第144話 最強カップルの解決篇
クラン《聖ミミ騎士団》、《ウィキ・エディターズ》、《赤光の夜明け》のメンバーたちは、それぞれ地下都市で思い思いの時間を過ごしていた。
白銀の鎧をまとった《聖ミミ騎士団》はここでもクランマスターの像を建立している。
スーツにコートの《ウィキ・エディターズ》は攻略wikiに掲載する記事の草案をまとめている。
MAO最高峰のウィザード集団《赤光の夜明け》は、ネットで情報を集めたり、他の場所へ狩りに出ていたりした。
そんな地下都市を、とある人物が駆け抜けていく。
あれ?
と――その姿を認めたプレイヤーたちが、一様に首を傾げた。
「あの人……」
「ダンジョンに入ってったんじゃなかったっけ?」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「さて皆さん」
「うわ、出った~! 出た、『さて皆さん』! うっわ~! ホントに言うんだ~!」
「うるっさいですよ! 黙って聞け!」
4つのスイッチのある部屋でチェリーによる解決篇が始まろうとしたが、UO姫の茶々入れでいきなり台無しになった。
19世紀末ロンドンのベイカーストリートめいた知的な空気は期待できそうにねえな。
「……とにかく、誰が幽刃卿にアカウントをハックされているのかわかったんですよ。これから先の攻略を円滑にするためにも、ここではっきり指摘しておきたいんです。よろしいでしょうか?」
『皆さん』と言いつつ、チェリーの言葉は集まった7人のうち2人に向けられていた。
巡空まいる。
D・クメガワ。
「うぅ~ん……。まあ、いつまでもPKさんが紛れ込んでるっていうのも気持ち悪いですしねぇ~」
「小生は構いませんぞ。あとぜひ記事にさせていただきたい!」
「全部終わった後でならご自由にどうぞ」
この二人のどちらかが幽刃卿だ。
そのはずなのに、どちらにも動揺した様子はない。
……なかなかの肝っ玉だな。
「それでは始めます。まずは疑問点を整理しましょう」
チェリーはピンと指をひとつ立てた。
「疑問点とは、他でもありません。なぜトラップによる火紹さんの死亡がPKと判定されたのか――ひいては、それを仕組んだ人物は誰なのか、ということです」
「偶発的な事故じゃないってことぉ~? え~? ホントかなぁ~?」
「混ぜっ返すことしかできないんですかあなたは。偶発的な事故ではありませんよ。幽刃卿によって、意図的に、あなたを含めた3人がオレンジにされたんです。メイアちゃんをPKするための前準備としてね」
俺とメイアは、チェリーと一緒にアレを確認したことで、幽刃卿が誰なのかすでに知っている。
一方、UO姫はまだ知らない。相の手はこいつに任せよう。なんか適役だし。
「この疑問を解くためのポイントは、やはりMAOにおけるPK判定の基準にあります。そこで私たちは、これまでMAOで起こってきた偶発的・事故的要因によるPKについての事例を集めてみました」
「ミミね! 集めたのほとんどミミ!」
「はいはい。協力者に感謝感謝」
「なんか雑! お礼にケージくん1日貸すとかしてくれてもいいんだよ~?」
「もう膝の上に座らせてあげたじゃないですか! 際限なくお詫びを要求するソシャゲプレイヤーですか、あなたは!」
ぐわーっ! 流れ弾が胸に突き刺さる……!
「事故的なPK――個人的にも興味がありますな。どのような事例が見つかったのでしょうか?」
D・クメガワが話題を戻した。
やっぱり紳士は違うぜ。
「そうですね……。代表的なものを二つ挙げると、まずはこれですね」
A4サイズの羊皮紙アイテムに書き出されたテキストデータを、チェリーが容疑者二人に渡す。
「崖上の大岩を転がしてしまって、崖下にいた他のプレイヤーを潰してしまった事件。似たような事案が二つ起こっていまして、片方はPK扱いになり、片方はPK扱いにはなりませんでした」
「むむう?」
「えっ? なんでですか、これ~? どっちも同じことが起こったんですよね~?」
「前提条件が違ったんです」
と言いながら、チェリーはちょいちょいと俺を手招きした。なんだ?
「PK扱いになったほうは、ただ一休みしようとして大岩にもたれかかったことで起こったものです。対して、PK扱いにならなかったほうは、モンスターに追いかけられた末に追いつめられて、結果として大岩を転がり落とす形になってしまった――つまりですね」
チェリーは壁際まで行くと、自分の背中で壁を押すようにした。
「前者はこういう状態」
また手招きされたので近付いていく。
1メートルくらいの近さまで来たが、まだ手招きされた。ええ? まだかよ?
