第209話 マギックエイジ・オンライン VS 呪転竜母ダ・ナイン - Part2
フェンコール・ホール北方。
ダ・モラドガイアとの死闘があったことから、今では《モラド高原》と呼ばれることが多くなった緑溢れる高原に、何頭もの馬が蹄の音を重ならせる。
「あったあっ! あそこだーっ!」
御伽噺から飛び出してきたような馬車から身を乗り出し、ミミが前方を指差す。
モラド高原の中央に、巨大な光の柱が突き立っていた。
それを下支えするように、円状の紋章が草原に広がっている。
その縁に近付くと、馬車を引く馬が高くいなないて、その場で足踏みをした。
「お馬さんはここまでみたいだねっ。――一番乗りだよ、みんな。ミミに感謝してね?」
「あっざーっすっ!!」
「ああっ!?」
ぞんざいな感謝を述べながら馬車を飛び出したのは、ビキニアーマーにツインテールの少女、双剣くらげである。
彼女は光り輝く紋章の上を駆けながら、
「本当の一番乗りはあたしだあーっ!! あんたは帰って握手会でもしてなお姫様あーっ!!」
「ミミはそういうのしないってのー!! 火紹君っ、行くよ!!」
自前の巨馬に跨がって追いついた赤い鎧の巨人騎士・火紹の左肩に素早く上り、ミミもまた光の柱の中心に向かう。
続いて馬車を降りたろねりあ、ショーコ、ポニータも、呆れた苦笑を滲ませながら地面を蹴った。
「まったくもう、くらげさんは目立ちたがりなんですから……!!」
「ろねりあさんも、見かけによらず目立ちたがりだと思うけどな」
華麗にマントを翻して馬を飛び降りながらセツナが言う。
隣に追いついてきた彼に、ろねりあは知的な美貌を緩ませた。
「そう言うセツナさんも相当でしょう? 《ジュゲム》をチェリーさんたちのところに貸しているから、わたしの《ジュゲム》に映りに来たんですよね?」
「まあね。あっちの配信を止めるわけにはいかないしさ」
「呪竜遺跡のほうはいいんですか?」
「うん。《赤光の夜明け》と《ウィキ・エディターズ》に任せてきた――今頃、呪転領域側にいる《ネオ・ランド・クラフターズ》や《聖ミミ騎士団》の生き残りと協力して、呪竜遺跡の再攻略を始めている頃だ」
先の《呪王》の攻撃によって、呪転領域とそれ以南の間を繋ぐ唯一の出入り口、呪竜遺跡が陥落し、実質的に行き来不可能となった。
しかし、ナイン山脈上に《呪転竜母ダ・ナイン》の弱点が露出するのがこれっきりとは限らないし、呪竜遺跡以南の地域に絞られるとも限らない。
北方のエリアに弱点が現れたときに備えて、先んじて手を打っておいたのだ。
「兎にも角にも、まずはこっちだ。ケージ君とチェリーさんにばっかり美味しいところは譲らないよ!」
「もちろんです!」
息巻く配信者コンビの後ろで、ポニーテールの女騎士・ポニータが肩を竦める。
「やれやれ。ホント、セツナさんと一緒だと活き活きするな、ろねりあは」
「……ね。本当に」
魔女帽子と低身長巨乳が特徴のショーコがほのかに羨ましげに微笑んだ直後、一同は光の柱に突入した。
一瞬の目の眩みを耐える。
視界が取り戻されたとき、そこはどこどこまでも伸びる光の円柱の内部だった。
中空になった光の柱。その内部空間に出たプレイヤーたちは、それぞれの形で警戒を示す。
地面に輝く紋章の中心に、真っ黒な、見るからに呪わしい、泥肉の山が蠢いていたからだった。
「うえっ、気持ちわるぅ……」
「まるで腫瘍ですね……」
「まさしく、だね。竜母ナインにとっては、《呪王》の呪いは癌細胞みたいなものなんだろう」
泥肉の山は各所から細い触手のようなものを伸ばし、円柱状の光の壁をしきりに叩いている。
封じ込めているのだ。メイアの竜巫女の力が、この腫瘍を露出させると同時に。
しかし、数秒もすると触手は壁を叩くのをやめ、ミミやセツナ、ろねりあたちのほうに先端を差し向け、ゆらりと揺らした。
次いで、泥肉の山の頭上に、ネームタグとHPゲージが現れる。
《カースド・ソウル Lv150》。
カースド・ソウル――呪われし魂。
数百年の時を呪い、呪われ続けた《呪王》の魂が、竜母ナインの身体にウイルスのごとく感染しているというのだろうか。
「レベルたっか! ……でも、まあ」
ミミがオモチャのような弓を手に取りながら、不敵に可憐に唇を歪める。
「――これだけ人数がいれば、レベルなんて関係ないよね?」
そのときだった。
円柱状の光の壁の向こうから、何十人ものプレイヤーが雪崩を打って現れたのは。
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俺はその様子を、ろねりあの配信を通して目撃していた。
「うおーお……数の暴力ぅ……」
UO姫やセツナ、ろねりあたちに一足遅れて追いついてきたプレイヤーたちが、触手を振り回す泥肉の山をタコ殴りにする光景が、そこには中継されていた。
俺は横殴りに襲ってきたドラゴンの尻尾をジャンプで躱しながら、チェリーのテレパシーを聞く。
『まったく、羨ましいばかりですね! こっちはたった二人で頑張ってるっていうのに!』
「そう言うなよ。代わりに俺たちは二人占めできるだろ?」
『……そうですね』
笑みの気配がした。
『ふ・た・り・じ・め――ですね?』
「ちょっと意味深な感じに言い直すのやめろや!」
こんなときにまでこいつは!
