第123話 最強カップルのVR家族旅行:精霊界Ⅲ
村長が宿を用意してくれて、俺たちはそこに泊まることになった。
しっかりセーブポイント機能もついている宿だったので、ようやくログアウトが可能になった。
俺とチェリーはかわりばんこにログアウトして、それぞれ夕食と入浴を済ませる。
その際、レナの奴が「家族旅行はどんな感じ~? にゅふふ」と話を振ってきたので、「今、異世界で猿を木から落とそうとしてる」と答えたら、「????」と理解不能そうな顔をしていた。
そりゃそうだよな。
教都エムルから順に北上していくはずが、初っ端からどえらい寄り道になってしまったものだ。
精霊少女曰く帰り道はあるみたいだから、そこだけは安心なんだが……。
メイアは夕食を済ませると、宿のソファーでくうくうと寝入ってしまった。
疲れたんだろう。何時間も集中して矢を射続けてたんだからな……。
俺はメイアを抱き上げて、ベッドに横たえた。
負けず嫌いだとは思っていたが、まさかこれほどまでとは……。
「俺たちが見といてやらないとな……」
「ホントですよ。最初の頃はあんなに大人しかったのに」
チェリーの手が伸びて、メイアの緑がかった金髪を優しく撫でる。
それから、俺のほうを見ていたずらっぽく笑った。
「まったく……誰を見習っちゃったんでしょうね?」
「……さあな。UO姫とかじゃねえの?」
「……………………」
「睨むなよ……」
ちょっと意地悪しただけじゃん。
チェリーはこれ見よがしにぷいっとそっぽを向くと、再びメイアの寝顔を見下ろした。
「…………本当に子供ができたら、こんな感じなんですかね」
「………………。欲しいのか?」
「うえっ?」
チェリーはわたわたと手を振った。
「え、え、いや、そんな! まだ学生ですし、ちょっと早すぎるっていうか……!」
「いや、ただ願望を訊いただけだから!」
誰が今すぐくれてやるっつったんだ!
こっちが恥ずかしくなるわ!
「あ……そ、そう、ですね……」
視線を逸らし、くりくりと髪先をいじりながら、チェリーはいつもよりずっと小さな声で言う。
「…………相手によります……かね」
「……相手?」
「そ、その……」
視線がちらちらとこちらに向く。
「……あ、相手が……もし……」
「もし……?」
「…………もし…………」
そのままチェリーはフリーズしたように静止した。
変な間ができる。
沈黙が平気なタイプの俺ではあるが、この間はさすがにいたたまれないものがあった。
むやみに鼓動が速まる。
「――――先輩こそ!!」
いきなり大声を出されて、俺はびくりと肩を跳ねさせた。
チェリーが妙に据わった目で、ずいっと距離を詰めてくる。
「……欲しいですか? 子供」
大きな瞳に覗き込まれて、ふと、一つの答えが脳裏をよぎった。
――お前との子供だったら欲しい。
もし、ここでそう答えたら、一体どうなるだろう?
「……………………」
そのイフの先が気にならなかったかと言えば嘘になる。
だけど、その勇気もなければ、その必要もなかった。
だって――
「今の俺の子供は、メイアだろ。……だから、今はいらん」
少なくとも、今は。
チェリーはしばらくじっと俺の目を覗き込むと、すっと身を引いて、拗ねたような顔になった。
「……卑怯です、その答え」
「実際そうだろ? これ以上増えられたら過労で死ぬ」
「それじゃあ、先輩。もし―――」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
―――私の遺伝子あげますって言ったら欲しいですか?
「……………………」
と言いかけて、私はかろうじて口を噤んだ。
……何を訊こうとしてるの私は!?
それって、もうなんか……もうなんか……! 越えちゃってるよ! 越えちゃいけないラインを、大幅に!
「もし?」
先輩は首を傾げて訊き返してくる。
い、言えるわけが……! こんなの、もういろいろOKですって言ってるのと同じようなものだし!
ど、どうしよう。
どうやって誤魔化そう。
「も、もし……」
「おう」
「……もし……!」
人の話を辛抱強く聞いてくれるのは先輩の数少ない美徳だけれど、今ばかりは興味を失ってほしかった。
ええっと、ええっと……! 今の流れでも不自然じゃない質問は……!
「――――わ」
「わ?」
「私に子供ができたら、男の子か女の子、どっちがいいですかっ!?」
よし!
うまく別の質問にすり替え――あれ?
「は?」
先輩は怪訝そうにした。
「……なんでお前の子供の性別を俺に訊くの……?」
「…………あ」
ミスはミスを誘う。
一度悪手を指して動揺してしまうと、その後の判断も間違えてしまうものなのだ!
顔が熱くなってきた。
私はそれを隠すようにうずくまって、心の中で頭を抱える。
ああ~! もお~! どうして先輩相手のときだけこんなミスばっかり~!!
「おい、大丈夫か? VR酔いでもしたのか?」
肩にそっと触れられて、ビクンッ! と自分でも驚くくらい身体が反応してしまった。
ズザザッ! と瞬時に先輩から距離を取る。
「さ……触らないでください」
「あ、はい。ごめんなさい……」
先輩はちょっとシュンとした。
可愛い。
じゃなくて!
「あ、いや、そうじゃなくて、今はっていうか……! いろいろとマズいタイミングで!」
「女子にはそういうタイミングがあんのか……男にはわからんな……」
もしかしなくても生理だと思われてるような気がするけど背に腹は代えられない。
「……そ、そうです。女の子には、思ってもいないことをぽろっと言ってしまうタイミングがあるんです」
「なるほど……?」
「だから……」
今は思ってもいないことをぽろっと言ってしまえるタイミング。
そう、これは思ってもいないことだ。
ノーカウント。ノーゲーム。
何を言っても――なかったことになる。
「…………私は、女の子が欲しいです」
と。
私は、思ってもいないことを言った。
「……あ……ふうん、そっ、か……」
先輩はいつも通り挙動不審になって目を逸らす。
「まあ、その……俺に言われても、どうしようもないけど」
「で、ですよね……!! あはははは!!」
笑って誤魔化した。
誤魔化せた、と思う。
でもまあ、それはそれとして。
「あ、あの……今日は私、ログアウトしますね?」
「お、おう。メイアは俺が見とく」
「お、お願いします……。それじゃあ、その……おやすみなさい、先輩」
「おう……おやすみ」
遺伝子をあげるにはまだ早すぎるな、と思った。