さらに近付く。80センチ、50センチ――30センチ。
チェリーにぶつかりそうになって、壁に手をついて身体を支えた。
俺に迫られたようになったチェリーが、間近からこちらを見上げる。
「こ……後者は、こういう状態だったわけです。こっちの場合は明らかに不可抗力――」
「なに推理にかこつけて壁ドンしてもらってるの、この淫乱ピンク!」
「ママ、うまい! わたしも将来使うね!」
「い、いや、これは飽くまで説明のためにですね!」
「…………は、離れていいか?」
チェリーはそっと目を逸らしながらこくりとうなずき、緩く俺の胸を押した。
俺が離れると、「こほんっ!」と白々しい咳払いで話を戻そうとする。
「いま見てもらったように、PK扱いにならなかったほうは明らかに不可抗力でした。大岩が崖下に落ちることを、本人の意思では回避しようがなかった――と、その状況から推察できたのです」
本人の意思では回避しようがなかった。
これが重要なポイントだ。
「2つ目の事例に行きましょう」
チェリーは2枚目の羊皮紙型テキストデータを二人に渡す。
「次はフレンドリーファイア――つまり味方への攻撃の事例です。これも2件ありますが、どちらの場合も当人に害意はありませんでした。違ったのは、ほんの些細な点だけ――動画が添付されているので、よく見比べてみてください」
巡空まいるとD・クメガワが、フレンドリーファイアの瞬間を収めた二つの動画を見比べ始める。
「……う~ん?」
「違いは……特にないように思えますが」
「よお~く見るとわかるんです。PK扱いになったほうは、フレンドリーファイアとなった魔法を撃つ寸前に、味方が射線上に入ってきているんです。とっさに魔法を止めることができず、そのまま味方に当たってしまった、という流れですね。一方、PK扱いにならなかったほうは、魔法を撃った後に味方が射線上に入ってきている」
「……ふむ」
D・クメガワが顎を撫でた。
「これも、つまりは不可抗力――魔法を撃った後に射線上に入ってきた味方に当たってしまったのなら、攻撃者の意思では避けようのない事態です」
「はい。要するに事故なんです。システムから見ても明らかな、ね。一方で、魔法を撃つ前から射線上に味方がいた場合は、避けようがあったと判断される」
「え~? でも、味方が魔法に当たりに来たの、ホントに寸前だよ~? コンマ……2秒くらい? こんなに短い時間で発動しかかった魔法を止めるのなんて無理だよぉ」
「どうでしょうね? ……巡空さん、あなたならどうですか?」
「……う~ん」
巡空まいるは首を捻ると、ポンと手のひらに出した火の玉をポーンと頭上に投げた。
放物線を描くそれに、手のひらを向ける。
一瞬、紅蓮の炎が手の中に渦巻き――すぐに消えた。
落ちてきた火の玉がジュッと地面に弾ける。
「……できるかも、ですねぇ~」
グーパーと手を開閉しながら、魔女帽子に踊り子衣装のウィザードは言った。
「コンマ2秒。それだけあれば、まいるなら発動を止められるかもしれません。まったく不可能だとは思いませんね~」
「そういうことです。デジタルなシステムは個々人の反射神経の速度なんて計算に入れません。誰かができる以上、そいつにもできる。そう判断してしまうわけです。
だから――魔法の発動寸前に味方が射線上に入ってきて、結果としてフレンドリーファイアになってしまった場合。システムは回避できた事態なのに回避しなかったと判定する」
「回避できたのに回避しなかった……?」
「そうです。それがMAOのPK判定システムが言う『害意』の正体。回避できたことがそれでも実行され、結果的に他プレイヤーのHPを減少させてしまった場合、システムが『害意あり』と見なしてPK扱いにするんです」
「ふえ~。なんか乱暴だにゃ~」
UO姫がかわいこぶりながら感想を述べる。
確かに乱暴だ。そんなことで害意の存在を決めつけられちゃ叶わない。
だが、VRMMORPGの自由度はゲーム史上最高にして、ある意味では最悪のものだ。
様々な状況が大量に発生するし、そのひとつひとつを人間が精査していたらいくら時間があっても足りない。
デジタルな判断に委ねるしか方法がないのだ。
「そして、話は最初に戻ってきます――今回の場合、なぜPK判定を受けてしまったのか。スイッチを押した4人には火紹さんを殺す意図なんてなかったのに、なぜ『害意あり』と見なされたのか?」
チェリーの腕が頭上に振り上げられる。
その人差し指が、高く天井を指していた。
「もうおわかりだと思います。――あのトラップは、回避可能なものだったからです。いえ、回避して当然のものだったからです。普通なら回避していなければおかしいものをあえて作動させて、結果、一人のプレイヤーを死に至らしめた――故意の殺人であると見なされてもおかしくありません」
