第141話 巨人騎士の忠誠心
小休止を終えてまたしばらく神殿を進むと、閉ざされた扉に遭遇した。
「鍵穴……は、ありませんね?」
「てつごーしがかかってるねー」
まあ大抵のRPGがこんなもんだと思うが、MAOのダンジョンの扉は大きく分けると4パターンしかない。
普通に開く扉。
鍵がないと開かない扉。
部屋の敵を全部倒さないと開かない扉。
そして、何らかの仕掛けを解かないと開かない扉――だ。
パッと見、この扉は最後のパターンだった。
扉の近くの床に、感圧板――というかスイッチが四つ設置されている。
……ここまでの傾向から察するに、不用意に押すと罠が作動しそうだが――
「ふむ」
D・クメガワがためらいなくスイッチをひとつ踏んだ。
「うおおい!?」
「おっと失敬。『考えている暇があったら試せ』が基本ですので、我々」
検証勢の思考やめろ!
幸い、スイッチを踏んでも何も起こる気配がなかった。
D・クメガワが「ふーむ」と顎を撫でながら、
「ひとつだけ押しても意味がないようですな。四つ同時に押すと扉が開くのやも」
四角い部屋の中には、ちょうどスイッチと同じくらいの大きさのブロックが三つ、あちこちに置かれていた。
ソロプレイの場合は、あれらと自分自身とで四つ同時に押すってことか。
「どうしますか? ここには7人いますけど」
「ミミ、押した~い!」
UO姫が『何にでも好奇心を示す無邪気なわたし』アピールを始めて、ひとり決まった。
「では、小生、ミミ氏、火紹氏、巡空氏の4人で踏んではいかがでしょう? お二方は万が一のため、メイアさんを連れて少し離れておくべきでしょう」
「そうですね……。それが丸そうです」
チェリーの言う『丸い』は『無難』の意味だと思っておけばいい。
たまにぽろっと出てくるカードゲーム用語だ。
俺、チェリー、メイアが部屋の入口辺りまで下がり、ミミ、火紹、巡空まいる、D・クメガワの4人がそれぞれスイッチの前に立つ。
「いっくよ~!」
UO姫が愛想を振りまくようにこっちに手を振り、チェリーが「チッ」と女を捨てた舌打ちをかました後、
「――せーのっ!」
4人が同時にスイッチを踏んだ。
静寂が漂う。
「……ん?」
「何も起こらないよ?」
……いや。
――ズズ――ズズズ――ズズズズズ――
部屋全体が、かすかに揺れていた。
それは時を追うごとに大きく、速くなり――
「――あっ! 上です!」
チェリーが天井を指差す。
まさに、異常の正体は天井だった。
部屋の天井が丸ごと、プレス機のように落ちてくる!
「やべっ……! メイア! 外出ろ!」
「うっ、うん!」
俺たちは急いで部屋の外に出る。
これで俺たちは安全だが――
「きゃーっ!!」
「わわわわわわ!!」
「ふむふむ。スイッチを全部押すと天井が落ちてくる、と……」
「………………!!」
扉とスイッチのある辺りは、入口から見て一番奥だ。
天井が落ちるまでに逃げられるか……!?
一人余裕ぶっこいてメモしてやがるが!
「みんなあーっ!! 早くうーっ!!」
メイアが声援を送り、4人が必死に走る。
この調子ならギリギリ間に合うか――
「――わきゃっ!」
と思ったそのとき。
UO姫がすてーんと転んだ。
すかさずチェリーが言う。
「どんくさっ!」
「チェリーちゃんひどい!」
「そんなちっさい身体にそんな邪魔くさいモノを二つもぶら下げてるからそうなるんですよ!」
確かにふよんふよん揺れてて走りにくそうだった。
そう思った瞬間、びすっとチェリーに脇腹を殴られる。
今のはお前の発言のせいだろ!
UO姫は急いで起き上がるが、大幅なタイムロスは今更取り返せない。
間に合わない……!
「あーあ」
「デスペナご愁傷様でーす」
「諦めないでぇ~っ!!」
メイアならともかく、あいつはアイテムで復活できるし。
そうして看取りモードに入った俺たちの一方で、諦めていなかった奴がいた。
火紹だ。
2メートル半の巨体がガガガガッと床石を削って急制動をかけ、Uターンする。
決して高くないAGIを限界まで使い、火紹は主であるUO姫のもとまで駆け戻った。
だが、UO姫を抱き上げて走ったところで、もうどうやっても落ちてくる天井から逃れることはできない。
心中するつもりか? なんという忠誠心――
という俺の感嘆は、早計だった。
UO姫の忠実なる僕、《巨人》火紹の忠誠心は、俺の想像をあっさり飛び越えた。
「――オォオオオオッ!!!」
巨人が怪物のように吼える。
そして火紹は、UO姫のそばで壁のように立ち、両手を頭上に掲げた。
そこに、天井が落ちてくる。
「うおおおおおッ!?」
「えええええええっ!?」
転がるようにして逃れてきたD・クメガワと巡空まいるも、火紹の姿を見て口を開けていた。
落ちてくる天井を――受け止めた!
