第125話 最強カップルのVR家族旅行:ドットアート・シティ→鉄道都市ストックリントン
「――あったあった! ここよ、ムラームデウスへの帰り道!」
森の中に姿を現した洞窟を延々と進んでいくと、妙に明るい一角に突き当たり、その一番奥がぐにゃぐにゃと歪んで見えた。
スカノーヴスの森から、この精霊界に入ってきたときにも見た、空間の歪み。
パラレル・ユニヴァース間を移動する扉だ。
「世話になったわね、あなたたち! 感謝するわ! わたしがニンゲンにお礼を言うなんて滅多にないんだから、末永く記憶に刻んでおくことね!」
精霊の女の子は最後まで相変わらず、ナチュラルに偉そうな態度だった。
1日にも満たない縁だったけれど、この態度にもとっくに慣れてしまった。
「あなたは……これから、どうするんですか?」
私が訊くと、精霊少女は「わたし?」と眉を上げる。
「いつも通りよ。王子を探しに行くわ」
「王子……ですか?」
「そ。わたしたちの王子様、もう長いこと行方不明なの。まったくどこに行ったんだか」
はあやれやれとばかりに肩を竦めて首を振る精霊少女。
精霊の王子様、か……。
そういえば、王族近衛隊とか名乗ってたっけ?
メイアちゃんがてっと精霊少女に駆け寄って、じっとその顔を見上げた。
「……また会える?」
精霊少女はにこーっと明るく笑って答えた。
「きっとね!」
私、先輩、そしてメイアちゃんは、それぞれに精霊少女に別れを告げて、空間の歪みの中へと入っていく。
この不思議な異世界――精霊界とも、これでお別れ。
次に訪れるのは、いつのことになるんだろう?
私たちに手を振ってくれる精霊少女の姿が、歪んでいくのを見ながら――
――そういえば、名前を訊くのを忘れたな、と思った。
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気付くと、私たちは薄暗い洞窟の中に立っていた。
「……んん? 移動してなくねえか?」
「よく見てください、先輩。向こうから光が射し込んでます!」
精霊界のほうでは入り組んだ洞窟を奥まで入っていったから、日光なんか射さなかった。
3人で洞窟の外に出ると、そこは一面緑の草原だった。
風に靡く髪を押さえながら、私は辺りを見回す。
向かって右に、お団子のように三つ重なった変な岩があった。
「あ……私、ここ見覚えあります。エムルから西に何キロか移動した辺りですよ」
「ああ、俺も覚えてる。……帰ってきたんだな」
ちょっとした小旅行のはずが、まさかいきなり異世界に行くことになるなんて。
少しばかり感慨に浸っていると、くうう~っと可愛らしい音がメイアちゃんのお腹から鳴った。
「うう~……」
メイアちゃんが恥ずかしそうに顔を赤くしたのを見て、私たちは笑う。
「それじゃ、いったんエムルに戻ってご飯にしましょうか」
「それから改めて再開だな。セツナたちに進捗聞いておくか」
こうして、私たちは家族旅行を再開したのだった。
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MAOバージョン3の最大の特徴は、プレイヤーによって様々な街や建物を好きに作れるという点にある。
最前線に砦や防壁がすごいスピードで作られていくのもその一環だし、恋狐温泉だってかつてはただの断崖や森だった。
モンスター襲撃のリスクが大きい最前線ですらそうなのだから、比較的安全な後方では、より職人的な建築物を見ることができた。
「坂、なげえ……」
「もうちょっとですよー! リアルじゃないんですからへばらないでくださいよ、先輩」
「心理的に疲れてくんだよ……」
「パパ、早くーっ!」
げんなりしている先輩の手を、メイアちゃんがぐいぐいと引っ張っていく。
せっかくなので私も参加した。
「わーかった! わかったから! 二人で引っ張るなって!」
メイアちゃんと二人して先輩の腕を引っ張りながら坂道を登り切ると、そこは展望台だった。
他の観光プレイヤーたちが、柵の前でわいわいスクショを撮ったりしている。
私たちもその中へと入っていって、柵の手前まで来た。
眼下に見えるのは、山の麓にある街の姿だ。
色とりどりに塗られた屋根がモザイク模様を作っていて、それが――
「わー!? パパ、ママ! 女の人がいるよー!?」
「あっ! ちょっ! 危ねえって!」
柵に身を乗り出したメイアちゃんを、先輩が慌てて捕まえる。
そう。
この街は通称《ドットアート・シティ》。
家々の屋根が超巨大なドット絵を作っている街なのだ。
描かれているのが、有名な絵画とかではなく金髪の美少女イラストだというのが何ともアレだけれど、MAO有数の観光スポットであることに違いはなかった。
「これが1ヶ月足らずでできたってんだから人間ってすげえよな……」
「ゲームだからこそですけどね。リアルなら何年も何億円もかかってますよ」
「スクショ撮ろー! スクショ!」