「えっ……?」
「むむ?」
「ちょっと待ってよぉ、チェリーちゃ~ん!」
UO姫が甘ったるい声で異議を唱える。
「回避して当然って、そんなこと言われてもぉ、あのときはそうするしかなかったじゃんっ! スイッチが4つあったら、それを全部押すんだって思うのは普通じゃない?」
「普通じゃなかったんですよ、残念ながら。本当の正解が、明快に示されていたんですから」
そしてチェリーは、4つのスイッチのほうへ歩き出す。
「本当の正解は――」
床から突き出した4つのスイッチ。
そのうち、扉に向かって左から2番目のスイッチに、チェリーは足をかけた。
――ポチッ。
ポチッ、ポチッ。
「――左から2番目のスイッチを3回連続で押す、です」
部屋の奥にあった扉が、重々しい音を立てて開いた。
俺とメイア、チェリー以外の4人が驚きの声を上げる。
「ええーっ!?」
「ひとつのスイッチを3回連続……!」
「…………!?」
「わかるわけないよぉ、こんなの~!」
「わかるわけあったんですよ、それが。だって、ヒントが――というか、答えがあったんですから」
開いた扉の前で振り向いて、チェリーは部屋の反対側にある入口を指差した。
「ここまでの道中に、この扉の開け方が書いてありました。4つ同時に押すと天井が落ちてくるってこともね」
「ミミたちはそれを見落としたってことぉ?」
「見落としたってことです。でも、見落とすはずがないんです。少なくともシステムがそう判断する程度には、明白に存在していたんです。なのに見落とした。それはなぜか?」
チェリーが巡空まいるとD・クメガワのほうを見た。
……そろそろだな。
俺はそれとなく移動して、入口を塞ぐ形に位置取る。
「そのヒントがあった場所。この部屋に来たプレイヤーなら絶対に見ているはずだとシステムが判断するような場所。そんな場所は限られています。覚えていますか? この部屋に来るために、私たちは絶対にそこを通らなければならなかった。そのせいで少し困ったじゃないですか」
このダンジョンに入ってからのことを思い出す。
D・クメガワが神殿内のドラゴン像に気安く触れてトラップが発動し、火紹のチートさに驚き、その後しばらく探索して――
――テレテレテン! テレテレテン!
――なんですかそのBGM
――あ! それ知ってる! モンスターハウス!
――正解!
――えへへ~
――先輩、もしかしてメイアちゃんにゲームやらせてます!?
そんな会話を思い出す。
モンスターがうじゃうじゃとひしめいた、まさにモンスターハウスとしか言いようのない部屋に遭遇したのだ――
「あのモンスターハウス――と、先輩が呼んでいた部屋を通らなければ、この部屋には辿り着けませんでした。私たちは苦戦を覚悟しましたが、意外にも容易く通り抜けることができた」
――我が《赤光の夜明け》の秘伝、光属性最強の奥義! 今こそお見せしましょーうっ!!
「奥義級魔法による強烈な光に目を眩ませたまま、私たちはあの部屋を走り抜けました。だから、誰も見ていませんよね――あの部屋の出口の扉がどんなデザインだったのかを」
ぼんやりと思い出す。
強烈な光に視界を奪われる中で、俺はかすかにそれを見たのだ。
――こっちです、こっち!
――薄く目を開けて声のほうを見ようとしたが、極彩色の残像ばかりでまともに視界が利かなかった。
――かろうじて×××××の姿と、複雑な意匠が彫られていそうな鉄扉がぼんやりと見える。
「ここにいる以上、普通なら絶対に見ていなければならないはずのもの――私たちはそれを見ることができなかった。とある人物が放った光によって視界を潰されたまま通り過ぎ、その後すぐに、とある人物によって私たちの目に触れないよう隠された。私たちが視界を取り戻す前に扉を閉め切ってしまえば、その扉の部屋側に彫られている意匠は、絶対目に入りませんよね?」
――その中に飛び込むと、バタン、と鉄扉が閉じられる音がした。
「そして、極めつけ。その人物は、私が幽刃卿を特定しようと言ったときに、一人だけこう発言したんです」
――えっと~……早く先に進みませんか~……?
「身に覚えのないオレンジ判定を受けた不可解な状況で、いったん戻ろう、ではなく、先に進もうと促したんですよ。それはなぜか、今となっては明白です。来た道を戻ると、扉のヒントを私たちの目から隠したことがバレてしまうから――」
全員の視線が、一人に集中していた。
彼女はただ一人、無言で6人の視線を受け止めていた。
はっきりと。
その視線に名前を付けるように、チェリーは指を突きつけて告げる。
「――巡空まいるさん。あなたが幽刃卿です」
 




