第113話 えー? なんだってー? 聞こえないなー? 鈍感だから!
地上へ戻る方法がわからなかった。
「まさかこんなトラップがあったとはな……」
「あったとはな……じゃないですよ! どうするんですか! 二人っきりで閉じ込められて!」
「いや、そんな、体育倉庫で作業してる間に鍵閉められたみたいな風に言われても。ログアウトすれば恋狐亭には戻れるからな」
そういうラブコメイベントじゃねえからこれ。
「とはいえ、この隠し神殿もゆくゆくは狩り場の一つになるんだし、ちゃんと行き来できる道を探しておいたほうがいいだろ」
「むう……。仕方がないですね……。手分けして探しますか」
俺たちは渓流がせせらぐ地下空間を、手分けして調査した。
チェリーとはいえ女子と二人っきりで、地下空間からの出口を手当たり次第に探す――っていうこのシチュエーション、この世の果てで恋を唄う少女YU-NOを思い出すなあ……。
などと益体のないことを考えているうちに、出口は割とあっさり見つかった。
「ここの壁に、意味ありげな丸いヘコみがあるじゃろ?」
「はい」
「これを、こうして、こうじゃ」
ゴゴゴ……と、ただの岩の壁だった場所が、扉となって開いた。
「こういうのに対する勘はほんっとよく働きますよね……」
「もっと褒めるがいい」
「もっと大事なことには鈍感のくせに」
「うん? なんだって?」
「いいんです。先輩はそのままでいてください」
「ええ……なんか気持ち悪い……」
こいつが優しい言葉を吐くのは決まって何か意図があるときだ。
隠し出口の向こうに現れた坂道を黙々と登ると、程なく地上に出た。
すぐ近くに前線キャンプのある小山が見える。
これで簡単に行き来できるようになったってわけだな。
「疲れましたー。負ぶってくださーい」
前線キャンプへの峠道を登っている途中、チェリーが唐突にゴネ始めた。
「ゲームで疲れるわけねえだろ!」
「おーぶーっーてー!」
「ああもう……」
もはや断るほうが面倒くさい。
俺はチェリーを背中に負ぶった。
後ろから軽く腕を回してくる。
しかし、ふふふ……。
俺に身を委ねたのは大いなる失策だぞ、チェリーよ。
峠道の終点が見えてきたところで、背中のチェリーが言った。
「先輩、この辺でいいです」
「えー? なんだってー?」
「聞こえてますよね!? 降ろしてください!」
「いやいや、疲れたんだろ? 遠慮すんなって」
「だ、だって、キャンプには他の人が……!」
「えー? なんだってー?」
チェリーを負ぶったまま前線キャンプに突入した。
背中でチェリーが暴れに暴れたが、ふはは、おんぶされた人間は自分では降りられない!
キャンプの真ん中にいたセツナが、俺たちを見るなり呆れたような顔をした。
「なんでおんぶしてるの……?」
「こいつが疲れた疲れたってうるさいからさ」
「チェリーさんが顔真っ赤にしてぽこぽこ背中殴ってるけど」
負け犬の遠吠えみたいなものだ。
俺の勝ちだな!
馬扱いをされたささやかな仕返しが済んだところで、本題に入ることにした。
地面に降ろしたチェリーがげしげしとローキックを入れてくるが、気付いてないことにする。
何せ大事なことには鈍感らしいから!
「どんな奴なんだ? 樹海エリアのボスって」
「背中に地面と木があるドラゴンだよ」
「背中に地面と木……? ムジュラの仮面の島亀みたいなやつ?」
「そう、それ」
「あの、すみませんけど、ゲーマーにしか通じない例えやめてくれますか?」
バカな。
ゼルダの伝説ムジュラの仮面は全人類の必須教養では?
