、撃ち放つ。

 鋭い鏃が狙うのは、頭部にギョロリと開いた巨大な単眼。

 わかってんじゃねえか。そうだ、ああいうでかい目は大抵弱点なんだよ……!


 しかし、メイアの矢が単眼を捉えることはなかった。

 それを予期していたかのように、漆黒の巨人が腕を持ち上げ、その肌で光の矢を弾いたのだ。


「うくうっ……! なら曲射で!」


 メイアは弓の狙いをかなり上に修正し、第二射を放つ。

 光の矢は山なりの放物線を描き、腕の防御を飛び越えようとしたが――やはりそれを予期していたかのように、巨人は腕を動かして矢を弾いた。


「ど、どうしよう、パパ……! これじゃわたしの矢は通らない……!」


「どうにかして腕の動きを潰さなきゃならないんだ。どうする……? どうすれば……!」


 歯噛みするうちに、巨人が再び両腕を振り上げた。

 ――直後。

 その肩の辺りの肌が、ぱちんっと風船のように弾けた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 呪転領域・雪山エリア――空中都市。

 ダ・アルマゲドンから引き上げてきた《ネオ・ランド・クラフターズ》のリーダー、ランドは、しかし事ここに至ってもその低い声を張り上げていた。


「先に逃げ道を潰せッ!! 《整地》と同じだ、見落としのないようひとつひとつ丁寧に、だ!!」


 普段、建物を建てるため山を均すときと同じように、それぞれの工具を持って走り回る、彼の部下たち。

 しかし、彼らがいま破壊しているのは、地面でもなければ壁でもない。


 泥団子から手足が生えたような、小さなモンスターの大群だった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「いやがったぜ。大物だ!」


 雪山の洞穴に入り、複雑怪奇な迷宮を抜けたプロゲーマー・ジンケは、巨大な縦穴の底を指差して叫んだ。

 かつて《呪転凍眠竜ダ・フロストローザ》との決戦場となった氷の縦穴の底の底。

 赤いマグマで淡く照らされた空間を、光の柱が貫いている。


 ここまでの道中にも、泥団子みたいな小物ならいくらでもいた。

 しかし、あの光の柱の中にいるのは、その何倍ものサイズ――大型のカースド・ソウル!


「ったくもお! マップだけ教えてもらっといて好き放題! あんたんとこのチーム教育どうなってんの!?」


「ほえ~……。本当にいるとは思いませんでした~……」


「オレの勘もなかなかのもんだろ、巡空? まあ、泥団子どもがこっちのほうから来るなと思って来てみただけなんだが」


「ジンケ」


 銀髪のメイド少女が、少年の黒パーカーの袖をくいくいと引く。


「時間がない。行こう」


「そうだな」


「えっ? こんな高さをどうやって――」


「行きましょうミミさんっ!」


「――えっ? えっえっ、えええええええ~~~~っ!?!?」


 黒パーカーのジンケはメイド少女と寄り添って、踊り子魔女の巡空まいるはミミの身体を担ぎ、それぞれ深い縦穴に身を躍らせた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 恋狐温泉にまで戻ってきたセツナとろねりあたちは、その狂騒にしばし唖然とした。

