第201話 VS.《呪王》 - Part6
《堕天魔霊長ケセラシファー》の力を借り受けた《呪王》は、円筒状の塔の頂上にいる。
塔の入口は東西南北に一つずつ。
対し、俺たちの人数は16人。
ちょうど4人ずつに分かれて塔の頂上を目指すことになる。
「ぶーぶぅーっ! ミミもケージ君と一緒に行きたかったのにぃーっ!」
「あなたのところはクランメンバー合わせてちょうど4人生き残ってるんですから、そっちに入るのが当然でしょうが!」
「ま、しょうがないかぁ。庶民のことも心配だしね?」
「み、ミミ様……!」
「ご心配には及びません! ミミ様は我々が守りますゆえ……!」
「あっりがとーっ! 庶民だいすきーっ!」
滂沱の涙を流す二人の騎士と巨人騎士・火紹とを連れて、UO姫たちが西の入口から塔に入る。
「それでは、わたしたちも」
「みんな――いっちゃん上で待ってるぜ」
「おっ、くらげかっこいいー」
「あ、あのっ……また、あとで!」
ろねりあ率いるJK4人組が南の入口から。
「ご武運を、我らが光!」
「赤き曙光が射さんことを!」
それっぽい合い言葉を残して、《赤光の夜明け》の生き残りたちが北の入口へ向かう。
そして、東の入口から塔に入るのが俺たちだ。
「なんだか悪いね、入れてもらっちゃって」
「チェリーさんと同じパーティなんて恐れ多いです~……! まいる、頑張って足を引っ張らないようにします!」
「いえいえ。お二人がいれば安心です。少なくとも、打ち合わせもなくいきなりワイバーンから飛び降りたりする人に比べれば」
「おい。それは誰のことだ。まさか一番付き合いの長い奴のことじゃないだろうな」
「あはは」
「笑って誤魔化すな!」
俺とチェリーに加えて、セツナと巡空まいるを加えた4人で、東の入口の前に立った。
見上げれば、塔の屋上の縁からは、漆黒に染まった天使の翼が大きくはみ出している。
まずは、あそこに辿り着く。
「さあ、一気に行きますよ!」
めいめいに応えを返し、俺たちは塔内に突入した。
円筒状の塔の中は、極めて単純な構造だ。
螺旋階段。
ひたすら螺旋階段。
緩く左にカーブする階段が延々と続き、右手の壁にはガラスのない窓が等間隔に並んでいる。
もしこの塔にマップがあれば、4つの螺旋階段がDNA構造のように絡み合っているのが見えるはずだ。
それでいて、それらは一度として合流しない――螺旋階段の終端である屋上に辿り着くまで。
「そろそろ中間ポイントです……! 準備はいいですか!?」
階段を駆け上がりながらチェリーが言い、俺たちは揃ってうなずいた。
直後、小さな部屋に出る。
学校の教室よりも少し大きいくらいで、奥にはやはり階段がある。だがそれは、俺たち全員が部屋に足を踏み入れた途端、
――ガシャン!
俺たちが来た道も、奥に見える階段も、不意に落ちた鉄格子に封鎖された。
続いて、床に穴が開いた。
その穴から演劇のようにせり上がってきたのは、人を模ったと思しき鉄の人形――否、ロボットだった。
スカートのように広がった白い装甲の奥で、キュィイイン、という駆動音が、徐々に音階を上げていく。
頭部には赤く輝くモノアイ。それが上下左右に、非生物的な等速度で動いたかと思うと、ひたと正面の俺たちに向いて静止する。
そして言うのだ。
無機質な電子音声で。
『排除シマス。排除シマス』
実にわかりやすい宣言だった。
同時、金色に輝くレーザーの剣が右手に、バリバリと帯電する盾が左手に現れる。
それから、ブウン、と音を立てて、頭上に光の輪と、背中から天使の翼を生やした。
身体も武器も科学の匂いしかしない中で、頭上の輪だけがいやに幻想的で、背中の翼だけがいやに神々しい。
「僕、好きだよああいうの。SFとファンタジーの融合っていうかさ」
そんなのんきなことを言いながら、セツナが片手剣と盾を構える。
「同感だけど、詳しく見物してる時間はないな」
「ええ。最速で行きますよ!」
「ラジャーでーっす!!」
天使型ロボットの頭上にネームタグが現れる。
《ケセラシファー・サーヴァント Lv130》。
それが戦闘開始の合図だったのだろう――キュウィイン、という音と共にサーヴァントが一歩踏み出した。
直後だった。
「スウッ――――!!」
鋭く息を吸う気配がしたかと思うと、火球や雷や風刃や水弾がマシンガンのようにサーヴァントに殺到した。
巡空まいるが舞っている。
踊り子装束の袖を優美に翻し、一挙手一投足を詠唱とする《完全暗唱術》でもって、下級魔法の機関銃と化す。
「まいるさん! MP大丈夫ですか!?」
