第136話 ゲーマーに効くのはふしぎなタンバリンではない
「さつじんよこくじょー……」
説明を聞いたメイアは、ふえー、とわかったようなわかっていないような顔をした。
本当に説明が伝わったのか不安になる。
「あ、あの……メイアちゃん、わかってる?」
「お前の命を狙ってくる奴がいるってことだぞ?」
「え? うん。わかってるよ?」
きょとんとした顔だった。
俺たちのほうがきょとんとしたいわ。
「……メイアちゃん、怖くないの?」
「? 何が?」
「いや、だから! 命を狙われてるってことが!」
メイアは不思議そうに首を傾げて、
「命なら、いつもモンスターさんたちに狙われてるよね?」
――ああ。
そうか……そうだったんだ。
赤ん坊の頃から一緒だったのに、今更気がついた。
メイアはそもそも、危険なモンスターが跋扈している世界に生を受けた。
子供のときから、それらと命の取り合いをしながら生きてきた。
ハナから安全が保証されている世界に生まれ、モンスターと戦うときも命までは賭けない俺たちとは、そこが根本的に違うのだ。
俺たち古参プレイヤーの間で、たまにこんなことが話題になる。
生身の肉体を持つが死ぬことはない俺たちと、プログラムの魂だがたったひとつの命で生きているNPCたち。
この世界での『本物の人間』は、俺たちとNPC、一体どちらなのか――と。
俺は今、これまでで一番強く、メイアを『本物らしく』感じているかもしれない。
物心ついたその瞬間から同じ時間を過ごしてきたはずなのに……彼女は、俺たちとはまったく違う人間に成長している。
「でも、ちょっと気持ちは悪いかなあ」
んー、とメイアは眉をハの字にした。
「なんで狙われてるんだろ? わたし、何か嫌われるようなことしたー?」
「……いや、それは大丈夫だと思う。お前をころ――倒せば目立つってだけだ」
「あ、そっか。わたし有名人!」
へへへー、と笑うメイアには、本当に堪えた様子がない。
見たところ本当に大丈夫そうだが……。
「(……おい)」
「(はい?)」
「(それとなく見といてくれ。そういうのはお前のほうが得意だろ)」
「(先輩よりは)」
オイコラ。
くすっと笑ってから、チェリーは真面目な顔になった。
「(メイアちゃん、外見に反して日本人的というか、空気を乱すのを嫌うところがありますから。もし無理してるようだったらそれとなくフォローします)」
「(頼む)」
「よし!」
メイアが不意に、ぴとっと俺にくっついてくる。
腕を組んで上目遣いに見上げてきながら、
「それじゃ、先を急ごっか。ちゃんと守ってね、パパ?」
「……おう。でもチェリーの真似はやめような」
「私そんなのですか!?」
「こんなのだよ?」
「こんなのだろ」
いつまで経っても自覚がねえな。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
雪に覆われた山には道らしい道なんてありやしなかったが、そこは俺もチェリーも歴戦の冒険者である。
目立った道標のないオープンワールドなマップに見えても、なんとなく歩きやすいルートというのはあるもんで、俺たちは素直にそれに従うタイプだった。
もちろん、あえて変な方向に突撃していくタイプもいるし、そういう奴ほど面白いものを発見したりする。
3人で順調に雪道を登っていくと、白い斜面にぽっかりと黒く開いた洞窟が見えてきた。
入れと言わんばかりだな。
「どうする?」
「どこに繋がってるかに寄りますねー。暗いところはできるだけ避けたいですけど……」
幽刃卿のことがあるからな……。
不意打ちのリスクは小さくしたいところだ。
「あっ」
洞窟の入口を見たメイアが、口と鼻を片手で覆うようにした。
「んっ……んー……やっぱり。あの洞窟……見覚えあるかも」
「え?」
「母親の記憶か?」
「たぶん……。ドラゴンから逃げるときに通ったのかな」
