第130話 オタサーの姫は専売特許にあらず
久しぶりにやってきた呪転領域には、抜けるような青空が広がっていた。
「あれ? 思ってたより綺麗なとこだねー」
メイアが風になびく金髪を押さえながら空を見上げる。
木々が緩やかに波打って、葉擦れの音が広がった。
「樹海エリアと渓流エリアが解放されたからだな」
「どうも呪転領域そのものが、だいぶ奥まで後退したみたいですね」
「そっか……」
メイアはどこか感慨深げに呟く。
実の母親たちが為す術もなかったことが、長い時間の果てに、こうして俺たちの手で解決されつつある。
そのことに、何か感じるものでもあるのだろう。
「雪山エリアはまだまだ奥だ。さっさと行こうぜ」
以前、呪転領域における攻略拠点――前線キャンプは、入ってすぐのところにある岩山の上に築かれていた。
が、今はそっちには行かなくていいみたいだ。
その岩山の麓に、見覚えのないトンネルができている。
「うわあ。いちいち岩山登るのがめんどくさいからってトンネル掘っちゃったんですね」
「おおー」
「大きさはさほどでもないけどな。これじゃ汽車は通れないか」
そもそも人類圏外じゃあ、モンスターの襲撃が激しすぎて、線路の敷設工事はかなり難しい。
前線キャンプだけなら守りようもあるが、線路となると広範囲に渡りすぎるからな。
等間隔に設置された松明で照らされたトンネルを抜ける。
と、出口のそばに小屋がいくつも建っていた。
貸し馬屋だ。
馬に乗ったプレイヤーたちが、次々に馬に乗っては、正面の道を走っていく。
「雪山まではそれなりに距離があるみたいですね」
「ああ。それに、この分だとかなりプレイヤーが集まってるみたいだな」
「主要攻略クランがそれぞれ別個に前線基地を作ってるって話ですから」
「パパー! 二人乗りしよー!」
「ん? ああ、いいけど……」
「えっ!? 私、仲間外れですか!?」
「三人乗りはさすがに無理だろ」
なんやかんやあって、結局、一人一頭ずつ馬を借りることになった。
貸し馬屋も大量に建ててあるし、馬が足りなくなるってことはないだろう。
踏み固められた道を馬で走り抜けていく。
道路で言ったら八車線くらいありそうな広い道で、両脇には3メートルほどの高い柵が立ててある。モンスターの侵入を防止するためだろう。
柵の向こうには樹海エリア、および渓流エリアが広がり、レベリングに勤しんでいるパーティがときおり見受けられた。
モンスターの姿も、呪転状態から本来の姿になっているようだ。
「ひえー。結構遠いね」
メイアが慣れた手つきで手綱を操りながら、遠くに聳える雪山を見やる。
馬の乗り方は、家族旅行の最中に俺たちが軽く教えた。
道をずっとずっと行った先に、白い雪に覆われた山がある。
その山の上空だけに、禍々しい黒雲が立ち込めていた。
おそらく、あの山の頂上にあるのが、エルフたちが暮らしていた《空中都市》――
メイアの両親の故郷だ。
山の上部は禍々しい黒雲に突っ込んでいて、頂上を見ることはできなかった。
その麓には、まだ小さくではあるが、別々の位置に屹立するいくつもの櫓と、その上にはためく旗が見える。
クラン旗だろう。
要するにクランのシンボルで、クランメンバーの支援を目的とした前線キャンプなどには、ああして旗が立てられるのだ。
ここからでも最低4つのクラン旗が見えるが、あの下にそれぞれ、MAOで選りすぐりの攻略クランが自分の基地を構えているわけだ。
「――あ! あの旗……!」
クラン旗のマークがよく見えるようになってくると、とあるクラン旗を見てチェリーが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「うわー。あのキャンプ、真っピンクだよ! すっごー」
「見ちゃいけません!」
「えー」
言うまでもなく、《聖ミミ騎士団》の前線キャンプだった。
自己主張がすげえ。
キャンプの中に、なんかやたらとデカい建物がずおーっと建ってるなと思ったら、どうもUO姫の姿をかたどった巨像らしかった。まだ建立中のようだが、胸と腰の曲線に職人の魂を感じる。
あいつら、ここに何しに来てんだ。
「わあ、でっかいミミお姉ちゃんだ。そういえばしばらく会ってないなー」
「行ってみるか? たぶんチェリーだけ追い出されるが」
「絶対ダメ! ダメですっ! メイアちゃんとは金輪際会わせません!」
「えー? わたし、ミミお姉ちゃん、好きだけどなー。お願いしたら何でも買ってくれるの」
「おばあちゃんかよ、あいつ……」
