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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅳ - 最強カップルVSブラッディ・ネーム

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第151話 VS.呪転凍眠竜ダ・フロストローザ&《赤統連》第三席・幽刃卿 - Part1


 天井を一面覆っていた氷塊が、ついに粉々に砕け散った。

 産声めいた壮麗ないななきを上げるのは、薄青い鱗を持った美しい巨竜。


 ――《呪転凍眠竜ダ・フロストローザ》。


 孔雀のように広げられた翼は精緻な氷細工。まるで氷で作られた大輪の薔薇だ。

 その翼が、日光をプリズムめいて乱反射している。

 氷塊が砕け散った跡に、光に満ちた大穴が空いていたのだ。

 外である。このダンジョンの出口がそこにある。

 だが俺たちには、そこを目指すことはできなかった。


 ダ・フロストローザの巨体が落ちてくる。


 降りてくる、ではない。落ちてくる、だ。

 せっかくの翼を羽ばたきもせず、頭からまっすぐに落下してくるのだ。

 俺たちは慌てて落下地点から退避したが、同じように避けるわけにはいかないものが、足元に広がっていた。

 今し方攻略したばかりの、氷の迷宮である。


 ダ・フロストローザの巨躯が、氷を割り砕いていく。

 複雑を極めた迷宮が、単純極まる無数の破片に変えられていく。


 俺たちもまた、足場を失った。

 かつて迷宮だった氷の破片と共に、重力に捕まった。

 見下ろせば、迷宮の下にあるのは真っ暗な奈落だ。きっとあの底に、ボス戦の舞台となる場所があるのだろう。


 普通なら、しばらく浮遊感に包まれていればいい。

 ボス戦に向けて心構えをしておけばいい。

 だが、今回はそうはいかなかった。


 俺は、落ちゆく無数の氷、その彼方を見やる。

 青白い巨竜の体躯、その彼方を見やる。

 そこにいる、真水に落とされた一滴の墨汁のような、黒い影――

 幽刃卿。


「――ボスは任せた」


 俺はチェリーとメイアに言い置いた。


「あいつは、俺に任せろ……!」


「はい!」

「うん!」


 頼もしい返事を聞くや否や、俺はショートカット・ワードを唱える。


第二ショート(キャスト)カット発動(・ツー)!」


 自由落下が止まる。

 魔剣フレードリクが風を纏う。

 見やれば、幽刃卿もまた、2本のナイフに魔力(MP)の輝きを纏わせ、空中に留まっていた。


 体技魔法にシステム制御されることによる、重力の一時的無効化。

 その効力はほんの一瞬のことでしかない。

 しかしその一瞬で、氷、ボス、そしてチェリーたち――何もかもが、俺と幽刃卿だけを置き去りに奈落へと消えた。


 氷の迷宮が砕けて消失し、ただの巨大な縦穴となった空間に、たった二人。

 俺と、幽鬼のような殺人鬼は、正面から激突した。


《風鳴撃》。

 風に背中を押され、轟然と刺突が唸る。

 2本のナイフと接触した瞬間、俺は『勝った』と感じた。


「……ぐっ……!?」


 押し勝つ。

 互いの体技魔法は相殺されきらず、幽刃卿のアバターをボールのように吹き飛ばし、壁に叩きつけた。

 俺は背後に左手を向けてさらに唱える。


第五ショート(キャスト・)カット発動(ファイブ)!」


 左手から射出されたのは巨大な火球。《ファラゾーガ》だ。

 その反動に押し出され、俺は空中を横に滑るようにして幽刃卿を追撃した。


 フードの奥から、黒々とした双眸が俺を睨む。

 魔剣フレードリクが銀色の軌跡を描き、幽刃卿の首を狙った。

 逃げ場なし。防御間に合わない。

 入った!


