第165話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:荒野の古塔の調査Ⅱ
ガチャンッ!! と鎧を着た騎士が床に倒れ、紫の死亡エフェクトに包まれて消滅した。
俺は魔剣を鞘に戻し、チェリーも軽く息をつく。
「これがメイアちゃんの言っていた……」
「ああ。配信に乗ってた足音の主だな」
まだ初遭遇だが、中ボスってほどのレベルじゃなかった。1体しかいないとは思えない。
気を引き締めていかないとな……。もしここで死んだりしたら、また荒野越えからやり直しになる。
「こいつらは一体、何を守ってるんだろうな?」
「今のところ、警備しなきゃいけないようなものはないですよね……」
ここは本当に古いだけの塔だ。
巨大な城が地中に埋まっているんじゃないか、という推理の根拠にはなったが、《呪王》が守らなければならないようなものは、今のところない。
あるいは、この騎士たちは《呪王》とは関係がないのか?
謎が不気味に深まっていくばかりだ……。
俺たちは風下に向かって歩き、さらに何体かの騎士を仕留めた。
やがて、一つの部屋に突き当たる。
「あそこは……」
半ば朽ちた木の扉だ。
あっさりと崩れてしまいそうにも見えるが、鉄やらで妙に補強されているし、装飾だったと思しき部分もあって、重要な部屋のように感じる。
俺たちはうなずき合うと、そっとその扉に近付いて、慎重に引き開けた。
扉の上からぱらぱらと埃が降ってくる。
「……ん……?」
扉の向こうには闇が満ちていた。
家具のシルエットがぼんやりと浮かぶだけで、特に何も気配を感じない。
「……入ってみるか」
「ちょっと待ってください、先輩」
俺が動き出す前に、チェリーは聖杖エンマを軽く振った。
光の玉が部屋の中に飛んだかと思うと、ぱちんっと弾けて部屋を明るくする。
俺はチェリーの顔を見た。
「……暗いのが怖かったのか?」
「違いますよ! それは先輩でしょう!?」
「こわ……こわくねえし」
多少不安感が拭われたのは事実だったけど認めてやらねえ。
部屋は朽ち果てた寝室のようだった。やはり何もいない。
「……私が確認したかったのは、床です」
「床?」
チェリーに言われて視線を落とすが、あるのは厚く積もった埃だけだ。
「私たちはメイアちゃんの足取りを辿ってこの部屋に来ました。たぶん、メイアちゃんはここで目を覚ましたんだと思います」
「だろうな。ベッドもあるし」
「だったらなんで足跡がないんですか?」
「……あ」
新雪のように跡一つない床。
俺はそっと自分の足を伸ばし、埃を踏んでみた。すると、ちゃんと跡がつく。
「扉もです。メイアちゃんがこの扉を開けて出たんだとしたら、あんなに埃が剥がれ落ちるのはおかしい。この扉は、もう何年も開いていなかったはずです」
「どこかで道を間違えたってことか?」
「もしくは……」
チェリーは軽く考え込んで、
「とにかく、調べてみましょう。怪しい部屋であることに違いはありません」
「そうだな」
俺は部屋の中に入ると、天井を見上げる。
「んんんん……」
「どうしました、先輩?」
「いやあ、天井に穴が空いててさあ。あそこから何か落ちてくるんじゃねえかって気がして……」
「ちょっ……や、やめてくださいよっ!」
チェリーは抗議するように俺の袖を掴んだ。
「アウトですよ、アウト……! 上から降ってくるのはアウトですからっ!」
「MAOにキモい虫系モンスターはいねえから、そこだけは安心だけどな……」
VRの虫系モンスターはダメな奴は致命的にダメだから、もし登場する場合は注意書きがあるのが慣例だ。そしてメジャーなゲームには大体登場しない。
「なあ知ってるか? プレステにさ、The大量地獄っていうゲームがあってさ……」
「無理です無理です無理ですこの流れでそのタイトルの時点で想像つきますっ!」
髪を逆立てながらぎゅーっと腕にしがみついてくるチェリー。軽く涙目だった。
「ううう~。なんでこんなときに意地悪するんですかぁ……」
「どんなときでも意地悪してくる奴が相手だからかなー」
はっはっは、と笑いながら、もう一度天井の穴を確認する。
いや、大丈夫だとは思うけどな?
