第139話 新たな技術は新たな性癖を生む
かくして、俺、チェリー、メイア――そしてUO姫、火紹、巡空まいる、D・クメガワの7人で、地下都市の奥にあった洞窟へと侵入した。
入口を守るようにして建っていたドラゴン像からなんとなく察しはついたが、洞窟の中は神殿のような作りになっていた。
文明の匂いを強く感じる整理された内部構造と、冷たくも厳粛さを感じる雰囲気が、往事はやんごとなき場所として扱われていたことを思わせる。
「やっぱり明るいねー」
メイアが吹き抜けになった天井を見上げながら言う。
地下都市と同様に、光源となるものがどこにも見当たらないのに、なぜか明るい。
古代文明の謎テクノロジーだろうか。
何にせよ、この神殿はまだ生きているのだ――単なる廃墟ならモンスターにだけ気をつければいいが、こういう生きている建物にはまた別に気を払わなければならない。
「メイアちゃん。罠かもしれないから、不用意にモノに触っちゃダメだよ。例えば、ほら、あそこにぽつんと建ってる像なんていかにも怪し――」
「むむう! 怪しい! えいや」
チェリーが指差した部屋の真ん中のドラゴン像に、ゲーム・ジャーナリスト、D・クメガワが何の躊躇いもなく触った。
おい!?
「あ~っ! 何やってるんですかぁ、クメガワさん! そんな怪しそうなの!」
「怪しいならなおのこと調べてみなければなりますまい! これぞジャーナリズム!」
一人のときにやれ! そういうのは!
ジャギン! と、俺たちを囲むようにして、床から尖った柵がせり出した。
閉じ込められた、と思ったのも束の間――
もぞもぞと、うごうごと、石造りの床が盛り上がる。
それはずんぐりむっくりの人形の形になって、無機質な眼光で俺たちを睨みつけた。
《オートガード・ゴーレム Lv121》が5体!
「わあ~、見事にトラップだったね~☆ がんばって、みんな♪」
「何のためにここにいるんですか寄生女!!」
火紹の後ろに下がってティータイムと洒落込み始めたUO姫を痛罵しながら、チェリーは《聖杖エンマ》を構えた。
「メイアちゃんは後衛から弓で! 前は先輩と火紹さんがいるから!」
「わかった!」
メイアは遠近両対応の武器である《エルフの弓剣》を持つため、遊撃手的な立ち回りをする。
だが、この面子なら前衛の不安は皆無だ。
もちろん、後衛も言うまでもなし!
せっかくだ、せいぜい経験値になってもらおう!
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火紹の頼もしさがチート過ぎた。
《巨人》クラスによってHP、STR、VITなどにふざけたレベルの上昇補正がかかっている火紹は、紛れもなくMAO最強の盾役だ。
タンクがしっかりしているパーティほど安定した戦闘ができるので、メイアの存在によりリスクを取りたくない俺たちとしては、涙が出るほどありがたい存在だった。
「火紹さん。あの女のお付きなんてやめて、私たちのところに来ませんか?」
「わーっ!! だめだめだめっ!! なにヘッドハントしようとしてるのお!!」
ずっとコンビを貫いてきた俺たちをして欲しくなるくらいの戦力だったのである。
だが、火紹は無言で首を横に振った――こいつのUO姫への忠誠心は凄まじいものなのだ。
……こいつさえいれば、俺なんか手に入れなくても大丈夫だよなあ、と思いもするのだが、世の中とはままならないものなのだ、いろいろと。
それにしても、UO姫のガチな焦り方がちょっと面白かった。
UO姫のクランメンバーの扱い方は、部下っつーかポケモン的なそれに近いので、火紹のことは手塩にかけて育てたミュウツーみたいな認識なのかもしれない。
ミュウツー取られかけたらそりゃ焦るわ。
「出番ありませんでしたぁ~。この面子、ちょっとオーバーパワーですね~」
魔女踊り子な巡空まいるが、ボウオオオ、と指先から火炎放射しながら言った。
「次はまいるに任せてくださいっ! ちょっといいものをお見せしちゃいますよ~っ!!」
「おおっ!? まさか!?」
D・クメガワがメモ帳を取り出す。
巡空まいるがにこーっと笑って、
「そろそろ今日の奥義の時間なので!」
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神殿内の探索を続けていると、やべえ部屋に行き当たった。
「テケテケテン! テケテケテン!」
「なんですかそのBGM」
「あ! それ知ってる! モンスターハウス!」
「正解!」
「えへへ~」
「先輩、もしかしてメイアちゃんにゲームやらせてます!?」
やらせてるというより、メイアがずっと横で見てた。その昔、親戚の兄ちゃんから譲り受けたPC版アスカ見参(プレミアゲーム。数万円は余裕)をやってるのを。
なお現在、冥炎魔天の挑戦という、いろんな意味で正気を疑うダンジョンの6499階で中断中(詳しくはググってみよう)。
とにかく、モンスターハウスなのだ。
ひとつの部屋に、ありえない数のモンスターがひしめいていた。
ローグライクみたいに、モンスターがいっぱいいる分アイテムも大量に落ちてるみたいなこともなさそうだし、普通なら迂回したいところなんだが……。
「うむう。やはり他には道がなさそうですぞ。この部屋を通るしかないようですな」
そう言ったのは、辺りをざっと確認しに行っていたD・クメガワだ。
通るしかねえのか、ここを……。
「どうしますか? 部屋に一歩でも入った瞬間、みんな功性化しちゃいますよね、たぶん」
「時間はかかるけど、1匹ずつ引きずり出して倒すしかないよな……」
「お任せあれっ!」
と、巡空まいるがビキニみたいな小さな布だけで覆った胸を張った。
「ここはまいるの出番ですっ! 皆さん、走り抜ける準備をしておいてください!」
「おおおっ!? まさか、お使いになられるのですか!?」
「我が《赤光の夜明け》の秘伝、光属性最強の奥義! 今こそお見せしましょーうっ!!」
光属性最強の奥義――って。
は? まさか、こんな何でもないところであっさりと使う気なのか!?
