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最強カップルのイチャイチャVRMMOライフ  作者: 紙城境介
3rd Quest Ⅲ - 最強カップルのVR子育てライフ
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第119話 最強カップルのVR家族旅行:スカノーヴスの森


 MAOを初めてすぐのプレイヤーが向かう場所といえば、1に武器デパート、2にスカノーヴスの森だ。

 教都エムル南東に広がるこの森は、いわゆる初心者用の狩場であり、レベル1でも容易に倒すことができる弱小モンスターばかりがポップする。


 奥に行けば行くほどレベルの高いモンスターが出るものの、それにしたって大したもんじゃない。

 まあ、あんまり行き過ぎちまうと、初心者狩り専門PKerの巣窟になっているエリアに出ちまうから、そこだけ気をつけないといけないが。


「いい加減息が長いよな、《フリーダム・プリズナー》の連中も」


「そろそろちゃんとぶっ潰しませんか? あの初狩りの人たち」


「叩いても叩いても生えてくるマドハンドみたいな奴らだからな。やるなら大本を潰さないとダメだろう」


「さすがにPKギルド連合を相手にするには、全体的に余裕がなさすぎますね……」


 MAOは領主の一存でエリアごとにPKの可否を決められる仕様だから、PKが大きな問題になることはあまりない。

 教都エムル一帯のエリアも、領主である聖女エリスによって、PK不可エリアに設定されているのだ。

 が、そのすぐ隣にPK可のエリアを作ることは、別に禁止されているわけじゃない。

 批判は受けることになるが、まあ、元よりPKなんてプロレスのヒールみたいなもんだから、当人たち的には望むところだったりするんだよな。


「何のお話ー?」


 きゃいきゃいと木漏れ日の中を走り回っていたメイアが、ふと振り返って俺たちを見上げた。

 チェリーが微笑んで答える。


「大人のお話だよー」


「えー? こんな昼間っから……パパもママもだいたーん」


「んなっ……! だ、誰!? そんなからかい方教えたの!」


「レナおばさんとくらげお姉ちゃん」


「あの二人はぁ~……!!」


 やっぱりあいつら情操教育に悪い。


「ねえねえ。パパ、ママ」


「ん?」

「なあに?」


「セツナお兄ちゃんが言ってたの。パパとママの思い出がある場所に連れてってくれるよーって。それって、ここ?」


「思い出かあ……」


 俺とチェリーは、MAOが始まった頃からほとんどずっと行動を共にしている。

 だから、思い出深い土地はたくさんあった。

 むしろ思い出のない土地のほうが少ない。


「そういやこの森だったよな、バージョン3で最初の攻略対象」


「ああ、そうでしたね! 古参も新参も入り乱れた初めてのイベントで……魔族に占拠されてたんですっけ?」


「そうそう。なんか変な精霊が人質になっててさ」


「ああ、いましたね、小生意気な口調の精霊……。結局なんだったんでしょう、あれ」


 そうだそうだ。

 最初のイベントに出てくるもんだから、その後のストーリーに関わってくるんだと思ってたら、まったく出てくる気配がないんだよな、あの精霊。すっかり忘れてた。


「せーれーさん?」


 小首を傾げたメイアに、チェリーが答える。


「えーっと、なんて言ったらいいのかな……。私たちを助けてくれる……神様みたいなもの?」


「まあ、日本で言うところの八百万の神みたいな感じだよな。風とか、土とか、いろんなものに宿ってるんだ」


 アニミズム……って言うんだったか、こういうのは。

 今のムラームデウス島の宗教は、ジェラン教と聖旗教が混ざって結構ややこしいことになっている。


