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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い
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第192話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:カース・パレス攻略戦Ⅰ


 黒ずんだ大平原の中心に座するカース・パレスは、ほんの昨日まではその威容でもって俺たちを圧倒していた。

 だが、今ではまるで逆だ。

 東西南北に四つ存在する門の前に、それぞれ一つずつ、わずか一夜で築き上げられた前線基地が睨みを利かせ、包囲網の様相を呈している。

 その様は、あたかも袋の鼠だ。

 俺たちはついに、このナイン山脈で明に暗に影響を及ぼしていたラスボス、《呪王》を追い詰めているのだ。


 午前11時45分。

 最後の竜巫女・メイアが力尽き、竜母ナインが完全なる呪転を果たして目覚めるまで、残り11時間と15分。


 俺たちは、カース・パレス南門に到着した。


「やってますねえ」


 大平原を横断するのに使った馬を、前線基地に設けられた駐輪場ならぬ駐馬場に繋いでくると、俺たちは開け放たれた門から前庭に入った。

 高さ10メートルほどもある巨大な鉄扉が開け放たれ、その奥に広く長く続く大廊下が伸びている。

 あそこが1万体にも及ぶモンスターによって塞がれた《呪王》の最終防衛ラインなわけだが、その雰囲気は、まるで祭りか何かのようだった。


 開け放たれた巨大鉄扉の手前には、順番待ちらしいプレイヤーたちが談笑しながら屯している。

 彼らへの補給と商売を兼ねた生産職プレイヤーが地べたにシートを敷き、それぞれ気ままに露店を出していた。


 最終決戦の地とは思えない光景だが、彼らも彼らで真面目だ。

 バージョン3史上最大のクライマックスが、目前に迫っている。

 それすなわち、クロニクル・クエストの貢献度を最も稼ぎやすい時期だということなのだから。


「実際、前回の貢献度ランキングでも、最後の最後にポッと出てきたジンケが1位をさらってったわけだしな」


「先輩はもちろん、3連続MVP狙いですよねー?」


「……まあ特に遠慮するつもりはねえけど」


「え? それを陰日向に支えた私に報酬を全部くれるって? えー? そんなぁ、悪いですよぉー。私は先輩のお役に立てればと思っただけでぇー」


「しれっと寄生しようとすんな!」


 むしろ今の貢献度1位は絶対お前だろうが! 人類軍総司令官サマよぉ!


 その人類軍は今、『各自、結界を突破せよ』という命令によって、実質自由行動になっている。

 ひたすらモンスターを狩りまくればいいカース・パレスの攻略においては、むやみに全軍を統率しようとしても時間を無駄にするだけだからだ。

 それよりは、MMOプレイヤー特有の『稼ぎ欲』に任せてしまったほうが早いという判断である。

 そういうわけで、総司令官も御自ら、いちプレイヤーとして戦場に参上した次第なのである。


 狩場の順番待ちらしい人だかりに俺たちが近付くと、視線が集まる感触がした。


「……おい、総司令官だ」

「うお、マジだ。こんな近くで見たの初めてかも」

「顔ちっちぇえ~。天使かよぉ……」


「ふっふ~ん♪」


 いい加減、容姿を褒められるのには飽きているだろうに、チェリーは上機嫌にドヤ顔をした。

 それから、


「えいっ」


「うおい!?」


 唐突に俺の左腕に腕を絡ませると、人だかりのほうに「ぶいっ」とピースをする。


「スクショターイム! 1分で終わりまーす!」


「ぬおおおおおおおおお!!」

「ケージ許せねええええええええ!!」

「拡散だ拡散拡散!!」


 おいいいいいいい!!

 バシャバシャ撮られてんだけど!

 SNSで拡散されまくってんだけど!

 何してくれてんのこいつ!?


 チェリーは俺の肩にしなだれかかりながら、「ぬふふ」と六衣よりも化け狐っぽい笑みを浮かべる。


「どんっどん外堀埋めちゃいましょうね~。このスクショが広まれば広まるほど、先輩はあの媚び媚び姫と仲良くできないという寸法です」


「どっちに転んでも炎上してんだよ俺は!!」


 そもそも向こうが勝手に絡んでくるのにどうしようもねえ! 理不尽!