 涼やかな清流の両脇に軒を連ねる、土産物屋や旅館の数々。普段は観光客がそれらを楽しむために歩く石畳の街道が、今は運動会のような様相を呈している。


「あっ! そっち逃げたっ!」

「オーライオーライ! こっち来いや!」

「このっ! すばしっこ――うひあああ!? 服の中入ったあっ!」


 茶屋の長椅子の下を、射的屋の景品棚の上を、ストリップ劇場に続く隠し扉の隙間を、泥団子に手足が生えたような奇矯な小動物が走り回る。

 そしてそれらを、フル装備した攻略プレイヤーから浴衣姿の観光客までが一緒になって追いかけ回し、剣や槍や、あるいは卓球のラケットなどでタコ殴りにしているのだ。


「な……なんですか? あの黒いパックマンみたいなの……」


「色合いはカースド・ソウルに似てるけど……」


「うひゃひゃーっ! 楽しそーっ! あたしもそいつシバくーっ!!」


「あっ……! く、くらげちゃんっ……!」


「やめな、くらげ。この状況であんたに好き勝手されたら絶対見つけらんないよ」


 戸惑い、どうしていいかわからないでいると、頭上から声がかかった。


「――あっ! 帰ってきてる!」


 見上げると六本の尾を持つ巨大な金の狐が飛んでいた。

 六尾の金狐は5人の目の前に降り立つと、どろんと忍者のように煙に包まれ、狐耳と尻尾を持つ美女に姿を変える。

 六衣だった。


「ちょうどよかった! ちょっと戦力が足りないの! 乗せていくからすぐに来て!」


「戦力……? 一体どうしたんですか?」


恋狐亭(ウチ)の目の前にでかいカースド・ソウルが出たの! ウチが壊されたらあなたたちの預かりアイテムもいくらかなくなっちゃうんだからね!?」


 5人は顔を見合わせる。

 状況はよくわからない。よくわからないが……。

 アイテムロストは、MMORPGプレイヤーにとって何においても避けねばならない事態である。


「わかりました。連れてってください、六衣さん!」


「よしっ。早く乗って!」


 再び巨大な狐の姿に戻った六衣の背に乗り、5人は戦場へと急行した。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ――バチンッ!

 漆黒の巨人の肌が弾ける。

 泥を固めて作ったような肉が削ぎ落とされ、中身の虚無が露わになる。


「……わたしの矢が、心臓に入ったからだ」


 ナイン山脈の狂騒を配信越しに見ながら、メイアは呟いた。


「わたしの竜巫女の力が、矢から心臓に伝わって……竜母様の身体に巡った呪いが、体外に排出されてるんだ……」


「それって、老廃物――汗とかみたいにか?」


「そう。それをみんなが潰してくれてるから――ここにいる本体の《呪王》の力が、削ぎ落とされてる」


 弾けた肌は、すぐに修復されてしまう。

 竜母の身体から呪いの力を補給しているのだろう。

 しかし、それもいつかは尽きる。

 地上で無数の、たくさんの、ありとあらゆるMAOプレイヤーが、《呪王》の(のろい)を削っている。だから……!


「……ありがとう……」


 震えた声で、メイアが言った。


「……ありがとう、みんな……!!」


 それを、聞いていたのだろうか。

 いや、聞いていたのだろう。

 俺が受け継いだセツナの配信越しに届いたその声に、すぐにも応えがあった。


『『『こちらこそありがとう!!』』』


 当然だ。

 だって、メイアがいたからこそ、メイアがいてくれたからこそ、あいつらもこのゲームを守るために戦えるのだから。


「……えへ」


 メイアは笑った。

 はにかむように。くすぐったがるように。


「えへ、へへへ、へへっ……!」


 そして、笑ったまま。

 弓剣を構え、光の矢を番える。


「ああ――――楽しいなあ!」


 流星のごとく、光の矢が飛翔する。

 腕が防御のため持ち上がったが、その肩はちょうど弾け散っていて。

 ――矢のほうが、一瞬だけ早かった。


 輝く鏃が、巨大な単眼に突き刺さる。

 柔らかな瞳に深々と食い込み、それによって――!


『減った!?』

『減った!』

『上見て! HP!』


 ナイン山脈上空のHPゲージが、10%ほど減少する。

 残りは50%。

 やはり眼球への攻撃も有効。この調子なら……!


『先輩――悪いお知らせです』


 チェリーがテレパシーで不意に言った。


『《聖杖再臨》の効果時間がもうありません……! 残り、せいぜい30秒……!』


「なっ……!?」


 俺も慌てて瞼の裏の簡易メニューで確認する。


「俺もだ……! 1分も保たない……!」


《魔剣再演》と《聖杖再臨》なしでこの化け物との戦闘に耐えられるか。

 難しい。難しいと言わざるを得ない。

 だったら――!


「任せて、パパ、ママ!」


 力強くメイアが告げた。


「きっとそのうち、心臓が露出する! それはほんの一瞬、ほんの少しの隙間かもしれないけど……もし、そこをわたしが射貫ければ! 一時的にだけど、あの巨人を構成する呪いを全部吹き飛ばせるかもしれない!」


 つまり、弱点である心臓が無防備になる?

