第116話 我が子の才能を確信する
放課後。
学校が終わった私は、先輩やメイアちゃんと一緒に、恋狐温泉街にある射的場にやってきていた。
温泉街には甘味所やお土産屋さんの他にも、こういった遊興施設が軒を連ねている。
定番の卓球場やボウリング場、賭場やデジタルTCG用のデュエルスペース、それに―――
「そういえばさ。温泉街のどっかに、復興のどさくさに紛れてストリップ劇場ができたらしいってセツナが言ってたんだけど、一体どこに隠してるんだろうな」
「……先輩? 時と場所を考えましょうか」
「あっ、はい。すいません……」
まったく。本当にいやらしい気持ちはないんだろうけど、メイアちゃんがいるところで話すことじゃないでしょうに。
この人は基本的に何も考えていないのだ。
呪竜の襲撃で荒れ果てた温泉街は、たった2日で目覚ましい復興を遂げた。
のだけど、そのどさくさに紛れて、以前はなかったものがしれっと建っていたりするようで、一部ではトラブルも起きているみたいだった。
この温泉街もすっかりMAOイチの観光名所になってしまったから、一枚噛みたい人が多いんだろう。
そのくせ、お店を出すのに何の許可もいらないと来た。
誰がどんなお店を出しているのか誰も把握してないものだから、件のストリップ劇場も含めて、胡散臭い噂が絶えない。
リアルのヤの付く人たちが、VRシノギの一環として絡んできているなんて噂もあるくらいである。VRシノギって何。
このナインサウス・エリアは、まだストルキンさんが暫定領主になっているけれど、やりたがる人はたくさんいるだろうなあ、と思った。
昨日今日とストルキンさんの姿を見ていないのは、もしかするとその辺りのことを調整しているのかもしれない。
もういっそ、六衣さん辺りに領主になってもらって、実質的な運営預かりにしてしまったほうがいいように思うんだけど。
閑話休題。
私が先輩やメイアちゃんと射的場にやってきた理由は、他でもない。
メイアちゃんを訓練するためだ。
いきなりトレーニングルームでストイックに練習するよりも、遊びながら楽しく始めていくべきだと、私と先輩の意見が一致したのである。
その射的場は、魔法射的と弓射的の両方をやっていた。
私たちはまず魔法射的のほうのお金を払う。
「お手本を見せるから、よく見ててね、メイアちゃん」
「うん!」
私は所定の位置に立ち、《聖杖エンマ》を構える。
使える魔法は《ファラ》のみ。
的は動き回るのが20個。
制限時間は30秒。
スタートと同時に、私は的を正確に撃ち抜いていった。
2枚抜き、3枚抜きもやろうと思えばできたけれど、1枚ずつ確実に。
1秒に3枚のペースで撃ち抜いていき、10秒経つ頃にはすべての的が弾け飛んでいた。
「ふわー! ママ、すごーい!」
「ふっふっふ。そうでしょー?」
私は得意げになる。
メイアちゃんに褒められるのは特段嬉しい。
でも、気のせいかな、賞賛の声が足りないなー?
「……いや、お前さ」
チラッと先輩を見ると、なぜか呆れたような目をしていた。
「お前がすごいのはわかったんだが、今のをメイアにやれと?」
「えっ? そうですけど」
そんなに難しくないよね?
1枚ずつ抜いたし。
「お前、あれを見ろ」
「はい? あれ?」
先輩が指さしたのは、射的場の壁に表示されているランキングだった。
どうやら的をすべて撃ち抜くまでのタイムで順位付けされているらしい。
その一番上に―――
「今のがこの店の最速記録だ、アホ」
……私の名前があった。
10秒以内にすべての的を撃ち抜いたのは私だけらしかった。
「ええー……お手本だから、2枚抜きとか3枚抜きとか自重したんですけど……」
「普通の人間は当てるだけで精一杯なの! っていうか、いきなりマニュアルエイムから教えるのかよ。普通はロックオンからじゃないのか?」
「ロックオンなんか教えたら癖になっちゃいます。あとから矯正するのは大変なんですからね。早いうちにマニュアル撃ちを覚えてしまったほうがむしろ楽ですよ」
もちろんロックオン撃ちのほうがいい魔法だってあるのだけど、マニュアル撃ちができるのとできないのとじゃ雲泥の違いがある。
「まずは止まった的に当てられるようにする。次に動く的に当てられるようにする。その次は自分が動きながら。その次くらいにドラッグショットですかね」
「お前がそんな練習してるの見たことねえんだけど」
「私は実戦で練習したので」
MAOを始めた頃から先輩と一緒だったから、あんまり腰を据えて練習する機会がなかったのだ。
将棋をやってた頃は、AI相手に定跡研究とかするの好きだったんだけど。
「ここの射的も、初級コースは的が動かないみたいだから、まずはそれからやってみようか、メイアちゃん」
「やるーっ!」
お店からレンタルした小さめの杖を持って、メイアちゃんは的の前に立つ。
「杖をまっすぐ的に向けてね」
「こう?」
「そうそう。杖のさきっぽからなが~い棒が延びてて、それを的に当てるようなイメージで」
マニュアル撃ちのときの魔法射出角度は人それぞれだけど、基本は0°――つまり、杖の延長線上をなぞるように放たれるよう設定する。
それが一番狙いやすいからだ。
代わりに射線が読みやすくなってしまうので、賢いAIを積んだMobやプレイヤーが相手だと結構あっさり避けられる。
でもまあ、初心者中の初心者であるメイアちゃんなので、まずは射出角0°から始めるのが無難だった。
「《ふぁら》っ!」
可愛らしい詠唱と同時に、ぽんっと杖の先端から火の玉が飛んでいく。
それは的の一つに当たって、ぱんっと弾け散った。
「わーっ! あたったーっ!」
「当たった……」
「当てやがった……」
メイアちゃんがぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ一方で、私と先輩は口を開ける。
「まさかいきなり当てるなんて……」
「マニュアル撃ちって、慣れないうちは全然当たんねえもんなんだが……」
「これは……要するに……アレですよっ!」
私はメイアちゃんをぎゅーっと抱き締めた。
「天才っ! 天才なんですよ、メイアちゃんは!」
「うきゃー♪ メイア、てんさい?」
「天才だよ!」
「いや……ただのビギナーズラックだと思うんだが……まあいいや」
これは育てがいがある!
それからメイアちゃんは、初級コースの10個の的のうち、なんと3個も撃ち抜いた。
いきなり3個も! 天才!
「むむむ……いっぱい残っちゃった……」
「初めてでこれはすごいよ! 本当に!」
「むー……」
メイアちゃんは難しい顔をして残った7個の的を見つめると、
「もういっかい!」
「もう一回?」
「今度はぜんぶあてるーっ!」
鼻息荒くレンタル杖を振り回した。
その大きな瞳には、戦意にも似たものが燃え上がっている。
「……天才かどうかはともかく」
先輩が言った。
「この負けず嫌いっぷり――才能はありそうだな」
私はにやっと笑って先輩を見る。
「誰に似たんでしょうね?」
「完全にお前だろ」
「自分を棚に上げるのが得意なようで」
それから、なんと12回目の挑戦で、メイアちゃんは10個すべての的を撃ち抜くことに成功した。
12回。
ずいぶんかかったようにも思えるけれど、重要なのは、11回も失敗しながら、まるで諦める気配を見せなかったことだ。
何をするにせよ、負けず嫌いであることは最大の才能である。
これは上達が早いぞ、と私も先輩も期待を膨らませたのだった。




