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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い
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第182話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:第二次結界攻略戦・推理


 私は数秒、息をするのを忘れた。


「先輩が……?」


《呪王》に、連れていかれた?

 危機感よりも当惑のほうが勝る。

 一体、どうして? 何のために?


『《呪王》がケージ君の後ろに現れたと思ったら、二人とも、こう……黒い膜みたいなので覆われて、すぐに消えちゃったの……! ど、ど、どうしよ、チェリーちゃぁん……!』


 媚び媚び姫の口調は、珍しく狼狽していた。

 私は前髪を掴むようにしてむりくり思考を回す。


 昨日、《呪王》は、私を難敵と判断して封じ込めようとした。

 実際、可能か不可能かでいえば、それは可能だ。

 昔の小説じゃああるまいし、ゲーム世界から脱出不能になるようなことはない。

 けれど、アバターがいわば『ハマった』状態になって、運営に対応してもらわなければ動けなくなる、という事例には枚挙に暇がなかった。


 仮にそういう状態になってしまっても、普段なら問い合わせてしまえばすぐに対応してもらえる。

 だけど、《呪王》が意図してそうした場合はどうか。

 NPCがやることに対して直接的に干渉することはない、というのがMAO運営会社Nano.の一定したスタンスだ。

 少なくともこのクエストが終わるまでは、対応申請には応えないんじゃないか――


 つまり、私たちが先輩を救出しない限り、先輩が戦場に復帰することはない可能性が高い。


 私が考え込んでいる間にも、司令室には次々と伝令がやってきては、戦場の様子を報告していた。

 私が口を閉ざしている間に、タスクがダムの水のごとく滞っている。


 伝令がもたらした情報が、モニターの地図上に次々と反映されていく。

 それは、余分なリソースはどこにもないことを示していた。

 戦力にも――私の頭脳にも。


「…………先輩のことは…………後回しです」


 絞り出すようにして、私は通話の向こうの女に告げた。


「あなたは、引き続きイザカラの討伐に集中してください――《呪王》がいなくなったなら、先輩がいなくても充分、」


『はっあああああああ~~~~~~~っっっ!?!?!?』


 甲高い怒声が炸裂して、私はびくっと身を竦ませる。

 司令室の面子が、何事かとこちらを振り返った。


『どおッしてそういうことになるわけっ!? しんっじらんない!! なに考えてんの!? ケージ君が戻ってこられなくてもいいのっ!?』


「だ、だからそれは、この戦いが終わってから――」


『そういうことを言ってるんじゃないんだよっ!!!』


 普段のキャラをかなぐり捨てた、どすの効いた声に。

 私は、この人の後輩だった頃を思い出して、身を縮めた。


『確かに、ケージ君一人いなくたって戦局は平気かもしんないよ!! この戦いが終わったら簡単に助けられるかもしんないよ!! でも、そんなのどおおおおだっていいよっ!!

 助けたいって思わないわけ!? 今すぐ傍に行きたいって思わないわけっ!? 昨日のケージ君はっ!! あんたにそうしてくれたよねえっ!?』


「…………っ」


 私は顔を強張らせて、服の胸のところを掴んだ。

 先輩は……来てくれた。

 私の命令を無視して、他のすべてを忘れ去って……私のところに、来てくれた。


 でも、私は。

 私はできない。


 この戦いの全体像が、今も頭の中にチラついている。

 どこに戦力を寄せるべきか。

 補給の割合はどうすべきか。

 次に打つべき手を、こうしている間ですら、頭の端で考え続けている。


 それは、物心ついたときからずっと魂の奥で囁き続ける、一つの声によるものだ。


 ――勝ちたい。

 ――何を犠牲にしてでも勝ちたい。


 かつて、『才能』と呼ばれたそれに。

 今は、『呪い』という名前をつけている。


 勝利欲という名の呪いが、私に先輩を優先することを許さない。


『……もういいよ』


 通話越しに、溜め息混じりの声が聞こえた。


『どうして素直にならないの? 何がそんなに怖いの? ……わたしにはわかんないよ』


 通話が切れた。

 止める間もなかった。


 ……そりゃあ、わかんないでしょうね。

 あなたに限らず、誰もわかってくれなかった。

 お父さんもお母さんも、友達も先生も師匠も、……私自身でさえも。

 誰一人、私の呪いをわかってくれなかった。


 わかってくれたのは、ただ一人。

 ……先輩、ただ一人。


「――っすいません! 指揮に戻ります!」


 私は再び、大量の情報の中に沈み込んでいった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 チェリーと初めて会ったのは、MAOのオープンベータが始まったその日のことだった。


