第173話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:メイア配信【2】
階段を駆け下り、恋狐亭のロビーに出ると、すでに談話スペースの周囲に人だかりができていた。
壁に《GamersGarden》の配信ページが映写されている。
人だかりはしんと静まり返り、その映像を見守っていた。
道を開けてもらって、俺たちは最前列に出る。
談話スペースのソファーには長い黒髪が特徴的な、落ち着いた雰囲気の少女――ろねりあがいた。
彼女の前には、《GamersGarden》のアプリウインドウが開いている。
どうやら壁の画面は彼女が映したものみたいだ。
「今どうなってる?」
と、セツナがろねりあに訊くと、彼女は画面から目を外さないまま、
「大した動きはありません。暗闇の中を動き回っているみたいです」
「前回と同じか……」
配信画面は真っ黒で、ともすれば何も映っていないようにも見える。
だが、よく目を凝らすと、たまに何かの影が画面の中を過ぎるのだ。
そして耳を澄ませば、息遣いを聞くこともできる。
メイア……!
「コメントはできるんですかっ!?」
チェリーが勢い込んで叫んだ。
配信にコメントが付けられるなら、それは配信者のメイアにも伝わるはずだ。
俺たちの言葉を伝えられるかもしれない……!
ろねりあは優しい微笑みを浮かべ、
「だからお二人を呼んだんです」
と言って、ウインドウに向かって喋る。
「メイアさん。ケージさんとチェリーさんがいらっしゃいました。今から交代します」
音声入力でコメントしたのだろう。やや間があって、
『えっ!? パパ、ママ!?』
と、画面の中からメイアの声がした。
俺は知らず息をついた。
ああ……無事だったんだな……!
「どうぞ、お二人とも。いつ終わるかわかりませんのでお早く」
そう言って、ろねりあはウインドウの前を空ける。
俺たちは先を争うようにしてソファーに腰を下ろし、ウインドウの音声入力ボタンを押した。
「メイア!? 無事――」
「――無事ですか!? ずっと心配して――」
「バカ一緒に喋んなよ! 混ざるだろうが!」
「先輩が譲ってくださいよ!」
案の定、二人の言葉がごちゃごちゃに混ざった謎言語がコメント欄に送信されてしまった。
辺りで笑いがさざめく。
くそう! 恥掻いたじゃねえか! チェリーのせいで!
『ぷっ……あははは!』
配信内のメイアも、数秒遅れて噴き出した。
『はーあ、よかったぁ……。パパもママも元気そう。わたしがいなくなって暗くなってないかなって、心配だったの』
俺たちは反省して、大人しくホロキーボードを表示させた。
キーボード入力は俺のほうが速い。俺が代表してキーを叩く。
『娘に心配されるほどの歳じゃない。それより、昨日は大丈夫だったのか?』
『うーん……。実は、よく覚えてなくて。何かに捕まっちゃったー、って気がしたんだけど、気付いたら全然別のところで寝てたの』
全然別のところ……?
『今いる場所は、あの塔じゃないんだな?』
『他の人にも訊かれたけど、前とは別の場所みたい。今、外が見える場所を探してて……』
前とは別の場所……。俺たちが荒野を突破する前に、誰かに移動させられたのか?
「……先輩。マップを開けるかどうか確認してください」
チェリーが言った。
俺はうなずいて、その通りに打ち込む。
『ええとね、それも確認したの。マップどころか、そもそもメニューが開けなくて……。だから、アイテムも使えないの』
『スペルブックは?』
『え? 無理だと思うけど……ショートカットも使えないし』
『とりあえず試してみて』
『それじゃあ……んーと……《コール・ブック》!』
メイアが小さく唱えた瞬間――
ポンッ、と音が鳴った。
見守っていた人だかりがざわめきに揺れる。
『うえっ!? で、出ちゃった……』
メイア自身も驚いていた。
メニューは出ないのに、スペルブックは出る……!?
「やっぱり……」
ただ一人、スペルブックを出せと指示したチェリーだけが、納得深げに呟いていた。
「先輩。メイアちゃんはNPC化しているんですよ」
「は? NPC化……?」
「メニューウインドウの展開はプレイヤーだけに与えられた機能です。ですが、スペルブックはNPCも持っています」
そうか……メイアは当人曰くNPP。NPCでありながらプレイヤーと同じ権限を与えられた例外。
それが、普通のNPCと同じ状態になっている……?
「スペルブックに何の魔法が書かれているか尋ねてください!」
「わかった……!」
そのように打ち込むと、ぺらぺらとページをめくる音が聞こえ始める。
『ううーっ……! 暗くて全然読めない……! でも……これ、わたしのじゃないような……?』
「え?」
『わたしのより白紙のページが多いと思う……。んん……あれ……? でも、これ……ここに書いてあるの、《星旋矢》かな……?』
は?
《星旋矢》だって……!?
それは弓剣カテゴリ専用の体技魔法――つまり、MAOでメイアしか使えない魔法だ。
なのに、そのスペルブックはメイアのじゃない……?
「……も……もしかして……!?」
隣でチェリーが愕然と呟きを漏らした。
元より大きな目をさらに見開いて、食い入るように配信画面を見る。
しばらくそうしていたが、やがて諦めたように顔を離し、もどかしげな手つきでキーボードを叩いた。
『周りに敵の気配はない? ないようなら、おそらく1ページ目に《ファラ》があるから、それを使ってカメラに顔を映して。お願いします』
『へ? 顔を……? 敵の気配はないけど……んー、わかった』
俺も含めて誰もがチェリーの意図を判じかねたが、メイアは軽い調子で従った。
ぺらぺらとスペルブックを繰る音がして、
『あった。これだ。それじゃ、行くよー。――《ファラ》!』
火の玉がぽんっと生まれ、真っ黒な暗闇がぼうっと明るくなる。
にっこりと笑った女の子の顔が、一瞬だけ、画面の中央に浮かび上がった。
その瞬間、俺は思わず立ち上がった。
「……え?」
「あれ……?」
「見間違い……?」
真っ暗に戻った画面を、俺は見つめ続ける。
……い、今のは……?
嘘だろ……? 見間違いだよな……!?
「ちぇ、チェリー……もう1回だ! メイアにもう1回やるように言ってくれ!」
「不要ですよ、先輩。……スクショを撮りました」
チェリーがウインドウを操作して、スクリーンショットを表示する。
壁に映写された画面にも、同じ画像が大写しになった。
《ファラ》によって暗闇が拭われた、ほんの一瞬を切り取った画像。
それを目撃するや否や……悲鳴が炸裂する。
「はっ、はっははは! マージーでー!?」
「うわあ、やられた……! やられたあーっ!!」
「やっば。鳥肌立ったわ……」
それは、どこか感嘆の響きが入り交じった悲鳴だった。
俺の口元も、なぜだか綻んでしまう。
背筋がぞくりと震えるのに、頭の中は爽快な。
ああ――これは、気持ちよく騙された……!
『えっ……? なになになに? どうしたの……? わたしの顔に何かついてた?』
本人だけが、状況をわかっていなかった。
それもそうだろう。鏡でもない限り、自分の顔を確認することはできないんだから。
スクリーンショットに映された、決定的瞬間。
今まで暗闇に隠されていた、女の子の姿。
緑がかった金髪に、長く尖った耳。それに妖精のように整った顔の造作――
しかし、それはメイアではなかった。
暗闇から現れたのは、まったくの別人の顔だった――




