表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅳ - 最強カップルVSブラッディ・ネーム

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

154/262

第153話 VS.呪転凍眠竜ダ・フロストローザ&《赤統連》第三席・幽刃卿 - Part3


 まるでクリスマスのイルミネーションだった。

 空間を色とりどりの閃光が裂く。それらは炎、雷、風、氷、異種様々な形を取った魔法の光だ。


「まぁーだまだぁーっ! ですっ!!」


 巡空まいるがヴェールのような袖を翻し、よりいっそう苛烈に舞った。

 それに合わせたように、ローブをまとった《赤光の夜明け》のメンバーたちが、目が眩むような魔法の弾幕を展開する。


 空中に舞うダ・フロストローザ――その周囲を守る氷塊の盾を、弾幕が次々と打ち砕いた。

 物量の暴力。

 盾を失った巨竜の翼に、《ファラゾーガ》が押し寄せる。

 氷細工の羽根が、火球によって次々と溶け落ちた。


 飛んでいられなくなるのは、すぐのことだった。

 ダ・フロストローザが無様にばたつきながら落下する。氷の床を割る。溶岩に落ちる。

 悲痛な咆哮が弾け、長い首がぐったりと投げ出されたところで、甘ったるい声が号令した。


「いっけぇーっ! めちゃくちゃ(ワヤ)にしちゃえーっ♪」


 白銀の騎士たちが勇ましい声をあげ、ダ・フロストローザに殺到する。

 いきなりなんだ、その方言。

 やっぱりVRヤクザなのでは? 姫じゃなくてお嬢なのでは?


「ふむ! HPの減りから見るに、防御力は――」


 そして、スーツにトレンチコートを着た《ウィキ・エディターズ》の連中は、揃ってカリカリとメモを取っていた。

 お前らは何をしに来たぁーっ!!


「ああいうのも許される余裕ができたってことですね」


 いつの間にかチェリーが傍にいた。メイアも一緒だ。


「この戦力なら勝てそうだよ、パパ!」


「残る問題はひとつです。先輩、幽刃卿は?」


「どこかに隠れてる。気をつけろ」


 幽刃卿は、あちこちから吹き上がった溶岩の間欠泉にうまく隠れている。

 と言ってもこの人数だ。いつまでもは隠れていられない。

 破れかぶれで飛び出してくるか、それとも――


「ァ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」


 壮麗な咆哮が総身を叩いた。

 ハッと振り向けば、ダ・フロストローザが溶岩の飛沫を撒き散らしながら飛び立つところだった。

 氷の床に空いた穴がすべて埋まる。

 溶岩の間欠泉がなくなり、視界が開けた。

 しめた……! 幽刃卿はどこにいる!?


「……………………」


 遠い壁際に、その影はひっそりと立っていた。

 三度は見直さなければ人とは思えない、まるで闇そのものの姿。

 両手に携えていた2本のサバイバルナイフは、今は見当たらなかった。

 その代わりに。

 右手に、一冊の本がある。


「……《スペルブック》……?」


 使用可能なすべての魔法が記された本。

 ショートカットに設定していない魔法を使うときに必要なUIアイテム。

 あいつ、何を……?


 目を凝らすことで、俺はようやく気がついた。

 幽刃卿の口が、細かく動いている。

 まるで、何かを読み上げるかのように――


「――――詠唱?」


 呪文詠唱。

 そうだ、スペルブックを開いて読み上げるものなんか、奥義級魔法完全発動のための呪文詠唱くらいしか――


 深淵めいた瞳が、俺を見た気がした。

 そして、その口元が。

 にたりと、嗜虐的に笑った気がした。




「――――《ザ・ゴースト・エッジ》――――」




 深い洞から湧き起こるような声が、耳の奥に響く。

 胸の中を直接揺さぶられるような、それ自体が呪いめいた――


 視界の端に、黒い影が現れた。


「―――っ!? 二人とも!」


「えっ?」

「ふぇ?」


 俺はチェリーとメイアをとっさに抱き寄せる。

 直後、その首があった位置を、二つの刃が同時に通り過ぎた。


「えっ……!? こ、これは……?」


「ええーっ!? な、なにこれ……どういうこと!?」


 俺の胸の中で、チェリーとメイアは戸惑いの声をあげる。

 無理もない。

 目の前に広がっていたのは、すぐには理解しがたい光景だった。


 ボロボロのマントをまとった幽鬼のような姿が、ふたつ。

 ()()()()()()が、すぐそこにいたのだから。


「――――ス。「ススス「ススススス!「スススススススススススススス――――!!」


 隙間風のような笑い声が、輪唱するように連鎖する。

 それは、二つだけではなかった。


「うわっ!?」

「いてっ……!?」

「なんだこいっ……ぐっ!」


 至るところから湧き起こる悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 見渡せば、悪夢のような光景が広がっていた。


 幽刃卿。

 幽刃卿。

 幽刃卿、幽刃卿、幽刃卿!


 何十人もの幽刃卿が、プレイヤーたちを襲っている!


