表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅴ - 最強カップルと呪われし想い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

171/262

第170話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:第一次結界攻略戦・強襲


「えっ――!?」


 森の中を馬で走り抜けていた俺たちは、木々の向こうから立ち上った煙を見て、愕然と口を開けた。

 本陣の方角から上る、1本の赤い煙。

 あれは、緊急事態の合図……!


「本陣で何か起こったのか……!?」


「わかりません……! まだ詳しい情報が――」


 余計な戦闘を覚悟すれば通話でチェリーに連絡が取れる。

 だが、《冥界葬列公デス・ルシリス》の戦場はもう目と鼻の先だ。

 ここで時間をロスするのは……!


「……え? なんですか?」


 部隊の後方から、巡空まいるのところに伝令が追いついてきた。

 馬に乗ったままの巡空まいるに、伝令がこしょこしょと耳打ちする。


「えっ……? それってどういう……?」


「ただこれだけ伝えろと、総司令官が……」


「どうした? チェリーから何か伝令が来たのか?」


「はい~。えっと~……」


 困惑気味な顔と声で、巡空まいるは言った。


「『本陣で何があっても、ブクマ石は使うな』……だそうです~」


 ……ブクマ石を使うな?

 ブクマ石――《往還の魔石》は、いざというときの高速移動のため、一人一つずつ持っている。

 使えば一瞬で本陣――ダ・アルマゲドンの入口まで戻れるようにしてある。

 それを、緊急事態の狼煙が出ているこの状況で使うな、と……?


「チェリーさん、何を考えてるんですかね~?」


「あいつのことだから、何か考えがあるんだろうが……」


 チェリーのことは信頼している。

 あいつが判断を間違えるはずがないと確信している。

 だが――だからこそ、懸念したくなるのだ。


 あいつはこういうとき、考えが合理的になりすぎる。

 ゲーム上に存在するすべての要素を、全部数字で判断できてしまうのだ。

 例えば、あいつは俺のことを、将棋で言うところの飛車だと考えているだろう。

 飽くまで飛車であって、決して玉ではない。

 俺が倒されたところで、敗北には直結しないからだ。


 それが勝つために必要だと判断したなら、あいつは俺でも躊躇わずに使い捨てるだろう。

 仲がいいから死なせたくない――なんて風には絶対に考えない。


 それは自分自身に対しても同じなのだ。

 このゲームにおいて、この戦いにおいて、あいつは自分のことを玉だとは考えていない。

 たとえ司令官がやられたところで、俺たちは元より寄せ集めの軍団だ。さほど動揺もせず、ボスどもを倒すに違いない。


 だから自分は玉ではない。

 人類軍に玉はいない――切り捨ててはいけないものは存在しない。たとえ自分自身であっても。

 あいつは、きっとそう考えている。極めて合理的に。


 それは事実なんだろう。

 メイアと違って、チェリーは死んでもデスペナルティを受けるだけだ。取り返しがつかないわけじゃない。

 でも。

 それでも――


「ケージさん。《デス・ルシリス》はまいるたちに任せてくださいっ!」


 考え込んでいた俺に、巡空まいるが明るい声でそう言った。


「たとえ、ゲーム的には間違っているとしても――彼女のピンチに彼氏が駆けつけないと、格好がつきませんよ?」


 俺は思わず苦笑する。

 ああ、確かにそう考えるとシンプルだ。

 これは遊び(ゲーム)なのだ。

 だから、理屈がどうであろうと、やりたいようにやるのが一番正しい―――!!

 ただし、


「俺は別に、彼氏じゃないけどな!」


 訂正しながら、俺は馬を飛び降りた。

 ブクマ石は使わない。

 指示にはちゃんと従う。

 だから、こっち(・・・)のほうは、使ってもいいんだよな……!


「―――《魔剣再演(リ=フレードリク)》!!」


 赤いオーラが俺の全身を纏い――AGIが3倍に膨れ上がった。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 本陣の周囲に築かれた防陣に、無数のモンスターが大挙して押し寄せていた。

 即席ながら堅牢に築かれていたはずの柵は、もうすでに押し破られて、本陣内への敵の侵入を許している。


 それをやったのは、モンスターの軍勢の先頭に立つ男だ。

 ついさっきまで《イザカラ》の肩に乗っていた、暗黒の翅を持つ男。

《呪王》――!


「《エアギオン》ッ!!」


 私の《聖杖エンマ》から迸った嵐が、スケルトンやガーゴイルを巻き上げる。

 本陣の中には、砦の構築のため集まった建築職プレイヤーがまだ大勢残っていた。

 ここで彼らに大損害を出すようなことがあれば、明日以降、攻略に手を貸してもらえない可能性がある。


 撃退する必要はない。

 最小限の被害に留めつつ、《呪王》を惹きつけておきさえすればそれでいい……!