「どうでもいいけどスマブラってゼルダのネタバレしすぎじゃね? もはやみんなシークの正体知ってるじゃん」
「それね。FGOのせいでステイナイトのアーチャーの正体がモロバレなのと一緒だよね。お祭りゲームの性だよ」
「ホントにどうでもいいんですよ! 脱線しないでください!」
おっと、つい。
セツナは古めのゲームの話にもついてきてくれるもんだから……。
「背中に地面と木があるのはね、擬態するためなんだ」
そこはさすがのトーク力というか、セツナはあっという間に話を本筋に戻した。
「地面に潜って、森と同化しちゃうんだよ。かなり近付かないと出てきてくれないんだ」
「ああ、それで人手が必要なんですね」
「そう。手分けして樹海エリアを探して、そいつを見つけたら信号弾を投げて全員集合って段取りにしたいんだ」
確かに、それが妥当な作戦だろうな。
森に擬態するボスとは、なかなか厄介だが……。
「地面が動いたなと思ったらすぐに動いて。そうすれば初見殺しにはならないから」
「わかった」
「わかりました」
キャンプでポーション類を補給したのち、すぐに作戦が始まった。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
樹海の中を、チェリーと二人で歩いていく。
ひんやりとした空気が満ち、地面は湿っていて柔らかい。
どちらかといえば過ごしやすい環境と言えるが、木も地面も黒ずんでいるので台無しだった。
「《サウスドリーズ樹海》とはまたちょっと違うな」
「あそこは思いっきりアマゾン的な雰囲気ですからねー」
《サウスドリーズ樹海》ってのは、教都エムルからずっと南に行ったところにあるエリアだ。
バレンタインのときにカカオを穫りに行った場所である。
スタート地点の近くにあるくせにモンスターが死ぬほど強く、バージョン3が始まったばかりの頃は、多くの古参プレイヤーが惨殺された。
主にゴリラ型のモンスターにぶん殴られて。
「ここにもあの殺人ゴリラが出てきたりしねえだろうな……」
「いやー、大丈夫でしょー。さすがに」
「オレ オマエ ナグル オマエ シヌ」
「そんなこと言いませんよあのゴリラ」
「気分的には言われてんだよ!」
獣道に沿って樹海を進み続けるが、地面が動く気配もなければ、信号弾が打ち上げられる気配もない。
たまにトカゲ型のモンスターやワニ型のモンスターが出てくる程度だ。
爬虫類ばっかだな。
俺は地面をぐにっと踏み締めながら、
「土が柔らかいよな……。これのおかげで、件のボスも地面に潜り込んで森と同化できるってことか。面倒な」
「近付かないとわからないって話ですけど、擬態の木は見分けられないんですかね?」
チェリーが横合いの木に近付いて、そっと触れた。
瞬間。
地面が動いた。
「――! チェリー!」
「はいっ!」
俺が引っ張るまでもなく、チェリーは素早くスペルブックを出しながら後退した。
森ごと地面が盛り上がる。
土くれを雨のように落としながら現れたのは、大きなドラゴン――
「――いや、トカゲ? それともモグラか?」
「どっちも漢字にしたら竜です!」
石竜子。
土竜。
おお!
地面の下から現れたそいつは、トカゲとモグラを合わせたような姿をしていた。
いかにも爬虫類的な細長いツラをしているくせに、全身がもふもふの毛に覆われている。
足には地面を掘るための爪があり、そして背中には木が生えていた。
ネームタグにはこう表示されている。
《呪転森化竜ダ・フォレオモール Lv118》。
「先輩っ! 信号弾!」
「おう!」
俺はボム状の信号弾を頭上に放り投げた。
高空で花火みたいな光と音が弾ける。
これで他の連中にも位置が伝わったはずだ。
すぐに駆けつけてくるだろう。
でも!
「大人しく待ってる必要はないよな―――!」
「当然です!」
チェリーにバフをかけてもらい、俺はダ・フォレオモールに躍りかかった。
剣と魔法によって幾度となくダメージエフェクトを散らすが、ダ・フォレオモールも黙ってはいない。
爪を振り回し、森ごと俺たちを薙ぎ払う。
あるいは地面に潜り込み、足元から俺たちを喰らおうとしてくる。
動きは変則的で、足場も決して良くなかったが、昨日の激戦に比べればヌルく感じた。
俺たちは着実にダメージを与えて、1本目のHPバーを4分の1ほど減らす。
「ケージ君! チェリーさん!」
ちょうどその頃、セツナが仲間を連れて駆けつけてきた。
よし、このまま一気に―――!