くすくす、と悪戯っぽく笑いながら、チェリーは言った。
『さあ、そろそろ私たちにターンが戻ってきますよ。何万人見ているのか知りませんけれど、衆目を二人占めしちゃいましょうか、先輩?』
「なんか気に入ってない? その言い回し」
『べっつにぃ? 全然そんなことありませんけどぉ? 先輩がそう聞きたいからそう聞こえるだけなんじゃないですかね~?』
言い返す前に、配信画面の中で《カースド・ソウル》のHPが尽きた。
無数の触手が先端から壊死してぼろぼろと崩れ落ちる。
次いで、泥肉の山がぐにぐにと蠢きながらぐずぐずに溶けていった。
声のひとつもなかったが、その暴れようはまるで泣き叫ぶかのよう。
怨嗟を、呪言を、世界に向かって吐き尽くす、凄惨な断末魔。
見るに堪えなかった。
しかし、だからこそ救いがあった。
笑いも泣きもしなかった、あの冷たい無表情に比べれば、よっぽどに。
――ドグン。
黒い泥肉に覆われた竜母の心臓が、強く拍動の音を響かせる。
俺が切断した血管が再生し、再び心臓と竜母の身体が接続される。
呪いの循環の再開。
しかし――竜母を覆う泥肉の嵩は元には戻らず、メイアの束縛は下半身までのままだった。
「……へえ?」
『なるほど?』
俺とチェリーは、それを見てにやりと笑う。
天井からぼとぼとと落ちてくる漆黒の卵を前にして、しかし俄然やる気を漲らせた。
「そろそろ、返してもらおうぜ、チェリー」
『ええ、そうですね、先輩』
見上げるのは、呪いの泥肉に下半身を埋もれさせた、緑がかった金髪の少女。
赤ん坊の頃から見守ってきた、俺たちの――
「メイアは――」
『メイアちゃんは――』
「『――俺たちの、娘だ』」
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闘技都市アグナポット。
対人戦の聖地と呼ばれ、日夜アリーナでシビアな戦いが繰り広げられているこの街も、今日ばかりは開店休業状態だった。
普段はアリーナでの対戦がランダム配信されているホロモニターには、最前線で戦うプレイヤーたちの配信が大映しになっている。
その周りに集まるアグナポットの住民たちも、普段とは様子が違った。
いつもは人のプレイにあれやこれやと勝手な批評を述べる彼らが、しかし今だけは、固唾を呑んでケージとチェリーの孤軍奮闘を見守っているのだ。
「やべえよ。なんであの速さを制御できんの?」
「あの速さに合わせられるほうもおかしいだろ。未来でも視てんのか?」
ざわめく観客たちの後方に、黒に黄色のアクセントが入ったパーカーを着た少年と、メイド服を着た銀髪の少女の姿がある。
少年はパーカーのポケットに手を突っ込みながらホロモニターを見上げ、「ふん」とひとつ、鼻を鳴らした。
「もうしゃしゃり出るつもりはなかったんだが……」
「ジンケ?」
無表情のまま不思議そうに小首を傾げて、銀髪のメイド少女が隣の少年を見た。
少年は、目深に被ったパーカーのフードを、さっと背中に下ろす。
その口元には、好戦的な笑みが滲んでいた。
「職場の存亡の危機とあっちゃ、黙ってるわけにもいかねーだろ。ちょっと行ってみようぜ、リリィ」
「……やれやれ、もう」
メイド少女は無表情のまま嘆息し、起伏に乏しい声音で言う。
「男の子って、いつまで経っても子供なんだから」
「……お前、それ言いたいだけじゃね?」
「大丈夫。夜のジンケはちゃんと大人だから」
「そりゃどうも」
「あう」
ピンとメイド少女の額を弾き、《第六闘神》はポータルへと足を向けた。
――これと似た光景は、ムラームデウス島の各所で起こっていた。
今、この瞬間の歴史の中心、ナイン山脈。
その場に居合わせるため、何百というプレイヤーが大移動を開始する。




