第181話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:第二次結界攻略戦・奇手
大地に穿たれたクレーターは、まるでコロセウムのようだった。
すり鉢状に凹んだ地面の底に、赤い甲冑を着た巨大な侍が佇んでいる。
《天魔大将軍イザカラ》。
昨日の第一次結界攻略戦で、唯一取り逃した戦略十二剣将だ。
そのテリトリーのギリギリ外で、俺たちは作戦開始時刻を待っていた。
「ね、ケージ君? 初動どうする? まだちょっと迷ってるんだぁ。どうするのがいいかなぁ? 教えて教えて?」
「そうだなあ。初動はまず足軽ミニオンを瞬殺しときたいな。ポップ位置は決まってるから、まずは開始と同時にそこを集中砲火――」
「わぁ~! すごぉ~い! 頭いいんだぁ~! ミミ、頭いい人好き~❤」
「…………お前、もはやそれ馬鹿にしてるだろ」
肩への軽いボディタッチも忘れない。
こいつにしてはあまりにテンプレートなオタサーの姫ムーブである。
俺が嘆息すると、UO姫は「え~?」とそらっとぼけて小首を傾げた。
「今のはチェリーちゃんの真似だよ?」
「どちらにせよ馬鹿にしてるなあ!!」
「可愛かったですか? せ~んぱい❤」
「やめろ! お前、俺と同い年だろ!」
正直今のはちょっと似てた。
やるやる。そのあざとい上目遣い。
UO姫は唇を尖らせてこれ見よがしに拗ねる。
「ちぇ~。せっかくお邪魔虫がいないのに、ケージ君がつめた~い」
「充分ちゃんと相手してやってると思うけどな……。少しくらい緊張しろや」
作戦開始時刻――MAO内時計がジャスト20時を指すと同時に戦闘を始める手筈になっている。
残りは5分もない。
《イザカラ》の攻略に当たる《聖ミミ騎士団》の騎士たちは、誰もが一様に息を張り詰めさせ、間近に迫る戦闘に意識を集中させていた。
だってのに司令官のこいつは……。
「わかってんのか? 前回負けたんだぞ、お前は。だから俺も今回は初っ端からここにいるんだし」
チェリーは超嫌そうな顔をしていたが、本来予定になかった戦場を早めに片付けたいという気持ちには勝てなかったらしい。
「ふーんだ。昨日のは《呪王》が余計なことしたからだもん。それまではミミたちが一番優勢だったもん」
「まあ、そりゃそうだが」
昨日の前半に使っていたAIによる戦況評価ツールは、もはや使い物にならない。
あの手の外部ツールを使っていると、凄まじい勢いでモンスターのヘイトを集めてしまうようになったからだ。
結果として、俺のような遊撃隊を、必要な戦場に適切かつ高速に投入することが難しくなってしまった。
だから今回は、決め打ちで端っからボス戦に参加することになったのだった。
「だからね? ケージ君は後ろのほうでミミとイチャイチャしてればいーのっ! それがケージ君の仕事なの!」
「自分らが必死に戦ってる後ろでリーダーが男を侍らせてたら士気に関わりすぎるだろ。自覚を持てよ、女王様」
「ぶう~。しょうがないにゃあ」
UO姫はパン! と手を打った。
すると3メートル近い巨人――火紹が神輿を持ってきて、UO姫の前に置く。
彼女が「よいしょっと」とその上に上ると、火紹がUO姫ごと神輿を持ち上げて、騎士団の前方に移動した。
「庶民ぁ~!! 作戦開始3分前だよ~!!」
神輿の上に立ったUO姫が甲高い声で叫ぶと、おおーっ!! と勇ましい応えが返った。
1秒前まで水を打ったように静まり返ってたのに!
「昨日は悔しかったよね? ごめんね? ミミが不甲斐ないせいで……」
そんなことないよー! とどこからか声がした。
アイドルのMCかよ。なんだこれ。
「えへ。ありがとっ! でも、今日は大丈夫! 昨日の悔しさを、全部あいつにぶつけちゃおう! 遠慮なし。出し惜しみなし。容赦もなしっ! ミミが庶民に許してあげるっ!! だからぁ―――」
すうっ――と息を吸い。
体格の割に豊満な胸を膨らませ。
「―――ぶっっっち殺せえええーっっっ!!!!」
おおおおおおおおーっっっ!!!!
