第143話 殺人の定義
仕掛けの検証をすることになった。
容疑から外れたUO姫と火紹を駆り出して、扉の近くに並ぶ4つのスイッチを、いろんなパターンで押してみる。
「うーん……。トラップが作動するのは、どうやらスイッチを四つ同時に踏んだときだけみたいですね」
チェリーが口元を触りながら言った。
ひとつだけ踏んだり、ふたつだけ踏んだり、いろんな順番で踏んだりしてみたが、吊り天井のトラップが作動する気配はなかったのだ。
「4人の人間が息を合わせていっせーので踏まない限り作動しない――って、普通にやってたら滅多に動かねえんじゃねえの? このトラップ」
「そうですよね……。部屋のあちこちにあるブロックを使うと同時になりませんし、3人以下だとそもそも物理的に作動が不可能になっちゃいます」
「えー? それってもう、わざとじゃないと作動しないってことだよねー? 今回はたまたま作動しちゃったけど」
メイアが小首を傾げながら言ったことに、チェリーは軽く眉根を寄せた。
「たまたま……ですかね? 本当に」
「わざとってことか? 誰かに誘導されたとでも?」
「……その可能性はあります」
トラップがわざと発動させられた。
だとしたら、スイッチを4つ同時に押すというアイデアを出した奴が怪しいな。誰だったっけか……?
チェリーの目が、部屋の隅に待機させているD・クメガワを見た。
「……『ひとつだけ押しても意味がないようですな。四つ同時に押すと扉が開くのやも』」
うわっ、こいつ台詞まで覚えてる。
UO姫が「うへ~」と嫌そうな顔をした。
「なにこのひと~。記憶力きもちわる~。なんでもないことを何年も覚えてそ~」
「うるさいですね! 悪いですか覚えてて!」
俺もちょっと同じこと思った。が、
「お前……茶々入れるときだけ口出すなよ、UO姫」
「え~? じゃあケージくんがミミのお口塞いでくれる?」
「そういうことやってる場合じゃないって言ってるんですよ!!」
こいつが喋ると話が進まねえ。
仕方ないので、UO姫の背後に回って、両手で口を塞いでおいた。
「~~~~~~っ!!??」
すると、いきなりUO姫の全身がカッキーンと固まる。
どうした?
「わー。ミミお姉ちゃん、自分からはぐいぐい行くくせにいざ向こうから来られると弱くなるタイプだー」
「……静かになるなら特別に見逃します。しっかり捕まえておいてくださいね、先輩」
「あとでママのことも後ろから抱いてあげないとダメだよ、パパ」
「なっ、にゃに言ってるの! 別に羨ましくないから!」
「え~? ホントかにゃあ~?」
……い、いや、後ろから抱き締めるとか、そんな意図はまるでなかったんだが……。
耳まで真っ赤にしているUO姫を見下ろしていると、俺まで恥ずかしくなってきた。
とはいえ、ここでやめるといかがわしいことをしている自覚があると認めるみたいでイヤだ。
話をさっさと進めよう!
「……えーと、スイッチを四つ同時に押すアイデアを出したのはD・クメガワだったって話だったよな。じゃあ幽刃卿はあいつなのか?」
「現時点での判断は早計です。4つスイッチがあれば同時に押そうと考えるのは、さほどおかしいことではありませんし……何より、あのトラップがPK扱いになった理由がまだわかっていません」
「ねえねえ、前から気になってたんだけどね――事故とPKって、どうやって区別してるの?」
「そこだよ、メイアちゃん。まさにそこ。MAOのシステムが、実際どうやってPKをPKと判断しているのか――」
うーん?