現状、MAO唯一の《巨人》クラスの使い手・火紹のSTRとVITは、間違いなく最強のそれだ。
だが、そのパワーと耐久をもってしても、ダンジョンのトラップに力尽くで対抗するなんて無理がある。
巨人の腕が、足が、ぷるぷると震えていた。
赤い鎧に覆われた巨体が、ミシミシと軋むのが聞こえる。
二本の足を中心として、床石に亀裂が走っていた。
今にも潰されそうになりながら、それでも火紹は、決して膝を屈さない。
すぐそばにいる、自分のお姫様を守るためにだ。
――ズズズ――ズズ――ズ――
吊り天井の唸り声が治まっていく。
火紹の身体から聞こえていた軋みもまた小さくなり、そして程なく、完全に消えた。
「と……止めた……?」
天井は、火紹の頭上で止まっている。
そのそばにいるUO姫には、1ミリたりとも触れちゃいなかった。
すげえ……。止めやがった! トラップを、力尽くで……!
「火紹! 今のうちだ! また動き出すかもしれない!!」
声をかけたが、火紹は反応を示さなかった。
……?
怪訝に思った、その直後。
ポンっと、火紹の巨体が人魂に変わった。
「おおっ……! あいつ、HPを……!」
「なんと堂々たる散り様……!」
D・クメガワがメモ帳にペンを走らせる。
書け……! 書いてやってくれ……! あいつの勇敢な最期を……!!
「……いや、早く蘇生してあげましょうよ」
「わーん火紹くーん!!」
天井は諦めたように上に引っ込んでいった。
UO姫がわざとらしく泣いてみせながら、人魂になった火紹に蘇生アイテムを使う。
それですっかり元通り。巨人は復活した。
「あのさあ、UO姫。これ、たぶん俺が言っちゃダメなんだろうとは思うんだが……こんなに尽くしてくれる男がいて、なんで俺なんかに構うわけ?」
「まったく同意見です。火紹さんに悪いと思わないんですか?」
「ミミだって普通に傷つくんだからね二人とも! それはそれ! これはこれなの!」
火紹も無言で首を縦に振っていた。
火紹のほうもUO姫とどうこうなりたいとは思ってなさそうなのが、こいつら――ひいては《聖ミミ騎士団》というクランそのもの――の不思議なところなんだよな……。
史上最大のオタサーなんて呼ばれちゃいるが、実際のとこはただの集団ロールプレイなんじゃねえかと俺は疑っている。
俺は天井を見上げた。
壁にこすれた後が残っている。
あれは最初からあったんだろうか? だとしたら、スイッチを踏む前に気付けたかもしれない。
「しかし、あのスイッチが罠だったとはな……。他に仕掛けっぽいのねえんだけど」
「押し方が違ったんですかね? 順番とか」
「それだと間違えるたびにいちいち吊り天井から逃げなきゃならなくなるぞ。ヒントっぽいのもねえし……」
うーん、どうすればいいんだ?
閉ざされた扉を前に、俺とチェリーが考え込もうとしたとき、
「……あ、あれ……?」
メイアが何かを見て、戸惑ったように目を丸くした。
「ね、ねえ……パパ、ママ……おかしいよ?」
「は? なんだ?」
「おかしいって何が? メイアちゃん」
「みんなのネームカラーが……」
「「え?」」
言われて、俺たちは他のメンバーのネームカラーをチェックした。
「……は……? な、なんだよこれ……!」
「こ、これは……どういう……!?」
馬鹿な。
なんで……こんなことになってる?
さっきまで普通だったのに!?
「んー? どうしたんですか~?」
「何に驚いておられるのですかな? ぜひお教え願いたい!」
「やん♡ そんなに見つめられると恥ずかしいよぉ、ケージ君っ♡」
本人たちは、気付いていないのか。
UO姫、巡空まいる、D・クメガワ――火紹を除く3人。
全員のネームカラーが、オレンジになっていた。
ここまで一瞬だって離れなかったのに――いつの間にか、3人ものプレイヤーが、殺人を犯したことになっていた。




