第146話 娘に友達ができて感動する母親
「改めまして~!」
幽刃卿が消えたのち、巡空まいるは魔女のような帽子を取って深々と頭を下げた。
「クラン《赤光の夜明け》所属、巡空まいるです! 趣味は魔法、特技は魔法、職業は魔法使い! このたびはご迷惑をおかけしましたぁ~! サブアカのパスワードはすっごく難しいのに変えておきます!」
「いえいえ。巡空さんのせいじゃありませんから――」
「チェリーさんっ!」
巡空まいるがガバッと顔を上げたかと思うと、その直後にはチェリーに迫って手を握っていた。
はやっ!
何今の。テレポート?
「お、おあ、お会いできて光栄でしゅっ! ま、まままいる、ちぇ、チェリーさんのファンでっ……!!」
「え、あ……そ、そうなんですか?」
「そうですっ! ダンシング・マシンガンをやり始めたのだって、チェリーさんの真似がしたかっただけでっ……! あのっ、アレ! アレがすごかったですっ! バージョン2のときの――」
チェリーは「ええ、ああ、はあ」と曖昧な笑顔で応対する。
巡空まいるを演じていた幽刃卿もチェリーのファンっぽい雰囲気を出してはいたが、本物の熱量は段違いだった。
まあ、確かに、《クロニクル》もあるし、古参以外のウィザード職がチェリーに憧れるのは自然の成り行きかもな。
などと傍観者を気取っていると、
「ケージさんっ!」
と、今度は俺が迫られていた。
「ケージさんにも会いたかったんですっ!! オープンベータのフレードリク戦じゃ泣いちゃいましたし、バージョン1で処刑場に駆けつけたシーンなんか、もう、もう……!!」
「……あ、あー……」
俺も曖昧な愛想笑いしかできなくなった。
たぶん巡空まいるは《クロニクル》のファンなんだろう。あの小説には俺とチェリーがMAOでやったことが脚色して描かれている。
小説家ってのはすげえもんで、俺たちにとっちゃ何でもないシーンでも、ド偉く格好良く書いてくれるのだ。
巡空まいるの言う『処刑場に駆けつけたシーン』なんてその典型。俺の頭には死ぬほど焦っていた記憶しか残っていない。
「あと半年前の《RISE》も! ジンケ君との試合の動画、何度も見返しちゃいましたぁ~! まいるも出てればよかったですっ!」
「ん? ジンケ……くん?」
あのプロゲーマーを君付け? それに……。
「巡空さん、対人戦もやられるんですか?」
《RISE》は半年くらい前に俺が出た対人戦の大会だ。
本戦ではチェリーと二人して東京の会場まで行った。まあ招待されたのは出場する俺だけで、チェリーは勝手についてきたんだが……。
結果としてはベスト8に終わったが、後のプロゲーマー・ジンケとの3回戦は印象深いものだった。
「おや。ご存じないのですかな?」
そう口を挟んできたのは、コートにシルクハットのゲーム・ジャーナリスト、D・クメガワだ。
「巡空まいる嬢は、闘技都市アグナポットにおける《七大クラスタイトル》のひとつを背負う身――《魔法使い》クラスのチャンピオンなのですぞ」
「えっ? そうなんですか?」
「へえー。クラスチャンピオンって、クラス統一トーナメントの優勝者だよな。あの大会って、勝つの死ぬほど難しいって聞いたけど」
「えへへ~。大したことじゃないですよぉ~。もしチェリーさんが出場したらあっさり負けちゃいますっ!」
本人はそう謙遜するが、クラス統一トーナメントで優勝するってのは本当に並大抵のことじゃあないのだ。
要するに全員同じ職業で対戦する大会なのだが、キャラ性能にさほど違いが出ないがゆえにプレイヤーのスキル差が如実に出る。
加えて、参加条件の緩い大会で、抽選で参加者を絞るってこともしないから、ただ予選を通るのも一苦労だ。
たしか、予備予選と予選を通過してようやく本戦出場だっけ?
