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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い
198/262

第197話 VS.《呪王》 - Part2


 赤々と煮えたぎる溶岩の中を、黒い影が泳ぐ。

 飛び石のように点在する足場の間を、それは縫うようにして動き回る。

 俺の脳裏に記憶が蘇った。

《炎熱海皇帝ヴォルール》。

 カース・パレスの結界を解除するため戦った、戦略十二剣将の一角たるレイドボス――その戦いの記憶がまざまざと蘇る……!


 溶岩を泳ぐ黒影が速度を緩めた瞬間、反射的な速度で甲高い声が上がった。


「潮吹き攻撃ですっ! 離れてえっ!!」


 それは巡空まいる。

 まさに《ヴォルール》戦の指揮を執っていた彼女の指示に、影の近くにいたプレイヤーたちが慌てて動き出す。


 直後だった。

 黒影があった位置から轟然と溶岩の柱が立ち上る。かと思うと、それは爆弾めいて弾け散った。

 傘のように広がった溶岩が雨となって降り注ぎ、岩石の足場を飲み込んでいく……!


「――うわっ……!?」

「うおおおおっ!?」


 逃げ遅れたプレイヤーたちが為す術もなく溶岩の雨に打たれる。

 だが、彼らはまだマシなほうだ。

 もっと悲惨なのは、逃げようとしたもののAGIが足らず、足場から溶岩の中に転落した連中……!


「うぼッ!? ぼぼぼぼぼぼっ!!」

「よ、鎧が重っ……!!」


 ほんの1秒程度だった。

 藁を掴む暇さえ与えられず、彼らはボッと青白い人魂に変わる。

 HPが尽きたのだ。

 溶岩で溺れることは――特に重い鎧を着て溺れることは、問答無用の死を意味する……!


 溶岩の柱の中から束の間、姿を現した《呪王》は、その死に様を冷ややかに見下ろした後、再び溶岩の海に潜る。


「総員《ウォルルード》! 足場を増やしてくださいっ!」


 巡空まいるの号令で、《赤光の夜明け》のウィザードたちが大量の水を撒き散らした。

 それによって溶岩の一部が冷え固まり、新たな足場になる。

 本来は先にこうしておくのが《ヴォルール》戦のセオリーだ。

 しかし、突然のステージ変更に不意を打たれ、対応が間に合わなかった……!


「――皆さん! ここはまいるさんに従ってください!!」


 チェリーが叫びながら巡空まいるに目配せを送る。

 巡空まいるはうなずき一つでスムーズに指揮権委譲を済ませ、よく通る声で叫んだ。


「重い鎧を来てる方はすぐに脱いでください!! そして、もしあれば炎耐性の装備に変更! ウィザードの皆さんは溶岩から離れた位置で待機! 指示と同時に《ウォルルード》です!! 残りはヘイト稼ぎをお願いします!! ――《赤光の夜明け》、前へ!!」


 指示を受けて《赤光の夜明け》の面子が前に出た瞬間、ザパンッ! と《呪王》がトビウオのように溶岩から飛び出した。

 赤いバリアの中で両手を薄く輝かせ、勢いよく前に突き出す。

 それに押し出されるようにして、溶岩の海が盛り上がった……!

 3種類ある《ヴォルール》の攻撃パターンのひとつ、溶岩の大波攻撃!


 飛び石めいた足場を飲み込んで迫る波濤に対し、最前に出た《赤光の夜明け》のウィザードたちが杖を差し向ける。

《赤光の夜明け》は、MAOにおける魔法職の総本山。

 このゲームで最も強い魔法使いたちが集うクラン。

 その手にかかれば、溶岩の波ごとき……!


「「「《マギシルド》!!」」」


 魔法の障壁が幾重にも渡って展開する。

 それは押し寄せる溶岩を正面から受け止め、そして堰き止める……!!


「今ですっ!」


 巡空まいるの声を聞くや聞かずや、俺は飛び石のような足場を駆けた。

 ウィザードたちと力比べをして無防備な《呪王》に食らいつく……!


 俺が突き出した魔剣の切っ先が、硬質な音を立てて赤いバリアに弾かれる。

《呪王》がかすかに眉をひそめ、俺を見た。

 直後。


「「「《ウォルルード》!!」」」


 ごうごうと渦を巻く水流の槌が《呪王》に殺到する。

 それらはすべて赤いバリアに阻まれるが、ひとつ、ふたつ、みっつ――時を追うごとに亀裂が増えているのが、近くにいる俺にはわかる!