 そこに俺たちが持ちうる最大威力の攻撃を叩き込めば、あるいは……!


「わかった。そのときを狙う。……任せたぞ」


「うんっ!!」


 スウウ――と細く息を吐き、メイアは弓を構える。

 その姿に、俺はこいつがまだ幼い姿だった頃のことを思い出した。


 精霊界の巨大樹で、遥か頂上に陣取る猿を狙い撃った、あのとき。

 あのときを彷彿とさせるような、肌にビリビリと伝わるような集中力を、メイアは漲らせた。


「―――ン゛ンッ! ン゛ン゛ン゛ンッ―――!!」


 駄々をこねる子供のような唸り声がして、単眼の巨人がメイアに向かって巨大な拳を振るう。

 させるか。

 俺は拳の前に割り込み、魔剣フレードリクから立ち昇る緋色のオーラを破城槌の形に変える……!


「《第五魔剣・赤槌》―――!!」


 オーラに形作られた破城槌が、正面から巨人の拳を迎え撃った。

 力比べは、一瞬。

 俺の《赤槌》と巨人の拳がかち合った直後に、巨人の腕の肉がバチンッと弾けたのだ。


「ン゛ッ! ン゛ンン―――!!」


 ボッオウウン!! と衝撃が爆発し、巨人が後ろにたたらを踏む。

 メイアの緑がかった金髪が激しく靡き、しかし、その眼は鏃の先から寸毫も動かない。

 その集中力は恐るべきものだったが、心臓までの射線が通らなければ意味がない!


 体勢を立て直した単眼の巨人が、また拳を振りかぶる。

 さっきの《赤槌》で《魔剣再演》の効果時間はさらに減ってしまった。もう一度弾くのは……!

 頼む! 見えてくれ、心臓! 少しだけでもいい……っ!


 ――バチンッ!

 巨人の左腕が弾けた。


 ――バチンッ!

 巨人の内腿が弾けた。


 ――バチンッ!

 巨人の横腹が弾けた。


 ――バチンッ!

 巨人の右頬が弾けた。


 ――バチンッ!

 巨人の……左胸が弾けた。


「「「見えたっ!!」」」


 俺の、チェリーの、そしてメイアの声が重なる。

 爪の先のような、ほんのわずかな裂け目だった。

 しかし、見える。

 一定のリズムで拍動する、竜母の心臓。


 今、この瞬間。

 メイアの弓からその心臓まで、一直線の射線が通った。


 光の弓弦が、限界まで引き絞られ――

 ぐりん、と。

 メイアの指が、光の矢を捻る。

 瞬時、メイアの身体を淡い燐光が取り巻いた。


「――――んっ!!」


 体技魔法、《星旋矢(せいせんし)》。

 精霊界で会得したあの技により、矢は弾丸のように回転しながら飛翔する。


 ――ああ。

 瞬間、俺は確信した。


 この体技魔法を初披露したとき、メイアは300メートル以上も離れた木の洞を正確に狙い撃った。

 ならば。

 この程度の距離の、あの程度の隙間。



 ――外すほうが、難しい。



 わずかな裂け目に、回転する光の矢が潜り込む。

 その奥の、拍動する心臓を目指して。


 ――ドグッ。


 拍動が、乱れた。

 深々と突き刺さった光の矢が、常に一定だったそのリズムを、乱した。


『あ!』

『ああっ……!』

『HPが……!』


 減る。

 呪転竜母ダ・ナインのHPが、さらに20%、一気に減少。

 残りHP――30%!


 それだけに留まらなかった。

 心臓に突き立った光の矢がぱちんと弾ける。

 直後、一つ目巨人の漆黒の巨体が、内側から白く光り輝く……!


「消えて……! その心臓は、その身体は、あなたのじゃない!」


 爆発した。

 光の爆発だった。

 漆黒の巨躯が粉々に弾け散り、塵となって辺りに漂う。

 そうして、あとに残されたのは――


 ――ドグン。


 ――ドグン。


 ――ドグン。


 黒い泥に覆われていない、ピンク色の、剥き出しの心臓。


「今だ―――チェリーっ!!」


「はいっ!!」


 テレパシーではなく肉声を聞き、俺は全力で地面を蹴った。

 間合いを詰める。

 そして、跳躍する。

 血管に繋がれた竜母の心臓、その直上まで……!!


