第121話 最強カップルのVR家族旅行:精霊界Ⅰ
「あなたたちがあいつらを追い払ってくれたの? まあ感謝しておいてあげるわ!」
事情を聞いた精霊の少女は、なぜか偉そうに胸を張った。
ああ、そうだそうだ。
バージョン3初日のイベントで出てきたときも、こんなノリだったな。
ナチュラルに精霊以外を見下してる感じ。
「それで、一つ訊きたいことがあるんですが……」
「こっちも訊きたいわ。ニンゲンがどうやって精霊界に入ってこれたの?」
「それです。《精霊界》……っていうのは? 《精霊郷》じゃないんですか?」
《精霊郷》。
MAOバージョン3《ムラームデウスの息吹》において、最終目的地とされる場所の名前だ。
でも、ここは《精霊界》だという。
「せいれいきょう……?」
精霊の少女は訝しそうな顔で首を傾げた。
「なにそれ。聞いたことないわ」
「えっ? 精霊ですよね、あなた?」
「そうよ! 私は誇り高きムラームデウスの精霊の一人! それも結構偉いんだから!」
「ムラームデウス島の一番北に精霊郷があるって、私たちは聞かされてるんですけど……」
「一番北ぁ? うーん……どうかなあ。私はそっちのほうには行ったことないわ。私、精霊でも若いほうだから、昔のことはよく知らないのよね」
……さすがに、そんな確信的なことは教えちゃくれないか。
まあ、こんなところで教えられても困るけどな。
「それより、今度はこっちの番! どうやって精霊界に入ってきたの? ニンゲンはそう簡単には入れないはずよ!」
「それは……」
「わたし!」
メイアがしゃきっと手を挙げた。
「わたしね、声が聞こえたの! 『助けて』って! それを追っかけてみたらね。ぐにゃーってなってるところがあってー」
「ふうん? ……って、あら。この子、エルフじゃない」
「エルフを知っているんですか?」
「そりゃあね。ムラームデウスの子の中でも、わたしたち精霊に最も近しいのがエルフよ。まあ、今はだいぶ数が減っちゃったみたいだけど……へえ~、なるほどね。妖精の子たちが助けを呼んでくれたのかしら。あとで褒めてあげなくちゃ」
精霊に最も近しい……?
俺とチェリーは顔を見合わせた。
「これは……やっぱり、メイアちゃん関連のイベントですよね」
「たぶんな……。でも、呪転領域のことについて聞き出そうとしても無駄な感じがする」
そこについてはメイアの記憶という手段がすでに提示されているし、精霊の少女も『昔のことについてはよく知らない』と語っている。
MAOのシナリオはAI任せらしいから、必ずしも順序だって進むわけじゃないが……。
「とにかく、ちゃんとお礼をしないとね!」
精霊の少女が言った。
「助けられっぱなしとあっては、王族近衛隊の名折れというものだわ! 何かしてほしいことがあったら何でも言ってちょうだい!」
何でもって言った?
……などと、お約束の返しをする空気でもなく。
「でしたら……うーん。どうしましょう、先輩?」
「そうだな……。あ、そうだ」
一つ思いついた。
「エルフは精霊と近しいって言ってたよな。それじゃあ、エルフはこの世界に来られるのか?」
「まあ、ニンゲンよりはよく来るんじゃない? それも何百年も前の話だけど」
「じゃあ、もしかしてなんだが……昔ここに来たエルフが、何か残していったりしてないか?」
「あ!」
チェリーが納得の声をあげる。
そう――エルフ装備だ。
《エルフの弓剣》のようなエルフ専用の装備がこの世界にあったりはしないかと、俺は睨んだのだった。
もしそうだったなら、ここで取り逃すと二度と手に入らないかもしれない。
「うーん……エルフの持ち物かあ……そうねえ……」
精霊の少女は、右へことり、左へことりと首を捻りまくる。
「……あっ、そうだわ。確かローブァーの村に、エルフが住んでたことがあるって聞いたような」
「ローブァーの村?」
「さほど遠くはないわ。それに、ムラームデウスへの帰り道にも近いしね! 案内してあげる!」
帰り道……。
そういや帰り方のこと、さっぱり考えてなかった。
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ふわりと重力を無視して浮遊し、森の中を進んでいく精霊少女についていきながら、俺はメニューウインドウの表示を眺めていた。
「案の定、ログアウト不可エリアだな」
「一時退席はできるみたいですけど、表示が赤ですね……。さっきみたいな小型の旧支配者とエンカウントするんでしょうか」