言われてみると、詳しく知らないな、それ。
「あんま考えたことなかったな。でもそういえば、MAOってモンスターPKとかでもオレンジになることがあるんだよな、確か」
「もんすたーぴーけー?」
「意図的に他のプレイヤーにモンスターをけしかけて、間接的に攻撃することだよ、メイアちゃん。他のゲームだと、それでPK判定を免れたりするの」
「はあー。いろいろ考えるんだねー」
「非VRのMMORPGが華やかなりし時代からある、古典的な手法だけどな……。VRになった今だともっといろんな手法がある」
「私の記憶が正しければ、MAOの厳密なPK判定基準は公表されていません。公表すると、それをすり抜ける手法が開発されてしまうからだと思いますけど……」
「ルールブックを見ると、真っ先に抜け道を探そうとする奴が世の中にはごまんといるからな」
「先輩もどっちかといえばそっちじゃないですか」
「お前もどっちかといえばそっちだろうが」
いろいろと好みの違う俺たちだが、『ルールに致命的な不備があるから』という理由で20mシャトルランを嫌っている点では共通していた。
スポーツマンシップはルールの不備を誤魔化す言い訳じゃねえぞ。
「まあ一応、公式のQ&Aには、『明らかな害意が認められた場合にPK扱いになる』と書かれています。だから論点は、この『明らかな害意』っていうのが、具体的にどういう条件を示すのかってことです」
「……脳波を見てるとか?」
「ゲームで人の思考をモニターするのは法律違反ですよ、先輩」
「は? そうなの?」
「場合によっては憲法に抵触しますから。日本国憲法第十九条、思想及び良心の自由は、これを侵してはならない――だからどんなVRゲームでも、思考を読み取って魔法を発動したりはできないんじゃないですか」
へえー。初めて知った。
「……電子人類のいざこざのときに、さんざん話題に上ったと思うんですけど……。まあいいです。とにかく、頭の中を直接読み取って『害意』とやらを検知しているわけではないんです。その行動から害意のあるなしを予測しているだけでしかない」
「行動から、か……。『明らかな害意が認められる行動』って、具体的にどんなのなんだろうな?」
「それは前例を見ないとわかりませんね……。ってことで、いま探してるんですけど、どうにも情報が散らばっていて……手伝ってくださいよ。ほら、そこの蕩けきった顔してる媚び媚び姫も」
「ふにゃ~。ケージくんの、おっきい……♡」
「ちょっ!? 先輩!?」
「ちがっ……! 手だろ!? 手のことだよな!?」
「にゅふふ」
UO姫は怪しげに笑いながら、無防備に背中を預け、俺の顔を見上げた。
「話は聞いてたよ? ケージくんの膝の上に座らせてくれるなら、偶発的なPK判定の前例、掻き集めてあげる♡ ネットを漁るよりよっぽど役に立つ情報が集まると思うけどなぁ~?」
「なんだよ、その条件……」
「ミミもたまにはイチャイチャしたいもん。チェリーちゃんはいつもやってるでしょ?」
「いつもはやってません! いつもは!」
「たまにやってるんだ」
「たまにやってるんだね」
「「やってない!」」
1ヶ月に1回くらいだから『ごく稀に』だ。
「ん、ぐぐぐ……! こ、これもメイアちゃんのため……!」
まさに苦渋の決断という感じでチェリーが条件を飲み、大検索大会が始まった。
俺が壁際にあぐらをかくと、膝の上にUO姫がちょこんと収まる。
「うわっ……うわっ、うわ~~~~っ! これすごい! すっごいイチャイチャしてる感じする! チェリーちゃんズルい!」
「だ、だから、そんなのしてませんって……」
「ぐりぐり~♪」
「ばっ……! お尻動かすな!」
「(何か当たっちゃってても黙っててあげるよ?)」
ぬかせ。意地でもそんなことにはならん!
甘い匂いを振りまきながら猫のようにじゃれついてくるUO姫の一方で、チェリーがどすんと苛立たしげに隣に座った。
「ど、どうした?」
「……別に? ここの床が一番綺麗だなと思っただけですけど?」
「ち、近くねえか?」
「べ・つ・に! ちょっともたれかかる壁が欲しいなと思っただけです!」
チェリーの桜色の髪の匂いとUO姫の黒髪の匂いがブレンドされて、脳の奥のほうが痺れてくる。
そんな俺たち3人を、メイアが少し遠めから眺めていた。
「おおー……ハーレムだー……。――あ、そうだ! ……もしもし、レナおばさん? ちょっと見せたいものがあるから映像共有するね!」
「うおおおい!! なに生中継してんだ!!」
「……あ。鼻血噴いて倒れちゃったみたい」
そんなこんなに妨害されつつ、PK判定の事例を見つけては情報をまとめていった。
「こんなもんかな~。火紹くん、テキストまとまった~?」
「……………………」
無言でうなずいて、データを送ってくる火紹。
「こんな秘書みたいなこともさせてんのかよ……」
「聖人ですね。頭が下がります」
「えへへ~。そんなに褒められても~」
「あなたじゃなくて火紹さんですよ!」
UO姫が人脈を使って集め、火紹が見やすくまとめてくれたデータにざっと目を通していく。
「……ん。これ面白いですね。崖の上の大岩に背中を預けたら、大岩が転がっちゃって崖下にいた他のプレイヤーに落ちちゃった」
「これもPK扱いなのか? 完全に事故じゃん」
「……こっち見てください。似たような状況ですけど、PK扱いにならなかったみたいです。違いは――PKにならなかったほうは、モンスターに追われていた?」
「……より不可抗力度合いが強かったってことか?」
まだいまいちピンと来ない。
さらに調べていく。
「これはフレンドリーファイアの事案ですね」
「これも、同じフレンドリーファイアなのにPKになったりならなかったり……」
「あ、動画もあるんだ。よくありましたね、こんなの?」
「まあね~。なんか因縁吹っかけられたときとか証拠になるから、庶民にはできるだけ動画撮っとくように言ってるんだ~」
「……お前ら、もしかしてVRMMOヤクザなんじゃねえの?」
「あ、その呼び方いいですね先輩! いただき!」
「ちょっと! 勝手に指定暴力団にしないでよぉ!」
火紹が無言のまま微妙な表情をしていた。心当たりがあるらしい。
「はあ~、もう……。そういう正直なところも好き……♡」
「いきなりどうした!?」
「ケージきゅんの匂い……はふ~……しゅきぃ……」
「……こんなに長いこと密着したことないから頭おかしくなってますね」
UO姫は俺の耳元でBOTのようにしゅきしゅき囁き始める。
やめろー! 洗脳されるー!