 チェリー(と俺)の撮影会をしているうちに、大廊下のほうからプレイヤー集団がぞろぞろと撤退してきた。

 ポーションなどの物資が尽きたのだろう。

 入れ替わりに、順番待ちをしていた俺たちが大廊下に踏み入る。


 大理石の床にコツンと靴音を鳴らすと、チェリーは頭上を見上げて「ほあぁ」と溜め息を漏らした。


「ヴェルサイユ宮殿みたいですね……」


「ああ……行ったことねえけど」


 10メートル以上も高くにある丸みを帯びた天井には、巨大な天井画が描かれている。

 あまりにデカすぎる絵で、ストーリーはいまいち掴みきれないが……綺麗な女性や、羽根の生えた妖精たちが描かれているように見えた。


 巨大なトンネルめいて続く大廊下の奥からは、その静謐さには似つかわしからぬ音が反響してくる。

 剣戟。

 怒号。

 あるいは爆発。

 それは――戦闘の音だ。


 大廊下を中ほどまで進んだところに、戦場はあった。


 ゴブリン、オーク、ガーゴイル。

 キメラにデーモン、リザードマン。

 二車線道路ほどの広さの大廊下に、所狭しと居並ぶ異種様々なモンスターたち。

 それらは一様に、背中から細い光の糸を伸ばし、大廊下を塞ぐ結界と繋がっていた。


 大廊下の行く手を塞ぐ半透明の結界には、中心から放射状に、無数の線が走っている。

 それらは見る間に、ぷつり、またぷつりと断線し、ぱっと小さく弾けて消える。時計回りに、順番にだ。


 結界に放射状に走る線の模様は、結界の要となったモンスターたちを意味している。

 モンスターを1体倒すたびに、光の線が1本消えるのだ。

 最初は1000本あったはずのそれは、今、残り4分の1――時計でいえば9時の位置まで消滅していた。


 第五結界、残り250匹。

 それらを今、各所に分かれた10以上のパーティが狩り尽くさんとしていた。


「ふふふ。懐かしいですね、この狩り場っぽい感じ。――おっと」


 流れ弾ならぬ流れ火球が飛んできたので、チェリーが左手をくるくるっと動かしてジェスチャーショートカットを発動。同じく火球で相殺した。

 今飛んできたの、《ファラゾーガ》に見えたけど。こいつ、《ファラ》で相殺しなかった? 大魔王かよ。


「それじゃ、空いてるところ探しましょうか、先輩――」


「――おお! 総司令官サマじゃん!」


 戦場を歩き出そうとしたそのとき、壁際で3匹のガーゴイルを相手にしていたパーティの男が声をかけてきた。


「これから参加かあ? そんなパーティで大丈夫かよ! なんなら俺らんとこに入るか?」

「総司令官殿なら大歓迎だぜ!」

「レベルならケージより高けーぜー!」


 パーティメンバーの男たちが口々に言う。

 もちろん、名前すら知らない相手なわけだが、まあそれを言ったら、セツナたちだって本名は知らねえし。

 チェリーはくすっと意味ありげに笑うと、俺に流し目を送った。


「おやおや。ナンパされちゃいましたね、先輩?」


「なぜ俺に言う」


「どうしよっかなぁ~。あの人たち、先輩よりレベル高いしぃ~」


「……はあ」


 ったく、白々しいんだよ。

 ちょうどそのとき、ギャオオッ!! というけたたましい鳴き声が、重なって俺の耳朶を震わせた。

 天井近くを飛んでいたガーゴイルが4匹、俺たちに向かって一直線に滑空してくる。

 タゲられたらしい。――ナイスタイミングだ。


「退がれ」


 俺はチェリーの肩を掴んで後ろに下げながら、背中の《魔剣フレードリク》を抜き放った。

《カース・ガーゴイル Lv117》が4体か。

 俺は頭の中の算盤を弾く。


 ――通常攻撃のクリティカルなら確定2発。

 ――体技魔法のクリティカルなら確定1発。


 俺は位置を調整して、ガーゴイルすべてを正面に置くと、事前に策定した通りに魔剣を振るった。

 首を裂き、鳩尾を突いて1匹。

 股を切り上げ、脳天をカチ割って2匹。

《風鳴撃》で喉元を貫いて3匹。

《焔昇斬》で顎を切り上げ4匹。

 占めて6秒程度。すべてのガーゴイルが紫の炎の死亡エフェクトに包まれた。