「ふぇー……それって、おトイレにもいるのー?」


「いるんじゃないか? たぶん」


「いい加減に答えないでくださいよ!」


 日本にもトイレの神様っているし、トイレの精霊くらいいるだろう。

『愛』とか、物ですらないただの概念にだっているんだからな。


「――おっ」


 俺はその気配を気取り、横合いの森を指さした。


「二人とも、あっち見てみ」


「はい? ……あっ」


「イノシシさん?」


 デカいイノシシが、森の中をのっそのっそと歩いていた。

 ただのイノシシと違うのは、目つきが異様に悪いことと、鬼みたいなツノが生えていることか。


「《オーガ・ボア》だ。レベルは1。手頃な奴が出たな」


「ええ。まだこちらに気付いてません。チャンスですね!」


 チェリーはメイアの肩に軽く手を置いて、オーガ・ボアを指さす。


「メイアちゃん。あのイノシシ、ここから弓で狙えるかな?」


「えっ?」


 メイアは意外そうな顔でチェリーの顔を見上げた。

 そして。

 俺たちが思いもよらなかったことを言った。


「あの子……悪い子なの?」


 瞬間、心臓を射抜かれた気がした。

 その純粋な疑問。

 いかにも子供らしい、何の色眼鏡もない質問に、俺は、自分の無意識に存在した欺瞞を、唐突に丸裸にされたのだ。


 俺たちプレイヤーにとって、モンスターを狩るのは、モンスターというリソースを経験値に変換する作業でしかない。

 だが、メイアにとってはどうなのか?

 この世界に生きるメイアにとっては、たとえそれが無限に湧き出るモンスターであったとしても、命を奪うという行為に他ならないのではないか。


 ……ここで、『あのイノシシは悪い奴だ』と答えることはできる。

 放っておけば人間を襲うから、今のうちに退治してしまうべきだ、と教えることはできる。

 でも……それでいいのか? と、頭の中で反駁があった。


 俺たちは今、メイアに、命の奪い方を教えようとしている。

 その手段として、『悪い奴だから殺していい』と教えるのは、果たして正しいことなのか……?


 ……荷が重すぎるだろ。

 ただの高校生に扱いきれるテーマじゃない。

 俺とチェリーは、困った顔を互いに見合わせた。


 でも、俺たちが、教えないといけないんだよな。

 曲がりなりにもパパママと呼ばれているのは、俺たちなんだから―――


「―――だれ?」


 と。

 不意に、メイアが見当違いの方向を見た。

 なんだ?


「どうしたの?」


 メイアが見ている方向を確認するが、そこには何もない。

 ただ木々が生い茂るばかり……。


「……聞こえる……」


「え?」


「聞こえるのっ!」


 そう叫ぶと、メイアはいきなり走り出し、木々の中に分け入っていった。


「あっ! ちょっと!?」


「追いかけるぞ!」


 何が起こったのかわからないが、とにかくメイアを一人にはできない。

 俺たちは大急ぎでメイアを追いかけた。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 ものすごい勢いで森の中を駆け抜けるメイアを追いかけていくと、綺麗な泉に行き当たった。

 妖精でも遊んでいそうな幻想的な場所だ――でも、陽光をきらきらと反射する泉が静かにたゆたっているだけで、特に何かあるようには見えない。


「……聞こえる……」


 メイアがもう一度呟いた。

 よく見ると、長めに尖ったエルフ特有の耳が、ぴくぴくと動いている。


「メイアちゃん、何が聞こえるの?」


「声……」


「声?」


「助けて、って……言ってる」


 そんな声、俺には聞こえない。

 様子を見るに、チェリーにも聞こえないらしい。

 メイアだけに聞こえている?

 エルフだけの能力か何かなのか……?