「ぐっ……!!」


《呪王》がバランスを崩す。

 それはほんのわずかな姿勢の乱れ。しかし、そのわずかな乱れが、拮抗にとっては致命的。


《ウォルルード》の水流に押され、《呪王》は決定的にぐらついた。

 上体を仰け反らせたかと思うと制御を失った飛行機のように墜落する。

 岩石の足場の上でしたたかにバリアを打ちつけ、そのまま溶岩の中に転げ落ちた。


 俺は魔剣フレードリクを構えながら、溶岩に浮かぶ黒影を見据える。

 それは一度、深くに潜って姿を消すと、離れた位置に現れて、猛然とこちらを目指して泳ぎ始めた。

 そうだ、こっちに来い……! 俺にヘイトが向けば向くほど、他の連中が動きやすくなる!


 影の速度から見て、第三の攻撃パターン、足場丸呑み攻撃が来ると見た俺は、カウンターを叩き込むべく身構えた。

 ――が。

 溶岩を泳ぐ黒影は、俺がいる足場を素通りする。


「んなっ……!」


 慌てて振り向けば、影が向かう先には、《赤光の夜明け》以外のウィザードたちが固まっている。

 対《ヴォルール》に慣れてない連中を先に削ろうってか……!


「逃げろおおおーっ!!」


 溶岩を冷やし固めて足場を大きくしたのが裏目に出た。

 後ろで固まっている連中には、足元に迫る《呪王》の影が視認できない……!!


 プレイヤーたちの足元が、ぐらりと揺れた。


「……お?」

「ああああああああーっ!?」


 次の瞬間、足場そのものが猛然と衝き上げられる。

《呪王》の黒い影と共に噴き上がった溶岩が、プレイヤーを二人ほど飲み込む。

 それはすぐに引っ込んだかと思うと、異なる位置で続けざまに、プレイヤーたちを足元から襲った。


 まるでモグラ叩きだが、事態はそう牧歌的じゃない。

 逃げ惑うプレイヤーたちの数が、見る見る減っていく。

 この足場飲み込み噴火攻撃は、レベル110以上なら即死することはない。

 だが、足場が刻一刻と減っていく上、常に移動することを強制されるため、回復する余裕がない。

 もし一度でも喰らってしまえば、その動揺から高確率でもう一度被弾する、致死率の高い攻撃……!


 実際、ちらほらと青白い人魂が見え始めている。

 蘇生アイテムはほんのわずかしかない――これ以上戦力を減らされるわけにはいかない!

 そのためには《呪王》が攻撃する地点を読み、技後硬直を狙って魔法を叩き込むしか――


「――そこ」


 視界の端で、踊り子が舞った。


「――まで」


 まるで妖精のように、その周囲にとりどりの輝きが瞬き。


「――ですっ!!!」


 一斉に、何もない場所に向かって、色とりどりの光が――巡空まいるが《完全暗唱術》によってショートカット発動した魔法が殺到する。

 何もない場所。

 そう見えたのは、巡空まいるが魔法を撃ち放った、その瞬間までだった。


 まるで自ら飛び込んできたかのようだった。

 足場が噴火し、溶岩の柱が噴き上がり。

 その中に浮かび上がった黒い影に、置き撃ち(・・・・)された魔法が着弾する。


 ガィンッ!! という硬質な音。

 溶岩の柱が嘘のように消え散り、隠れていた《呪王》が空中に姿を現す。

 その赤いバリアには、遠目にもわかるほど多くの亀裂が走っている。

 あと一押し。

 そう思ったときには、魔法職の総本山《赤光の夜明け》のエース、巡空まいるの右手が光り輝いていた。


「《クリムゾン》ッッッ――――」


 地平線から顔を出した太陽が、地上を照らし上げるように。

 右手に掴んだ光を、踊り子装束の少女が投げ放つ。


「――――《ドおおおおおおおおおおおおン》ッッッ!!!!」


 キュドッ!! と、極太の光条が、一瞬にして《呪王》を飲み込んだ。

 なんって弾速……それに大きさ!

《赤光の夜明け》が独占する光属性奥義級魔法《クリムゾン・ドーン》。

『クソデカビームをぶっ放す』というシンプルにしてちょっと憧れる一撃が、赤いバリアに包まれた《呪王》をステージ端の岩壁に叩きつける。


 バリン、という音がした。

 ビームが収束し、岩壁にめり込んだ《呪王》が露わになったとき、すでにその身にバリアはなかった。

 HPゲージはやはり、ほぼ無傷。

《呪王》は岩壁から這い出ると、ふわりと浮遊し、淡々と唱えた。


「《呪い返されよ》――」


 新たに現れたバリアは、緑。


「――《カーディナル・エテックス》……!!」


 再び、世界が滲んで、変わった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 赤く煮え立つ溶岩を塗り潰すようにして現れたのは、その正反対の緑深い森。

《猿人枢機卿エテックス》のテリトリー。

 分厚く折り重なった梢の下で、緑のバリアに包まれた《呪王》が俺たちを見下ろす。

 まるで試すような、その視線。

 それに応えるように睨み返した途端、《呪王》の姿が溶けるように消えた。


「…………!?」


 ザザッ、ザザザッ、ザザザザザザッ――!