 魔剣フレードリクを振り上げた。

 まっすぐ頭上に――まるで避雷針のように。


「《第一杖権・天杖》―――!!!」


 詠唱に呼ばれ、降り注ぐのは巨大な光の柱。

 否。

 バヴァリッ!! と激しく大気を弾けさせるそれは、神の鉄槌がごとき落雷である。


 MAO最強の単体攻撃力を誇る魔法|《天杖》。

 それが狙うのは、無防備になった竜母の心臓――ではなく。


 まっすぐに振り上げた、魔剣フレードリクの刀身だ。


 剣を握った手から全身に、ズン! と衝撃が走った。

 並々ならぬエネルギーが余すところなく、この剣に託されたのを感じた。

 あとは――任せろ。



「――――《第一魔剣・緋剣》――――!!」



 そして、時が停まった。

 わずか5秒の静止時間。

 その時間で、《紅槍》、《朱砲》、《赫翼》、《赤槌》、第二から第五の魔剣をすべて叩き込む。

 それも、《天杖》の威力まで上乗せした状態で!

 これこそが俺たちの持つ、最大最強の―――!!




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「「「―――《緋剣》―――!!」」」

「「「―――《乱舞》―――!!」」」


 傍から見れば、コンマ1秒もない一瞬の出来事だった。

 ケージが停止した時間から戻ってきたその瞬間、遅れてダメージ判定が始まり、空を横切るHPゲージが減少を開始する……!


 凄まじい勢いだった。

 おそらく特攻判定があったと思われるメイアの矢で20%。

 しかし今、泥肉の鎧を剥がされ、完全なる無防備となった心臓は、何の特殊な力もない、ただ圧倒的な威力を持つだけの攻撃で、見る見る同じ分のHPを失う……!


 減少は止まらなかった。


 ――残り10%。


 誰もが息を飲んで空を見上げた。


 ――残り8%。


 止まらない。


 ――残り5%。


 止まろうとしない。


 ――残り3%。


 どれだけの不利を強いられても諦めることがなかった、プレイヤー(じぶん)たちを誇るように。


 ――残り2%。


「「「行けええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!!!」」」


 ――残り1%。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 あまりの威力の弊害か、あるいは何らかの演出なのか、俺は時が動き出した瞬間、後ろに大きく吹き飛ばされた。

 地面をごろごろと転がり、顔を上げて、竜母の心臓を見やる。

 しかし、弾け散った巨人の残骸が霧のように漂い、心臓の様子を隠していた。


「どう……なった……?」


 魔剣フレードリクの色は元に戻り、翡翠色の結界ももはやない。

《魔剣再演》と《聖杖再臨》が終了したのだ。

 MPは完全にゼロ。回復ポーションの類も残ってはいない。

 これでダメなら、覚悟を決める他にない……。


『……あ……あああ……』


 震えた声が横合いから聞こえ、ようやく気が付いた。

 開きっぱなしのろねりあ配信を見ればいいんだ。

 配信越しならHPゲージも見られる。

 ゆっくりと視線に横にやった――その瞬間だった。


『――やりましたっ!! やりましたよっ、ケージさん、チェリーさんっ!!』


 いきなりろねりあの上品な顔が画面全体に映り、続いて、カメラが空に向けられた。


『ゼロです!! ダ・ナインのHPが……ゼロになりましたっ!!』


 言葉通りだった。

 空を横切る超巨大HPゲージは、完全にゼロ。

 0.1%さえ残ってはいない。


 ……デジタルの世界は正確だ。

 HPがゼロになったということは、間違いなく死んだということ……。

 死んだふりは通じない。

 死んだと見せかけることはできない。


 呪転竜母ダ・ナインは、間違いなく、死んだのだ。


「……ごめんね、竜母様……」


 黒い塵の向こうを見やり、メイアがぽつりと言った。

 ……そうだな、竜母ナインに罪はなかった。

 ただ、《呪王》に呪われてしまった。それだけのことで――――






 ――――ドクン。






 鼓動の、音がした。


 ……え?

