第129話 教育の方向性で意見が食い違う
マウンテンゴブリンの額に光の矢が突き刺さり、バシィッ!! と気持ちのいいクリティカル音が炸裂した。
倒れ伏した死体がぼうっと紫の炎に包まれる。
これでこの部屋のモンスターは全滅だ。
「あっ!」
同時に、トドメを刺したメイアちゃんが声を上げた。
私は訊く。
「上がった?」
「上がった!」
すぐに弾んだ声が返ってきた。
先輩が魔剣フレードリクを背中の鞘に納めながら、
「これでレベル100だな」
「意外と早かったですね」
「うん。パパ、ママ、ありがとう!」
メイアちゃんが14歳の姿になって数日――
私たちは、MAOプレイヤーとして持てる知識の限りを尽くし、メイアちゃんのレベルを上げていた。
どうも彼女にはレベルアップ効率に若干のボーナスがついているらしく、羨ましくなるくらいトントン拍子にレベルが上がっていった。
そして、ついにレベル100―――
私たち古参の上級者と同等にまで達したのだ。
メイアちゃんはメニューウインドウの前で指先をさまよわせる。
「うーん。ポイントどこに振ろうかな」
「AGI」
「MAT」
私は先輩と睨み合った。
「すべての基本はスピードだろうが! メイアの戦闘スタイルから考えてもAGI極振り一択だろ!」
「過ぎたるは及ばざるが如しって言葉知ってますか!? AGIに極振りなんてするのは先輩だけなんですよ! そのぶん火力に振ったほうがいいに決まってます!!」
「効率厨が!!」
「スピード馬鹿よりマシですぅー!!」
「DEXにしよーっと」
メイアちゃんはしれっとウインドウを操作した。
レベルアップのたびに似たようなやりとりを繰り返しているので、いい加減慣れてしまったらしい。
意見を訊いてくれなくなったのは寂しいけど。
「……ともあれ、これで私たちがそばについてなくても大丈夫ですね」
「おう。100もあれば自衛くらいは余裕だろ」
今のところメイアちゃんの専用クラスである《エルフ》は、通常よりも強い補正値がついている、いわゆる《禁止級クラス》だ。
《禁止級クラス》という通称は、アグナポットでのランクマッチや多くの対人戦大会で使用が禁じられていることに由来する。
合計補正値8.6以上のものを指し、先輩の《魔剣継承者》や火紹さんの《巨人》もこれに該当する。
先輩が《RISE》という大会に出たとき、愛剣である魔剣フレードリクを使えなかったのはこれが理由だ。
私も含めて、人類圏外を主な活動圏にしているプレイヤーは大体みんな禁止級使いである。
それほど敵が手強いということだ。
《槍兵》だの《拳闘士》だの、普通のクラスで当たり前のように無双していたジンケさんが例外なのである。
そういうわけで、強力な《エルフ》クラスを有し、レベルも充分に上がったメイアちゃんなら、現在、最も人類圏外に近いエリアであるナイン山脈で暮らしていても、そうそう危険なことにはならないはずだった。
「呪転領域の攻略に合流できますね、先輩」
「ずいぶん長いことセツナたちに任せっぱなしにしてたからな。遅れを取り返そうぜ」
「そろそろホワイトデーですけど、それまでに終わるといいですねー」
「あっ」
先輩があからさまに『忘れてた』という顔をした。
知ってた。
先輩、記念日とか絶対覚えないタイプだし。
私から積極的に催促しないとお返しは期待できない。
「あー、クッキーが食べたいなー。気付いたら鞄の中に忍ばせてあったりしないかなー。メッセージ付きのやつー」
「んぐっ……! お、お前、俺にあれをやれと……?」
バレンタインのアレは、私だって結構勇気を出したんだから、先輩にも同じくらい勇気を出してもらわないと割に合わない。
「ねえねえ、ママ。ホワイトデーってなに?」
ステータスポイントの振り分けを終えたらしいメイアちゃんが、興味深そうな顔をした。
「んー、そうだなあ……。男の人がなんでも言うことを聞いてくれる日、かな?」
「えっ! ほんと!? なんでも!?」
「おい! 適当なこと吹き込むな!」
いずれにせよ、ナイン山脈の攻略がひと段落しない限りは、先輩もホワイトデーどころじゃないだろう。
今のところホワイトデーイベントも告知されていないし、しばらくはクロニクル・クエストの攻略に集中することになりそうだ。
