第131話 最前線 飢えた獣が 群がりて 常日頃から 採集戦争
「……落ち着いたみたいだし、改めて説明しようか」
メイアを中心とした突発的なお祭り騒ぎが治まると、セツナはキャンプの中央に集まったプレイヤーたちに向かって言った。
「みんな知ってると思うけど、雪山エリアのすぐ手前に、攻略系の大クランが最低でも3つ進駐してきてる。今はまだ準備段階みたいだけど、じきに動き出すはずだ。彼らにおいしいところを押さえられる前に、最低限の情報共有だけして登山を始まったほうがいいと思う。どうかな?」
おー!! と元気な応えが返った。
人類圏外を活動圏とするいわゆるフロンティア・プレイヤーで、攻略クランに所属していないのは少数派だ。
だからといって、中立キャンプに集まった面々が、肩身が狭そうにしているかといえば、それはノー。
人類圏外を遊び場にできるようなプレイヤーで、攻略クランに誘われたことのない奴はいない。
最近は諦めてくれたみたいだけど、俺やチェリーのところにも勧誘がひっきりなしに来ていたことがあった。
この場に集まっているのは、それらをことごとく蹴り飛ばしてきた人間ばかりなのだ。
攻略クランを出し抜いてやりたくてうずうずしているに決まっている。
「じゃあまずは、僕らが軽く調べてきた、雪山エリアの地形について説明するよ。ろねりあさん」
「はい」
長い黒髪をなびかせて、ろねりあがセツナと入れ替わりに前に出た。
隣にいるチェリーとメイアがにまあ~と気持ち悪い笑みを浮かべる。
「あらあらあら。セツナさんとろねりあさん、なんだかすっかりいいパートナーになってしまって。あらあらあらあら」
「奥さん、あれ、付き合ってますわよ。しれっとした顔で付き合ってるやつですわよ。わたしの勘が言ってる!」
「こほん!」
ろねりあはわざとらしい咳払いで、チェリーとメイアの噂話を打ち消した。
セツナのほうは見慣れた微苦笑を浮かべていて、いまいち表情が読めない。
付き合ってんの?
付き合ってないの?
結局どっち?
「エリアの下のほう――3合目くらいまでになりますが、ざっくりとマップを作ってみました。ご覧ください」
ろねりあの前に、半透明のマップが現れる。
ぐにゃぐにゃした年輪みたいな模様――等高線が書き込まれていて、それを跨いでいくようにして、5本の赤いラインが引かれていた。
「赤いラインは登山ルートです。見ての通り5本あり、それぞれ距離と出てくるモンスターが違います」
確かに、赤いラインには頂上に向かってほとんどまっすぐ伸びるものと、ぐねぐねと曲がってやたらと遠回りになっているものとが両方見受けられた。
近道と遠回り……。
「すべての出現モンスターを調べることはできませんでしたが、おおよそのルールみたいなものは見えたと思います」
「と言うと?」
「近道に見えるルートほど、高レベルで厄介なモンスターが出現するんです」
「なるほどな……。腕に覚えがあれば最短で突っ切れるわけだ」
危険を冒して短い道を行くか、安全を取って長い道を行くか?
「短いほうから、S、A、B、C、Dルートとすると、Sルートを突破した人は、少なくとも私の知る限り、まだいません。モンスターに関するデータをお渡ししますが、行かれる方は相当の苦戦と消耗を覚悟してください」
出現モンスターのデータがろねりあから送られてきたので、さっと目を通す。
「……うっげえ」
「バカ火力とバカ耐久とバカデバフのオンパレードじゃないですか……」
「サウスドリーズ樹海の強化版ってとこだな……」
「パパ~。ここやだ~」
いつも元気なメイアさえも泣きが入るヤバさ。
まだ突破した奴がいないと聞いたときには挑戦心も湧いたのだが、一瞬で萎えてしまった。
こんなところに突っ込むのはマゾだけだ。
他のゲームで例えると、SFCシレンの瀑布湿原とムゲン幽谷を足して2で掛けた感じ。
「ぐぬぬ……。でも突破したらなんかありそう……」
「行くなら一人で行ってくださいね、先輩」
「薄情者!」
でも、今回はメイアもいるし、リスクを取るわけにはいかない。
データを見ていくと、2番目に短い道――Aルートも結構危なそうだ。
Bルートはモンスターの強さこそ普通だが、地形が悪い。死角が多くて不意打ちを受けやすく、メイアの弓が有効に使えない。
安全に行くならCルートかDルートだな。
「メイア。CルートかDルート、行くならどっちがいい?」
「う~ん……」
メイアは首を捻りながらデータを見比べた。
「C、かなあ?」
「どうしてそう思ったの?」