 背筋に怖気が走る。

 指先から身体が冷えていく。


 この鼓動は、竜母のそれではない。

 竜母は間違いなく死んだのだから。

 ならば、これは。

 これは――




 黒い塵の中で。


 それよりもなお黒い影が。


 ゆっくりと、立ち上がる。




「メイアッ――――!!」


「えっ……?」


 俺は咄嗟にメイアを突き飛ばした。

 直後、トラックに撥ね飛ばされたような、激しい衝撃が全身に走った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 私は、その瞬間を見ていることしかできなかった。

 メイアちゃんを突き飛ばした先輩が……何か、黒い光線のようなものに射貫かれて、吹き飛ばされる瞬間を。


「…………しぶとい」


 黒い、声だった。

 暗い、でもない。低い、でもない。

 それは無数の感情を混ぜ合わせたような、真っ黒な声だった。


 私は振り返る。

 単眼の巨人の残骸が、空中に漂う黒い塵が、竜巻のように渦巻いて――その中に佇む真っ黒な人影に、吸い込まれていく。


 塵が消えた後には、一人の男が立っていた。

 もはや漆黒の翅もない。

 本当に、ただの男としか言いようがない存在が、虚ろに佇んでいた。


「我ながら……あまりに、しぶとい。もはや呪われている。呪われているよ。そうは思わないか」


 ズウン、と空間が揺れ、男は天井を仰ぐ。


「しかし、それも終わりのようだ……。竜母は死んだ。その屍は我らが魔神の前世、《旧き存在》と同じく、岩と土の塊になろう。この空間もじきに押し潰される……」


 地面が変わっていく。

 壁が、天井が、彼の言葉通りに、灰色の岩へと。

 そしてまた、ズウン、という揺れがあり、ぱらぱらと土埃が降った。

 天井の一部が欠け落ち、瓦礫となって地面に突き刺さる。

 竜母ナインが死に、ナイン山脈へと変わっていく。


「私はここで潰えるだろう」


 男は天井から、私たちに視線を移した。


「しかし……いや、だからこそ――君たちを、逃がすわけにはいかないのだ」


 筋肉質とは言えない、骨張った右腕が、男の頭上に掲げられた。

 その手のひらに、闇の光球が現れる。

 魔法。

 何のかはわからない。

 けれど、何のためのかは明白だ。


「私の呪いが叫ぶ。君たちと同じ、呪われし想いが。認めるなと叫ぶのだ。彼女の忘れ形見を。君たちの在り方を。一切合切認めるなと、耳元でがなり立てるのだ」


 先輩がゆらりと起き上がる。

 けれど、そのHPは虫の息。ギリギリ残ったのが奇跡と思えるほど。

 MPだって残ってはいない。私だって同じだ。……そして、MPのないウィザードなんて、何の役にも立たない。


「誰も救われない。そんなことは知っている。誰も報われない。そんなことは知っている。しかし、そう――これは」


 恨むでもなく。

 憎むでもなく。

 ただ、諦めの声で、男は言った。


「――仕方がないのだ。こうなってしまった以上は」


 ……ああ、その通りだ、仕方がない。

 誰に何度言われようとカップルではないと否定してきた。

 そういう気持ちは確かにあるのに、だけどそういう気持ちだけではないからこそ、名前のない関係でい続けた。


 だって仕方がない。

 私たちは、そうなってしまったんだから。



「――違うっ!!」



 そのとき、光の矢が男の胸を射貫いた。

 私は振り返る。

 先輩も振り返る。

 矢を射放った、私たちの娘を。


「仕方がなくなんてない! あなたは……あなたは、選ぶことから逃げてそうなった!! 同胞の理解を得ることから逃げ、新しい恋をした自分からさえ逃げ! そのせいでそうなっただけでしょうっ!?」


