第126話 最強カップルのVR家族旅行:闘技都市アグナポット
現在のMAOプレイヤーが一番メインの活動圏としているフォンランド地方――ムラームデウス島の南部から南東部にかけて広がるこの地域のおおよそ真ん中辺りに、その街は存在する。
闘技都市アグナポット。
とあるプロ格闘ゲーマー団体が管理運営しているこの街は対人戦の聖地と呼ばれ、対戦ゲームとしてのMAOはほぼこの街の中だけで営まれる。
街の東西南北と中央に計5つの闘技場が存在し、そこの設備を使うことで、ランクマッチだのフリーマッチだのフレンドマッチだのができるようになっているのだ。
とりあえず、機関車の駅から一番近い場所にあるサウス・アリーナに寄ってみた。
「おおー! 人がいっぱい……」
サウス・アリーナのロビーは大勢のプレイヤーでごった返していた。
あちこちに置かれたテーブルで飲み食いしながらダベっている奴もいるし、モニターに映った対戦映像を見ながらぶつぶつと何か議論している連中もいる。
「対戦を見るのも勉強ですよね。特にメイアちゃんは、まだ近接戦のほうが怪しいですし」
「近付かれたら何にもできねえってのはちょっと危なすぎるしな。その点、ここは近接戦闘に長けた奴の対戦をいくらでも見物できる」
観光の合間合間にレベリングを挟み、メイアのレベルは30程度にまで上がっていた。
射程が半端じゃねえからちょっと格上のモンスターでも軽く仕留められるが、近接での剣術はまだかなりたどたどしい。
俺も教えてはいるのだが、どうにも俺は人にものを教えるのがあまりうまくないらしかった。
見るものすべてが新鮮らしいメイアは、ロビーの中をきょろきょろと見回して、壁の上のほうにあるモニターに目を留めた。
「パパ。あれなにー?」
「あん? ……ああ。あれはリアルタイムランキングだな」
「りあるたいむらんきんぐ?」
「たった今、現在進行形で、勝ちまくってる奴の名前があそこに映るんだ」
厳密には、二つあるランダム対戦モードの一つ――ランクマッチで連勝している奴があそこに載る。
もちろん、高いランクでの連勝のほうが価値が高いので、今もリアルタイムランキングに載っているのは一番上のランク――《ゴッズ・ランク》のプレイヤーばかりだ。
知っている名前がないかさっと確認してみたが、
「……知ってる奴はいなさそうだな」
「いやいやよく見てくださいよ先輩。5位の人、《RISE》に出たときに試合で当たりましたよね?」
「あん? そうだっけ?」
「相変わらず人の顔と名前を覚えない人ですね……。あのときも、名前覚えてなくて怒らせたーって落ち込んでませんでした? あれはジンケさんでしたっけ?」
「ああ……あったな、そんなことも……」
《RISE》という対人戦大会に出場したときに、あのプロゲーマーのジンケと会場でばったり会ったんだが、俺はあいつの顔をさっぱり覚えていなかったのだ。
同じ成績で予選を抜けた間柄だったというのに。
『なんで覚えてねーんだテメー』って顔で睨まれた……正直すまんかった……。
「なになにー? 《らいず》ってなにー!?」
メイアが俺たちの話に興味を示して目を輝かせる。
そうだな。アグナポットに来たんならその話をするか。
「じゃあ、ここは人が多いですし、とりあえず対戦室に入っちゃいますか」
「だな」
アリーナで対戦をするためには、対戦室という個室に入る必要がある。
かなり快適な空間なので、別に対戦目的じゃなくても溜まり場として使ったりすることがよくあった。
壁に備え付けられた超大型モニターと、その正面に置かれたソファー。
モニターの反対側には大きな窓があり、外の風景は設定によって自由に変えられる。
「メイアちゃん、どれがいい? これが『夏休みの田舎』でー」
「山だー!」
「これが『地中海のそばのホテル』でー」
「海だー!」
「あ、こんなのもあるよ。『吹雪の山荘』」
「雪だー!」
チェリーとメイアが窓の外の風景をパチパチ切り替えて遊んでいた。
最後のは殺人事件が起きるやつだろうが。こんや12じだれかしぬ。
壁のモニターにランクマッチの対戦をランダムに映しながら、俺たちはソファーに座って《RISE》に出場したときの話をメイアにした。
あのときのことは俺的には苦い思い出なんだが、こんな風にメイアに聞かせられたなら、結果オーライというところだろう――条件は違ったとはいえ、一応リベンジも果たしたしな。
「パパとママ、いっしょにとーきょー? 行ったんだー」
「ああ、まあな。……まさかこいつがついてくるとは思わなかったけど」
「セコンドの私が現地に行かなくてどうするんですか!」
「そのときにわたしができたのー?」
「「ごっぶぁ!?」」
ナチュラルに放り込まれた質問に、俺とチェリーは盛大にせき込んだ。
「だっ……誰ですかっ!? そんな言葉教えたの!!」
「レナおばさんが、『隙あらばこう訊いて!』って」
「レナさんんん~……!!」
やっぱあいつ情操教育に悪いよ!