尋ねたチェリーに、メイアは考え考え答える。
「短いし、このデータを見る限り、近接攻撃しかしないモンスターばっかりみたいだから、戦いやすそう。経験値もこっちのほうがおいしいし!」
「ふむ」
俺、チェリー、メイアの3人パーティの特性を考えれば、遠距離攻撃をしてくる奴が少ないのは好都合だ。
厄介な特殊能力を持ってる奴もいなさそうだし、道の長さや経験値量との兼ね合いも考慮に入れると、一番おいしい道だとも言える。
「……まあ、メイアがそう言うなら、ここにするか」
「ですね。これも勉強ってことで」
「え? 何? 何?」
メイアはぱちくりと目を瞬いて俺たちの顔を見た。
おいしい話には裏があるってことだよ。
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裏って言っても、別に難しい話でもなければ珍しい話でもない。
俺たちから見ておいしい道だと判断できるなら、他の連中から見てもそうだってだけの話だ。
Cルートは多くのプレイヤーでごった返していた。
「……わあ……」
緩やかな坂になった幅広の山道。
その至る所で、3人から6人くらいのパーティがモンスターと戦っている。
なんだか花見の会場みたいだな。
「MAOには上級者向けのインスタンス・ダンジョンがありませんからね。この辺りでは誰も彼もが、効率的な狩り場に飢えてます」
「ついこないだまでは、レベリング効率がかなり絞られてたから、だいぶ自由だったんだけどな。その制限もなくなって、経験値に飢えた獣が群がってきてる。人類圏外のデスペナルティは経験値も持って行かれるし、ほどほどの難易度の狩り場が一番人気になるのもいつも通りだ」
「うー……! 人類悪めぇ……!」
誰に教えられたんだその言い回し……。
人間の際限なき欲望に呪いをかけるメイアを連れて、バトル中のパーティに近づかないようにしながら山道を抜けていく。
「メイア。狩りのときのマナーは覚えてるな?」
「他の人が戦ってるモンスターには手を出さない。それと、自分が戦ってるモンスターを他の人に押しつけない!」
「そうそう。よく覚えてたね」
「えへへ」
厳密に言えば、横殴り禁止のマナーは、MAOではそれほど厳しいものじゃない。
というのも、横殴りした奴が削ったHPの量によっては、ただ手伝っただけになってしまうからだ――具体的には3分の1削らないと何の意味もない。
3分の1を超えたとしても、ドロップ品の入手権は横殴りされた側にあるので、まあ、あんまりトラブルにはならないのだ。
一応、削ったHP量によっては経験値配分が変わってくるから、やらないほうがベターではある。
「まあこの調子だと、モンスターには見向きもされなさそうだが……」
ポップするモンスターの数は有限だ。
インスタンス・ダンジョンでもない限り、そこから得られる経験値は他のプレイヤーとの奪い合いになる。
それは基本的に早い者勝ちで、遅きに失すれば、もちろん分け前はゼロだ。
「でも、どっかのクランに牛耳られてるって感じでもなさそうでよかったな」
最悪、検問張られて入れないまであると思ったんだが。
「そんな悪質なことをするのは媚び媚び姫のところくらいですよ」
「いや、結構優良クランだろ、あいつらは……。態度が偉そうなだけで」
あれだって単なるロールプレイだしな、騎士の。
俺たちの話を聞いて、メイアが不思議そうな顔をする。
「牛耳られてるってなに? 他の人を締め出しちゃうクランなんてあるの?」
「ふっ……あるんだな、これが……」
「その辺がちゃんと管理されてるプレイヤー国家ならいいですけど、人類圏外は無法地帯ですからねー」
「むほーちたい……」
メイアはいまいちピンときていないらしかった。
家族旅行のときは、そういうMMORPGの闇みたいな部分には触れさせないようにしてたからなあ。
「もしそういう悪いプレイヤーに出くわしたら無視しないとダメだよ、メイアちゃん」
「えー? 恋狐亭に来るみんなは優しいよ?」
「あそこにたむろしてるのは特別に頭がおか――げふん、気のいい人たちなの。あれが基本だと思っちゃダメ」
「んー、わかった……」
メイアは眉を曇らせる。
MAOはVRMMORPGとしてはかなり治安がいい部類に入る。
その中でも頭がおか――げふんげふん、気のいい連中とばかりつるんできたから、メイアには想像が難しいのかもしれない。
何事にも、光と闇があるのだ。
そして、人が多く集まれば集まるほど、その陰影が深くなるのだと、メイアはまだ知らないのだった。




