第158話 呪転最終戦場ダ・アルマゲドン:人類軍総司令部発足
壁も天井も半ば崩れて月光の射し込んだ部屋に、主要なプレイヤーたちが集結した。
UO姫、巡空まいる、D・クメガワといった大クランの代表者たちに、セツナやろねりあのような情報発信力のあるストリーマー、それに歴の浅深を問わないトップレベルのフロンティア・プレイヤーたち――部屋の隅ではゲーム系メディアの記者がカメラを回している。
俺とチェリーは、そんな連中と一緒に、ボロボロの石のテーブルを囲んでいた。
「《呪転最終戦場ダ・アルマゲドン》には、各クランから合計7パーティが偵察に出ています。その間に僕ら――仮に人類軍としますが、人類軍の意思決定システムを構築することが急務だと考えます」
テーブルを囲んだ10人ほどのプレイヤーに、セツナが音頭を取るように話し始めた。
リアルイベントにも引っ張り出される半ばプロみたいな奴だから、こういう司会にはうってつけだ。
「僕らに許された時間はたった72時間。呪転領域の攻略に要した時間を思えば、あまりにも短いものです。クランの垣根を越えて団結し、効率的に攻略を進めることが必要とされます。この会議はそのための場です。皆さん、忌憚のない積極的な意見交換をお願いします」
「では」
と、真っ先にチェリーが手を挙げた。
一同の視線がチェリーに集中する。
「ダ・アルマゲドンでの戦いは極めて大規模なものになることが予想されます。そのうえクロニクル・クエスト――果たして何が起こるか、事前に予想を立てることは困難です」
「いざというときに判断を下せる総指揮官を置きつつも、各プレイヤーにいくらかの現場判断を委任できるシステムの構築が必須だね」
セツナの注釈にチェリーがうなずくと、UO姫がかわいこぶって小首を傾げた。
「総指揮官って誰がやるのぉ?」
「選択肢はそう多くありますまい」
答えたのはD・クメガワだ。
「どこまでの戦力が参集するかは未知数ですが、大クランほど別のクランの指揮下に入ることは難しくなる――すなわち、どのクランにも所属していない方が相応しいでしょうな」
「ダ・アルマゲドン攻略戦に参加表明をしているプレイヤーは、現時点で4桁を下りません」
ろねりあがSNSを見ながら言った。
「なので、1レイドを一個中隊としても、部隊は連隊規模になってしまいます。それほどの部隊を指揮した経験のある方はそうはいません」
「だっよね~♪ ミミは一人しか知らないなあ~」
思わせぶりなUO姫の一言で、一同の視線がある人物に集中した。
言うまでもない。チェリーだ。
チェリーは真面目な顔でその視線を受け止める。
「……遠慮している余裕はなさそうですね」
「んじゃ、人類軍総司令官殿。俺たちは何をやればいい?」
「イジらないでくださいよ、先輩!」
チェリーがむくれながら言って、空気が少しだけなごんだ。
まったくもう、と呟きながら、チェリーはスケジュールアプリを起動し、石のテーブルの上に展開する。
「それでは、不肖ながら総司令官としてこの72時間の大まかなスケジュールをお話しします。偵察の結果が返らないことには具体的な作戦立案はできませんが、大まかにこのような予定で攻略を進めていきたいと考えています」
用意がいい。自分が総司令官になるものとあらかじめ考えて、資料を用意してやがったのか。
「許された攻略時間は72時間。今日の夜から明々後日の夜までです。基本的に攻略は人の集まる夜に進めようと思います。日中は時間のある方に情報収集と戦力の増強を進めてもらい、万全を期してから夜に戦闘。これを3日間繰り返します」
「今日は~?」
「心情的には突入したいところですが、情報収集と戦力集め、何より戦闘システムの構築を最優先とします」
「戦闘システム……ですかぁ?」
「バージョン2での戦争を経験していない方にはあまり馴染みがないかもしれませんね。でも先にシステムを構築しておかないと、あとから来てくれた方々を指揮系統に組み込むのが難しくなるんです」
「どれを採用する? やっぱりコリア式C4ITEシステムかな?」
セツナが言った。
うーん、C4ITEか……。
「え~? なにそれ~? ミミわかんな~い!」
「知ってるでしょう、あなたは! ……まあ知らない人もいると思いますので軽く説明します」
チェリーはばつ悪げにこほんと咳払いをする。
顔面疑問符まみれになっていた面子がほっとした顔をした。