気持ちよくクリアしてから、みんなでパーティでもやりたいところである。
……もちろん、メイアちゃんも一緒に。
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「わたしも行くよ!」
メイアちゃんを恋狐亭に置いて呪転領域に向かおうとした私たちだったのだけど、メイアちゃんが強弁して聞かなかった。
14歳になってだいぶ落ち着いたけど、たまにこうしてわがままを言うことがある。
そういうところも可愛いと言えなくもないけれど、困ってしまうことに変わりはなかった。
「えー、っとね、メイアちゃん。人類圏外だよ? すっごく危ないんだよ?」
「知ってるよ。でも、わたし、強くなったでしょ?」
確かに、彼女は強くなった。
弓による狙撃力は言うに及ばず、剣術のほうも、先輩から1本取れることがあるくらい。
フロンティアプレイヤーに混ざっても遜色のない実力であることは、育てた私と先輩が誰よりも知っている。
「……あのな、メイア」
先輩が珍しく難しい顔をして、メイアちゃんに言い聞かせた。
「強くなったと思ってるなら、なおさら危ない。一番油断しやすい状態だからな。いつも言ってるよな? お前は俺たちと違って、死んで復活できるかどうかわからないんだ」
「……うん。でも」
決然とした瞳で、メイアちゃんは先輩を見つめ返す。
「呪転領域の奥に……あるんだよね? わたしの本当のお母さんとお父さんが生まれた場所が」
……六衣さんによれば。
かつてエルフたちが住んでいた《空中都市》とやらは、『ここから北にある山の上』に存在したという。
その山とやらに該当しそうなのが、呪転領域最奥にある雪山だ。
雪山エリアの攻略によって、私たちはたどり着くかもしれない。
かつてエルフたちが暮らした《空中都市》――メイアちゃんの故郷に。
「行ってみたいの。お母さんたちが暮らしていた場所に……」
物心ついた頃から私たちプレイヤーと一緒にいて、リアルとMAOを行ったり来たりしていた彼女は、この世界がゲームであることを当たり前の常識として知っている。
しかしそれは、彼女の中でこの世界の価値が低くなるということではない。
生まれた世界が作り物だとしても、途端にすべてが虚構になったりはしないのだ。
創造主を信じる宗教者たちは、だから世界は紛い物だとは言わない。
『どうせ作り物だ』と嘯くのは、常に作った側の世界の人間で、そして常に、その世界を知らない外野だけ。
世界の最小単位が素粒子だろうとプログラムだろうと同じこと。
本物かどうかを決めるのは、世界に対する自分の捉え方だけだ。
そしてメイアちゃんが、実の母親が暮らした場所に行ってみたいと心から言っている。
だったら私たちには、それをむげにすることはできない。
「うーん……」
などと小難しいことはまったく考えていなさそうな先輩は、困ったような顔をして首筋の辺りをさすった。
先輩は基本的に、現実とゲームの区別があんまりついていないのだ。
「……俺たちが解放してからじゃダメか? たぶんポータルも開くと思うけど」
「ダメっ!」
先輩に詰め寄って、メイアちゃんはむーっと頬を膨らませた。
「だって楽しそうだもん、雪山! パパたちだけずるいっ!」
「えー……」
「そっちが本音なんですか……」
私たちみたいなのが周りにいる環境で育ったからか、ナチュラルにゲーマー思考なメイアちゃんだった。
「もしわたしだけ置いてったりしたら、もうパパとお風呂入ったげないから」
「えっ? 入ってるんですか!?」
「入ってねえよ! 風評被害!」
「ほっといたら被害が広がることになるからね!」
「くっ……! 母親からの悪影響が……!」
「私のせいですか!?」
こんな脅迫まがいのこと、私だって2日に1回くらいしかしないのに!
「ああもう、わかったよ! ただし、絶対に前衛には出るな。それとブクマ石を常備して、少しでも危なそうだと思ったら即刻逃げること! これを守れないなら連れていかない! いいな!」
「パパ大好きっ!」
先輩にぎゅーっと抱きつくメイアちゃん。
見た目の歳はだいぶ近くなった二人だけれど、一応親子関係なので、いやらしさはまったくない。
娘という立場はかように便利なのだ。
言うまでもないけれど、羨ましくなんてない。




