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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅳ - 最強カップルVSブラッディ・ネーム

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第157話 最後の務め


「……これが、わたしに語れることのすべて」


 万にも上る聞き手の前で、メイアは身を委ねるように瞼を閉じた。


「この話を聞いてどうするかは、皆さんが自分で決めることです。わたしからは何も強いません。

 ……それでも、もし。封印された《呪王》との戦いに参加してくれるつもりがあるのなら、どうかその手を掲げてください。

 条件はありません。資格は不要です。レベルが低くても、戦闘職じゃなくても、ただ意思だけがあるのなら。

 みんな――歴史に名を刻むつもりはある?」


 もちろん、この場に集まった人間に、首を横に振る人間などいるはずもなかった。

 剣を、槍を、杖を、拳を――そして己が名を。

 プレイヤーたちは、一様に力強く夜空に掲げ――




「―――宴もたけなわではございましょうが、ひとときのご無礼をお許し願いたい」




 不意に割り込んできた声に、誰しもが全身を硬直させた。

 今の……誰だ?

 俺は辺りに視線を巡らせる。

 だが、見つかるのは同じように声の主を探すプレイヤーたちだけだ。


 ただ一人。

 祭壇の中心に立つメイアだけが、怪訝以外の表情を浮かべていた。

 愕然としたような、驚愕に打たれたような、恐怖に身が凍ったような――


「その声……知ってる。わたし、知ってる! あなたは――」


「恐悦至極にございますな、最後の竜巫女――麗しきエルフの末裔よ。およそ100年、言葉を交わした甲斐があったというものだ」


 じわり、と。

 メイアの足元に、真っ黒な影が広がった。

 なんだ、あれは……!?

 まるで地面に穴でも開いたかのような……!


「メイア! こっちに来いっ!!」


「パパっ……!!」


 逃げようとしたメイアは、しかし一歩たりとて動けなかった。

 足が……絡め取られている。

 地面に広がった影から伸びた、黒い手のようなものが、メイアの足を強く掴んでいた。


「逃がすわけにはいきますまいよ。このときを、500年も待ちわびたのだから」


 メイアの背後に、影が伸び上がった。

 闇が実体化したようなそれは一人の男の形を取り、恭しく腰を折る。


「お初にお目にかかる、異界の勇者たちよ。名乗るべき名は持ちませんが、さりとて、あそこまで懇切丁寧にご紹介に与った以上、姿を見せぬわけにもいきますまい――僭越ながら参上した次第でございます」


「ご紹介、だと……?」


 自己紹介とも言えない自己紹介を慇懃に語るシルエットの男に、俺はざわついたものを感じた。

 オープンベータ、バージョン1、バージョン2――都合三度に渡り、俺は似た感覚を抱いたことがある。

 すなわち、バージョン・ラストボス。

 最大最強の敵に出くわしたとき本能が叫ぶ、無意識の警笛……!


「……《呪王》……!」


 チェリーが挑むようにその名を呼んだ。


「あなたが《呪王》ですね……!?」


「正確にはその影法師と呼ぶべきでありましょう。我が本体は、未だ忌まわしき《竜母ナイン》の下敷きとなっているのですから」


 こいつが《呪王》――

 封印された《魔神》の残党にして、すべてのドラゴンを支配下に置き、エルフ族を滅亡に追い込んだ諸悪の根源!


 俺たちは今まで、MAOで何人もの魔族を相手取ってきた。

 その中には魔王と呼ばれる強大な存在もいたが、《呪王》の雰囲気はそのどれとも違っていた。

 ともすれば普通の人間にも見えてしまうような、柔らかい物腰。

 だが、ゆえにこそ、底が見えない――


「今宵は記念すべき夜だ」


「うあっ……!?」


 メイアの足元に広がった影から、黒い手が何本も長く伸びて、彼女の全身に絡みついた。


「500年の長きに渡り、竜母めの寝藁に甘んじてきた。それもようやく終わるのです――最後の竜巫女が、我が呪いに堕ちることによって」


 メイアに絡みついた黒い手は、徐々に皮膜状に展開し、彼女を繭のように覆っていく。


「――させるかよッ!」


 俺は躊躇いなく地を蹴った。

 祭壇の上に飛び乗り、魔剣フレードリクを抜き放つ。

 イベントムービーを大人しく見てるほど優等生じゃない!


「……ぱ、ぱ……! ダメ……!」


《風鳴撃》を発動する。

 包まれゆくメイアの背後に立つ《呪王》に、風と共に突進する。


「――フ」


 黒い影が、かすかに笑った気がした。

 闇にかたどられた右手が持ち上がる。それは銃のような形になると、俺の顔を指差した。


「《止まられよ》」


 直後のことだった。

《風鳴撃》がキャンセルされた。

 魔剣を覆っていた風が消え散り、身体を押していた力が嘘のように消え去る。


「……なんっ……!?」


「《撃ち抜かれよ》」


 何かが起こったわけじゃなかった。

 突きつけられた指先から光線が出たわけでも、爆発が起こったわけでもなかった。

 なのに、衝撃だけが全身を揺さぶる。

 身体の芯が揺らがされ、気付いたときには地面を転がっていた。


「先輩っ!?」


 何が……起こった?

