第164話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:荒野の古塔の調査Ⅰ
俺たちは、腐食した木の扉をゆっくりと開けた。
輝く埃に満ちたエントランスは、石のブロックが剥き出しになった寒々しい空間だった。
だけど、一種の生活感みたいなものも、かすかに感じられる。
例えば、隅っこで朽ち果てた机の残骸。
例えば、砕け散った燭台の成れの果て。
「単純な物見塔……って感じでは、なさそうですね……」
チェリーが天井を見上げながら言う。
今のところ、モンスターの気配は感じられない。
だが少なくとも、メイアの配信で聞いた鎧の足音の主はいるはずだ。
「配信で最後に映ったのは、かなり上のほうからの風景だったよな……」
「ええ……。階段を探しましょうか」
パッと目に付く道は、正面の扉と向かって右の扉。
外から見た印象より、中は広そうだった……。
「右の扉から行くか」
「えっ? 正面からじゃないんですか?」
「なんでだよ。右のほうが脇道っぽいだろ?」
「正面のほうが本筋っぽいじゃないですか」
「………………」
「………………」
とりあえず脇道を見てから先に進む派と何でもいいから先に進みたい派の仁義なき戦いが勃発した。
「……わかりました。何で決めますか?」
「どうぶつタワーバトルで勝負だ」
負けた。
「キリンが……! キリンの置き場所が……!!」
「ふっふん。レーティング2100の私に挑もうとは片腹痛いですよ」
そういうわけで正面の扉へ。
ここまで荒れていると何の部屋だったかは想像しようもないが、エントランスよりは狭い。
見たところ、さらなる扉も階段も見つからないが――
「絨毯が残ってるな」
ぺらっ。
「流れるようにめくりましたね」
「絨毯があったらとりあえずめくれっていろんなゲームに習った」
「まあ私も玉座があったらその後ろを確認しますけど」
「……お?」
絨毯の下にあったのは――
「……地面?」
「……地面ですね……」
荒野の赤茶けた地面が露出していた。
「なんだ。穴を塞いでただけか」
「いえ、ちょっと待ってください……」
チェリーが露出した地面にしゃがみこみ、その縁――床との境界線を指でなぞる。
「穴が空いた……って雰囲気じゃなくありませんか? その割には縁の輪郭が綺麗すぎる……」
「つまり?」
「人工的な穴なんじゃないか、ってことです」
チェリーは部屋のあちこちを見回して、「うーん」と首を傾げた。桜色の髪がさらりと揺れる。
「右にあった部屋にも行ってみましょうか」
「結局行くんじゃねえかよ」
奈落の底に落ちた俺のキリンに謝れ。
いったんエントランスに戻って、もう一方の扉へ。
扉を開くや、「おっ」と声を上げた。
「階段発見」
壁際に上り階段があり、天井の上に吸い込まれている。
「俺の勝ちだな」
「先輩は脇道を行こうとしてたんですから大ハズレじゃないですか」
記憶にございません。
俺、チェリーの順番で階段を上る。
背中の魔剣フレードリクの柄に手をかけつつ、階段の先の部屋にそっと顔を出して様子を窺った。
「何もいない……と思う」
「じゃあ上がっちゃいましょう」
階段の上には、似たような部屋がもうひとつあるだけだった。
俺に続いてチェリーも上がってくると、壁際の床に開いた階段に視線を落とす。
「長辺が1、2、3、4、5……で、短辺が――」
「なに数えてんだ?」
「階段のために空けてある床の穴のサイズです。……なるほど。どうやら間違いなさそうですね」
何が?
首を傾げる俺に、チェリーはたしたしと足で床を叩いてみせる。
「さっき、1階で床に空いていた穴と、この階段の穴。サイズが同じなんです」
「……それって……」
「1階は1階ではなかったし、この2階も2階じゃなかったってことですね。……たぶん、さらに下があったんです。本来は」
さらに下があった――すなわち。
「下層階が地面に埋まってるってことか……」
「入口のように見えたのは、たぶんバルコニーか何かだったんでしょうね。今、地上に見えているのは本来の建物の一部だけ……」
チェリーは窓の外を見やる。
ダ・アルマゲドンの外側に面した窓だから、結界に包まれたカース・パレスは見えない。
だが、俺にもその想像をすることは難しくなかった。
「……この塔は、地中に埋まった超巨大な城の、ほんの一部に過ぎないのか……」
「確証はないので、今のところは妄想に留まりますけど。……もしかすると、この塔はカース・パレスと同じ建物なのかもしれません」
だとしたら、カース・パレスに連れ去られたと思しいメイアがここにいた説明にもなる、か……?