「分裂……いや、幻影? 影分身かよ……!?」


 悠長に分析している暇はなかった。

 目の前にいる二人の幽刃卿が、それぞれ2本、計4本のサバイバル・ナイフで襲いかかってくる。

 俺は逃げずに前に出た。

 俺の意図を察したチェリーとメイアが、反対に後ろに下がる。幾度となく繰り返してきた陣形だ。


 相手は二人。武器は4本。手数では負ける……!


「ふっ……!」


 魔剣フレードリクを振るうが、手応えはなかった。

 案の定か。剣身がすり抜けた……!

 返す刀で4本のナイフが迫る。

 予測していたことではあったが、だとしてもすべて避けるのは難しかった。

 1本のナイフの切っ先が、肩口を浅く斬る。


「チッ……! HP減った……!」


 幻影のくせに、攻撃だけは有効なのかよ!

 俺がバックステップで距離を取ると、二体の幻影も追いすがってくる。

 が、そうは問屋が卸さない。俺には二人の心強い後衛(みかた)がいる。


 下がる俺と入れ替わるようにして飛翔した火球と光の矢。

 それぞれが幽刃卿の幻影に着弾し、その姿を散り散りに飛散させた。


「やったか……!?」


「あっ、パパそれフラグ!」


「あ」


 しまった。

 いやまあ現実には関係ねえんだけど、結果としてはフラグ以外の何者でもなかった。

 一度は消滅した幽刃卿の幻影は、1秒と経たないうちにその場に復活する。


「魔法でも倒せない……!? ああもう、なんですかこれっ!」


 チェリーが苛立たしげに喚いた。

 物理攻撃は効かない。魔法で倒しても復活する。なのにその攻撃はこっちに届く。

 だとしたら、あとは本物を倒すくらいしか――


 ゴオウッ、と風が唸る音がした。

 反射的に気を取られる。……しかし、音のした方向に首を振る必要はなかった。


 吹雪が吹きすさんでいた。

 氷の風が渦巻いていた。


「ちょっ――!?」

「うわあああっ!!」

「やべえやべえやべえっ!!」


 無数の幽刃卿もろとも、プレイヤーたちがその中に巻き込まれた。

 逆巻く氷の嵐は、空間全体を掃除するように暴れ狂う。


「ちくしょう……! 新しい攻撃パターンか!」


 上空を飛ぶダ・フロストローザが、氷細工の翼を強く羽ばたかせていた。

 すでにHPゲージは最後の1段に入っている。ヤツも必死だ。死に物狂いで生き足掻いてくる。

 幽刃卿の分身だけでも厄介なのに、凶暴になったボスまで相手にしろって……!?


「――ぐっ!?」


 幽刃卿の分身にナイフを振るわれ、俺はかろうじて魔剣で防いだ。

 タスクオーバーだ。いくら戦力が揃ったって言っても、この二重攻撃は限界を超えてる!


「本物さえ……! 本物さえどうにかすれば……!」


 幻影と剣戟を交わしながら、俺は視線を辺りに走らせた。

 どこにいるのも幽刃卿。見た目に違いはない。本物が混じっているのかどうかも怪しかった。

 こんなもん、どうやって見つけろって……!?


「―――《天下に這い出せ 群れ成す雷》!」


 芯の通った声が、俺の背中をしたたかに叩いた。



「――――《ボルト・スォーム》――――!!」



 轟音が爆発した。

 それよりも速く迸ったのは、蛇の群れのような稲光。曲がりくねった雷撃が何体もの幽刃卿を貫き、四散させていく。

 完全に消し去ることはできない。四散した幽刃卿はすぐに元に戻ってしまう。

 しかし。


「先輩!」


 声のした方向に、俺は振り向かないままサムズアップを突きつけた。

 見逃しはしない。

 ほとんどの幽刃卿が大人しく雷撃に貫かれた中、()()()()()()()()

 すぐに復活できる幻影が攻撃を回避する理由はない。あいつが本物だ――!!


 鍛え上げたAGIをフルに使い、俺は復活中の幻影どもの間を駆け抜ける。

 本物の幽刃卿が、忌々しげに表情を歪めたのが見えた。


 俺は魔剣フレードリクを振りかぶる。

 幽刃卿は2本のサバイバルナイフを構える。


 全力で振り下ろした刃が、交差した2本の刃と激突した。


「これだけの効果の魔法……どうせMPバカ食いだろ?」


 幽刃卿の洞のような瞳を覗きながら、俺は突きつける。


「マナポーションさえ飲ませなきゃ、すぐに効果切れになるよなあ……!!」


「……ケェ、ジィイイッ……!!」


 俺の剣が輝きを纏う。魔力の輝き、そして炎の輝きを。

 体技魔法|《焔昇斬》。

 素早く斬り上げられた刃を、幽刃卿は見事な反射神経で防いでみせた。


 だが、そこまでだ。


 ピキン、と効果音が鳴り、体技後硬直がキャンセルされる。

 体技魔法|《風鳴撃》。

 続けざまに放たれた風纏う刺突を、幽刃卿は凌げない。


「……ゴ、オッ……!!」


 ダメージエフェクトが、血飛沫めいて舞い散った。

 幽刃卿の鳩尾を、剣の切っ先が貫いていた。

 2本の手のうち、右手の握力が失われ……ぽろりと、ナイフがこぼれ落ちる。

 氷の床に刃が当たり、澄み渡った音を響かせた――


「………………さ」

 

 ――そして、空いた幽刃卿の右手が、俺の腕を強く掴んだ。

 ……あ?