「……これでいいか?」


 呆れ混じりに振り返って言うと、チェリーは弾んだ足取りで俺に駆け寄り、さっき声をかけてきたパーティに告げた。


「すみません! ご覧の通り、私たちは私たちだけで充分なのでー!」


「……お、おう……」

「なんたる屈辱っ……! イキるのに使われた……っ!!」

「でも可愛いから許す」


「では、これでー♪」


 さっきの撮影会といい、どうやら今日のチェリーはイキりたい気分らしい。

 だからって俺を付き合わせるなよ。

 スキップみたいな足取りで最前線――大廊下を塞ぐ半透明の結界を目指すチェリーの背中に、俺は問いを投げる。


「今日、なんかやけに上機嫌じゃねえ? 急にどうした?」


「え~? そんなことないですよ~」


 チェリーはくるりと振り返ると、手に持った《聖杖エンマ》を背中に回して、腰を軽く折るようにして上目遣いに俺を見上げた。


「私はただ、総司令官とか『ママ』とかをやってるうちに忘れてたことを、思い出しただけですよ?」


「はあ?」


「私は結局、ゲームでさえ友達のいない寂し~い先輩の、唯一のパーティメンバーだってことです」


 くすくすと悪戯っぽく笑うと、チェリーは一歩、俺に近付いて囁いた。


「(先輩を寂しがらせるようなことはしませんから、安心してくださいね?)」


「…………やかましいわ」


「ふふっ。あんまり可愛いこと言わないでくださいよ~」


 こっちの台詞だボケ。


「それでは久しぶりに、狩って狩って狩りまくりましょうね、先輩! 私のために!」


「だから寄生しようとすんじゃねえよ大魔王!」




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「先輩! 6時上方!」


「――っと!」


 見逃していた最後のガーゴイルに、振り向きざま首を一撫で。

 ギャアッと叫んで距離を取ろうとするそいつを、逃がさず胸を一突きにする。


「これでタゲられた分は全部か!?」


「はい! いったん引きましょう! もう新しいのが湧いてきてます!」


「わかった……!」


 モンスターは基本、大廊下を塞ぐ結界から湧いてくる。

 俺たちは最前線からいったん下がり、アイテムストレージをチェックした。


「……ポーション類がそろそろ尽きてきたな。あと1回……節約すれば2回行けるか」


「死んで恋狐亭に戻されたらタイムロスになっちゃいますよ。交通手段が整備されたおかげで行き来しやすくなったとはいえ、ここまで来るの結構時間かかりますからね」


「だな」


 ダ・アルマゲドンに最も近いポータルは、呪竜遺跡にある。

 そこから先は自力で移動する必要があるのだ。

 とはいえ、呪転領域の完全解放によってモンスターが大人しくなったので、トロッコやロープウェイなどの移動手段が充実し、移動時間は以前の10分の1くらいになっていた。

 もしこれが寸断されたりしたら、死亡者の復帰が恐ろしく遅くなってしまうが――


「なら、あと1回戦闘したらいったん補給に戻ろう。第五結界もそろそろ壊れる頃――」


 まさにそのとき、だった。

 第五結界の寿命を確認しようと顔を大廊下の奥に振り向けたその瞬間――光の線が1本、ぷつりと千切れたのだ。

 それが、最後の線だった。

 第五結界から、すべての光の線が消滅した。


 ―― ゴ ン オ ウ ン ――


 巨大な梵鐘が打ち鳴らされたかのような、重い音が頭の上に降ってくる。

 俺たちが口を半開きにして見上げる先、大廊下を塞ぐ半透明の壁に、ビキリと大きな亀裂が入った。


 おおおおっ、と戦場のプレイヤーたちから歓声が上がる。

 それがトドメになったかのようだった。

 亀裂が結界を覆い尽くし、けたたましい音を立てて、バラバラに崩れ去ったのだった。


「第五結界突破ッ!! 第五結界突破ぁぁーっ!!!」


 まるで勝訴を伝える人みたいに、そう叫びながら大廊下の外へ走り出すプレイヤーがいる。

 これで、5枚。

 半分突破――!!


