第174話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:メイア配信考察会議
日付をとっくに回った深夜にもかかわらず、恋狐亭のロビーには未だ大勢のプレイヤーが集まったままでいた。
さっきまでは壁に映写された配信画面に集中していた視線は、今はソファーに座ったチェリーに集まっている。
「……はい……はい……はい。それで、彼女は? ……はい。わかりました、はい。お疲れ様でした」
通話を切ったチェリーに、代表するような形で俺が尋ねる。
って言っても、チェリーの様子からなんとなく答えはわかるが。
「……どうだった?」
「もぬけの殻だったそうです……」
メイアの顔が別人のものだったことが判明してすぐ、配信の音を細かく解析していた連中が彼女の居場所を特定した。
人間の耳ではうまく聞き取れないほどわずかだが、葉擦れの音やモンスターの鳴き声が混じっていたと言うのだ。
それを解析した結果、メイアがいるのは《猿人枢機卿エテックス》がテリトリーとしていた森であることが判明した。
警察かよ。どんな技術力だ。
《エテックス》は今日の攻略で討伐済みだ。
前回のように障害はないから、有志がすぐさまメイアのもとに向かった。
メイアがいるのは森の中にひっそりと建つ塔だと思われたが、捜索隊が現着するとほぼ同時に配信は終了。
直後に捜索隊が突入したものの、メイアは見つからなかった……。
「普通の移動方法じゃないですね……。配信終了の時点ですでに、入口を固めていたんですから……」
「メイアは一体、どういう状態なんだ? いきなり消えちまうわ別人の顔になってるわで意味不明だぞ……」
「――ちょっと、二人とも。これ見てくれるかな?」
そう言って、セツナがウインドウを差し出してきた。
なんだ?
「前回の配信映像を検証してたんだ。メイアちゃんが別人の姿だったのは今回だけなのか、それとも前回からだったのか」
「ううん……その辺り記憶が曖昧なんですよね。声を聞いて『メイアちゃんだ』って思い込んでしまったからなのか、顔が見えたかどうかがいまいち思い出せなくて……」
「結論から言うと、ちょっとだけ見えてる。ほら、ここ。外が見える窓に近付く場面」
1回目の配信はその大半が真っ暗な暗黒放送だ。
しかし終盤になって窓が見つかる。
ぼんやりとした光が画面の奥から射し、緑がかった金髪の少女がそれに近付いていく。
そうだ……後ろ姿しか見てないんだ。
なのに、緑がかった金髪といえばメイアだと、固定観念に縛られた。
さらに、外側から見たカース・パレスが映った――メイアが結界の外にいた――衝撃で、そっちに注意を惹きつけられてしまった。
セツナは、カメラが窓の外の風景を大写しにする寸前で映像を止めて、左下の隅を指差した。
「ここ。目と鼻筋が一瞬だけ見えてる。……目のほうをよく見てほしい。わかるかな?」
俺とチェリーは肩を寄せ合って、じーっとメイアの目を観察する。
……あっ!
「「瞳の色が違う!」」
「そう。メイアちゃんの目は緑がかった色なんだけど、この映像だと赤みがかってる。微妙な違いなんだけど、見比べてみると明白に違う」
ということは……この時点から違う顔だったのか?
どうして……?
チェリーは悩ましげに眉間にしわを寄せ、こめかみを人差し指でぐりぐりした。
「ううううーん……現時点では憶測でしか言えないんですけど……」
「知っているのか、チェリー!」
「そういうノリで来られると喋りにくいのでやめてください」
ごめん。
「メイアちゃんは、誰か別の人の身体に乗り移ってる……ってことじゃないでしょうか」
「乗り移ってる? 憑依ってことか?」
「別のアバターを使っている、と言ったほうがわかりやすいですかね」
別のアバター……? メイアが?