「もうそのエロ画像みたいな顔してる女は放っておきましょう。いないものとしてください、先輩」
「ちょっとそのミッションはレベルが高すぎるな……」
「じゃあ私が逆の耳から相殺します。死ね死ね死ね死ね脳漿を撒き散らして死ね」
「うぐおああああ!! 頭の中がグロテスク系ヤンデレ空間!!」
左右の耳から脳味噌をシェイクされつつ、動画を精査し始めた。
両方ともフレンドリーファイアの瞬間を収めたものだが、片方はPK扱いになり、もう片方はならなかった。どこがどう違うのか?
まるで間違い探しだな……。
「……わかりました」
動画を見始めて30秒くらいでチェリーが言った。
「マジで? 俺わかんねえわ。メイアはわかるか?」
「ん、んん~? 最初は射線上にモンスターがいるかどうかかな~、って思ったんだけど……」
何度も動画を見返しながら、メイアは眉をハの字にする。
俺も同じように考えたんだが、どちらの場合もきっちり射線上にモンスターが入っているのだ。
もし射線上にモンスターがいないなら、『これは偶発的事故ではなく故意のフレンドリーファイアである』と判断されるんじゃないかと思ったんだが……。
「――あっ! わかったかも!」
メイアが不意に声をあげた。
二つの動画のフレンドリーファイアの瞬間を何度も行ったり来たりさせて、メイアは「やっぱり……!」と呟く。
「こっちは魔法を撃った後に味方が射線上に入ってきてるけど――」
片方の動画を指した指を、もう片方の動画へ。
「――こっちは、魔法を撃つ寸前に味方が射線上に入ってきてる!」
「正解! よくできました!」
「えへへ~」
言われてから自分でも動画を見返してみて、なるほどと得心した。
「びっみょーなタイミングの違いだな……。魔法を撃つ前に射線上に味方がいた場合のフレンドリーファイアだけ、PK扱いになるのか」
「たぶん、ですけど……理屈上、回避が可能だったからじゃないですか? こうして動画で見ると、味方が射線上に入ってきてから魔法の発動を止めることはできないように思えますけど、あくまでデジタルに判定するとすれば……」
チェリーは口元に手を当てる。
大きな瞳の中で、思考がぐるぐると渦巻いているように見えた。
「――回避できた事態をあえて回避しなかった……」
ぽつりと呟いたかと思うと、チェリーはゆっくりと顔を上げる。
「なんとなくわかってきました――PKの基準となる《害意》の正体が」
ひとり呟くや、すっくと立ち上がった。
俺は全然わかってないんだが……うーん、ちょっと悔しくなってきた。
チェリーは俺を見下ろす。
「仕上げです。チェックしに行きますよ、先輩。……ほら、あなたもさっさと立って!」
「やぁ~♡ もっとぉ……♡」
チェリーが力尽くでUO姫を俺から引き剥がした。
おもちゃ屋から強制的に帰宅させられる子供みたいに、ばたばた暴れるUO姫。
……うわあ、目がハートになってる。
ど、どんだけ俺のこと好きなの……。
下手な小細工をするより、そうやって本能ダダ漏れにされるのが一番効くんだよな……。願わくば本人には気付かないでいてもらいたいが。
「ふへ~」
UO姫はしばらくぼうっとしたあと、
「堪能したぁ~。これで1週間くらいは生きていけちゃう!」
「今のでたった1週間か……」
「理性どこになくしたんですか?」
愛が重い。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
俺、チェリー、メイアは、UO姫と火紹を容疑者二人の監視としてその場に残し、来た道をしばらく戻った。
そして確認する。
「……これって……」
「あー! そっか!」
「やっぱり、ですね」
事ここに至れば、俺の目にも明らかだった。
「あの人が、幽刃卿です」
本作と世界観を共有する別作品『オフライン最強の第六闘神』をカクヨムでも公開し始めました。
http://kakuyomu.jp/works/1177354054884400951
一応細かい修正は入れてますが中身は基本変わりません。読みやすいほうでどうぞ。
マルチプラットフォームにするってだけで、
なろうでの更新が止まるってことではないのでご心配なく。