写真に撮られるのがあまり好きではない先輩だけれど、メイアちゃんの頼みは断らない。
金髪美少女のドット絵をバックに、3人揃って写真に映る私たち。
できあがったスクショを見て、私は「うーん」と唸った。
「バックのドット絵が霞んじゃってますね。私が可愛すぎて!」
「よく言ったなお前! 二次元美少女とガチで張り合うのお前くらいだぞ!」
「わたしも、わたしもー!」
「そうだねー! メイアちゃんも可愛すぎるね!」
「二人いた……」
そんな心温まる家族のやり取りがあった。
メイアちゃんに隠れてこっそり、
「先輩も、たまには素直に『可愛い』って言ってくれてもいいんですよ?」
「お前がカッコいいって言ったら考えるよ」
「カッコいいです、先輩」
「…………」
「――の装備」
「今さら引っかかるか! そんなのに!」
なんてやり取りもあったけれど、まあこんな日常会話は特筆すべきことじゃない。
一瞬嬉しそうにしたくせに。
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ムラームデウス島に走る蒸気機関車は、すべて《鉄オタギルド連合》という団体が管理運営している。
その名の通り、鉄道好きのクラン(が正式名称だけど、ギルドと呼ぶ人もいるのだ)がいくつか集まった団体だ。
その本拠地は教都エムルからずっと北西――フォンランド地方とセローズ地方の境界あたりにあり、一部の人たちにとっては垂涎の、普通の人たちにとっても見応えのある奇矯な街並みをしていた。
「ふわー。線路がいっぱい……」
メイアちゃんが呆然としたような声を漏らす。
ガタンゴトンガタンゴトン、という音に、四方八方から包み込まれていた。
《鉄オタギルド連合》――略して《鉄連》の本拠地、《ストックリントン》には、街の至るところに線路が張り巡らされているのだ。
もちろん、その上には実在の汽車や電車を模した車両が走り回っている。
その張り巡らされっぷりといったら、高架線路が3つか4つ交差しているのが当たり前になっているほどだ。
歩いて移動したくても、踏み切りなんか使っていたらほんの100メートル進むのにも30分くらいかかってしまう――そういうわけで、歩行者はもっぱら歩道橋を使って街の中を移動するのだ。
だけどそのために歩道橋を増設していったら、高架線路と相まって街中がますます立体的になってしまい、気付いたときにはSF漫画の未来世界みたいな光景が出来上がっていたのだった。
「今まであんまり来なかったけど、街サイズに巨大化した鉄道カフェって感じだよな……。あれだけの鉄道を走らせまくるリソースはどこから補ってんだ?」
「ここはセローズとの境ですからね。ずーっと戦争特需ですよ」
セローズ地方は、今のMAOで最もRvR――すなわち戦争が絶えない地域なので、常日頃から各国家が貨物列車を使ってどんどこどんどこ資材を大量搬入している。
この街はその中継地点に当たるので、何にもしなくても大量のお金が手に入ってしまうのだった。
「そういや今、セローズのほうはどうなってんのかな。あそこ、いつまで戦国時代やってんの?」
「《セローズ宣戦王》でしたっけ? あの人がいる限りずっとじゃないですか?」
「《セローズ宣戦王》って、このまえ領土なくしてなかったっけ……」
「それ、もう7回目くらいですよ」
「もはやセローズ地方のラスボスみたいになってるよな。戦国BASARAの織田信長みたいな」
まあ現状、RvRがやりたい人はセローズ地方に行くしかない状態だから、このままでいいのかもしれない。
戦争をやりたい人たちが、うっかりPKクランの国にでも流れようものなら、お遊びでは済まない本気の戦争が始まってしまう。
歩道橋の端に集まって通り過ぎる汽車をバシャバシャ撮りまくっている撮り鉄の方たちに混ざり、メイアちゃんがぴょんぴょん飛び跳ねている。
「おおーっ! かっこいいーっ!」
「おおっ!? わかるか、お嬢ちゃん!」
「見よ、あの黒光りしたたくましい体躯!」
「力強い走り! 震動! すべてが最高だろう!」
「さいこーっ!」
鉄オタの人たちとあっという間に盛り上がってしまった。
子供ながらすごい順応力だ。
私はにやりと笑って先輩の顔を見上げる。
「ああいうところは全然先輩に似てませんね?」
「俺が産んだわけじゃねえっつの。……でもまあ、あれはどっちかと言うとお前似だな」
「え? どこがですか?」
「オタクにモテる」
「……………………」
何だか、あの媚び媚び姫の同類だと言われたみたいで、私はぶすっとしてみせる。
「……モテませんし。モテてるのは先輩にだけですし」
「いつ誰が誰にモテたって?」
「ふーんだ。いいですもん。先輩なんてすっぱり見捨てて、オタサーの姫になればいいんでしょう? 媚び媚び姫みたいに男の人いっぱい侍らせちゃいますし!」
「いや、それは……」
ちょっと苦みのある顔をした先輩を見て、私はこっそりふふっと笑った。
たまには私のありがたみをわかってもらわないとね?
 