MAOの対人戦大会の中では、最もシビアなトーナメントのひとつと言われていたはずだ。
「ジンケ君とは、全日本選手権でお友達になったんですよぉ~! まいるのほうが年下なんですけど、『ジンケ君』って感じなんです!」
「ああ、あのいろいろ伝説になった全日本選手権な」
「いろいろ伝説になった全日本選手権ですね」
「ありましたねぇ~、いろいろ」
あはは、と巡空まいるはカラリと笑う。
去年の全日本選手権は、その手前のエキジビジョンマッチの時点からド派手だったのだ、いろいろと。
「パ~パっ!」
不意に、メイアが俺の腕に飛びついてきた。
「わたしにも紹介してよー。さっきの踊るやつ、どうやるのか訊いてみたい!」
「ああ、そうか。悪いな」
「巡空さん、この子が――」
「……………………」
巡空まいるが、メイアを見てピシリと固まっていた。
「え、えーと……巡空さん?」
「……か……かわ……いい」
巡空まいるは自分の頬を手で覆う。
「ど、動悸が止まりませんっ……! ど、どうしましょう。まいる、百合だったかもしれません!」
「きゃーっ♪ どうしよう、パパ、ママ! メイア、一目惚れさせちゃったかも!」
「メイアお前、そのリアクションを秒で出せるとはなかなかやるな……」
普通、初対面の人間に百合宣言されたらビビると思うんだが。
「わたしメイア! よろしく、まいるちゃん!」
「巡空まいるです! うわ~、この髪どうなってるんです? 触ってもいいですかっ?」
「いいよー」
「ふっ、ふあ~。さらさらでふわふわ~」
なんだかよくわからんが一瞬で仲良くなった。
思えば、メイアの今の年齢は14歳くらいで、巡空まいるも見た感じ中学生くらいだ。
恋狐亭にたむろす連中は高校生や大学生が多いから、巡空まいるはメイアにとって、初めて出会う同年代なのかもしれない。
「ううっ……友達ができてよかったね、メイアちゃん……」
「なんで泣いてんだよ……」
「わ、わかりません……。むやみに涙もろくなってしまって……」
「ぷふーっ♪」
と、思いっきり馬鹿にした調子で笑ったのは、ここまで大人しかったUO姫である。
「チェリーちゃん、心が30代くらいになっちゃってなーい? やーい老けた老けた~」
「心が貧しくなるよりは老けたほうがマシです……ぐすぐす」
「泣きながら嫌味言われたんだけど!? わあ~んケージくーん!」
べたーっと抱きついてくるUO姫。
ぷらーんとロリータ女をぶら下げたまま無視して、俺は火紹とD・クメガワに言った。
「このままだと一生ここから進めそうにないんだが、もう俺らで勝手に行かねえか?」
「……………………(こくり)」
「一理ありますな」
「うわっ! ケージ君が男だけでつるもうとし始めた! これは危険な兆候だよチェリーちゃん! 『今は男同士で馬鹿やってるほうが楽しい』とか言われてミミたちが放置されるパターン!」
「どうせ無理ですよ。先輩コミュ障だから」
「あっ、そっか」
「納得するな!!」
無礼さが留まるところを知らねえな!!