「……イベント、ですかね……?」


「ありうるな……。メイアをこの森に連れてくることでのみ発生するイベント……」


「ちょっと辺りを調べてみましょうか」


「おう。メイア、俺たちから離れるなよ」


「うん」


 俺たちは円形の泉をぐるりと回っていく。

 って言っても、調べる余地もないくらい、何にもないんだよな……。

 せめて大きな岩でもあればその裏を調べるとかできたんだろうが、困るくらいに見晴らしがよすぎる。

 本当に、ただ泉に沿って歩いていくことくらいしか、できることがなかった。


 泉の反対側までやってくる。

 これで半周したことになるが……。


「んっ……!?」


「どうしました、先輩?」


 俺は立ち止まると、眉根を寄せながら、腕を軽く振った。

 ……やっぱり。


「この辺……なんか重いぞ?」


「……あっ。ホントですね……」


 チェリーも軽く腕を振って確認する。

 この辺りだけ、処理が重い。

 受信される情報量がいくらかカットされているような、独特の違和感だ。

 大規模戦闘なんかじゃたまにある現象だが、見たところ、ここには何もない……。


「この辺か? いや、こっちか……」


 特に処理の重い空間を手探りで探していくうちに、俺はそれ(・・)を発見した。

 その奇妙な光景を一言で表現するなら、そう――


 空間の歪み。


 そこだけ、空間がズレていた。

 ほんの数ミリだが、確かに、その空間を通して見る光景だけが、周囲からズレている。

 まるで蜃気楼。

 あるいは――グラフィックのバグ。


 ぞくり、と冷たい感覚が背筋を撫でた。


「おい、これって、もしかして……」


「ま、まさか、そんなわけが……」


 俺は――俺たちは――この空間の歪みに関する噂を、聞いたことがある。


 曰く。

 このMAOというゲームには、どんなクエストにもイベントにも使われていない、謎の空間データが何テラバイトも収録されている。


 曰く。

 何らかの偶然から条件が整うと、その謎の空間データへの入口がムラームデウス島のどこかに開く。


 曰く。

 その入口は多くの場合、注意深く観察しなければわからないほどの、空間の歪みとして現れる―――



「―――《並列世界パラレル・ユニヴァース》……」



 俺は息を呑みつつ呟いた。

 パラレル・ユニヴァース。

 MAO初期から存在する都市伝説の一つだ。


 その正体は没ダンジョンともデバッグルームとも言われるが、とにかく共通するのは、通常の手段では決して行けない場所に行けてしまう入口が、何の脈絡もなく出現する、という点。

 実際に迷い込んだと証言する人間は後を絶たず、その内部を撮ったスクリーンショットも存在するが、生配信など明確に証拠が残る形で迷い込んだ人間がいないから、フェイクだとするのが通説だった。

《旧支配者》も含めて、MAO七不思議に数える奴もいる。


 それが、目の前に実在した。

 メイアに導かれてきたわけだから、『何の脈絡もなく』ではないが、それでも、あからさまに異常なものがそこに存在するのには変わりない。


「……は、入りますか?」


 緊張の面持ちで、チェリーが言った。


「そりゃ、お前……見逃せねえだろ」


 何が起こるかわからないが、もう一度来てもう一度巡り会えるとも限らない。

 チェリーは視線をメイアに向ける。


「でも、メイアちゃんを連れていくわけには……」


「行く!」


 と、メイアがぴしっと手を挙げて宣言した。


「助けてって、この中から聞こえるの! わたしに言ってるの! だから、助けてあげなきゃ……!」


 こぼれそうな大きな瞳が、空間の歪みを決然と見据えている。

 ……そんな目をされたら、とても止められやしない。

 俺は仕方なく頷いた。


「……わかった。その代わり、絶対に俺たちから離れるな。それに、俺たちの言うことを絶対に聞け。いいか?」


「うんっ!」


 このパラレル・ユニヴァースは、おそらくメイアをキーとして開いた。

 都市伝説に言われるような、バグ的なものとは思えない。

 入った途端にフリーズする――なんてことにはならないと思うが、何が起こるかわからないことに違いはなかった。


「先輩。録画しておきましょう。貴重な資料になるかもしれませんから」


「おう。そうだな」


 俺はメニューを操作し、妖精型のカメラ――通称《ジュゲム》を出して、斜め後ろに飛ばした。

 準備完了。


「じゃ……行くぞ」


「はい!」


「おー!」


 俺たちは離ればなれにならないよう手を繋いで、空間の歪みに足を踏み入れた。



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