「急げ急げッ!! 戦闘職が食い止めているうちに!!」


《ネオ・ランド・クラフターズ》のメンバーが、低レベルプレイヤーたちを避難させている。

 その時間を稼ぐため、私は惜しみなくMPを注ぎ込んだ。


 けれど、範囲攻撃魔法にも限界はある。

 ダ・アルマゲドン全域から集まってきたかのようなモンスターの軍勢は、まるで津波のように天幕やプレイヤーを押し流していく。

 それを多少吹き散らしたところで、焼け石に水だった。


「……っまずい……!」


 思ったより崩れるのが早い。

 このままだと、ダ・アルマゲドンの入口を占拠される可能性がある。

 それは最悪のパターンだ。

 天空都市から各戦場への補給が完全に途絶える。下手すると《デス・ルシリス》の戦場がひっくり返りかねない……!


「――遅滞戦闘に努めてくださいっ!! 絶対に無理はしないで!!」


 他のプレイヤーたちにそう叫びながら、まだ無事でいる物見櫓に上る。

 高い視点から戦場を俯瞰した。

 本陣はすでにぐちゃぐちゃ。各地で乱戦模様を形成している。

 これがプレイヤー対プレイヤーの戦争だと敵味方を間違えてしまったりもするのだが、モンスター相手ならその心配はない。


「どこを突く……?」


 俯瞰した戦場を水の流れのように捉える。

 今の戦場は乱流だ。暴れるように荒れ狂って、御しようがない。

 これをいったん整理する。

 戦線を維持するにはそれしかない。


「あの辺りか……!」


 本陣の西側の辺りに目をつけたとき、物見櫓がめきめき音を立てて傾き始めた。

 私は空に飛び出しながら、《エアガロス》で自分自身を吹き飛ばす。

 先輩ほどじゃないけれど、私だってこのくらいのリアルアクションはこなせる……!


 着地点にスケルトンの群れが待ち構えていたので、地属性魔法《ジクバーナ》で地面を隆起させた。

 スケルトンはその中に埋まり、私は猫のように体勢を入れ替えてその上に着地する。

 そして、メニューウインドウを開き、ディスコード――外部ツールを起動させた。


 誰かに連絡を取りたいわけじゃない。

 ただのヘイト稼ぎである。

 私たちの情報共有を防ぎたいがため、ダ・アルマゲドンのモンスターは外部ツールに過剰反応する……!


「「「―――ォォ―――ァ――――ッ!!!」」」


 獰猛な咆哮を連ならせ、スケルトンやガーゴイル、ゴーレムといった怪物たちが大挙して私のほうを向いた。

 私は舞台のように隆起させた地面の上でそれを待ち受け、聖杖エンマを頭上に掲げる。


「――《天下に這い出せ 群れ成す雷》――!!」


 幾条もの稲光が杖の先端から弾け、



「――――《ボルトスォーム》――――ッ!!!」



 聴覚を破壊するような轟音と共に、雷撃が放射状に撒き散った。

 蛇の群れのように広がったそれらは、モンスターを次々とその牙に捉え、そこからさらに伝播する。

 転倒。麻痺。あるいは消滅。

 ヘイト稼ぎによる急速な標的変更。そして《ボルトスォーム》による進軍停止。それらによって戦場の流れが一気に澱んだ。


 入れ替わるように、もうひとつの流れが復活する。

 各地で乱戦に巻き込まれていたプレイヤーたちが、清流のように澱みのない、一つの巨大な流れとなって、私に群がったモンスターたちの後背を襲った。


 私もまた、手持ちのマナポーションを飲みながら魔法を撃ち込んでいく。

 前後から挟撃されたモンスターたちは急速にその数を減らした。


 大規模戦闘というのは勢いが大事なのだ。

 一度でも、一瞬でもそれを挫かれると、もはや取り返すのは難しい。

 人間ですらそうなのだ。いわんや理性を持たないモンスターをや。


「――美事。と、称するほかありますまい」


 竪琴めいた澄んだ声が聞こえて、私は空を見上げた。

 暗黒の翅を広げた《呪王》が、上空に浮遊している。

 彼は青白い細面で、悠然と私を見下ろしていた。


「どれほどの名将の差配かと思いきや、まさか斯様に可憐なお嬢さんとは。私はこれで長く生きておりますが、貴女のように愛らしくも果敢な将は見た覚えがございません」


「お褒めの言葉光栄ですけれど、あなたに言われても腹が立つだけなのでやめてください!」


 答えざま、《ファラゾーガ》を撃ち放つ。

 特大の火球が猛然と《呪王》に襲いかかるが、暗黒の翅が軽く羽ばたかれるや、《呪王》の位置がするりと横にスライドした。


 当然、私はその回避を読んでいる。


 左手でスペルブックを素早く操作し、《ファラゾーガ》の照準方式をロックオンに切り替えた。

 マニュアル照準で撃ち出された火球は、しかしその途中でロックオン照準に切り替わり、軌道を急速に曲げて《呪王》を追いかける。


「むっ……」


 紅蓮の爆発が《呪王》を包んだ。

 ヒット! ざまあみろ!

 と、一度は笑ってみせたけれど、炎と粉塵が晴れるにつれ、私は笑みを引っ込めた。


 暗黒の翅の羽ばたきが粉塵を吹き散らす。

《呪王》の身体を、薄い紫のバリアが覆っていた。

 あれは……《マギシルド》……!?