 ――という確信は、俺の直感が生んだ幻想だった。

 ぬるん、と。

 感覚としては、そういう気色悪さだ。

 幽刃卿の身体が、()()()()()()()


「壁抜けスキル……!」


 俺が振るった剣は、無情に壁に弾かれた。

 しかし、幽刃卿はそこにいる。

 ナイフを握った両手だけが、まるでサメの背びれみたいに壁から生えている!


 幽刃卿の両手は、重力に従って下方に滑っていった。

 充分な距離を取ってから、再びぬるんと壁の中から姿を現す。


「逃がすか!」


 壁面は薄く凍っている。少しだが斜めにもなっていた。

 俺は壁面に足を着け、スノーボードのように滑る。

 幽刃卿も同様に、滑走して奈落の底を目指した。

 俺を振り切ってチェリーたちのボス戦を妨害する気か?


「させるかよ……!」


 尾根のような突起を避けて、側面から幽刃卿に迫った。

 魔剣が、ナイフが、互いに金属音を奏でて、すぐに離れる。

 と思えばまた近付いて、澄み渡った火花を散らした。


 ――ズズン……!


 近付き離れを繰り返すうちに、奈落の底から重々しい音が響いてきた。

 今のは――ダ・フロストローザが着地した音?

 推測を裏付けるように、真っ白な雪の粉塵が底から湧き上がってきた。


 真っ白に塞がれた空間を通り抜けたとき、そこには大きな地下空間があった。

 遙か上から降り注ぐ日光で、降り積もった雪がきらきらと輝いている。

 その真ん中に、青白い鱗の巨竜が佇んでいた。


「ァ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」


 空間がビリビリと震える。

 教会の鐘の音にも似たそれは、ダ・フロストローザの澄み渡った咆哮だ。

 円形の空間でチェリーたちと対峙した巨竜は、積もった雪の下から氷の塊を無数に浮かび上がらせた。

 巨竜に侍るようにして浮遊したそれに、俺はこれ幸いと着地する。

 続いて黒い影が、別の氷塊に着地した。


 ダ・フロストローザの頭上――高空に浮かぶ氷塊の上。

 虚空を間に挟んで、俺たちは対峙する。


「どうやら……ダ・フロストローザが用いる、氷の弾丸の……ようだ」


 幽刃卿は足元の氷塊を見下ろし、無感情な声で呟いた。


「流れ弾、に、注意する……のだな。《緋剣乱舞》――」


 状況が動く。

 地上に向かって、無数の氷塊がマシンガンのように放たれる。

 そして、そのうちの1発が、幽刃卿に命中した。


「なっ……!?」


 自分で言っておいてなんて間抜けな――と、驚いたわけではない。

 幽刃卿に命中したはずの氷塊が、いきなり俺のほうに軌道を変えたからだ。


 俺は急いで氷塊から飛び離れる。

 直後、俺が足場にしていた氷塊と、軌道を変えて迫った氷塊とが激突し、双方とも砕け散った。

 その内部。

 きらきらと輝く氷の破片を振り払いながら。

 幽刃卿が忽然と迫り、ナイフを振るった。


「ッ……!?」


 寒気が背筋を走った。

 それは紛れもない、敗北の予感だった。

 しかしギリギリで反射神経が間に合う。上半身を逸らしたことで、ナイフは胸を浅く斬るに留まった。


 ――まだHPがあるなんて思うな。

 これまで散々見てきた。トッププレイヤーたちが、ナイフによるたった一太刀で殺されてきたのを。

 急所にだけは当たるな。まず間違いなく即死する……!


 バランスを崩しながらも別の氷塊に着地する。

 幽刃卿を見上げれば、その瞬間、またも横ざまに飛来した氷塊でその姿が掻き消えた。

 そして、その氷塊の軌道が、俺に向かって曲がるのだ。


 まさか――パリィか?

 パリィで弾いて軌道を変えながら、氷塊の中に壁抜けスキルで入り込んでいる……!?


