第175話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:補給基地建造作戦ミーティング
呪転最終戦場ダ・アルマゲドン攻略2日目。
その朝は、ピローンペローンポローンピローンという耳障りな音から始まった。
「んああ……? なんだぁ……?」
暖かい抱き枕をぎゅっと抱き締めながら、薄く瞼を開ける。
と。
見覚えのある女が、俺を見下ろしていた。
「あ、起きた」
「おはよっ、お兄ちゃん♪」
「……レナ……?」
今日はリアルで寝たんだっけ?
いや……メイア配信を見届けた後、そのまま恋狐亭で……。
あれ?
よく見ると、レナの隣にもう一人……。
この特徴的なツインテールは――双剣くらげ?
「んんぅ……しぇんぱい……」
トドメとばかりに、今の今まで抱き枕だと思っていたものが、吐息混じりの寝言を囁いた。
……んん?
んんんんん~~~~~???
「見て見て、チェリーちゃんのこの幸せそうな顔!」
「眼福眼福。撮っちまえ撮っちまえ!」
ピローンペローンポローンピローン。
――スクショ撮ってんじゃねえか!
「ばっ、お前らっ――」
「んゃぁ~~」
飛び起きようとしたそのとき、チェリーが俺の浴衣の襟をぎゅっと捕まえた。
「しぇんぱい……どっかいっちゃやらぁ……」
ふわふわした声で囁いて、「んん~~っ♪」と猫みたいに顔をこすりつけて甘えてくる。
俺はだらだらと嫌な汗を流す。
二人のデバガメににたあ~っと嫌らしい笑みが広がる。
その頭の後ろにはいつの間にか妖精型VRカメラ。
「ちぇ……チェリー? チェリー。ちょっと起きろ」
「ふぇ……? しぇんぱい……? なんでしゅかぁ……?」
薄く目を開けたチェリーに、俺は無言で布団の傍に立つ二人を指し示し、危急の事態を伝えた。
チェリーの目が俺の指先を追い、二人のデバガメの存在を捉え……とろんとしていた目が、徐々にはっきりしてゆき――
ピタリと静止した。
そういう状態異常にかかったかのようだった。
レナが無言で指先でメニューを操作したかと思うと、1枚のウインドウが展開する。
それは動画ウインドウだった。
レナは静止したチェリーにその画面を向けた。
『しぇんぱい……どっかいっちゃやらぁ……』
ばっちり録画してやがる。
「……………………」
寝惚けた自分の姿を見せられたチェリーは、呼吸さえピタリと止めたまま、ずぶずぶと布団の中に潜り込んだ。
これが神話に名高い天岩戸である。
「今こそこの台詞を使うとき!」
「神よ! 精霊よ! エニックスよ! この機会に感謝します!」
「「ゆうべはおたのしみでしたねー♪」」
「うえええええあああああああああああああああああああああ~~~~っっっ!!!!」
昨日、《呪王》に捕まりかけたときの5倍くらい悲痛に絶叫するチェリーに倣って、俺も布団の中に潜り込んだ。
私は貝になりたい。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「もう! もう! もうっ! なんなんですかあの二人はっ!! からかうにしたって限度がありますよっ!! もおーっ!!」
元・呪転領域、ナインノース・エリアのさらに最北、雪山エリアのてっぺん。
天空都市に築かれた対《呪王》前線基地にまでやってきても、チェリーはぷりぷりしたままだった。
基地の拡充は夜通し続いていたはずだが、今の時間は人が少ない。ゲーマーは朝に弱いのだ。
「出会わせてはいけない二人を出会わせちまった感があるよなあ……」
「ほんとですよ! レナさん一人でも充分手に負えなかったのに! くらげさんが合わさったせいで悪ノリに悪ノリが重なって……!!」
双剣くらげも元からだいぶ自由な奴だったが、ろねりあがきちんと手綱を握っていてくれたのだ。
が、レナとコンビになってからというもの、ろねりあも半ば諦め気味になっているような気がする。
「次の作戦ではくらげさんを激戦区に放り込んでやります……! レナさんにはもう宿題を見せてあげません。報いです……! 報いを受けるべきです……!」
「……それはもう充分受けたと思うけどな」
『私は盗撮犯です』と書かれた紙をおでこに張られた状態で恋狐亭の窓からてるてる坊主みたいに吊された二人の姿を思い出し、俺は苦笑いする。
そんな話をしているうちに、司令部に到着した。
一昨日の夜は半壊した石造りの家だったのだが、建築職の連中が好き放題に魔改造しまくっており、今や悪の組織のアジトのようになっている。
ドラゴンの口を模した入口を潜ると、甘ったるい声がキンキンと響いてきた。
「あ~っ! ケージ君みっけ~☆」
てててっと走ってくるなり俺の腕にしがみついたのはUO姫だ。
今日の格好はクリムゾンレッドの甘ロリワンピース。肩出しタイプで、胸の谷間をこれ見よがしに露わにしている。
「昨日は恋狐亭のほうに行けなくてごめんね……? 攻略で頑張ってくれたクランの庶民を放っておくわけにもいかなかったから……。あ、あ、でもねでもね、一番大切なのはもちろん~……」
UO姫は大きな瞳で上目遣いに見つめながら指を唇に当て、思わせぶりに微笑んだ。
と同時に、ほんの少しだけ胸を二の腕に当ててくる。故意なのか偶然なのか判断がつかない程度に。
ふっ……こいつの手口にももう慣れっこだ。
マジで。
本当だぞ!
