第178話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:補給基地建造作戦・迎撃
まるで戦争だった。
焼け野原になった補給基地建設予定地に、《ネオ・ランド・クラフターズ》のメンバーが大量の荷車と共に溢れ出す。
メンバー、と言っても、その大部分――およそ9割はプレイヤーではない。
どころか人間でさえない。
ゴブリンやオーク、リザードマンといった、人型モンスターだ。
テイムモンスターを単純労働力として使役するのが、前身クラン《ランド・クラフターズ》の頃からのあいつらのやり口だ。
もちろんこれは、大量のモンスター1匹1匹を巧みに制御し、暴走させず効果的に運用することのできる超有能な《調教師》がいなければできないことである。
プレイヤーとモンスターが荷車の上から次々と、縦横に結びつけられた木の棒を運び出す。
馬防柵だ。
読んで字のごとく、馬の進行を防ぐ柵。
それを焼け野原の外縁にずぼずぼと突き刺していった。
「あんなのでモンスターの襲撃を防げるのか……?」
ダ・アルマゲドン内では、建造物を建てようとすると凄まじい勢いでモンスターが襲ってくる。
それを防ぎながら基地を建ててしまおうというのが今回の作戦だ。
「防ぎたいわけじゃありませんよ、先輩。敵の進軍ルートを限定しているんです」
隣に座るチェリーが、焼け野原の各所に立てられた馬防柵を指差す。
「《木》は比較的ヘイト上昇値の低い建材だそうです。だから馬防柵の内側にもっとヘイト上昇値の高い建材を置けば、モンスターは馬防柵には触れずに迂回する」
「そうか……。どれだけ大量で攻め寄せても、進軍ルートが限定されてちゃ威力は半減だ」
ひらけた平原で取り囲まれるのと、ひとつしか城門のない城壁越しに取り囲まれるのとではどっちが戦いやすいか、という話だ。
平原では相手がどこから来るかわからないが、城壁越しなら城門から来るとわかっている。そこに戦力を集中すればいい。
進軍ルートを絞ることで圧倒的に戦いやすくなるのだ。
「ほら、先輩。建ち始めましたよ」
チェリーの指が、焼け野原の中央部に移動する。
そこでは、黒光りする金属の塔が、見る見る高さを伸ばしつつあった。
「《タンク・タワー》です。あれでモンスターのヘイトを集めるんです」
焼け野原の中心を取り囲むように建つ、4棟の金属塔。
あれがこの作戦の生命線である。
あの塔が生きている限りは、集まるモンスターが建設中の基地に向かうことはない。
だが、もし4棟すべてが陥落すれば――虐殺の幕開けだ。
―――ヴォォオオオオオッ―――
洞穴に吹く風のような声が、山々に木霊した。
……さあ、おいでなすった。
「お手並み拝見だぜ」
「見てるだけでいいなんていいご身分ですよねー。あ、サンドイッチ食べますか先輩? あ~ん」
ほんとそれな。
っていうか自分で食えるから!
焼け野原の外縁に、異形の影がぽつぽつと姿を現す。
1匹、2匹、3匹……最初は数えられる程度でしかなかったそれは見る間に数を増して、不気味に波打つどす黒い海になった。
多い。
この数を前にして、経験値の入れ食いだと喜ぶバカは、俺を含めて誰もいないだろう。
「予想はしてたし実験もしてましたが……まともに相手するのが馬鹿らしくなる数ですね……。先輩ならどうにかなりますか、あれ?」
「ゲームのジャンルを変えればな」
「そういうレベルですよねえ……」
バーチャルギアの処理が追いついているのが奇跡に感じるほどだ。
あの中に突っ込んでいいのは無双シリーズの主人公だけ。
プレイヤー(とテイムモンスター)も急ピッチで防衛設備の準備を開始しているが、万全とはとても言えない。
馬防柵の合間を、異種様々なモンスター軍団が奇声を迸らせながら駆け抜けていく。
と。
地面が揺れた。
ドウンッ……!! という鈍い爆音が、鼓膜だけじゃなく全身を震わせる。
同時、俺は見ていた。
馬防柵の合間を抜けるモンスターの群れが、突如として爆発した場面を。
「は……?」
「うわー……」
焼け野原の中央部に視線を移動し、俺は頬を引きつらせる。
そこにいくつも居並び、天に向けて煙を立ち上らせているのは、黒い金属の筒。
周りに集まった数人のプレイヤーが何か操作すると、再び鈍い爆発音が、今度は連続して炸裂した。
モンスターの隊列が次々と爆発し、異形の姿が宙を舞いながら紫色の死亡エフェクトに包まれる。
その黒い筒を、俺は知識として知っていた。
もちろんリアルで見たことはないし、ゲームでなら何度か目にしたことがある。
だが、それはMAOでの話じゃない。
近代や現代を舞台にした、ミリタリー系のゲームでの話だ。
「「…………は、迫撃砲…………」」
俺とチェリーは声を揃えて唖然と呟いた。
……あ、あれー?
MAOって、剣と魔法のファンタジーじゃなかったっけー?