湧き起こる野太い鬨の声。
突き上がる無数の拳。
地下アイドルのイベントめいていたが、今のがUO姫流の檄らしかった。
普段はいい加減なことを言うが、UO姫は決して自分のクランをないがしろにはしないのだ。
騎士たちもそれがわかっているから、UO姫が誰にどんな態度を取ろうと泰然としている。
アルティメット・オタサー・プリンセスとは言うが、その実態は正しく姫と騎士のそれだった。
実績に根差すカリスマと、それに対する忠義心。
あるいは理想的とも言えるクランの在り方を、俺は端っこから眺めるのだった。
かくして、20時がやってくる。
第二次結界攻略戦。
カース・パレスの結界を解くための戦いが。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
一番槍が、クレーターの端を踏み越えると同時。
まるでパソコンの電源が入るかのように、《天魔大将軍イザカラ》の双眸がギラリと輝いた。
兜の上に4段に及ぶHPゲージが出現する。
戦闘状態が解除されて一定時間経つと、ボスのHPは回復してしまう仕組みだ――昨日の戦いの傷はすっかり癒えてしまっている。
だが、無駄ではない。
ダメージは積み重ならなくても、経験という最強のパラメータが蓄積されている。
ぽぽぽぽんっ、と軽い音がして、クレーターの各所にライト・エフェクトが現れる。
足軽ミニオン――取り巻きの雑魚が出現するのだ。
しかし、部隊の中ほどにいる俺が、その姿を見ることはなかった。
「「「「「《エアガロス》!!」」」」」
ゴオオオウッ!! という轟然たる唸りがあちこちで重奏する。
ほぼ同時に放たれた暴風の塊が、出現した直後の足軽ミニオンを吹き飛ばしたのだ。
ポップ位置も弱点属性もすでに明るみになっている。
だったら、1秒たりとて存在させておく理由はない。
足軽ミニオンは全滅すると、再出現するまで2分のインターバルが生じる。
その間に、できるだけ本体のHPを削るのだ。
「タンク・ワン! 《ウォークライ》!!」
指揮官がよく通る声で叫ぶと、オオッという咆哮めいた効果音が空気を震わせ、フラッシュ・バンでも投げたのかって閃光がイザカラの目の前で弾けた。
イザカラのヘイトがタンク隊のひとつに向く。
それを見るや、俺含むアタッカー部隊が左右に散開した。
「鎧の隙間を狙えッ!! 弱点属性は風!! 《ウォークライ》のクールタイムに気をつけろ!! ――攻撃ッ!!」
ヘイトを集めたタンク隊に、ビルのような大太刀が振り上げられた、その瞬間。
色とりどりの光が弾け、一斉にイザカラに襲いかかった。
ズボバガギンゴアグラシャアッ!! と、無数のヒット音が渾然一体となって弾ける。
1段目のHPゲージが、一瞬で4分の1も消し飛んだ。
イザカラは攻撃モーションを中断し、ふらりとよろめいてたたらを踏む。
その間もウィザードたちによる集中砲火は続いており、じりじりとHPゲージが減り続けた。
兜の奥の双眸に、怒りの輝きが灯る。
HPを奪い去った俺たちに巨体が向き直ろうとした、その寸前のことだ。
オオッという効果音と、目の眩むような閃光。
《ウォークライ》の音と輝きに、再びイザカラの注意が奪われた。
チェリーと二人きりで戦ってると忘れがちだが、これが基本的なボスの戦い方なのだ。
タンクが注意を惹いているうちに、脇からアタッカーがダメージを稼ぐ。ヒーラーはタンクが死なないようにHPを管理。
クロニクル・クエストには特殊な戦い方が用意されたボスが多いから、この方法が使えないことも多い。
だが、このイザカラというボスに関しては、最も基本的なこの戦法が最も有効だと、度重なる調査で結論が出ていた。
「足軽復活まで10びょーう!!」
部隊後方からキー高めの声が聞こえるや、俺たちアタッカーは気持ち後退し、視界を広く取った。
「ごぉーお! よぉーん! さぁーん! にーい! いーち! ―――今!!」
「「「「「《エアガロス》!!」」」」」
局所的な嵐が戦場のあちこちで荒れ狂い、出現直後の足軽ミニオンを散り散りにする。
完璧……!