いや、階段は完全に地面に埋まっていた。砂ならともかく、硬い荒野の地面だ。移動なんてできそうにもないが――
「……にしても、なんで城が埋まった場所で最終決戦なんてしてたんだ?」
「何かしら背景設定があるのかもしれませんけど、現時点ではなんとも言えませんね……」
そもそもナイン山脈――竜母ナインに下敷きにされた空間なのに、そのさらに地下に巨大な城があるとか、積層構造にも程がねえか。
「とにかく、もっと上を目指しましょう。配信で見た風景は、もっと高い場所からのものだったと思います」
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2階――本来は2階じゃないらしいが――から上には、長い螺旋階段が続いていた。
それを登り切ると、少し入り組んだ階層に出る。
「小さめの部屋がいくつも並んでますね……?」
「居住区って感じがするな……」
客間に寝室にリビングに台所に――っていう雰囲気だ。どれがどれなのかはいまいちわからないが。
俺たちは階層の外縁――窓のある廊下を歩いていく。
「高さ的にはこのくらいだったと思います」
「あとは、カース・パレスの結界が見える方角……」
窓から見える風景をひとつひとつ確認していく。
徐々にカース・パレスが見えてくるが、角度が少し違った。
配信の映像と見比べていき――
「――おっ?」
「ここ……!」
俺たちはその窓から見える風景と、メイアの配信に映った風景とを何度も見比べた。
夕方と夜。時間の違いは確かにある。
だが、カース・パレスとそれを覆う結界の見え方は、確かに……!
「スクショ撮ってみます!」
チェリーがパシャリとスクショを撮り、半透明にして配信映像と重ねた。
ほぼ一致する。
「ここだ……! メイアが最後にいたのは……!」
「SNSにアップしますね。何か違うところがあったら教えてもらえるかもしれません」
ああ。そういう細かいデバッグは集合知を頼るに限る。
チェリーが〈それらしい場所を見つけました! 何か違う部分ありますか?〉と、この場所のスクショと配信映像の切り抜きを比較するようにアップする。
と、見る見るうちにインプレッションが膨れ上がり、〈特にありません!〉〈完全に一致〉といったリプライがいくつもついた。
「と来れば……」
床を見下ろすが、特に目立った痕跡はない。
「……配信でメイアが歩いた道を逆に辿ってみるか」
「配信では真っ暗でほとんど何も見えませんでしたけど……」
窓の正面には、まっすぐ廊下が走っている。
「窓の光が見えてからは、まっすぐ歩いてました」
「つまり、メイアはこの廊下を歩いてきたわけだ……」
メイアが足跡を逆に辿るように、俺たちは廊下を進んでいく。
すると、程なくして丁字路に出た。
「どっちだ?」
「配信映像をよく見てください、先輩。窓の光が見えるとき、画面左のほうから出てきますよね?」
「画面左――ってことは、左の道か」
左の道から来て、角を曲がる際に窓が見えたと考えれば、画面左からフェードインする形で光が現れるはずだ。
俺たちは左の道に進む。
「ここからはどうする。配信だとほとんど何も見えないぞ」
「メイアちゃんは『風の流れるほうに移動してる』って言ってました」
チェリーは自分の人差し指を咥えると、唾液で濡れたそれをピンと立てる。
「……先輩。そんなに私の唾液が気になりますか?」
「は、はあ? んなわけねえだろ変態じゃあるまいし!」
「味見させてあげましょうか。はい、あ~ん」
と言いながら、濡れた人差し指を俺に差し出してくるチェリー。
てらてらと濡れた指先が、ゆっくりと俺の口に近付いて――
「そっちです」
「…………は?」
俺は口を半開きにして固まった。
「そっちのほうに、風が流れていきます。きっとメイアちゃんはそっちから来たんです」
「あ……そ、そう……。こっちな……」
チェリーは濡れた指を自分の唇に触れさせると、悪戯っぽく微笑んだ。
「おっや~? 何やら残念そうな顔をしてますね、フェチ先輩?」
「……うるさい」
わざと不機嫌な声を作って顔を逸らすと、チェリーはくすくす笑いながら横に並び、つん、と人差し指で俺の頬をつついた。
カップルものとかではまったくないんですけど、
唐突にアイデアが降ってきてそのまま短編になってしまったので、
一応置いておきます。
「異世界帰りのヤツが来る ~北米麻薬カルテル崩壊編~」
https://ncode.syosetu.com/n9382em/