今の、UO姫の助け船か。
「コリア式C4ITEシステムは韓国のVRMMOプレイヤーが開発した連隊規模レイドボス戦用の情報処理システムです。効率的なトライ&エラーを重視していて、早ければ20分でボスのスペックが丸裸になります。その代わりプレイヤーのデスペナルティがとんでもないことになりますけどね」
「ん~。それはちょっと~……」
チェリーが苦笑して付け加えた説明に、巡空まいるが渋い顔をした。
「はい。今回はMAO中から人が集まった超混成部隊になる可能性が大です。そんな烏合の衆に、決して安くはないデスペナルティを払い続けろと命じるのはリスクが高い。見返りがどうのこうのと揉めてるうちに時間切れになる可能性があります。それだけは避けたい」
「ああ……確かに」
提案したセツナが難しい顔で唸る。
「というわけで、今回はNY式C4Iで行きます」
チェリーはNY式C4Iのツールを開いて、そのウインドウをテーブルの上に広げた。
何本もの棒グラフが伸びたり縮んだりしている画面だ。
「これはニューヨークで行われたとあるARゲームの大規模イベントで雛形が作られたシステムで、ゲーム画面の情報をAIに処理させることで効率的な戦力運用を可能とします。
1レイドにつき一人、戦況観測士を設けて、動画共有を使ってHP・MPを始めとした情報をいったん総司令部に集約。それらをAIに解析させて戦況評価値を算出し、そうして単純化した戦況情報をニア・リアルタイムに全プレイヤーで共有します。どうでしょう?」
「異議なし!」
「異議なーし!」
「では急造ですけど、ここを総司令部とします。あとは偵察の結果が――」
「ん? ――みんな、ちょっと中断!」
突然セツナが声をあげてテーブルを離れた。
「ダ・アルマゲドンに入った偵察隊がボスとの交戦を始めたみたいだ。配信してもらってるから、その画面を映すよ!」
ひび割れた壁に、プロジェクターのごとく配信画面が映写された。
『やべえやべえやべえ! 死ぬ死ぬ死ぬっ!!』
言葉の割に笑い混じりの声が流れる。おそらく配信者のものだろう。
画面の真ん中には、足が映っていた。
鎧――いや、具足というのか? 鉄で覆われた巨大な足だ。
『セツナさん、見えますか!? HPゲージは5段! 5段あります!』
カメラが上に振られ、全容が露わになった。
侍のような姿の巨人だ。
鯨でもぶった切れそうな大太刀を振り回している。
「まだ。もうひとつ」
セツナが言って、別のウインドウが展開された。
また別の配信画面だ。
こちらはやけに明るかった。真っ赤な溶岩が画面中に煮えたぎっているのだ。
その中から、黒い背中が覗いていた。
ブシュウッと、その背中の真ん中から真っ赤な潮が噴き上がる。
『うぎあああっ!?』
『どこどこどこ!? どこに逃げれば――』
溶岩の中を泳ぐ鯨だった。
配信者はそいつが降り注がせる溶岩の雨から逃げ惑っている。
「……違うボス……?」
「ボスに見えて普通のMobだったり?」
「HPゲージが5段もある通常Mobなんかいてたまるか……!」
テーブルを囲むプレイヤーたちが口々に言った。
ボスのもとに到達したという偵察プレイヤーは、それからも続々と現れる。
そのたびに壁に映写される画面が増え、やがて7窓にも達した。
それらに映っているのは、しかし、どれも異なる種類のボスだ。
「……7体の、レイドボス……!!」
「7体って! これ、どういうことぉ!?」
「……偵察が終わった人からスクショが来たよ」
セツナは何枚かの画像をさらに映写した。
ダ・アルマゲドン内部の風景を複数の位置から撮ったスクリーンショットだ。
全体として闇に満ちた空間に、黒ずんだ草に覆われた草原が広がっている。
中央には闇色のドームに守られた漆黒の宮殿が聳えていた。
ドームの頂点からは、細い線が七方向に伸び、七つの場所に繋がっている。
「おそらく、《呪王》がいるのはこの宮殿――《カース・パレス》だ」
セツナが漆黒の宮殿を指差した。
「だけど見ての通り、ここは結界に守られていて入れない……」
「まず結界を解除する必要があるってことか……」
「そして、そのためには……」
「そう。結界の要になっている7体のレイドボスを倒す必要がある」
セツナは俺とチェリーの呟きにうなずくと、続けてこう告げた。
「ボスたちは、どうもこんな風に名乗っているらしいよ。――偉大なる魔神軍の大幹部・《戦略十二剣将》ってね」