「平気ですっ! まいるの《瞑想》と《魔力節約》は特別製ですよ~っ!」
さすがはウィザード職の総本山でエースを張るだけはあるか。MP枯渇対策に抜かりはないらしい。
「では、私は支援に徹せそうですね……! 《オール・キャスト》!」
俺とセツナの身体を支援魔法の光が包み込んだ。
「隙は私たちがいくらでも作ります!」
「好きなだけやっちゃってください、お二人とも~っ!」
頼もしい後衛たちの声に押されるようにして、俺とセツナは前に出た。
サーヴァントは巡空まいるの《ダンシング・マシンガン》を盾で防ぐので精一杯だ。俺たちは左右に分かれ、側面に回り込む。
「おらっ……!」
「セイヤあッ!」
それぞれに魔力の光を帯びた体技魔法を叩き込むと、純白の装甲から赤いダメージエフェクトが激しく撒き散らされた。
モノアイが強く輝く。
ギャッギャッ! とレンズが素早く左右に走り、巡空の弾幕を半ば無視する形で、無理やりセツナに光の剣を振るった。
「っと……!」
「《デンダー》!」
まさにそのとき。サーヴァントがセツナに踏み出したタイミングで、稲妻が金属の駆体に鋭く突き刺さる。
サーヴァントの行動を気取ったチェリーの攻撃だった。ネームタグの横に束の間、麻痺アイコンが灯り、天使ロボの動きがガキリと止まる。
「うわっ、完璧すぎてビックリした……! ケージ君ズルくない!?」
「何がだよ!」
「いつもこんな支援受けてるなんてズルいでしょ!」
そんな無駄口を叩きながらも、俺たちは麻痺したサーヴァントに剣を叩きつけていた。
「ああくそっ、なんかムカついてきたよ! 僕も可愛くてゲームが上手い恋人がいたらな……!」
「だから別に付き合ってねえっての!」
「その台詞も1回言ってみたい!」
「そのイケメンボイスで言ったらただの嫌味だぞ! っつーか彼女が欲しけりゃさっさと作ればいいだろ! ろねりあ辺りにさっさと告れ!」
「は!? なんでろねりあさん!?」
「実況者同士お似合いだろ? お前は炎上するかもしれねえけど」
「だったらダメでしょ!」
「だったら? つまり炎上しなければ告るってことだな」
「うわっ、この絡まれ方すごくウザい! 今までごめんケージ君!」
いくら俺とセツナが熟練者で長い付き合いとはいえ、ここまで無駄口ばかり叩けているのは、それほど余裕だったからだ。
巡空まいるが弾幕でサーヴァントの行動を制限し、チェリーが敵の反撃をことごとく潰してくれるため、俺たちの仕事はひたすらぶっ叩くだけだった。
ケセラシファー・サーヴァントはあっという間に鉄屑になって消滅する。
鉄格子が開かれ、上へ向かう階段に行けるようになった。
「さあ、先を急ぎましょう! あとセツナさんはぜひ告りましょう! 絶対いけると思います!」
「まいるもいけると思います!」
「言っとくけどこれ配信してるんだからね! あとでろねりあさん本人が見るかもしれないんだからね! わかってる!? ……は? アーカイブ? 残すわけないよ! 動画ではここだけカットするから!」
頭の後ろに飛ばしている妖精型カメラに向かって叫ぶセツナ。セツナはクロニクル・クエストの攻略配信を、資料として動画に残しているのだ。
「結構な再生数と投げ銭でそこそこ小遣いもらってるんだから、このくらい甘んじて受け入れろよ」
「さすが普段からイチャつくのを本にされてる人は違うなぁ……」
「アレは脚色されてるっつの!」
「そうです! 私たちあんなアホっぽくないです!」
「そうかなぁ……割と史実に忠実だけどなぁ……」
小部屋を後にし、再び階段を駆け上る。
さあ、この塔はここからが本番だ。
聞いた話によれば、そろそろ――
シュウィン、と大気を切るような音がした。
「――来ますっ! 窓の外!」
チェリーが注意を促したそのとき、右の壁に並ぶ四角い窓の外に、小さな翼を生やした妖精が現れた。
いや。
妖精ではない。
天使の翼によって宙を飛ぶそれは、《ケセラシファー・バッテリー》という固有名を与えられている。
バッテリー――電池ではない。
砲台だ。
窓の外に姿を現したそれは、ケセラシファーが遠隔操作する飛行砲台だ!
「走ってください! 全力で!」
天使型の砲台がカッと輝きを放つ。
直後、それは極太のビーム砲となり、塔の壁を消し飛ばしながら俺たちの背後を貫いた。
ちらと振り返れば、ビーム砲を喰らった階段は完全に崩落している。
もし、ビームを避けるために足を緩めていれば、屋上へ向かう道が断たれていた。
走るしかないのだ。上へ行くためには、ひたすらに!