「なんて言えばいいのか……メイアちゃんはノンプレイヤープレイヤーなので、普通のNPCと違って身体と精神を分離できるんじゃないかと思うんですよ。ほら、実際、MAOのアバターから離れて現実世界にも出てこられるでしょう?」
「……なるほど。だから別のアバターにもダイブできるはずだという理屈か」
「はい。私たちがサブアカウントを使うようにして」
だとすれば、顔が違うのに声は同じであることにも説明がつく。
MAO内における声色は、何も設定をいじらない場合、リアルのそれがおおよそ再現される。
アバターが10歳くらいのショタだとしても、ちゃんと声色設定を調整していない場合は、リアルの声色がそのまま出てしまう――見た目は小学生なのに声はおっさん、なんてことになってしまうのだ。
これは、MAOでの声色がアバターではなくプレイヤー自身に依存していることを意味する。
だからメイアも、アバターは別人なのに声色はそのままだった……。
「気になったのは、メニューは使えないのに配信機能が使えていることなんですよ」
チェリーは説明を続ける。
「運営がこのイベントのために特例で使わせている、と考えられなくもありませんけど、普通に考えたら、メニュー画面が私たち《渡来人》に与えられた『能力』なのに対して、配信機能は純然たるゲーム外ツールだから……ということだと思うんですよね。だから、アバターがプレイヤーのそれだろうがNPCのそれだろうが使うことができる」
「ふうん……。それも、メイアがNPCの身体をアバターとして使っていることの傍証になる……のか?」
「NPCにはメニュー画面を開く能力がありません。ネームタグを見る能力もです。そこはアバター依存で決まるので、今のメイアちゃんにもできない。ですが、配信機能は外部ツールなので、アバターがどうだろうが中身の本人にその権限さえあればいい」
「んじゃ、今、メイアのメインアバターはどうなってるんだ? どういう経緯があってNPCの身体に入ってる……? っていうか、あの身体はどこの誰のものだ?」
「さあ。そこまでは現時点ではなんとも。ただ、メイアちゃんのメインアバターは、今もカース・パレスに囚われているんでしょうね。強制的に眠らされているか何かして、精神が暇になったので、アバターから飛び出しちゃったというところでしょうか。こう、幽体離脱的な感じで」
「幽体離脱って……」
「とはいえ、リアルへのログアウトはブロックされているので、代わりの行き先として、あのNPCを選んだ……と、いうことなんでしょう。たぶん」
投げやりだった。
情報が絶対的に足りないから、仕方のないことではあるが。
「……あの顔、エルフだったよな?」
メイアが入っていた身体の顔を思い出しながら、俺は呟く。
「お前の考えが正しいとすれば、あの姿をしたNPCが元から存在したってことだ。でも、天空都市のエルフの里は、呪転したドラゴンに潰されたはず――ってことは、あれはどこのどなたさんだ?」
「ひとつ、可能性がありますよ、先輩」
「可能性?」
「お化けです」
俺はチェリーの顔を見た。
チェリーの顔に、にまあ~っと笑みが広がっていく。
「おやぁ~? 顔が強張ってますよ、先輩?」
「う……うるしゃい」
怖くないし。
「ほらほら、先輩。思い出してくださいよ。この旅館でも見たでしょう? ちょうどあそこの階段を上っていく、長い髪の……」
「うああああああ!!! やめろやめろやめろ!! せっかく忘れてたのに!!!」
「えっ。ちょっと待って二人とも! ぼくらそれ聞いてないんだけど!?」
セツナが血相を変えて振り返ると、ロビーの隅から遠巻きに眺めていた六衣がふいっと顔を逸らした。
……あいつ、この旅館が思いっきり事故物件なの黙ってるんだ。
「喋りこそしませんでしたけど、あの幽霊だってNPCじゃないですか? それに、ダ・モラドガイアの中で見た、メイアちゃんのお母さんだって……」
「……幽霊のNPCか……」
そう考えると、いきなり出たり消えたりするのにも納得できなくもねえかなあ……。
「となると、メイアがいた場所に、そのエルフ幽霊の手掛かりがあるのかもな。いわゆる地縛霊ってやつ」
「地縛霊の割にはだいぶ移動してますけど――あ、いや……?」
ふっとチェリーの瞳が思考の中に沈んだ。
「……前に調べた荒野の塔……地下への階段が埋まってるの、見つけましたよね……?」
「ん。ああ。ダ・アルマゲドンの地下にデカい城が埋まってるんじゃねえかって話してたよな」
「つまり、地下で全部繋がっている……だから、メイアちゃんが入っている幽霊NPCがそこに縛られているとしても……」
「あ」
見かけ上は離れていても、地下で繋がっているのなら、同じ場所だと判定される可能性は否定しきれない!