「《暗黒の夜を裂く者 黄金の朝を敷く者 赤き星の血が降り注ぎ 空を魔断の加護が覆い尽くす》――」
詠唱し始めたーっ!?
全力全開じゃねえか! 切り札が切り札じゃない!
「み、皆さん! 目を閉じてください! 視覚をやられますよ!」
「ああ、いや、しかし! 絶好の取材のチャンスが――っ!!」
祝詞のように詠唱しながら舞い踊る巡空まいるをよそに、俺たちはきつく目を閉じる。
「――《其は赤き天恵 神たる光! 来たれ 赤光の夜明け!》――」
快感すら籠もった弾んだ声で、巡空まいるは叫んだ。
「――――《クリムゾン・ドーン》――――!!」
きつく閉じていたはずの瞼の裏が、真っ赤に染まった。
まるでスタングレネードでも喰らったみたいだ。瞼にだいぶ遮断されているはずなのに、光が網膜を貫いて脳まで刺してくる!
「さあ皆さん! まいるの足音を追いかけてきてください! 今なら大丈夫ですっ!」
たたっと走る音がする。
俺は目を閉じたまま、その足音を追いかけた。
目を瞑ったまま走るってのはなかなか怖いもんで、普段よりかなり抑えたスピードになってしまったが、何かにぶつかったり襲われたりすることはまったくなかった。
前のほうで、ズズズ、と扉が開く音がする。
「こっちです、こっち!」
薄く目を開けて声のほうを見ようとしたが、極彩色の残像ばかりでまともに視界が利かなかった。
かろうじて巡空まいるの姿と、複雑な意匠が彫られていそうな鉄扉がぼんやりと見える。
その中に飛び込むと、バタン、と鉄扉が閉じられる音がした。
「お疲れ様でしたぁ~! 大丈夫ですよっ! 皆さん無事です!」
視界が取り戻されてくると、チェリーやメイアたちがそばにいることがわかってくる。
欠けたメンバーはいないようだ。
「ま、まさか……いきなり《クリムゾン・ドーン》をぶっ放すとは思いませんでした……」
「……うわっ。おい、ログ見ろよチェリー。モンスター全部ぶっ飛んだぞ、これ」
「うひゃあ~……」
巡空まいるの魔法によって大量のモンスターが一瞬にして蒸発した様子が、無機質ながらも生々しく、ログのテキストに残っていた。
「ふう~、きもちよかったぁ……♡」
巡空まいるはほのかに顔を赤く上気させ、恍惚とした溜め息をつく。
な、なんだこいつ……。
「この子はね、ケージくん」
例によってUO姫が、ぴとっと不必要なまでに密着しながら囁いてくる。
「強いて言えば『マジックハッピー』なの。わかる?」
「……『トリガーハッピー』の魔法版?」
「そっ♪ 魔法を撃つことそのものが気持ちよくて仕方ないんだって。VRゲームも難儀な性癖を生み出してしまったものだよね~」
「1日に1回は《クリムゾン・ドーン》を撃たないとむずむずするんですっ! それにチェリーさんが開発したダンシングマシンガンもすっごく好きでっ! そのために杖も捨てちゃったんです! えへへへ!」
「そ、そうですか……へえ~……」
ダンシングマシンガンってのは、ジェスチャー・ショートカットをダンスのように連続させることで下級魔法をマシンガンみたいに連射する戦法のことで、チェリーがかなり昔に編み出した。
とはいえ、そのためだけにウィザード職なら普通は持つ杖を捨てるって……。
開発者も若干引き気味だった。
「……やっぱり、ネトゲでトップクラスになるような奴に、まともな奴はいないんだなあ」
「ケージくん。鏡、鏡」