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
自己紹介もそこそこに、俺たちは本物の巡空まいるを加えたメンバーで神殿の先に進んだ。
「どうやったところで、VRMMOで二つ以上のアバターに同時にログインすることは不可能です。なので、この場の7人に幽刃卿が潜んでいる可能性は完全に排除されました」
「ひと安心だねー!」
「次は幽刃卿が自分のアバターで出てくるはずだ。そのHPを削りきれば、このくだらねえ『ゲーム』は終わる」
「そういうことです。ですが、それは向こうもわかっているはず……。何らかの形で不意打ちを仕掛けてくるはずです。それも、私たちだけではなく――」
チェリーは一緒に歩く他の4人に目を向けた。
「――鏖にする、と言って、幽刃卿は消えました。ブラフの可能性もありますけど――」
「いいや、あいつは本当にやるつもりだ」
確信をもって、俺はそう言い切った。
「あいつは、やると言ったら本当にやるタイプだと思う」
「んー? どして、パパ?」
「どうしてと言われると難しいんだが……なんとなくだ」
「先輩のなんとなくはいつも当たりますからねえ」
チェリーは難しい顔をしてこめかみを指でぐりぐりする。
「この場の7人は誰もが一筋縄で行くプレイヤーじゃありません。それをたった一人で鏖殺すると断言した以上、あるんでしょうね、何かしらの勝算が」
「勝算って? どんなのだと思う?」
「そうですね……。真っ先に思いつくのは、自分に有利なフィールドの存在」
「……最初の小屋みたいに誘導されるってことか?」
「どうでしょう。あるいは、その必要すらないのかも」
カツン、カツン、と7人の足音が長めに反響している。
「考えたんですけど、幽刃卿が偽物の《クリムゾン・ドーン》で突破したモンスターハウスがあったじゃないですか?」
「ああ……そういや、偽物だったんだよな、あの魔法は」
「でも、私たちはその直後に、幽刃卿の魔法で大量のモンスターが焼き殺されているのをログで確認したじゃないですか。《クリムゾン・ドーン》とは表示されていませんでしたけど、私たちはそのログから奥義級魔法の威力を想像した……」
「あ、そういえば」
「見たね! ログ!」
「巡空さん曰く、幽刃卿が《クリムゾン・ドーン》に見せかけた魔法には、このダンジョンのモンスターを一撃で焼き殺せるほどの威力はないそうです。攻撃範囲と目潰し性能だけはやたらに高いそうですが」
「だったらあのログはなんなんだ?」
「モンスターがあらかじめ弱らされていたと考えるのが妥当です」
俺はあのモンスターハウスに行き当たったときのことを思い出す。
……そういや、あの部屋のモンスターたちのHPを、俺は見ていない。
種類によっちゃ、ロックオンするだけで活性化して襲いかかってくることもあるからだ。
「あらかじめ弱らせたモンスターを神殿中からあの部屋に掻き集めた。そう考えるしかありません」
「そういや、あの部屋以外にはあんまりモンスターいなかったな……」
「うえー。すっごい時間かかりそうー」
「そうなの。すっごく時間がかかるの。……でも、いま私たちは、MAO全プレイヤーの中で一番の最前線にいるはず……」
ん、そうか。
チェリーの言いたいことがわかってきた。
「幽刃卿の攻略速度が、最前線にいるはずの俺たちを、圧倒的に上回っているってことか……。先回りして、そんな手間のかかる仕込みを用意する時間があるほどに」
「そうなんです。……思うに、あの壁抜け能力が、その攻略速度のタネなんじゃないかと」
「…………あ」
「あーっ!! 壁なんて抜けられたら、ダンジョンなんてすぐ突破できちゃう!!」
ズルい! という顔でメイアが叫んだ。
ズルい。
マジでズルい。
もう普通にチートじゃねえか!
「そう……あの壁抜け能力に何の制限もなかった場合、ただのチートになっちゃうんですよね」
チェリーの口ぶりには含みがあった。
……何の制限もなかった場合?
俺が聞き返そうとしたとき、
「――あっ!」
と、前のほうから巡空まいるの声がした。
「うっわあ~~~~。これは面倒そうですね~」
「むむ? ……おおっと」
「うへあ~。ミミ、こういうの嫌い!」
少し遅れて他の面子に追いつくと、巡空まいるやUO姫の反応が理解できた。
地形が変わっている。
ここまでは比較的まっすぐな廊下だったが――
「……結論まで話す前に、辿り着いちゃいましたね」
チェリーが道の先を眺めて呟いた。
「つまりこういうことですよ。とにもかくにも幽刃卿は、私たちよりダンジョンの攻略速度が速い。だから――別に誘導するまでもなく、ダンジョンの奥に自分に有利なフィールドがあることを知っていたんです」
闇に沈んだ道が、三方向に伸びている。
その手前には簡易キャンプを作れそうな広めのスペース。
これは、お決まりの地形だった。
――複雑怪奇な大迷宮の入口だ。