メイアの記憶によれば、エルフたちが荒れ狂ったドラゴンたちに襲われ、命からがら逃げてきた――という話だった。
だとしたら、この洞窟を抜けた先にエルフたちの《空中都市》とやらがあることになる。
俺たちは洞窟に近付いて、中を覗き込んでみる。
「やっぱ中は暗そうだな」
「絶好のPKポイントですね」
「迂回するか?」
「できますかね?」
洞窟が開いている山を見上げるチェリー。
雪崩にならないのが不思議なくらいの急斜面で、登って越えるのは不可能だ。
回っていくとしても、ぱっと見、道がわからない。下手にふらふらすると遭難する可能性大。
「わたしなら大丈夫だよ」
メイアが言った。
「ちゃんと警戒するし、二人が守ってくれるでしょ?」
ニコニコしやがって。
そこまで無条件に信頼されるとなかなか荷が重く感じるが、親ってのはそういうもんなのかな。
「……他に道もありませんし、ここで引き返したところで問題の先送りにしかならなそうですね」
「おう……。覚悟、決めてくか」
「レッツゴー!」
メイアの両脇を二人で固める形になって、洞窟に踏み入った。
入口近くこそ、天井からツララがぶら下がっている寒々しい場所で、明かりも外の雪に反射した光が入ってくる程度。
だけど、しばらく奥に進み続けると――
「あれ?」
「意外と明るい……」
入口の光が入ってこなくなったかと思うと、ぼんやりとした明かりが、洞窟全体を包み込んでいた。
かがり火や松明が設置されているわけじゃない。
見たところ光源はどこにもないのに、なぜか明るい。
まるで壁そのものが淡く発光しているかのような、明らかな文明の光だった。
そっと壁に触れてみる。
さっきまではむき出しの岩肌だったのに、今は石のブロックが積み上げられた壁になっている。
「また遺跡か?」
「でも、今までのとはちょっと違う感じしますね……」
「どんなふうに?」
メイアが髪を揺らす。
「うーん……。今までのはボロボロで、いかにも何百年も放置されてましたって感じだったんだけど、ここはあんまり荒れてないような」
「こんな場所、手入れするのにどれだけマンパワーが必要なんだろうな。ってことは……」
「遺跡自体のシステムがまだ生きてるとか?」
つまり、何かしら厄介なダンジョン的仕掛けが待ち構えている公算が大きいってことだよな。
幽刃卿とか関係なく、ただのトラップでやられたってんじゃ笑い話にもならない。
気を引き締めていこう。
さらに進んでいくと、徐々に道が広くなっていった。
トーン……トーン……と長く反響していた足音が短くなっていく。
風が吹いた。
メイアの緑がかった金髪が靡いて、軽く手で押さえる。
「……ここは……」
「広い……」
壁がなくなり、天井が途方もなく高くなっていた。
大空洞だ。
山の中にぽっかりと空いた、巨大な空間だった。
そしてその中に、ぎっしりと都市が敷き詰められていた。
これは……。
これは!
「地下都市だ!」
「地下都市だー!」
「地下都市だぞ、メイア!」
「地下都市だね、パパ!」
「え、なんでいきなりテンションあがったんですか。ちょっとママついていけない」
バカたれ、地下都市でテンションが上がらなくて何がゲーマーだ。
行くぞ探検、漁るぞお宝、見つけ出すぞ旧文明の痕跡!
喜び勇んで入っていきたいところだが、まあその前にいったん落ち着こう。
地下都市。
人の気配は今のところ感じられないが、建物がたくさんあることに違いはない。
つまり、隠れられる場所がたくさんあるってことだ。
あちこち探索したいのは山々だが、あんまり屋内に入るのはやめといたほうがいいだろうな。
「んー……と」
チェリーが望遠鏡で、地下都市の様子を窺っていた。
建物の中に隠れられたら見つけ出すのは不可能だが、モンスターが徘徊してるかどうかくらいはわかる。
「……あ」
「どうした? モンスターいたか?」
「…………いえ。それよりずっとおぞましいものがいました」
「「?」」
苦い顔をするチェリーを見て、俺とメイアは首を傾げた。