『――こんにちは! 古霧坂先輩ですよね?』


 始まったばかりのゲームでいきなり本名で話しかけられたもんだから、そりゃもう大いに警戒したもんだ。

 妹のレナのクラスメイトだと自己紹介をされても、おのれどこから個人情報が漏れたのだ、としか考えようとはしなかった。

 いま思い返しても、むしろ褒められて然るべき情報リテラシーの高さである。


 ついにVR美人局の毒牙が自分にも迫ってきたのだと思った俺は、そこそこ強硬に突き放した態度を取ったつもりだった。

 のだが、どういうわけかチェリーはしつこく食い下がってきて、ほぼなし崩し的に、コンビを組む流れになってしまったのだ。


 どうやら嘘を言っているわけではないらしいことは、それとなくレナに裏を取ることで判明した。

 この女子は本当に同じ学校の後輩で、レナ経由で俺のことを知って声をかけてきたのだと、はっきりそうわかっても、俺の警戒が緩むことはなかった。


 だって、そうだろ?

 俺みたいなゲームにしか興味のない奴に、どんな理由があって、これほど強引に近付いてくる必要がある?


 俺には、さっぱりわからなかった。

 チェリーから、彼女自身の半生と、俺に興味を持った切っ掛けの話を聞くまでは。


 そして、それ以降。

 俺は、それまでとはあべこべに、こいつの傍にいてやらなければならないと、強く思うようになったのだ――




「なんと強く、……なんと儚い呪いだ」




 視界を埋め尽くす闇の真ん中に、じわりと人影が滲み出す。

 それは、一対の黒い翅を持った男だった。

《呪王》。

 自らの名前にすら呪いをかけた男。


「貴殿は、私と同じだ――一生つきまとう呪いに、すでに蝕まれている」


 俺には、何を言っているのかよくわからなかった。

 一生つきまとう、呪い……?


「貴殿は――君たちは、自らに課している。特別な何かであれ、と。他の何者にも真似できない特例であれ、と。確信的な盲目でもって……互いにとって、互いの存在は唯一無二だと」


 くつくつという笑いが、漆黒の空間の中に流れた。

 気持ちは戸惑うのに、どうしてか、言葉が胸の奥をつく……。


「君は許さないでしょう。その呪いから解き放たれることを、自分自身に許さない。

 ……そう。それ自体が、呪いなのです。

 ゆえに、強い。ゆえに、危険だ。

 その一点をもってして、私は君たちをこそ危険視する。

 君たちは――何をするかわからない。

 私自身が、よい先例です―――」


 そのときだった。

 真っ暗闇だった視界に、不意に警告通知のウインドウがポップアップした。

 俺のリアルの身体を、誰かが揺すっているのだ。


 それに気を取られた瞬間に、《呪王》の影は消えていた。

 ……まるで幻覚のようだ。

 俺は首を傾げつつも、バーチャルギアの外カメラの映像を表示させる。


『起きろぉー! お兄ちゃーん!! ミミさんに呼ばれてるよー!!』


 うるせっ。

 レナが俺の耳元で叫んでいた。

 ……UO姫が、俺を?


 俺はメニューを開けて、無意識にログアウトボタンをタップしようとするが、寸前で指を止める。


 ログアウトができない。

 交戦状態なのだ。

 どこを見回しても真っ暗闇なのに、どこかにモンスターがいるってのか……?