 闇に沈む木々の奥から、葉の擦れるような音が聞こえてくる。

 正確な方向がわからない。

 右から聞こえるようにも、左から聞こえるようにも思える。

 なんだ、どうなってる? 《呪王》はどこにいる……!?


「葉擦れの音に囚われないでくださいっ!」


 チェリーの声が俺の耳をしたたかに打った。


「足音を聞き分けるんです! 攻撃の瞬間には必ず大きくなります!!」


《エテックス》の攻略を担当したのは、《ウィキ・エディターズ》のメンバーをまとめ役とした寄せ集めレイド・パーティだったはずだ。

 しかし、総司令官であるチェリーの頭には全ボスの攻略法が頭に入っている。

 Wiki要らずの司令官殿に頼もしさを感じながら、俺は葉擦れの音を意識から外した。


 ――ダゥンッ!


 地面を激しく蹴る音が耳朶を打つ。

 左だ。

 と思った瞬間、茂みの中から人影が躍り出た。


 身を仰け反る。

 鋭い爪が薄闇を裂く。

 目の前をそれが通り過ぎ。

 すれ違いざまに魔剣を振るった。


 硬い手応え。目の前に緑のバリアが浮き上がり、すぐに消える。

《呪王》は再び茂みに飛び込み、ザザザッ、と葉を鳴らした。


「次! 上っ!」


 鋭くチェリーが叫ぶと同時、木漏れ日を影が横切るのが見えた。

 縦横無尽。

 木の上を、目にも留まらぬスピードで人影が飛び回っている。

 マジかよ《エテックス》……! レイドボスがこんなスピード型って有り得るか、普通!?


「タンク、前へ! さっき活躍できなかった分、ここで出番です!!」


 おおっ!! と威勢良く応えながら、分厚い鎧を着直した戦士たちがガンガンと盾を叩き鳴らす。

 光を影が覆った。

 逆光を背負いながら落ちてきた《呪王》が戦士たちの目の前に勢い良く着地し、


 ズンッ―――!!


 地面が揺れる。

 ガサガサガサッと木々が激しく鳴き、ビリビリとした衝撃が全身に巡る。

 盾を構えたタンクたちが呻き声を上げて踏ん張った。ダメージエフェクトが小さく、いくつも散る。

 衝撃波! 着地時に近くにいるだけで……!


「もう1回来ますよ!!」


《呪王》がもう一度跳んだ。

 あっと思う間もなく、再び地面が揺れる。衝撃波は戦士たちが受け止めてくれた。後ろにいる俺たちにダメージはない。もう一度来るか、と体重を後ろに寄せかけて、


「後ろ! 行き過ぎない! 頭上注意!」


 揺れた背後の木から、イガグリのような殺人的な形の木の実が大量に降り注いだ。後ろのプレイヤーたちから悲鳴が弾ける。

 衝撃波を警戒して遠ざかれば木の実攻撃の餌食……! なんつーいやらしさ! 敵本体ばかり気にしていたら、この森そのものの攻撃にやられる構造……!


「《ファラゾーガ》ッ!!」


 衝撃波攻撃後で硬直する《呪王》にチェリーが火球を叩き込む。

 それに続くようにいくつかの魔法、それに接近しての物理攻撃が加えられるが、決して充分なものじゃない。


 ――オオォオ、と洞窟に吹く風のような声がした。

 ひやりとして振り向けば、鬱蒼と茂る森、それを構成する木々のすべてに、裂けたような口が生まれていた。

 その口が、歌っているのだ。

 人間の耳にはとても意味のわからない、何かを賛美するような歌を。


 次の瞬間、木々は木々ではなくなった。

 根を地面から抜き、足のように使って、集団行動のように整然と動き始めたのだ。

 俺たちを囲むように生えていた木が、あたかも織田信長の三段撃ちのように、後ろの木と位置を入れ替わる。

 そして、濡れた犬のようにぶるりと震え、葉の茂る枝を揺らした。

 さっきとは形の異なる四角い木の実が、フケのように枝葉から飛び出したかと思うと、地面に叩きつけられて潰れ、紫色の果汁を撒き散らして異臭を放つ。

 あからさまに毒!


「気をつけてください……! 木の実攻撃は1回ごとに違う状態異常を起こします!」


 ほんっっっっっとうにいやらしいな!!

 俺は背後の木々に注意を払いつつ、再び森の中に姿を消した《呪王》の気配を探った。


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