「……幽霊……埋まったお城……エルフ……それに、あの日記……」
チェリーはあてどもなく視線を彷徨わせながら、口の中でぶつぶつと呟く。
それはほんの数秒で治まった。
唇は半開きのまま止まり、視線は焦点を合わせる。
バッと唐突に顔を上げて、チェリーは天井を仰いだ。
「…………タージ・マハル…………?」
と。
最後にぽつりと、耳を澄ませば聞き取れる程度の声で、チェリーはそう呟いた。
……タージ・マハル?
どっかの世界遺産かなんかだっけ?
「おい。何か気付いたのか?」
「あ……い、いえ、すみません。これは憶測というか、ただの私の妄想なので……言うのはやめておきます」
なんだよ。もったいぶりやがって。
「現時点で打てる手は、そうですね……今までメイアちゃんが配信をした二つの塔。これに建材が似た建物が、まだダ・アルマゲドンの中にあるはずです。それをあらかじめ探しておいて、明日の夜に待ち伏せておく……という感じですね」
明日の夜か……。
これまでのパターンから言うと、次の配信はその頃になるだろうな。
「もう夜も遅いですし、今日はそろそろ解散にしましょう、皆さん。明日は補給基地の建造から始めないといけませんし」
チェリーのその一声で、解散の流れになった。
一部の奴らは、配信画面を検証したり、チェリーの言った次にメイアが現れそうな建物を探したりするために、まだ残るようだ。
たぶん昼夜逆転してるんだと思う。
「お疲れ、ケージくん」
「お疲れー」
セツナたちに軽く手を振りつつ、俺はチェリーと連れだってロビーを出て、2階に上がる階段に向かった。
と。
チェリーが階段の前で、凍ったように急に立ち止まった。
「……どした?」
顔を覗き込むと、大きな目が階段の先を見上げ、
「いえ、そのー……あのときの幽霊、この階段を上っていったよなー、と……」
……ほほう?
チェリーの頬がかすかに強張っているのを、俺は見逃さない。
俺はにまぁと笑みを広げた。
「おんやぁ? 顔が強張ってるぞ、後輩?」
「うっ、うるしゃいですっ!」
噛み噛みの後輩の腕をむんずと引っ掴む。
そのまま階段へゴー!
「ちょちょちょちょっ! ストップストップーっ!!」
「さあ来い早く来いさっさと来い!」
「ゆ、優位に立ったときだけ強気になって……っ! さっきはあんなに怖がってたくせに!」
「人のこと言えるかてめえ!!」
STRでは俺に分があった。
必死に抵抗するチェリーをひょいっと片手で持ち上げて横抱きにし、階段を駆け上がる。
「恐れよ! 震えよ! 泣き喚け!!」
「ひああああっ!? こ、心の準備がぁーっ!!」
チェリーがぎゅううっとしがみついてくるのを感じながら、俺は高らかに笑い声を響かせた。
「……あれ? 今お兄ちゃん、チェリーちゃんをお姫様抱っこで部屋に連れ込まなかった?」
「メイアちゃんを取り返す前に二人目ができたりしてね。あははは!!」
「くらげさん、下世話な冗談はやめましょうね。……あながち冗談とも言い切れませんけど」