手分けして調べたほうがよかったんだろうけど、今のやりとりのせいでそうも行かなくなった。
まあトラップの可能性もあるし、分断されたりなんかした日にはミイラ取りがミイラだ。
結局二人で固まって、目に付いた棚の引き出しをひとつひとつ開けていく。
「昔の小説なんかだとさ、VRゲームといえばMMOみたいなところがあったけど、現実にはMAO以外はあんまパッとしてねえよな」
淡々とした作業による沈黙を埋めるように、俺は思いついたことを話し始めた。
チェリーも隣の棚の引き出しを片っ端から開きながら、
「ネトゲ大国の韓国なんかにはいくつかあったりするみたいですけど、他の国は日本のクライアントを使ってまでMAOに接続してるくらいですよね」
「まあ昔と違って自動翻訳があるから、クライアントの問題は大したもんでもねえしな。普通に日本人だと思って喋ってたら実は外国人だったとか、結構あるみたいだし」
「欧米ではVRゲームはどういうのが人気なんでしたっけ?」
「FPSとかRTSとか、あとギャルゲー」
「……ギャルゲー?」
「仮想空間で女の子とイチャイチャするだけのゲーム」
「ほほう。先輩もやったことが?」
「……答えなきゃいけないの?」
「あるんですね?」
「いやまあ、後学のためにというか……」
「ふっふーん? へええー。あとでタイトル教えてください」
「聞いてどうするつもりなの……」
どんどこ引き出しを開ける。
空。空。空。空ばっかりだ。
「そうじゃなくてだな、単純なタイトル数やユーザー数や販売数で言ったら、世界最大のVRゲームジャンルは脱出ゲームだよなって話をしたかったんだよ、俺は!」
「ああ、なるほど。インディーズでたくさん出てるって聞いたことがあります」
「用意するマップは部屋ひとつでいいし、VRの強みも活かせるし、インディーズが一番手を出しやすいジャンルなんだろうな。その分ピンキリだけど、中にはストーリーがすげえしっかりしてたりするやつもあってさ。こうして引き出し開けまくってると思い出すんだよ」
「……もっと思い出すべき記憶があると思うんですけど」
「うん?」
「いえ。じゃあ、そのゲーム経験から言うと、怪しいのはどの辺りですか?」
「そうだな……。引き出しの裏側とか?」
何気なく開いた引き出しをそのまま抜き取って裏側を見る。
と、
「「あ」」
本当にあった。
一枚の羊皮紙が、わざわざ釘で打ちつけてある。
俺は慎重に釘を抜き取ると、破れないようそうっと表に返した。
短い文章が書いてある。
「日記……か?」
「相当古いですよね……」
紙は今にも崩れそうなほどボロボロで、古文書めいた雰囲気すらあった。
しかし文字は読めそうだ。
俺たちは黙って、羊皮紙に記されたテキストを読んだ。
『翌日、また彼が訪ねてきた。
彼は私の顔色を見て嬉しそうに口を緩ませ、綺麗な花をくれた。
この花の香りを嗅いでいるだけで身体がよくなるんだよ、と彼は語ってくれた。
彼の言うことは難しくて、私にはほとんど理解できなかったけれど、彼の嬉しそうで楽しそうな表情は、私の胸に焼きついて離れなかった。
きっとその日が、私が初めて恋をした日だ』
別に感動的ってわけでもない。むしろ文章を書き慣れていない人間が書いたようにすら見える。
稚拙で、だけど瑞々しく、ゆえに、どこかむずがゆくなる文章。
なのに、それが記された紙はこんなにも古びている。中学生が書いたような初々しい日記が、もう遙かな過去のことなのだと思うと、物悲しく感じられた。
「……………………」
チェリーが無言で手を伸ばす。
白い指がそっと撫でたのは、ある一文だった。
『彼の嬉しそうで楽しそうな表情は、私の胸に焼きついて離れなかった。』
「……チェリー?」
俺が遠慮がちに話しかけると、チェリーは一瞬だけこちらを見て、
「……先輩。私と一緒にリアル脱出ゲームに参加したこと、覚えてますか?」
と、唐突にそんなことを尋ねた。
俺は首を傾げる。
「当たり前だろ? 初めてお前とリアルで会ったときのことじゃん」
そう答えると、チェリーは小さく唇を尖らせた。
「…………だったら、真っ先にそっちを思い出してくれたっていいじゃないですか」
「は?」
「別に!」
ふんっと鼻を鳴らすと、チェリーは羊皮紙を持って立ち上がる。
「この紙は持って帰りましょう。何かの資料かもですし」
「お、おう」
「さあ、ちゃきちゃき探しますよ、メイアちゃんの痕跡を! あのときみたいにね!」
まあ確かに、あのときは凄まじいスピードで謎が解けて、他の客にビビられてたくらいだったが。
もう天井からの恐怖のことは忘れたのか、チェリーは桜色の髪を翻してベッドのほうに向かう。
「(……本当は、あのときが初めてじゃなかったんですけどね)」
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それから俺たちは、時間の許す限り、塔の中を調査した。
メイアの足取りを辿って到達した寝室だけに限らず、他の部屋もあらかた調べたが、結局、メイアの痕跡は見つからなかった。
本当に、何も。
不自然なくらいに。
まるで、俺たちが配信越しに見た映像が、何かの間違いだったかのようだった……。