 第二射。矢が男の腹を貫いた。


「それを! パパとママの同類みたいな顔して言わないで……っ!! 自ら望んでそうなった、自ら選んでこうなった二人と、あなたは全然っ、違うんだからっ―――!!」


 第三射。

 第四射。

 第五射。

 続けざまの矢に、男は無抵抗に貫かれる。

 しかし、動じない。動かない。

 頭上に掲げた闇の光球を、無言で大きく育て続ける。


 ――ああ、そうだ……。

 私たちは逃げでこうしているわけじゃない。

 今の関係を変えたくないとか、そんな理由でカップルじゃないわけじゃない。


 だったら、簡単なことだ。


 私は、虎の子(・・・)を使うことを決意した。

 メイアちゃんを救うため。

 何よりも……彼の呪いを否定するために。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 手がない、と俺は歯噛みした。

 回復アイテムは品切れ。そもそもHPが全快だったとして、かつて《呪王》を名乗った男の手に作られつつある闇のエネルギー弾を受け止め切れるとも思えない。

 そんな方法は、きっと今、この空間のどこにも――


「先輩」


 気付くと、そばにチェリーがいた。

 チェリーはなぜか、ほのかに笑っていた。


「私と先輩は、何がどうなったって私と先輩です。それ以外の何にだってなりません。そうですよね?」


「は……? ああ、そうだな……」


 チェリーは俺を先輩と呼ぶが、先輩後輩と呼ぶには学校での関係が遠すぎる。

 そして、もちろんカップルでもない。告白なんてしたことはないし、彼氏または彼女ですと、誰かに本気でそう紹介したこともない。


 だけど……そんなのは、実のところ関係ないんだ。

 そんな消去法の結果ではなく。

 能動的な選択の結果として、今、『俺とチェリー』という関係がある。


 そうだと、俺は信じている。


「今、それが何の――」


 直後だった。

 チェリーの手がすっと伸び、俺の顔を掴んで――


「……え」


 メイアが振り返った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「……え」


 セツナやろねりあが口を開けた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「……え」


 ミミの顔が凍りついた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「……え」


 レナが鼻血のように見えるダメージエフェクトを散らした。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「「「えええええええええええええええええええええええええええっ!?!?」」」


 数千人、あるいは数万人。

 MAOや現実世界の、数えきれないほどの人々が、悲鳴のような歓声のような声を迸らせた。


 配信画面の真ん中で。

 確かに、見間違えようもなく、完全に。


 ――――唇を重ねている、少年と少女の姿を見て。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 何が起こったかわからなかった。

 瞼を閉じたチェリーの顔がすぐ近くにある。

 長い睫毛が、きめ細やかな肌が目の前にある。

 そして唇には柔らかい感触があり――その隙間から、何かが口の中に流し込まれてくる。


「んんんんん――――っ!?!?」


 何かをごくんと呑み込んだ瞬間、俺はチェリーの肩をバンバンと叩いた。

 それでチェリーはようやく身を離す。

 桜色の唇が、しっとりと濡れていた。

 それを悪戯っぽく吊り上げ、チェリーは囁くような声で言った。


「お返しは高くつきますよ、先輩?」


 問い返す余裕はなかった。

 かつて《呪王》を名乗った男が、闇のエネルギー弾を投げ放った。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 闇色の光球がケージ、チェリー、メイアの3人を呑み込み、激しい光輝を撒き散らす瞬間を、誰もが配信越しに目撃した。

 矢継ぎ早に連続する事態に唖然として、誰もが状況を把握できない。


 しかし、彼らは自然と想像した。

 人魂と化した二人のプレイヤー。

 そして……物言わぬ屍となった、メイアの姿を。


 前例のないノン・プレイヤー・プレイヤーであるメイアは、蘇生が可能かわからない。

 ケージとチェリーはデスペナルティで済んだとしても、彼女だけはどうなるか……。


 想像はそこで止まった。

 現実が、その想像に追いつき始めた。

 光輝が収まり、視界が開けてくる。


 再び映った、灰色の壁に覆われたドーム状の空間。

 そこには――果たして。



 人魂も死体も、ありはしなかった。



 あったのは、誰もが想像しなかったもの。

 誰もが想像できなかったもの。

 その場にいた、ケージとチェリーだけが作り得た光景。



 ケージが。

 無傷のままで。

 その身をもって、メイアの盾となった姿だった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「……な、ぜ……」