 それを裏付けるように、『一時退席』ボタンの表示が真っ赤に染まっていた。

 モンスターに攻撃されるかもしれない場所であることを示すものだ。

 俺は周囲を埋め尽くす暗闇にぞっとしないものを覚えつつ、『一時退席』をタップし、アバターをサスペンドモードにした。


 意識がリアルに戻るのを待ち、バーチャルギアを頭から外す。


「あっ! やっと起きた!」


 俺はベッドの上で身を起こしつつ、寝起きのように眉根を寄せて実妹を睨めつけた。


「お前、うるっせえよ……。アバターなのに鼓膜破れるかと思ったぞ」


「そんなことより! はい、これ! ミミさんから!」


 有無を言わさず携帯端末を突きつけられる。

 と、覚えのあるアニメ声が、スピーカーモードで響き渡った。


『あっ、ケージ君!? よかったぁ、連絡ついたぁ~!!』


「UO姫? なんでレナ経由で連絡してくんだよ」


『ケージ君が通話出てくんないからじゃんっ! フレンド通話でも外部ツールでもかけたよ!?』


「マジ? 気付かなかった……」


 あるいは、何らかの手段で遮断されていたのか。

 いずれにせよ、リアルを介してしまえば《呪王》も干渉不可能だと考えたわけか。


『とにかく、どこにいるのか教えて! 助けに行くから!』


「は? お前、イザカラはどうした!?」


『必要最低限の戦力は残してあるよ! ソッコー助けてソッコー戻れば大丈夫!』


「アホか! 俺一人のためにそんな――」


『いいからキリキリ喋れぇーっ!!』


 な、なんか怒ってない? こいつ。

 俺は半ば気圧される形で、わかる限りのことを話す。


「具体的にどこにいるのかはわからん。周りは真っ暗で、空気の流れもねえから屋内だってことは確かだと思う」


『ほうほう』


「あと、なぜか交戦状態になっててログアウトができなかった。モンスターの気配は感じなかったんだが……」


『それじゃあデスルーラは? 自殺すればリスポーンできるよね?』


「それも難しいな。道具がない。自分の武器じゃ自分を傷付けられねえし、投身自殺に使える適度な高低差もあるかわからん。自決用の手榴弾でも持ってりゃよかったんだが……」


 まさか俺の人生に自決用手榴弾が必要になる局面が訪れるとは思わなかった。


『ふむう~ん……』


 UO姫は通話の向こうで考え込む。

 その声すら少しかわいこぶっていた。


 UO姫の声の後ろから、かすかに戦闘音のようなものが聞こえる気がする。

 こいつ、もしかしてまだダ・アルマゲドンにいるのか?

 こんな通話アプリを使っていたら、モンスターが集まってしょうがないはずだ。

 早いところ切り上げねえと……。


『交戦状態になってる……ってことは』


 俺が口を開く前に、UO姫が言った。


『何かモンスターにタゲられてる、ってことだよね?』


「そういうことになるが、《索敵》スキルには何も引っかからない」


『ケージ君の《索敵》って、どのくらいの範囲を探知できるの?』


「測ったことはねえけど、感覚的には半径20メートルくらいだな」


『なら、ケージ君を交戦状態にしてるモンスターは、それより遠い位置からケージ君を狙ってることになる……。かなり反応範囲の広いアクティブモンスターだよ』


「……なるほど。そう考えると、種類はかなり絞られるか……。UO姫、お前、もしかして頭いいの?」


『チェリーちゃんよりは悪いから目立たないだけですぅー! 悪かったね、中途半端でっ!』


「いや、そういうつもりじゃねえんだけど……卑屈すぎない?」


 推理をさらに進めていく。


『ケージ君をタゲってるのにいつまでも近付いてこないってことは、ケージ君のいる場所に入れる道がないってことだよね?』


「そうなるな。直線移動しかできない大昔のアルゴリズムならともかく、今時のモンスターはかなり複雑な道順でも正確に迂回できるはずだ」


『つまり、ケージ君をタゲっているモンスターは、その場でじっとしている可能性が高い。そうだよね?

 だったら、そいつさえ見つけ出しちゃえば、そいつの反応範囲の中にケージ君がいることになる――』


 その通りだ。

 こいつ、いつもはアホのフリをしているだけで、本当は頭いいんだな。

 そりゃそうか。頭がよくなければ《聖ミミ騎士団》ほどのクランを作ることはできないし、あのチェリーと互角にやり合うことだってできない。


 UO姫は通話の向こうで、部下の騎士にモンスターの捜索を命じた。

 だが、果たしてこれだけの情報で見つけ出せるものなのか……。

 顔を難しく歪めていた俺の耳朶を、探るようなUO姫の声が打った。


『……訊かないの、ケージ君?』


「は? 何を?」


『チェリーちゃんは助けに来ないのか、って』


「来ねえだろ、あいつは」


 俺はわずかに唇を緩ませる。


「俺は後先考えずに動いちまうタイプだけど、あいつは真逆だからさ。後先のことしか考えない――だから、俺のためだけに役目を放り出すようなことはしねえよ」


『……寂しくないの?』


「別に。俺もあいつも、たまたま連んでるだけで、基本的にはソロ気質だからなあ――」


『うそつき』


「は?」


『ミミ、ケージ君のこと好きだけど、そういうところは嫌い』


 プツリ、と通話が切れた。

 俺は何の音も出さなくなった端末を訝しく見つめる。


「……なんなんだ、いったい……」


 俺が呟くと、レナが困ったように笑った。


「ミミさん、ほんっと損な役回りだなあ」


「はあ? どういう意味だ?」


「幸せになりやすい人となりにくい人がいるって話だよん」


 軽い調子で言うと、レナは端末をホットパンツのポケットに仕舞って、俺のパソコンデスクの椅子に座った。


「あたしはみんな平等に応援するからね、お兄ちゃん。決めるのは結局、本人だからさ」



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