第193話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:カース・パレス攻略戦Ⅱ
「――状況を報告してください!!」
カース・パレス南門前線基地の会議室に飛び込んだチェリーは、開口一番そう叫んだ。
会議室に集まっていたのは、後方を担当する《ネオ・ランド・クラフターズ》の主たるメンバーだ。
そのリーダー、職人っぽい雰囲気の男・ランドが、低い声で淡々と報告する。
「《フェンコール・ホール》、《恋狐温泉街》、《呪竜遺跡》、それに空中都市の基地でモンスター襲撃イベントが発生中だ。モンスターの平均レベルは110以上と極めて高い。数も多く、居合わせたプレイヤーじゃあまったく手が足りてねえって状態だな」
「《ナインの村》は?」
「そこは今のところ襲撃は起こってないらしい。この画像を見てもらえるか」
卓上に1枚のスクリーンショットが表示される。
どうもナイン山脈を遠くから撮影したもののようだが――一目で異常だとわかった。
山脈の上空を、真っ黒な雲が覆っているのだ。
それはまるで、呪転領域の空。
ナイン山脈そのものが呪われてしまったかのような――
「各街を襲っているモンスターは、この黒い雲から出現している」
ランドが言った。
「わかっているだろうが、どれか街が一つでも陥落すれば、おれたちにとって致命傷だ。何せそれは、補給線が断たれることを意味する」
チェリーが難しい顔つきでうなずいた。
モンスター襲撃イベント。
それは人類圏内のどんな街にも定期的に起こるイベントだ。
その名の通り、どこからともなくモンスターが湧き出しては街に攻撃を仕掛け、《ポータル》を目指して侵攻する。
街と街を繋ぐテレポート装置である《ポータル》は街の心臓でもある。
破壊されれば《陥落》となり、そのエリアは丸ごと人類圏外へと逆戻りする。
すると、どうなるか?
|NPCショップが消える《・・・・・・・・・・・》のだ。
俺たちの攻略を下支えするポーションなどの消費アイテムは、主にNPCショップから供給される。
基地のある空中都市を含む元・呪転領域は、まだシステム上は人類圏外なので、アイテムは後方の街のNPCショップから運送している状況なのだ。
その補給がなくなる可能性がある。
そうなれば俺たちは、回復を宿屋に頼ることになる。
言うまでもなく、宿屋もまた後方の街にしか存在しないから、攻略速度には著しい遅れが生じる。
というか、その宿屋も破壊されるかもしれないのだ。
伴ってリスポーンポイントも消えることになるので、俺たちは死ぬたびにもっともっと後ろの街に飛ばされることになり――
モンスターの手に落ちたエリアを突破しなければ、二度と前線に戻れなくなる。
「……それだけは……それだけは避けなければなりません……!」
チェリーがかすかに声を震わせる。
「回復が遅れるだけならまだしも、戦線復帰するのに人類圏外を突破しなければならないようでは……!」
「実質、脱落だな。……一度でも死んじまえば、そこでゲームオーバー。二度とこのカース・パレスには戻ってこられないだろう」
ランドの口調は落ち着いていたが、その顔つきは厳しいものだった。
「一応、有事に備えて《往還の魔石》を余分に確保してある――死んで後方に飛ばされた連中を呼び戻すことは、まあできなくもねえが」
「いえ、それは今すぐ使ってください」
チェリーは決然と告げた。
「一刻も早く各街の防衛へ人を回さなければなりません。補給線・復帰線を断たれた後に使ったところで焼け石に水です」
「そう言うと思って準備を進めてあるぜ」
ランドは頼もしげににっと口角を上げた。
「各クランの連中も防衛部隊の編成を始めてる。そろそろ終わる頃だろう。あんたの一声で動くはずだ、総指揮官殿」
「ありがとうございます……! すぐに動くように伝えてください!」
チェリーが声を張り上げると、会議室にいた何人かが飛び出していった。
正直、みんなの仕事が早すぎて、俺、全然ついてけてねえ。すげえなみんな。
少しだけ明るくなったチェリーの顔が、再び思案げにしかめられる。
「……ただ、防衛に人を回す分、カース・パレス攻略の人員が削られてしまうのが気になりますが……」
「そこについては、少しだけいいニュースがある」
ランドが言って、卓上に表示された画像が別のものに変わった。
それは黒雲をバックに舞い降りてくるモンスターたちの群れ。
そして、その背に――
「――この、光の糸は……」
「ああ。カース・パレスの結界を守るモンスターどもと同じものだ。襲撃イベントのほうでモンスターを倒しても、こっちの結界突破の足しになるってことさ」
「ん? ってことは……」
俺は初めて声を漏らした。
カース・パレス大廊下での戦いは、物理的なスペースの問題から、同時に戦えるのはせいぜい100人ってところだった。
だが、結界の要となったモンスターが地上の襲撃イベントに回ったのだとしたら――同時戦闘可能人数はもっと上がることになる。
「理屈上は、結界突破の速度が上がることになるんじゃないか?」
「理屈上は、ですけどね」
チェリーの眉間にはまだしわが寄っていた。
「地上にモンスターが回った分、こっちのモンスターの湧出速度が下がってくれるなら簡単なんですけど――」