天使砲台が窓の外に現れる。
光。
音。
衝撃が背中を叩く。
「うっひゃあーっ! 映画みたいです~っ!!」
「ムリムリムリ! そろそろキツい!」
巡空とセツナが二者二様の騒ぎ方をしながら、崩れ落ちる階段から逃げる、逃げる。
そのうち、窓の外の光景が様変わりしていることに気付いた。
漆黒の空と、黒ずんだ地平。
地平線は見えず、代わりにコールタールのように不気味にテカる壁が、地面をとある一線で遮断している。
《呪王》によって作られた仮想空間ってところか――今まで意識さえしなかったそれが望めるほどの高空まで、俺たちは登ってきたのだ。
もうすぐだ。
もうすぐ、屋上に辿り着く……!
シュウィン、と風を切る音がする。
来るか、また砲撃が。
あと一発。
無傷で切り抜けることができれば!
「――見えたっ!」
左にカーブする階段の先に、漆黒の空が見えた。
長い螺旋階段の終わり。
《呪王》が待つ屋上だ。
さあ、あとは、横から来るビーム砲を躱すだけ――
その瞬間。
俺たちの誰もに、多かれ少なかれそれがあったことは否めない。
すなわち――
油断が。
《呪王》は、的確にそれを突いた。
「え」
「な」
「う」
「そっ?」
ヒュウン、と天使砲台が飛んでくる。
窓の外――ではなく。
その窓を通って、塔の中へ!
言葉が追いつかなかった。
本来のケセラシファー戦ではこんなことは起こらなかった。ケセラシファー・バッテリーは最後まで窓の外から撃ってくるのみ。
だが、できる。
あのサイズならば、ガラスもない窓を通り抜けることは、充分に。
ならば、やる。
あの《呪王》ならば、当然の選択として!
天使砲台は俺たちの前に立ち塞がる。
そして、カッと輝くのだ。
階段そのものを、縦断的に狙いながら……!
「かい――」
ひ、というチェリーの言葉は、最後まで続かなかった。
壁際まで寄れば、ギリギリ避けられたかもしれない。
しかし、それをやるにはあまりに遅すぎたし――
――その前に、すでに動いている奴がいた。
壁際に寄って避けようと、俺たちが足を緩めたその瞬間――セツナが、盾を構えながら前に飛び出したのだ。
「…………ッ!!!」
キュドンッ!! とビーム砲が射出された。
青白い光の槍を、セツナは盾で真っ向から受け止める。
一瞬たりとも、保ちはしなかった。
階段という足場の悪さ。それがよくなかった。セツナはうまく踏ん張ることができず、後ろに弾き飛ばされて、勢い良く階段を転がり落ちた。
だが。
行く手を阻まれたビーム砲は――その軌道を、わずかに上に逸らした。
天井をビームが貫く。
身を屈め、それを潜り抜けるようにして、俺は階段を登り切り、ケセラシファー・バッテリーを魔剣で串刺しにした。
「セツナ!!」
それから振り返り、叫ぶ。
セツナはだいぶ下まで転がり落ちていた。
生きている。
階段も破壊されていない。
ただし。
その頭上の天井には、すでに大量の亀裂が走っていた。
「――ケージ君!!」
セツナは顔を上げると、傍に飛ばしていた妖精型カメラをむんずと掴む。
そして、投げ飛ばした。
妖精型カメラは俺の胸の辺りにぶつかり、あるメッセージウインドウを表示させる。
【《セツナ》から配信主体の移行を提案されました。受諾しますか?】
これは……!
映せって言うのか? 俺に――この先を。
「甘んじて受け入れてよ!!」
声は明るく、表情は笑顔だった。
バキリ、と天井が形を崩す。
無数の瓦礫がセツナの姿を押し潰し、階段さえもぐちゃぐちゃに崩落させた。
仮想世界では、『死んだと思いきや実は生きていた』は通用しない。
パーティを組んでいたことによって表示されていたセツナのHPは、完全にゼロ。
蘇生待機状態の人魂も階段と共に落下し、もはや戦線復帰は叶わない。
「……仕方ねえなあ」
別に死んだわけじゃない。
また一緒にパーティを組むこともあるだろう。
しかし、『今』という時間からセツナが脱落したことは間違いなく。
しかし、配信者の意地として、あいつはそれを俺に託した。
映し続ける。
届け続ける。
今、この場で紡がれ続ける物語を。
それがセツナというプレイヤーの信条であることは……あいつの何百本にもなる動画を見ていれば、誰だって知っていることだ。
俺は妖精型カメラを傍に飛ばし、その向こうの大勢に言う。
「悪いな。コメントは見れねえけど」
俺は【受諾】をタップした。
「必ず、最後まで見届けさせてやる」