「俺、知ってる。こういうの知ってる。現代知識チートって言うんだろ? 俺は詳しいんだ」
「いや、いくらチートでも火縄銃くらいにしときましょうよ! しかもあれ、第一次大戦の頃のやつとかじゃなくて、ばりばり現代のやつじゃないですか!」
「現代の迫撃砲は持ち運びやすくて操作も簡単だから……」
そりゃまあ、機関車も走ってるくらいだし、武器カテゴリとして銃も存在するくらいだから、迫撃砲くらいあってもいいんだろうけどさぁ……。
「本当にゲームのジャンルを変えちまいやがった……」
でも、俺が想像してたのと違うんだけどなあ?
俺は戦場の空を飛び交う砲弾を見ながら、『頑張れば剣で弾けるかな?』なんてことを考える。
ノッてるときならできるかも?
だが、ただのモンスターには望むべくもないことだった。
現代兵器の暴力に対し、何十という怪物が木の葉のように散っていく。
……それでも、モンスターの軍勢を押し返すには至らない。
何せあいつら、音にも光にも仲間の死にもまったくビビらないのだ。
人間相手に火器なんて使えばそれだけで士気を挫くことができるが、そうならないモンスターには威力半減だった。
しかし、多少の時間は稼いだ。
その間に、馬防柵の奥に第二の防壁が完成する。
堅牢な石造りの壁だ。
長城みたいにひと繋ぎではなく、各所に隙間が開いているのは、またぞろ進軍ルートの限定が目的だろう。
防壁の上にプレイヤーが顔を出した。
彼らは押し寄せるモンスターの軍勢に、無数の矢を射掛けていく。
矢、と言っても、もちろん弓を自分の手で引いて撃ち放ったわけじゃない。
防壁の上に据えつけられた機械仕掛けの弓――バリスタによるものだ。
極めてまっすぐな弾道でモンスター軍団に突き刺さるのは、実のところ矢だけではない。
その証拠に、着弾地点から見る見る炎が燃え広がり、モンスターたちが呻き声をあげて苦しんでいる。
まるで地獄だった。
「先輩、先輩。あの炎、なんていうか知ってますか?」
ちょいちょいとチェリーが俺の服の肩を引っ張る。
「あん? 火炎瓶じゃねえの? たぶん」
「《ギリシアの火》です」
「……、は?」
「だから、《ギリシアの火》っていう兵器なんです、あれ」
「……ちょっと待て。それなんか聞いたことある……」
おぼろげな知識をもとに、ネットブラウザで検索する。
と、出てきた情報に目を通すや、俺は思わず叫んだ。
「ロストテクノロジーじゃねえか!!!」
《ギリシアの火》は、古代、東ローマ帝国が使った焼夷兵器で、現代には製法が伝わっていない。
現代科学でも具体的にどういう兵器だったのかはよくわからんそうだ。
「逆ですよ。現代知識チートの逆! 古代知識チートです!」
「いや、どうやって作ったんだよ。古代ローマ人が転生してきたのか? 平たい顔族と友好を結んだのか?」
「なんかそれっぽいのをMAOの素材を使って再現したみたいですよ。本来は海戦で一番の威力を発揮する兵器なので、セローズ海のクラーケン退治で活躍したとか」
海の上で燃え続けるという《ギリシアの火》は、なるほど、一度燃え広がったまま消える気配がない。
モンスターを次々に呑み込んで灰に変えていく。
「私、あれ、興味あるんですよねー。一度ついたら消えない火。ほら、《プリンセスランド》のサント・ミミ城、あるじゃないですか? あそこの謁見の間って外と繋がってないんで、もしあそこに《ギリシアの火》をつけたら、ふふふふふふ……♪」
「いやいや怖い怖い怖い!」
「白雪姫の女王様って、最終的に焼けた鉄板の上で踊らされたらしいですよ? 白雪姫と王子様の前で。ふふふふ……♪ そのときだけは王子様役にしてあげてもいいですよ、先輩?」
嫌だよ。怖いよ。どれだけUO姫に恨み持ってんのコイツ。
俺が後輩の闇に震えている間に、《ギリシアの火》を迂回したモンスターが、防壁に開けられた隙間に雪崩れ込んでいく。
左右から魔法攻撃を受け、ずいぶんと数を減らしてしまうが、それでもモンスターは数にたのんで防壁内への侵入を果たした。
そこからは、軍勢が枝分かれする。
4つある《タンク・タワー》に引き寄せられているのだ。
《タンク・タワー》の周りには、高さの異なる二重の城壁が築かれている。
内側に位置するほうが背が高く、外側の城壁の頭越しに援護ができるようになっているのだ。
あれが《タンク・タワー》の最終防衛ライン。
護衛戦力としての《聖ミミ騎士団》も、多くはあそこに詰めているようだ。
4つの《タンク・タワー》の中心では、早回しのような速度で築城が進んでいる。
すでに土台はあらかたできあがり、1階部分の建造に着手した段階だ。
進捗率は、ようやく1割を超えたというところか。
ここからが本番。
《タンク・タワー》がすべて陥落するのが先か。
補給基地――難攻不落の《トラップ・キャッスル》が完成するのが先か。
一体どうなってしまうんだ……!!!
手に汗を握りながら、俺は弁当から唐揚げを口に運んだ。
「お、これうまい」
「あ、それ私が作ったやつです」
「えっ?」
「なんですか、もお! その『しまった。褒めてしまった』みたいな顔は! どれだけ褒めたくないんですか!」
いやあ、見てるだけって楽だなあ。