「…………(さっ)…………」


 し……死んでない?

 HPが、まだ――


「…………(とう)…………」


 まさか、握力を失ったんじゃない?

 自分で、ナイフを捨てて――


「…………せよ…………!!」


 ざわっ……!! と、全身が粟だった。

 それは感覚。

 肌感覚。

 全方位から突き刺さった、殺気への反応……!


 ザザ。

 ザザザザザ。

 ザザザザザザザザザザザ――!!


 まるでノイズだった。

 低品質なイヤホンみたいな耳障りな音。

 その正体は、周りを見れば明白だった。

 足音だ。

 無数の幽刃卿、その幻影たち、その足音だ。


 その全員が、一斉に、こちらへと群がってくる音だ!


 反射的に逃げようとしたが、それは不可能だった。

 幽刃卿に腕を掴まれている。

 決して決して逃すまいと、まるで枷のように。


「お前っ……!!」


 にい、と幽刃卿は唇を曲げる。

 こいつに物理攻撃は効かない。

 だから、たとえ俺ごと攻撃に巻き込まれたとしても……!


「……くそっ……!!」


 俺には、何も閃けなかった。

 俺には、何も思いつかなかった。

 答えがない。

 選択肢がない。

 俺には、大量の幽刃卿に滅多刺しにされる以外の未来がない!

 そう――()()()



 1本の、光が奔った。


 幻影たちの隙間をすり抜けて。


 まっすぐに、実直に飛ぶ――


 ――1本の矢があった。



「……が……?」


 幽刃卿は、唖然とした顔で、自分の腕を見下ろす。

 俺の腕を捕まえた、右腕に。

 深々と、光の矢が刺さっていた。


 振り向けば見えるだろう。

 幽刃卿の幻影たちの向こうに、矢を射ち放った直後の、愛すべき娘の姿が。

 そして――目の前のこいつが、オモチャとして使い捨てようとした、一人の人間の姿が。


「ほらな」


 解放された腕で、俺は今一度体技魔法を発動させた。


「あいつは、大人しく遊ばれるタマじゃねえよ」


《焔昇斬》が鋭く立ち上り、幽刃卿の身体を高々と打ち上げた。

 おあつらえ向きだ。

 俺は空中に放り出された殺人鬼を見上げながら、さらなる体技魔法で硬直をキャンセルする。


第四ショート(キャスト)カット発動(・フォー)!」


 纏うのは、続けて炎。

 ただし今度は、その揺らめきが大きな龍の輪郭をかたどる。

 体技魔法|《龍炎業破》―――!!


 炎の龍が、空へと立ち上る。

 その余波(バックファイア)で、群がった幻影がまとめて吹き散らされた。


「――――()


 炎のアギトが、獰猛に開く。

 空中にある幽刃卿を捉え、そのままさらに突き進む……!!


()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()―――!!」


 初めて聞く哄笑の残滓をその場に残し、炎の龍は終点に辿り着いた。


 上空を舞っていた、ダ・フロストローザに。


《龍炎業破》は、幽刃卿ごと氷の翼を打ち砕く。

 弾けた音は、澄み渡っていた。

 頭の中身を打ち払うような、心地のいい破壊音だった。


「ァ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」


《龍炎業破》が終わると同時、片翼を失ったダ・フロストローザも墜落する。

 あとは、これまで2回も繰り返されてきたことだ。

 氷を割って溶岩に沈んだ。

 ぐったりした巨竜に、幻影の妨害から解放されたプレイヤーたちが殺到した。


 俺が地面に着地すると、すぐそばには一人分の人魂があった。

 ポップアップしたキャラネームは、血のような赤色。

 しかし、それでも、その人魂は、ダ・フロストローザのHPが尽きるそのときまで、その場から消えることはなかった――


 断末魔が、弾ける。

 壮麗な美しさと、壮大な強さを誇った氷の竜が、ばたばたと無様に暴れながら、上空へと逃げていく。

 だけど、俺にはむしろ、その姿が一番綺麗に見えた。

 氷細工の翼は溶け落ち、全身を傷だらけにして――終わりだとわかっていても、なお足掻く姿が。


 遙か高空で、青白いドラゴンは、氷のように砕け散った。

 きらきらと輝く破片が、俺たちの頭上にしんしんと降った。

 そのすべてが溶けて、消えて、静寂が弛緩に至る寸前に――傍らの人魂は姿を消す。

 それから、誰もいなくなった場所に、俺はぽつりと呟いた。


「……楽しかったか? 幽刃卿――」


 こうして。

 殺人鬼との『ゲェム』は、終わりを告げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