「注意ですよ、先輩!」


 崩れた結界を見やりながら、チェリーが鋭く告げた。


「セツナさんの話では、結界突破直後が一番たくさんのモンスターが湧くそうです! 大事を取って1回―――」


 ああ、とうなずこうとした寸前に。

 重く暗い、声がした。



『――うるさい、ものだな。人類諸君――』



 …………!!

 この陰鬱で、静かで、なのに腹の底まで響いてくるような声は……!

 ……《呪王》……!!


『人の微睡みを、そう濫りに乱すものではなかろうに――ああ、しかし、そのおかげで』


 声に喜色が滲み、俺の背筋に寒気がした。


『――少しだけ、目が覚めたとも。幾星霜、気の遠くなるような時間、眠りを強いられた我々の目が』


 視界が真っ白に染まった。


「うおあっ……!?」

「何っ……!?」


 眩しい。何も見えない! 光? くそ!


「チェリー! 生きてるか!?」


「生きてます……! ――ひゃっ!?」


「ここか! いったん外出るぞ!」


 手探りでチェリーを見つけ出し、その腕を掴むと、大廊下の出口へと走った。

 何度か他のプレイヤーとぶつかりながら、ようやく外に出ると、光が弱くなり、視界も戻ってくる。


 自分の右手の先を見ると、ちゃんとチェリーがいた。

 よかった。はぐれてなかったか。

 …………?

 なんで恨みがましげな目で俺を睨みつつ、胸を腕で隠しているの?


「……先輩……そういうのは、時と場合と空気を選んでくださいよね……」


「え、いや、なにが……?」


「教えてあげません。ご褒美になってしまうので!」


 えっ、こわっ。目を眩まされてる間に何があったの?


 チェリーが憤然とカース・パレスを睨み上げたので、俺もそちらを見た。

 カース・パレスの内部から、光が迸っている。

 が、それは異変の副作用でしかなかった。

 真に注目するべきは、その上方にあった。


 カース・パレスの中心から、光の帯のようなものが無数に絡み合いながら天に伸び、漆黒の空を衝き上げている。

 その空だった。

 空に――ちょうど、さっきの結界のように。

 亀裂が、走っているのだ。


「……あれ、やばいんじゃね……?」

「制限時間はまだ残ってるよな!?」


 プレイヤーたちが不安げにざわめき立っているうちに、亀裂は急速に広がり、そして――


 世界そのものが、震えたかのようだった。

 人間の耳では捉えきれない轟音を立てて、絡み合う光の帯が、漆黒の空を貫いたのだ。


 光の帯は、空に開いた穴の向こうに、吸い込まれるようにして消えていく。

 俺たちは呆然と、それを見送ることしかできなかった。


 ……一体……。

 ……何が、起こったんだ……?


「――さん! チェリぃいぃいさあああああああんっ!!」


 大きな声にハッとして振り向くと、前線基地のほうから特徴的な格好の少女が走ってきていた。

 踊り子衣装に魔女帽子――ギルド《クリムゾン・ドーン》の巡空まいるだ。


 巡空まいるは俺たちを見つけると、魔女帽子を手で押さえながら走ってきて、がばっとチェリーに飛びついた。


「よかったぁ! ここにいたぁ!!」


「ど、どうしたんですか、まいるさん? そんなに急いで……」


「は、配信見てて……モンスターが……いっぱいいて!」


「ちょっ、落ち着いて……落ち着いて説明してください!」


 すうはあと深く呼吸をしてから、巡空まいるは言った。


「――襲撃イベントです! ナイン山脈上の全都市で襲撃イベントが起こってます……!!」


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