 反射的に確認したHPは、4分の3ほども削られていた。

 攻撃を喰らったのか?

 いつ? どんな風に!?


「――逃ぃがすなぁーっ!! MAOに負けイベントはなぁーいっ!!」


 UO姫が号令をかけるのが聞こえた。

 おおっ!! と勇ましい応えが返り、大量の人間の駆け足が地面を揺らした。

 俺が身体を持ち上げたときには、すでに祭壇上に、何十人ものプレイヤーが殺到していた。


「悲しいことだ、異界の勇者たちよ」


 言葉の割に抑揚のない、虚ろな声が響く。


「魔神軍・戦略十二剣将を務めた私を、時を経て劣化した魔族たちと同列に考えましたか。悲しい――悲しいまでの無知だ」


 音のない音が響いた。

 衝撃でも超音波でもない。魂に直接響き渡るかのような、それは理屈を飛び越えた攻撃だった。

 プレイヤーたちが宙を舞う。

 何千時間もの時を費やし、鍛えに鍛え抜かれた廃人プレイヤーのアバターが、いともあっさりと地面を転がされる。


「――あなたたちでは、私の影法師にすら及ばない」


 最初に現れた場所から一歩も動かないまま、《呪王》の影が告げた。


「神域との隔絶を知るべきだ、勇者たちよ――貴殿らは万能ではない」


 俺は歯を食いしばって立ち上がった。

 万能じゃない?

 知ってんだよ、そんなこと……!

 このゲームは、たまにムカつくくらいユーザーに不親切で、不都合で、理不尽で――

 ――だから、超面白いんだよ!


「チェリー」


「……はい」


 短く呼びかけるだけで、チェリーは意を決した表情で聖杖エンマを握り締めた。

 黒い繭に覆われかけたメイアが、わずかな隙間から俺たちを見ている。


 あいつは成長して、もしかすると俺たちよりも大人になっちまったかもしれない。

 それでも、あいつは俺たちを親と呼んだ。

 だったら、図体がどれだけデカくなろうが、あいつは俺たちの娘だろ。

 娘だったら、親だったら、何があったって見捨てらんねえだろ!


第一ショート(キャスト)カット発動(・ワン)!」



 ――《魔剣再演(リ=フレードリク)》!



 魔剣フレードリクの刀身が真紅に変わる。

 炎のように揺らめくオーラが俺の全身を包む。

《呪王》の影法師が、少しだけ身じろぎしたように見えた。


 その一瞬。

 わずかな隙に、俺は動く。


 三倍にも増大したAGIを制御するのは、ジェットコースターを手動で運転するような荒技だ。

 ともすれば知覚が置き去りにされる。身体の速さに自分自身がついていけない。

 だが、今は――より速く。

 意識を無理くり速度に追いつかせ、刹那の間に《呪王》の懐に潜り込んだ。


「むっ……!?」


 コンマ数秒寸前に、《呪王》の視線が俺に追いついた。

 なんて反応速度――人間じゃありえない!

 だが。


「――《ファラゾーガ》!」


 俺の身体を横から回り込む軌道で、巨大な火球が大気を焼いた。

 射撃の最中にマニュアル照準からオート照準に切り替えることで可能となるカーブ射撃。

 これは意識の外だろう?

 出たとこ勝負でこんな曲芸ができるのはチェリーくらいだ……!


「おおっ―――!?」


 紅蓮の炎に《呪王》が飲み込まれた。

 輪郭を揺らがせる影法師の眼前で、俺は魔剣を振り上げる。

 出し惜しみはしない。

 遠慮も躊躇いもない。

 登場即退場だ、ラスボス野郎―――!!


「――《第一魔剣・緋剣》!!」


 時が凍った。

 知覚速度が無限大に至り、以後5秒間、俺が世界を占有する。

 叩き込むべき攻撃は、すでに決まり切っていた。

《紅槍》《朱砲》《赫翼》《赤槌》――すべての魔剣を叩き込む、万能剣術フレードリク流奥義。



 ―――《緋剣乱舞》―――!!



 時が動き出した瞬間、4種類の極大攻撃が同時に《呪王》を襲った。

《紅槍》が胸を貫き、《朱砲》が風穴を開け、《赫翼》が蜂の巣にして、《赤槌》が吹き飛ばした。

 影法師が真紅の光に消える。

 衝撃と轟音が、遙かに遅れて世界に響き渡る。


 手応えあり……!