「私たちの見てないところで手懐けようとしてたんですね……!」
「あと、『ママ』って呼んであげるとお願いしてないものでも買ってくれたよ!」
自分が手懐けられてんじゃねえか。
「あ、それと、『弟か妹が欲しかったらパパとミミにお願いしてね』って前に」
「方針変更! 今からあの女殺しに行きましょう!!」
「どうどう!」
ヒヒーンと興奮したチェリーの馬を宥める俺。
情操教育に悪い奴しかいねえな、俺たちの周り。
不要な衝突を避けるためにも、聖ミミ騎士団のキャンプとは違う方向に馬を走らせていく。
しばらくすると、大規模な攻略クランの手になる他のキャンプと比べると明らかに見劣りする、こじんまりとした拠点が見えてきた。
はためく旗は中立を主張するものだ。
どこのクランに入ってなくても使える前線キャンプである。
その中に馬を入れて、駐輪場ならぬ駐馬場に――と思ったら、スペースが空いてなかった。
仕方ないので、キャンプの前に生えている木に繋いでおく。
他にも駐馬場からあぶれた馬が10頭以上あった。
「マジで人多くないか?」
「ダ・モラドガイアの討伐競争になったときよりも多いかもですね……」
あのときは急だったからな。
第六闘神ことジンケの介入もあって、予想に反してたった一日で攻略されたから、本格的に人が集まる前に終わってしまった感じだった。
「呪転領域の攻略は、なんだかんだでもう二週間以上かかってる。ネット上の攻略情報が固まるのに充分な時間だ」
「そのうえ、この前のアップデートで、ナイン山脈全体のレベリング効率が上がりましたからね。私たち最前線がぐだぐだやってる間に、すぐ後ろまで来てた人たちが追いついてきたわけですか……」
それプラス、……俺はメイアを見た。
「メイアっていう珍しい存在もいるからな。興味を惹かれる連中も多いか」
「運営からアイドルデビューの話が来たときは驚きましたよねー。しかも私も一緒にって。まったく困ったものです。えへへへ」
「わたしとママが可愛すぎるのがいけないんだよ~! えへへへ」
もちろん俺が止めたのである。
こいつら二人が親子アイドルになって歌うとか、俺の全身から嫌な汗が出まくってミイラになること間違いなしなのである。
それに、UO姫辺りが謎の対抗心を燃やしてややこしいことになりそうだったし。
「まあまあ、そんなに渋い顔をしないでくださいよ、可愛すぎる後輩を独り占めしたい先輩?」
「そうだよ。ちゃーんとなかったことになったんだから。ね? 可愛すぎる娘を独り占めしたいパパ?」
「……うるせーッ!! あの場限りの方便をいつまでもネタにしやがって!!」
「「きゃーっ♪」」
周囲の人間の厄介な部分ばかりを吸収して成長した娘に、忸怩たる思いを禁じ得ない俺である。
ふざけて腕を絡めてくる二人を引きずるようにして前線キャンプに入る。
と、真ん中の広場で見覚えのある連中を見かけたので、そっちに近寄った。
集団の真ん中にいたイケメンが俺たちに気付いて苦笑する。
「両手に華……って、言ってもいいのかな、それ?」
「どうも、華です」
「華でーす♪」
「解釈は任せる……」
セツナは「あはは」とどこか労わるような微苦笑を漏らした。
そうだぞ、大変なんだぞ、こいつらの相手。
メイアの姿を見て取るなり、セツナの周囲にいた連中がおおっとどよめいた。
「ヴォーッ! メイアちゃーん!」
「俺だーっ! こっち見てーっ!!」
「今日も可愛いよーっ!!」
「いえーい! みんなー、げんきー!?」
「「「げんきーっ!!」」」
メイアが明るく笑って手を振ると、男たちが飛んだり跳ねたり咽び泣いたり、クライマックスのライブハウスみたいになる。
別にわざわざプロデュースしなくても、普段、恋狐亭にたむろしてる連中の間じゃあナチュラルボーン・アイドルなんだよな、メイアは。
メイアは緑がかった金髪を翻してくるくると踊り始める。
男たちは声援を通り越して、一緒にその場で踊り狂った。
海賊みたいな野太い歌声が前線キャンプに響き渡る。
あっという間に沸騰した謎テンションに、俺は見事に置いていかれた。
「なんつーか……こうして見ると、人のこと言えねえよな」
「はい? 何がですか?」
「俺ら、中心がメイアにすげ替わってるだけで、UO姫んところとやってること変わんなくねえかっていう」
「……ハッ!?」
酒でも入ったようなテンションになった一部のプレイヤーが凄まじいスピードでメイア像を建立し始めるのを見るにつけ、俺の確信はますます深まることとなったのだった。
 