「神業かよっ……!!」


 今度は早めに足場を変え、追撃を受けないようにする。

 練習なんてできたはずがない。クロニクル・クエストのボス戦は全部1回こっきりだ。

 つまりアドリブ。見切り発車。なのに精度は完璧だ!


《赤統連》第三席。《ブラッディ・ネーム》とも呼ばれる凄腕PKの一人。

 大仰な呼び名は伊達じゃない。

 ハッキングだの小細工を使わなくても、こいつ、フロンティアプレイヤーを3人は余裕で相手できる……!


 氷の弾丸と一体化する幽刃卿の戦法は、思いつきの曲芸に思えて意外と理に適っていた。

 氷塊に入っている間は無敵に等しい。そうやって自分を守りつつ、俺への攻撃と間合いへの踏み込みを同時にこなせる……!

 攻防一体だ。付け入る隙がない!


「――先輩っ!」


 逃げ回りながら歯噛みしていると、地上のほうからチェリーの声がした。


「そろそろ! 攻撃パターンっ!」


 あ、そうか!


「ァ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」


 壮麗な咆哮が、再び響き渡った。

 飛び交っていた氷塊が停止する。

 俺と幽刃卿が足場にしている氷塊たちが、磁石のように寄り集まっていく。

 固まった氷が天井のように広がった。

 いや――これは、ただの天井じゃない。

 吊り天井だ。


 広がった氷から氷柱の雨が降り注ぐ。

 それをチェリーたちが声を張り上げながら避け始めるのを、俺は透明な氷越しに見下ろした。

 俺と、そして幽刃卿がいるのは、氷柱の雨を降り注がせる『氷の雲』の上だ。

 雨は雲の上には降らない。こうして上に立ってしまえば、『氷の雲』は平べったい床でしかない。

 つまり、幽刃卿が潜める場所がないということだった。


「こっちのターンだ――!」


 氷でできた床を力強く蹴り、幽刃卿との距離を詰める。

 シャアッと勢いよく滑りながら剣を振るえば、幽刃卿の姿はそこにはない。


 ――下!


 ネタはすでに割れていた。

 幽刃卿は壁抜けスキルで氷の床で潜り込み、唯一すり抜けられない両手を支点にして振り子運動、その勢いで俺の背後に飛び出す。

 読んでさえいれば、合わせるのは容易いことだった。

 

第二ショート(キャスト)カット発動(・ツー)!」


 振り向きざまの《風鳴撃》が、天地逆さになった幽刃卿の鳩尾に突き刺さる。

 物質透過中でも魔法ならダメージが入ることは、一番初め、小屋での戦闘で確認済みだ!


 ぶっ飛ばされた幽刃卿が、氷の床を1回2回とバウンドし、床の縁に向かって滑っていく。

 そのまま滑り落ちてくれたら、下の連中が隙を見て袋叩きにしてくれそうだったが、そうは問屋が卸さなかった。

 片方のナイフが氷に突き刺され、ギギギギャギャッ! と耳障りな音を立てながら、幽刃卿の滑走が停止する。


 その鳩尾からは、ダメージエフェクトが血のように舞っていた。

 痛くもなかろうに、その傷口を片手で押さえながら、虚ろな双眸が俺を見やる。

 俺は魔剣フレードリクを構えながら尋ねた。


「次はどうする?」


 幽刃卿はかすかに唇を歪めながら答える。


「……さて、な。これから、考えよう」


 そのとき、またしても空間が震えた。


「ァ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」


 ダ・フロストローザの咆哮だ。また攻撃パターンが変わるのか?

 そう思って足元の巨竜に視線を転じたとき、俺はビシッという音を聞いた。


 積もった雪が割れる。

 純白の向こうに、暗黒の闇が覗く。

 床が、亀裂に覆われる――!


「まだ落ちるッ――!?」


 二度目の浮遊感に包まれた。

 氷も、竜も、人間も――何もかもが、漆黒の奈落に飲み込まれていった。


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