「まったく……確かにあのときは、先輩にホテルに連れ込まれましたけど」
「人聞きが悪すぎるだろ! あれはお前がネカフェに泊まるとかとんでもねえことほざきやがったから、仕方なく俺のホテルに泊めたんだろ!?」
幸い一人部屋だったし、ベッドもかなり大きかったのだ。
寝不足で負けたらどうしようと心配で仕方なかった。
「えへへ~」
なぜかメイアが嬉しそうに笑う。
「パパとママ、その頃から仲良しさんだ~」
……俺たちが仲良しなのがそんなに嬉しいんだろうか。
仕方ない。
メイアの前では仲良くしておくか。
それからも思い出話は続き、俺が惜しくも敗退したところまで話し終わると、メイアは唐突に言った。
「パパが闘ってるとこ見たーい!!」
……そういうわけで、久しぶりにランクマッチに潜ることになったのだった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
対戦室の奥にあるマッチング・ルームに、メイアとチェリーの声がスピーカー越しに響きわたる。
『あっ! パパの名前出たー!』
『10位になりましたよ、先輩!』
ちょっとやるだけのはずが、もう10戦以上やってしまっていた。
気付けばリアルタイムランキングにまで載ってしまう始末。
この辺りでやめとくべきでは? と思った俺だったが、そうは問屋が卸さないらしい。
『うわ。先輩、もう噂になってますよ。「ケージがランクマッチに出た」って』
「なんでレアモンスターみたいな扱いになってんだ!」
『パパ、レアモンスター!』
『先輩をいてこましてやろうって人たちが大勢集まってるみたいですよ。大人気ですね、先輩?』
大不人気だろ。なんで普通にランクマッチ潜っただけでいてこまされなきゃなんねえんだ! だからやだ対人戦!
『ふふふ……メタろうったってそうは行きません……。先輩、VITからMDFに45ポイント振り直してください』
「お前もなんで本気になってんだよ!」
それから、大人げなく相性有利な戦法をぶつけてくる挑戦者どもを、チェリーの指示に従って千切っては投げ千切っては投げた。
しかし、ここはアグナポット。
常日頃から熾烈な闘いを繰り返す戦闘狂どもの巣窟――中にはいるものだ、真の猛者ってやつが。
何十連勝か重ねた末にマッチングした《プラム》というプレイヤーに、俺は僅差で負けた。
「ありゃー、リベンジされちゃいましたね、先輩」
マッチング・ルームから出てきた俺にチェリーが言う。
「あん? リベンジ?」
「やっぱり覚えてませんか。先輩が《RISE》本戦の2回戦で負かした人ですよ、今の」
「2回戦? ……あっ!」
思い出した! あの槍使いの女の子か!
「……なんか急に悔しくなってきた……!!」
「SNSもロビーのほうも、まるでラスボスを倒したかのような祝勝ムードなので、今日はここらで引き上げましょう。……しかし、彼らはやがて思い出すことになるでしょう。光がある限り、闇は消えないのだということを……」
「マジでラスボスにならなくていいから」
闇になったつもりはねえよ。
「楽しかったー!!」
……まあ、メイアが満足そうなので良しとしよう。
俺は彼女の頭を撫でながら、
「次は自分でやってみたら面白いと思うぞ。まあ、《エルフ》のクラスは使えないから、いろいろ準備しないとだが」
「うん! わたしがパパのかたきとる!!」
パパ死んでないぞー。
――という感じで、アグナポットの滞在は終わった。
次に目指すのは、フロンティア・シティ。
そう。
俺とチェリーの家だ。
 