 一瞬だが、HPがガリッと減ったのも見えた!


《緋剣乱舞》の余波で、黒い繭が散り散りに引き裂かれる。

 中からメイアが放り出されて、地面を転がった。


「メイア!」


 俺は吹き飛ばした《呪王》のほうを警戒しながら、彼女の身体を助け起こす。

 ……大丈夫だ、HPは無傷だ。

 気を失っているようだが……。


「――フ、フフ。見事なものだ……」


《呪王》が吹き飛ばされていったほうから、ざわつく声がした。

 見やれば、影が佇んでいる。

 ゆらゆらと陽炎のように揺らめいて、影法師が俺たちを見ている。


「チッ……さすがに倒せねえか……!」


「いえいえ……あなたは倒した。倒してみせましたよ、この《呪王》の影法師を。こうなっては、未だ自由ならざるこの身、撤退する他ありません――本来ならば」


《呪王》の影法師が、不意に溶けた。

 氷が炎に焼かれたかのように、突如として形を崩した。

 なっ……!?


「――私は臆病者だ」


 その声は、すぐ傍から聞こえた。


「他の十二剣将のように勇壮に戦うこともなければ、武人らしいプライドの持ち合わせもない。常に逃げ隠れ、罠を巡らし、敵の背中ばかりを狙って生き抜いてきた」


 抱き起こしたメイアに視線を落とす。

 その細く白い首に、真っ黒な痣のようなものが浮き上がっていた。


「――呪い(くびわ)は、すでに着け終わってございますよ、勇者殿」


「……ッてめえ……!」


 メイアの身体が影に変わった。

 それは俺の手も腕もすり抜けて地面に染み込み、祭壇の中心にぽっかりと開いた影の穴に回収されてゆく。


「メイアをどうする気だッ!!」


「さて、どうしたものか……。せっかくの麗しい女性だ、祝言でも挙げましょうか?」


「なっ……!?」


 祝言って……結婚するってことかよ!?


「認められるもんですかっ!!」


 ブンッと聖杖エンマを影の穴に向け、チェリーが叫んだ。


「あなたみたいな、100年も人を騙くらかしていた根暗! メイアちゃんには相応しくありませんっ!!」


「フフフフフ! これは手厳しい!」


 影の穴から、黒い粒子のようなものが立ち上り始める。

 それは、ワープポータルの類に特有のエフェクトだった。


「ならば、力尽くで取り戻すがよろしかろう」


 誘うように鈍く光る影の穴を、俺たちは見下ろした。

 その先にいるのだろう、最後の敵を睨みつけた。


「祝言は3日後と致しましょう。我が呪いといえども、竜母の力を得た巫女を喰い尽くすには三晩は必要だ。

 ……しかし、ゆめゆめお忘れなさるな。刻限を過ぎれば竜巫女の命運は尽き果て、忌まわしき竜母は我が手に堕ちる。世界を守る封印は嵐よりも恐ろしき暴虐へと転じ、あまねく地上を蹂躙せしめましょう」


 俺たちだけじゃない。

 この場に集まった100人以上のプレイヤーが、配信越しにこの光景を見る万単位の人間たちが、暗黒の影の向こうに視線を投げていた。 


「――それではごきげんよう、異界の勇者たちよ。500年ぶりの客人を、魔神軍一同、心より歓迎いたします……」


 そして響き渡った笑い声は、尊大でもなければ威圧的でもなく、しかし粘つくように耳の奥に残った。

 満天の星空の下、暗黒の穴と俺たちだけが残される。

 さっきまで満ちていた熱が嘘のように、冷たい冷たい風が肌を撫でるように吹き渡った。


「……先輩」


「……ああ」


 それでも、胸の中に灯った炎が吹き消されることはない。

 ……上等だ。

 上等だよ。

 俺の、俺たちの娘に手を出すということがどういうことなのか、その身をもって教えてやる。


 突然始まった子育てだった。

 翻弄されるばっかりで、大して親っぽいことはできなかった。

 それでも、メイアの成長を見守ってきたのだ。

 だから、これは俺たちの義務。

 画竜点睛となる総仕上げだ。

 娘が立派に成長し、幸せになることを見届ける、親としての最後の務めだ。


 ――さあ、ラストステージの開幕だ。

 ハッピーエンドを作りに行こう。




【クロニクル・クエスト:呪王との決戦】

【最後の竜巫女・メイアの命運が尽きるまで72時間。時が来ればムラームデウス島は呪いの雲に覆われ、すべての街が呪転した巨竜に破壊される。その前に魔神軍の残党を打ち破り、呪王のもとまで辿り着くことができるか?

 勇者たちよ、剣を取れ。世界と少女がきみたちを待っている】




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