「以前も申しましたが、私は臆病者でしてね。自分の身をしっかりと守っていなければ、ろくろく人前にも出られないのですよ」


「……だったら、そろそろお帰りになったらいかがですか……?」


 私は体重を後ろに傾けながら言う。……逃げる算段を立てないと。


「確かに。貴女の差配により、私の狙いは不発に終わりました。本陣を強襲すれば《往還の魔石》を消費してくれると思ったのですがね――」


 そういうことだ。

《呪王》の狙いは《往還の魔石》――ブクマ石を消費させること。

 そうすることで、明日以降、私たちは伝令を出すのに多大な時間をロスするようになる。


「――しかし、参上した目的はもうひとつあるのです」


 パチンッ、と《呪王》がきざったらしく指を鳴らした――その瞬間。

 周囲の地面から、光の鎖が一斉に湧き出す。


「えっ……!?」


 一歩動くのがせいぜいだった。

 いきなり湧き出した無数の光の鎖が、私の全身を絡め取る。

 拘束魔法《バインド》――!

 それも、手足だけじゃなく全身を縛り上げるほど高熟練度の……!!


 私は立っていられなくなり、膝を突く。

 聖杖エンマが右手からこぼれ落ちた。


「可憐なる将よ。私は此度の戦において、最大の難敵は貴女であると判断申し上げた」


 ……私が……?

 人類軍という烏合の衆の司令官を、他に適役がいないからたまたま請け負っているだけの私が?


「これほどの人数――しかも烏合の衆を、手足のように差配してみせる手腕。計算外の事態にも迅速かつ冷静に対処する判断力に精神力。

 魔族の身にてあえて評しましょう――人間離れしていると。

 貴女自身がどう考えているか存じませんが、それはおよそ、凡愚の才ではありますまい」


 ……才能。

 才能、才能、才能。


 またそれか。


 あの媚び媚び姫はいつも言う。

 私のことを、特別な天才だと。

 そして先輩に囁くのだ。

『あなたは普通(こっち)の人だよね?』と。


 違う。

 私には才能なんてない(・・・・・・・・・・)


 先輩と一緒だ。他の人たちと一緒だ。

 ……なのにどうして、私だけ仕切りの外に追い出すの?


「貴女さえいなければ、寄せ集めの人類軍など群れ集る虫に同じ……。《渡来人》は不死の戦士と聞くものの、やりようはいくらでもありましょう。我が城への招きに応じていただきましょうか――」


 私を、メイアちゃんのようにカース・パレスに連れ去るつもり……!?

 まさかプレイヤーにそんなこと――という考えは、すぐに打ち消す。

 MAOのバージョン級ボスに常識など通用するものか!


 ……仕方ない、と私は手首を動かした。

 魔法で自爆す―――


「―――それか」


 さらにもう一本の光の鎖が生え伸びて、私の手首を縛った。

 読まれた……!? なら口頭詠唱――


「無論、させません」


「ぁぐっ……!?」


 鎖がじゃらりと私の口を塞ぐ。

 う……嘘でしょ?

 これじゃあ、魔法が使えない――


「あまり抵抗はしないでいただきたい。あなたはただ、しばらくの間、向こうの世界に戻っているだけでいいのですから」


「ぅぐ……ぐっ……!!」


「やれやれ。紳士的にお招きしたかったのですが――」


《呪王》が掲げた手に、バチバチと弾ける雷球が出現する。

《ギガデンダー》……!

 あんなのを喰らったら、しばらく麻痺して動けなくなる……!


「この程度で命尽きるほどヤワではありますまい。……この場合、そちらのほうが厄介でしょうがね」


「こっ……のっ……!!」


「竜巫女の命運が尽き、遍く地上の命脈が果てるそのときまで。――ご退場願おう、可憐なる将よ……!」


《呪王》の手から、雷球が投げ放たれる――


 ――ここで。

 ここで退場?

 メイアちゃんを迎えに行かないといけないのに。

 こんなところで、私だけ……?


 ……先輩。

 先輩、先輩、先輩、先輩!


 ……わかってる。先輩は来ない。

 私が来るなと指示した。私がそう言ったんだ。

 先輩は、その指示に従ってくれる。

 先輩は、私を信頼してくれているから。


 ……だから、これはただの後悔。

 先輩の信頼に答えられなかった私の……みっともない、負け犬の遠吠え……。


 雷球の輝きに目を眩ませて、呼べもしない呼び名を叫ぶ。


「――――ん―――ぱ――――っ……!!」






「うるせえな。いるっつーの」






 光が、光を断つ。

 雷球の真っ白い輝きを、燃えるような真紅の輝きが一直線に斬り裂く。


 雷が弾けて散った。

 キラキラと散った火花の、その一片ですら、私には届かない。


 緋剣を携えた背中が、何もかもを阻んでいた。


「よお、クソ誘拐魔――」


 空の《呪王》に放たれた声はいつもと違う。

 そこに滲むのは、燃え立つような怒気だった。


「――人の娘に続いて、誰を連れていこうとしやがった?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