 男は、愕然と呻いた。


「なぜ……生きている……!?」


「虎の子があったんだよ」


 俺は苦笑して言う。


「あんたは知ってるか? あんたのお仲間に、精霊バレンタイン(・・・・・・・・)って奴がいるのをさ」


「そしてこれが――」


 俺の背中に隠れていたチェリーが、黄金色に輝くハート形の果実を取り出した。

 そう、それこそが虎の子。

 約1ヶ月前。バレンタインイベントで手に入れた――


「――《バレンタイン・フルーツ》です。2月14日にだけ実る不思議な果物でして、効果は――」




【バレンタイン・フルーツ】

【年に一度、2月14日にだけ、エムル北にある大樹に実る果実。食べるとHP・MPが全回復し、以後30秒間、一切減らなくなる。

 エムルでは、この果実を婚約者への贈り物とする風習がある】




「――ってわけだよ」


 青白い無敵エフェクトを帯び、HPとMPを全快させた俺は目を泳がせる。


「……まあ、なんであんな食べさせ方だったのかは謎なんだが……」


「ふふっ、知らないんですか、先輩? 瀕死の人にはああやって食べさせるんですよ?」


「リアルの話だろうがそれは!」


「あー、そうでしたー、うっかりしてましたー」


 頭こつんテヘペロと最高に腹の立つとぼけ方をして、チェリーは俺の隣に立った。


「……けれど、あの程度のことで、私たちは変わりませんよ、先輩」


 いつものように、くすりと悪戯っぽく笑ってから。

 チェリーは、もはや《呪王》ではない男を見据える。


「それと同じように――メイアちゃんのお母さんに出会ったあなたも、きっとそれでも、かつての恋人を忘れはしなかったでしょう」


「………………!!」


「勝手な憶測ですけれどね。……それとも、あなたの《呪い》とやらは、たかが新しい恋くらいで薄れるほど、弱いものだったんですか?」


「――――――――は」


 男の頬が、引き攣るように震える。


「は。ははは。ははははははは、は――――!!」


 そして目元を手で覆い、天を仰いで笑った。

 腹の奥から。

 心の底から。

 涙を流すほど――男は笑った。


「……必然の、幕切れだな」


 手を下ろし、口元を緩ませたまま、男は宙に声を放る。


「僕は、弱かった。君たちは、強かった。……ああ、まったく、ぐうの音も出ない、敗北だ」


「そうでもない」


 俺は魔剣フレードリクを握り締め、一歩、男に近付いた。


「お前は、強かったよ――誰よりも」


 数百年間、ひたすらに呪い続けた、その在り方は。

 きっと、俺たちなんかには及びもつかない……想いの強さゆえ。


「……ふ」


 今度はかすかに、男は笑った。


「それならば……僥倖だ」


 俺は地を蹴る。

 一直線に男との距離を詰め、魔剣の切っ先を突き出す。

 30秒間の無敵状態にある俺に、さしもの男も抵抗の余地はなかった。


 鋭い切っ先が、男の胸の中心を貫く。




「――――いいゲームだった(グッド・ゲーム)




 俺が呟くと、男はまたかすかに笑い。

 ふらり――と。

 背中から、大の字になって倒れた……。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「おい、マズいぞ、本格的に崩れてきた!」