「ああ。ご懸念の通り。結界から湧いてくるモンスターの勢いは、さっきまでと少しも変わっちゃいねえ――おれたちは後方の防衛に大量の戦力を割いた状態で、今までと同じ勢いで殺しにかかってくるモンスターと戦わなきゃならねえってこった」
ふう、とランドは疲れた調子で息をついて、チェリーを見た。
「申し訳ねえが、総指揮官殿といえども、遊ばせておく余裕はないだろう。――ここから先は、修羅場だぞ」
チェリーは唇を引き結んだ。
俺もまた、全身に気合いを漲らせた。
お気楽な狩りは、どうやらここまでらしい。
「後ろはお任せします」
「任された。好きに暴れてくれ」
俺はチェリーと共にきびすを返し、大急ぎでカース・パレスへと取って返した。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
午後1時36分、第六結界突破。
午後2時42分、第七結界突破。
午後4時01分、第八結界突破。
わずか3時間半ほどのうちに、3000体にも及ぶモンスターが狩り尽くされた。
残る結界は2枚。
終わりが見えてきたと喜んでいる暇などない。
結界を突破するごとにモンスターの抵抗は激しさを増し、なのに俺たちは資源と体力をすり減らしていくばかりなのだから。
ほんの数時間前まで、祭りのような気楽ささえあった戦場は、今や血で血を洗う鉄火場と化していた。
「――先輩っ! 後ろが戻ってきました!」
「くそっ、やっとかよ!」
「交代のタイミングを作ります! 3、2、1――」
チェリーの魔法がモンスターを薙ぎ払ったところで、俺たちは速やかに後ろに下がる。
そのまま全力で出口を目指して走り、入れ替わりにやってくるプレイヤーたちと無言ですれ違った。
時を追うごとに、襲撃イベントが起こった後方の街の戦況は悪化している。
襲撃モンスターのレベルが高すぎるのだ。
110以上なんて馬鹿げたレベルの相手と戦えるようには、どの街もできていないのだ。
結果、当初の想定よりも多くの戦力を補給線の防衛に割くことになった。
最前線の人員の減少は、当然ながら戦場のローテーションをタイトにする。
ポーションを使い尽くしても補給に戻れないなんてのは当たり前。
やっとの思いで基地に戻れても、数分と休めずに戦場に駆け戻る。
ネトゲにおける伝統的な地獄が展開されていた。『ゲームのために仕事やめろ』っていうアレの状態である。休みの日でよかったなちくしょう!
前線基地の『補給場』と呼ばれるホールに飛び込むと、そこはそこで地獄が広がっていた。
「マナポーションの数が足りねえぞ! どうなってる!?」
「誰かぁー!! 誰か砥石持ってませんかー!?」
「は!? トイレ!? 我慢するか漏らすかしろバカ!!」
ポーションを供給する商人たちや、戦闘職の武器をメンテナンスする鍛冶屋たち。
彼らが、まさにてんてこ舞いと呼ぶべき混沌ぶりで走り回りながら、怒号を飛び交わせているのだ。
俺たちはその混沌の中に飛び込むや、近場の商人に叫んだ。
「すみません! 《グラン・マナポーション》をあるだけもらえますか!?」
「すまねえ、総指揮官さん……! 後ろからの追加がまだ届いてねえんだ! 3個でなんとか繋いでくれ!」
「さっ、3個……!? わ、わかりました……」
3個ぉ!?
MPが生命線のウィザードは、MP回復効果を持つ4種類の《マナポーション》(無印、ハイ、エクス、グラン)を、それぞれ限界スタック数の10個まで常備しておくのが基本だ。
それが、たった3個。
MP管理のうまさで誤魔化せるレベルを超えてるぞ!
「アイテムの供給が足りなくなってますね……」
「ああ……。戦闘は後ろの街でも起こってるわけだからな。そっちにも資源は必要だし、物流も混乱してるはずだ」
「各隊、すでに宿屋回復を織り交ぜて戦線を維持しているみたいです。アイテムを使うのに比べて時間が掛かるのに……」
宿屋回復ってのは、宿屋に宿泊費を払うことでHPとMPを全快させることだが、当然ながら、宿屋まで戻らなきゃならない分タイムロスになる。
このタイムロスが、余裕のない大規模戦闘では結構な痛手になるのだ。
おかげで、結界の突破速度は徐々に落ちていた。
最初の概算では40分で1枚突破できる計算だった――今となっては同時戦闘人数の制限もないわけだから、もっと速くたっておかしくない。
だが実際には、倍ほどの時間がかかってやがる。
アイテムが足りなくなり、補給が滞り、用兵そのものが軋みを上げているのだ。
「ここも後ろも自転車操業だ。このままじゃいつ戦線が崩壊してもおかしくないぞ……」
「結界さえ突破してしまえばいいんです。モンスターが結界と紐付いている以上、そうなれば襲撃イベントも終わるはずです」
「残り2枚。……これを突破すれば、《呪王》が丸裸になる」
「晩ご飯の前に道を開けましょう、先輩」
「ああ――経験値はもう充分いただいた」
そのときだった。
混沌と化した補給場にプレイヤーが駆け込んできたかと思うと、折り重なる怒号を吹き飛ばすような大声で叫んだのだ。
「――第九結界突破ぁーっ!!」
おおおおおおっ!! という歓声が、補給場に轟いた。
これで、あと1枚……!
もう少しで顔を拝めそうだな、《呪王》――!!
――と。
希望に漲った俺たちの前に、もう一人、プレイヤーが駆け込んできた。
ん? 第九結界の突破ならもう聞いたぞ?
きっと俺を含む誰もがそう思った次の瞬間、そのプレイヤーは、俺たちにとって最悪の凶報を大声でもたらした。
「――呪竜遺跡が、陥落した……!!」