ログアウトできないエリアはあっても、一時退席ができないエリアというのは基本的に存在しない。
地震などの災害があったときに逃げられなくなっちまうからな。
ただ、退席中にモンスターにボコボコにされちまう可能性はある。
「飛ぶの気持ちよさそう!」
「ふふん。そうでしょ? あなたたちは飛べなくて不便ね!」
メイアと精霊少女が割と仲良さげに話しているのを眺めながら、俺たちは話を続ける。
「どう思う? この世界」
「憶測になりますけど……精霊NPCの待機場所なんじゃないですかね」
「待機場所……?」
「MAOのNPCって、出番が終わったからって消滅したりしないじゃないですか。どこかしらに存在して、話しかければ答えもしてくれます。バレンタインイベントのときの二人だって、教都エムルの鍛冶屋でイチャついてましたし」
わざわざ確認しに行ったのか……。
「でも、精霊だけは別なんです。精霊バレンタインは、バレンタインイベントでの出番が終わった後は、ムラームデウス島のどこにも目撃されていません。2月14日にだけ現れる精霊ですから」
「そうか。俺たちからは消えたように見えてても、実際には……」
「はい。この世界に帰ってるだけなんだと思います。そして、AIの意識と記憶を途切れさせずに維持している」
「……あえて、同じAIを運用させ続けているのか……。こんな世界まで作って……」
運営的には、出番のたびに同じモデルのNPCを新しく作り直したほうが楽なんじゃないかと思う。
スペックによるものの、AIには学習能力があるから、周りの影響を受けて開発者の意図しない方向に成長してしまうこともあるからだ。
だが、MAOではあえてそうしない。
同じAIを連続的に稼働させ続けるのだ――その命が潰えるまで。
「ユーザーとして、たまに怖くなるわ、俺。運営の超放任方針」
「本当に。ほとんどのことをAIにぶん投げてるらしいですからね。それで予想外のことが起こっても、むしろ大喜びしてる感じですし」
MAOの運営体であるNANOについては詳しいことが明るみになっていない――が、インタビューなどの断片的な情報から察するに、どうも連中は、開発者である自分たちにも予期し得なかったことにこそ価値があると考えているフシがある。
『現実は小説より奇なり。ゆえに我々は、小説ではなく現実を作った』
――NANO語録の一つである。
「……………………」
俺は精霊少女と話しているメイアの背中を見やった。
メイアもまた、NANOが作った『現実』の一つ……。
ならば彼女も、創造主の想像の範疇からはみ出すことがあるのだろうか。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「うおお……」
「はあー……」
「わーっ!」
ローブァーの村とやらに連れてこられた俺たちは、感嘆の声をあげていた。
村……というか、でっかい木だった。
螺旋状にねじくれた白い大樹の洞の中や太い枝の上に、小さな家がいくつも建っているのが見える。
そして――
俺たちは、その大樹の根元のほうを覗き込む。
「……地面が見えねえ……」
白い大樹があるのは、濃霧に満たされた巨大な穴だった。
今、俺たちが立っているのはその縁である。
直径何メートルあるんだろうな、この穴……野球場4面分くらいはあるんじゃないか。
「その辺に村を作ると、あの鬱陶しいウジ虫にたかられちゃうからねー。天然の要害ってわけ!」
「ああ、なるほど……精霊は空を飛べるから……」
「そ。私たちは出入り自由!」
「んじゃ、俺たちはどうやって村まで行くんだ……? 穴の底まで降りていくのか?」
そもそも地面があるのかもわからない。
あったとしても、あの立ち込める濃霧……1メートル先も見えないぞ。無事に村まで辿り着けるか怪しい。
「そこは大丈夫!」
精霊少女はぽんと小さな胸を叩いた。
「今回は特別。私が連れてってあげる!」
「連れてって……って、どうやってですか?」
「ほい!」
精霊少女がくるくるっと指を回した。
瞬間、俺たちの身体がふわりと浮き上がる。
「うおおっ!?」
「わっ!?」
「きゃーっ!」
メイアが楽しそうに笑うそばで、俺たちは表情を凍らせた。
ままままままさかかかかかかかか。
「一気に飛んでくわよっ!」
「ばかばかばかばかばかあほあほあほあほあほあほっ!!」
「きゃっ!? ちょっと先輩! いきなりしがみつかないでっ……!」
以降の記憶はない。