「キィィャアアアアアアアァァアアアアアア!!!」
ダ・フォレオモールが甲高いいななきを上げる。
なんだ!?
と思うと、体毛に覆われた巨躯の側面から、バサッと一対の翼が広がった。
翼がブオンブオンと空気を叩き始める。
「まずいっ! 逃げる!」
セツナが切羽詰まった声で叫んだときには、モグラめいた爪が地面から浮いていた。
巨躯が見る見るうちに剣の届かない高さまで飛び上がり、そして―――
「あっ……!?」
「消える!?」
そう。
消えていく。
身体の真ん中から、透明になっていく。
「……保護色、ですか……」
「トカゲっつーか、カメレオンだったのかよ……」
黒い空と同化したダ・フォレオモールは、すっかりどこにいるかわからなくなってしまった。
はあ、とセツナが溜め息をつく。
「前も、散々アイテムを消費させられた挙げ句、ああやって逃げたみたいだよ。……今の感じを見ると、プレイヤーがいっぱい集まると逃げるのかな」
「厄介だな……。また探すところからかよ」
もしその間に回復されるんだとしたら、俺はもうキレる。
「……ふっふっふっふっふ……」
チェリーが意味ありげに笑った。
「どうした。最終的に失敗する悪巧みをしてるときのUO姫みたいな顔して」
「その例えだけは心外です! ……そんな冗談を言っていられるのは今のうちですよ。次の瞬間、先輩は感謝のあまり、私の前にひれ伏すことになるでしょう」
「ハッ! 天地がひっくり返ってもあり得ないね!」
「こんなこともあろうかと、あのボスの背中の上に《エクスプロージョン・トラップ》を仕掛けておきました」
にんまりと笑って、チェリーは自分のスペルブックを掲げた。
「それを起動させれば、トラップの爆発がボスの居場所を教えてくれるって寸法ですよ!」
「ははあーっ!!」
俺は感謝のあまりひれ伏した。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
ドゴンと遠くから爆発音がする。
それがダ・フォレオモールのいる方向だ。
俺たちは爆発の煙を目指して集合し、地面から現れたカメレオンだかモグラだかわからないボスを袋叩きにする。
しばらくしてダ・フォレオモールは空に逃げ、再び樹海に姿を隠すが、《エクスプロージョン・トラップ》によるマーキングはしっかりできていた。
何度かの攻撃パターンの変化を経つつ、何組かのパーティが脱落しつつ、駆けつけた別のパーティが合流しつつ、同じようなことを4度ほど繰り返す。
そうしてようやく、ダ・フォレオモールのHPが尽きた。
ダ・フォレオモールは甲高い断末魔を迸らせながら地面に潜り込み、その背中から、ポッ、と緑色の新芽を芽吹かせる。
それは見る見るうちに成長し、太い幹を備え、枝を大きく広げ、見上げんばかりの大樹になった。
その大樹には、樹海の木々とは決定的に違う点が一つある。
黒ずんでいない。
何もかもが黒ずんでいる呪転領域にあって、その大樹だけが、自然の色で輝いていた。
「先輩! 空が……!」
俺は空を仰ぐ。
のっぺりと塗りつぶされたような漆黒の空が、鮮やかな青を取り戻していく。
黒ずんでいた樹海の木々も、青々とした色彩を取り戻した。
「呪いが……解けた?」
ダ・フォレオモールが、この一帯の呪いの元凶だったのか、あるいは楔のようなものだったのか。
とにかく、呪転領域ダ・ナインを構成するエリアの一つが、呪いから解き放たれたのだ―――
「なるほど……こうやってエリアを解放していけってことか」
「初日から1エリア攻略できるなんて、幸先がいいですね」
「おう。このペースなら、もしかすると来週中には―――ん?」
ピロンッと音がした。
フレンド通話の着信だ。
相手は……レナ?
「もしもし。どうした?」
『あっ、お兄ちゃん! 聞いて聞いて! 今っ、今ね!? 今!』
「落ち着け。っていうか今どこにいんの、お前」
『恋狐亭だよ! 六衣さんやブランクさんと一緒にいるんだけど、それでね、今ね、メイアちゃんが―――!』
事情を聞いて、俺は目を剥いた。
「……マジで?」