「はいはい。今日も姫活ご苦労様です。ノルマも終わったでしょう。さっさと離れてください」
「チェリーちゃんひどい! ノルマじゃないもん!」
「とにかく離れろって言ってんですよーっ!!」
朝から虫の居所が悪いチェリーは、いつにも増して電光石火で食ってかかった。
俺の前で二人の女がぎゃーすか口喧嘩をおっぱじめる。
「ああもう! さっさと司令室行くぞ!」
二人の頭をがっしと押さえつけ、司令室へと歩を進めた。
俺はいつからこいつらの保護者になったんだよ。
途中、何人かのプレイヤーとすれ違う。
名前までは覚えてないが……確か、《ネオ・ランド・クラフターズ》の奴らじゃなかったか。
司令室には、先客が一人いた。
テーブルモニターに映ったマップをぼうっと見下ろしている男は、《ネオ・ランド・クラフターズ》のクランリーダー、ランドだ。
ランドは俺たちに気付くと、顎を撫でさすりながら皮肉げに唇を曲げた。
「両手に花だな」
「……花は花でも爆弾花だと思う」
「ちょっと! 聞こえましたよ、先輩!」
「ひっどぉ~い! ひどいひどいひどいっ、ひーどーい~っ!!」
こんなときだけ結託する二人の文句は頑として黙殺し、俺はテーブルモニターのマップに目を落とす。
「目処は立った」
それを見てか、ランドが低い声で言った。
「建材もあらかた確保できたし、作業員も昼頃にはログインしてくる。真っ昼間から一夜城と洒落込むのに充分な数だ。そして――」
ランドの手がテーブルモニターを操作し、無数の線で組まれた図面が表示される。
「――これが、今回建てる《トラップ・キャッスル》の設計図だ」
俺たちはその図面を覗き込んで、一様に息を呑んだ。
なんて複雑――それでいて、一見してわかるほどに無駄がない。
まるでよくできたプログラム・コードを見ているかのようだった。
線の一本一本に設計者の意図が通いきっている……。
「建てやすさ、建造速度、防衛力――以上3点を重点において設計した。必要な建造時間は、まあ1時間ってところだな」
「「「1時間っ!?」」」
冗談だろ?
こんなもん建てようと思ったら、普通なら1ヶ月はかかるぞ……!?
ランドはポケットに手を突っ込んだまま肩を竦めた。
「突貫工事ならそんなもんだ。今回は予算も多い。人類軍様々だな」
「RTAかよ……」
「動画に撮ってアップしたら100万再生くらい行くんじゃないですか……?」
「あっ、いいねそれ! 収益化して焼き肉食べよ~!」
「ヘイト管理が壊れるから動画はナシだ」
ランドがにべもなく言い、UO姫が「ぶー」と頬を膨らませる。
外部ツールを使うとモンスターのヘイトが集まってしまうのだ。
スクショくらいだったらセーフかもしれんが。
「もちろん、1時間ってのは計算通りに進めばの話だ」
設計図を消しながら、ランドは椅子に腰掛ける。
「計算外が日常茶飯事なのが戦場ってやつだろう。そのときは数の暴力に頼ることになる。……護衛戦力のほうは揃ったのか、総司令官さん」
「ええ。都合をつけました。……遺憾ながら、この女です」
「は~い! 護衛戦力で~す! よろしくね~♪」
UO姫が短い手を振り振りした。
《聖ミミ騎士団》が基地建造中の護衛に当たるということだろう。
ランドは1ミリも表情を変えず、
「妥当だな。《騎士団》とは昨日も共同戦線を張って、ウチの衆も慣れている」
「はい。縁もゆかりもないクランに守らせるよりかはいいかと」
「配慮痛み入る。……ただ、ひとつだけ忠告させてくれ」
「?」
首を傾げるUO姫に、ランドは極めて真剣な表情で告げた。
「基地の建造予定地には、できるだけ入らないほうがいい。……巻き添えを喰うことになるぞ」
……うん?
基地を建てるだけなのに、巻き添えってなんだ?
【告知】
マギックエイジ・オンラインを舞台とした小説の第三弾が始動しました。
『灰色の人生でも(ゲームの)無人島を開拓することはできる』
(直リンクはページ下部)
PvE(本作)、PvP(第六闘神)と来て、
今度は生産職をフィーチャーする形になります。
いわゆるマインクラフト系の話で、前人未踏の無人島マップを開拓します。
主人公は今回も出てるランド氏です。
カップル要素は、メインは身長差&年齢差。
あと、今度は主人公の周りにも何組かサブカップルを立てる感じで行こうかなって思います。
よろしくお願いします!
 