高度に洗練された、効率の権化のような戦いだった。
プレイヤーが数十人から入り乱れる規模の戦いで、ここまで徹底的に統率の取れた動きができるクランは、MAO、いやVRMMO界を見渡してもそうはいないだろう。
昨日の戦いで一番優勢だったのにもうなずける。
このまま行けば、イザカラ討伐には1時間もかからない――だとしたら、気になるのは……。
俺は目まぐるしい戦闘の合間に、イザカラの威容を見上げた。
そして、目撃する。
大きな肩当ての上に立つ、黒い影を。
「―――《呪王》だ!!」
同じタイミングで気付いた誰かが鋭く叫んだ。
全隊が一斉に動く。
攻撃するためではない。距離を取るために。
イザカラの周囲の空間が、陽炎のように揺らめく。
《呪王》によるバフを受けたのだ。
ただでさえ強大なレイド・ボスのステータスが、さらに飛躍的に向上する……!
『――ムシケラッ!!!』
エコーがかかった野太い声が響き渡った。
イザカラの声だ。
巨体が竜巻めいて旋転する。
大太刀がブオウンンッと空気を撫で切りにした。
もしその刃が届く距離にいたら、誰一人として耐えられずに絶命していただろう。
しかし、騎士たちはその前に後退していた。
この攻撃が来ると読んでいたのだ。
一度やられた攻撃パターンに、二度もつまずくような奴らではない。
「落ち着いてっ!!」
UO姫の甲高い声が戦場に響き渡った。
「無理をしなければ勝てない相手じゃないよ! いつもより少しだけ自分のHPに注意すること! それだけで大丈夫っ!!」
ボス戦で一番怖いのは混乱だ。
いくらステータスが強かろうと、落ち着いてさえいれば被害は最小限に留められる。
ましてや、《聖ミミ騎士団》はつい昨日、同じ相手に敗北を喫したばかりだ。
昨日とは経験値が違う。
何度も同じ手が使えると思うなよ、《呪王》……!
「無論、承知しているとも」
…………え?
声がした。
聞き覚えのある声が。
すぐ後ろから。
「ケージ君っ!!」
UO姫の声がした。
俺は、反射的に後ろに振り返り――
真っ暗になった。
何も見えなくなった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
私は、今回は天空都市の前線基地に引っ込んでいた。
昨日みたいな《呪王》による本陣強襲を防ぐためだ。
伝令に少し遅れが出てしまうけど、今日はブクマ石を大量に投入した高速伝令網を敷いているので、無視できる範囲だと判断した。
「……わかりました。そのまま《ガルファント》の攻略に注力してください」
今日攻略する予定の4体のレイドボスのうち、厄介なのは《幻影天統領ガルファント》と《堕天魔霊長ケセラシファー》だった。
不可視の怪鳥であるガルファントは、攻略のプロである《ウィキ・エディターズ》が今朝になってようやく攻略の糸口を掴んだ難物。
そして堕天使の姿をしたケセラシファーは、強力な範囲魔法を絨毯爆撃みたいに乱打してくる化け物で、7体のレイドボスのうち最もアイテム消費が激しくなる。
だから攻略準備を整える時間を稼ぐのも含めて二日目に回したのだけど、伝令を聞く限り、戦況は五分五分のようだった。
ここに《呪王》が来ると非常に厄介だ。
先輩という戦力をあえてイザカラに回したのも、勝算の高い戦場を早いうちに片付けて、他のボスの攻略に集中したいからだった。
イザカラの劣勢を見てまた《呪王》が来るようなら、その間にガルファントとケセラシファーの攻略を進められるので、それはそれでアドバンテージになる。
「……出てくるとしたら、そろそろ……」
私は心構えをした。
《呪王》はどのボスを助けに来るのか。
すべてのパターンを頭の中に並べ、それぞれの対策案を検討して――
そんなときだった。
通話アプリに着信があった。
「え?」
こんなときに、誰?
ここはダ・アルマゲドンじゃないから、通話アプリも普通に使える。
開いてみると、媚び媚び姫からの着信だった。
「……?」
戦闘中の通話アプリの使用は、よっぽどの緊急事態じゃない限り禁止ということにしていたはず。
ヘイト管理がぐちゃぐちゃになってしまうからだ。
それを押してまで、すぐに報告しなければならないことが起こった……?
私は嫌な予感を覚えつつ、着信に応答した。
「……はい。もしもし?」
『ちぇ、チェリーちゃん……』
聞こえた甘ったるい声は、いつになく弱々しさを帯びていた。
『ケージ君が……ケージ君がぁ……』
「は? ……先輩? 先輩がどうかしたんですか!?」
『ケージ君が――《呪王》に連れていかれちゃった』
……………………。
は?