「出入り口とかありましたっけ? とにかくメイアちゃんだけでも――メイアちゃん?」


 岩になった天井が次々と瓦礫になって降り注ぐ中、メイアが仰向けに倒れた男に歩み寄った。

 男は、薄い笑みを口元に刻んだまま、崩れゆく天井を見上げている。

 目はかすかに開いているが、生きているのか、死んでいるのか。

 死んでいるとしたら、世界を脅かし、エルフの里を壊滅させた下手人としては、あまりに幸福な死に顔だった。


「……まだ、生きてるよね」


 メイアは、その顔を見下ろして言う。

 返事はなかった。


「死ぬ前に、聞いていって。わたしの中には、お母さんの記憶が残ってる。その記憶の中で、お母さんは――」


「……………………」


「――お母さんは、竜母様(あなた)と話すのを、毎日楽しみにしてたみたいだよ」


 瞬間、安らかだった男の笑みが、自嘲と悔恨のそれに変わる。

 それを見て取った途端、メイアは花開くような可憐な笑顔を浮かべた。


「いい気味だねっ!」


 同胞を、両親を、丸ごと皆殺しにされた少女は、なのに、ただその一言で因縁を断ち切った。

 最後の竜巫女、メイアではなく。

 一介のMAOプレイヤー、メイアになったのだ。


 緑がかった金髪を翻し、メイアはケージたちのところに戻る。

 その背後で。

 一人の名もなき男が、誰に看取られることもなく、光の粒子となって宙に散った――


「さあ! パパ、ママ、早く脱出しよ! ……あれ? でもどうやって?」


 メイアが小首を傾げ、その横にドズンと瓦礫が落ちた。


「それなんですが……方法は、ひとつしかありません」


 そう言ってチェリーがアイテムストレージから取り出したのは、青い輝きを持つ小さな石。

《往還の魔石》――通称|《ブクマ石》だった。


「あっ、ブクマ石! そっか、テレポートすれば――って、あの、ママ? わたし、それ、持ってないんだけど……」


「ええ。ですから、これを使ってください」


 チェリーは自分のブクマ石をメイアに手渡す。

 メイアは手の中の青い石を見下ろして、


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃあママのは!? ブクマ石って最大スタック1個だけだよね!?」


《往還の魔石》はアイテムストレージに1個までしか所持できない。

 メイアに自分の分を渡してしまえば、チェリーがテレポートすることはできなくなる。

 だが、


「大丈夫だ、メイア。こいつは俺が送っていく」


 ケージが言うと、メイアが「あっ」という顔をした。


「そっか。パーティ組んでたら二人まで一緒に転移できるんだっけ?」


「そういうことだ。だからお前はさっさとそれ使え」


「うん。そだね。それじゃあ……」


 メイアはちらりとケージたちを見上げ……ブクマ石を口元に寄せた。


「先に、行くね。――《転移》!」


 瞬間、メイアの姿が光に包まれ、シュンと音を立てて消える。

 残った空白に、崩れ落ちる天井の轟音が漂う。

 ケージはこちら(・・・)を振り返った。


「それじゃ、配信もセツナに返すから。……ありがとうな、ここまで見てくれて」


「ありがとうございましたー。セツナさんには悪いですがアーカイブは消します。今更ながら恥ずかしくなってきたので!」


「完全に自業自得だろうが」


 ケージの手が画面に伸びてきて、プツン、と真っ暗になった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 こうして俺たちは、崩れ落ちる空間の中、完全に二人きりになった。

 肩を並べて降り注ぐ瓦礫を見上げ、チェリーがぽつりと言う。


「それで、先輩? ブクマ石、持ってるんですか?」


「なあ、知ってるか? あれ、1回死ぬとブクマが消えるんだぜ」


「知ってますよ。だから復帰線が断たれたときに大騒ぎしたんでしょう?」


 俺は《呪王》との戦いで一度死に、《アバターリビルダー》で復活した。

 だからそのとき、俺が持っていた分の《往還の魔石》は、ただの石ころになった。


「配信で見ていた人たちは、わかってたでしょうね」


「ああ。メイアがそっちを見てなくて助かった。どうせデスペナを受けるだけだって言っても、一緒に帰りたがっただろうからな」


 1メートルくらい横に、巨大な瓦礫が落ちた。


「久しぶりですね、先輩。完全に二人きりって」


「まあ……この3日は、大軍を率いてたわけだしな」


「たまになら、案外悪くないものですね。心中っていうのも」


「人聞きの悪い言い方すんなよ。二人で死んだことなんていくらでもあるだろ?」


「先輩」


「ん?」


 隣のチェリーが俺を見上げた。

 大きな瞳を俺は見つめ返した。


 頭上で、ボゴリと岩が剥がれる音がした。


「リアルでも、一緒に死ねたらいいですね。60年後くらいに」


「……いや、『そうだな』とは答えづれえよ」


 くすくす、といつものようにチェリーが笑って――


 ――大きな瓦礫の影が、俺たちを覆い尽くした。


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