第112話 ほのめかされる物語
流された。
それはもう、どんぶらこどんぶらこと、二人して。
幸い、チェリーの身体は離さないでいられた。
しかし、谷底の渓流は思ったより流れが速く、なかなか陸に上がることができなかった。
そうこうしているうちに、辺りが真っ暗になる。
「洞窟……ですね……?」
「この渓流……どこに繋がってるんだ?」
興味が出てきた俺たちは、下手に足掻かず、流れに身を任せた。
そして、しばらくして、足が着くほど水深が浅くなる。
じゃぶじゃぶと川から出たおれたちは、目の前に広がる空間を見渡した。
ドーム状の、大きな地下空間。
正面に見えるのは―――
「……遺跡……」
そう。
またしても、遺跡。
しかも入口の両脇に、ドラゴンを模した像が設置されている―――
「……地下神殿……隠し神殿? ですか。また」
「神殿っつーか、竜殿っつーか……」
ドラゴンが奉られた地下神殿。
それを見るのは2回目だ。
「てっきり上流のほうに何かあるんだと思ってたんだけどな。ほら、目的を達成したあと、川を下れば早く帰れるみたいな」
「そっちにも何かあるかもしれませんけどね。意表を突いて逆、ですか……。私たちみたいに、うっかり川に落ちれば、必然的に見つけ出せますけど」
位置的には、前線キャンプが張られた小山から見て手前側に、この隠し神殿は存在する。
大抵のゲームは、奥に目的地があるものだ。
手前側にあるとすれば、それは盲点を突いて隠したいもの……。
「入ってみよう。なんか重要そうだ」
「ええ。もちろんです!」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
隠し神殿の中では、《カース・スケルトン》なるモンスターが待ち受けていた。
人型の骸骨モンスタ――の、呪転バージョン。
死んでから呪転したのか?
生きたまま呪転したのか?
その判断はつかなかった。
相変わらず手強かったが、俺とチェリーの二人ならば、撃退は可能だった。
じわじわとポーション類を消費しつつ、探索を進めていく。
「呪竜遺跡前の地下神殿でも思いましたけど、状態がいいですね、この遺跡」
「あー。湖の古城は結構ボロボロだったもんな」
「呪竜遺跡だって、まるっきり壊滅状態でしたし。風雨に晒されてないからでしょうか……」
少しひび割れが走っているくらいで、充分しっかりしている壁に触れながら、チェリーは呟いた。
「……そういえば、ですけど」
「うん?」
「前の地下神殿も、この隠し神殿も、入口が……狭いですよね」
「人間サイズを小さいというならそうだな。っていうか扉って大抵人間サイズだろ」
「そうじゃなくて、その扉がある空間の入口のことです。前の地下神殿は洞窟……この隠し神殿も、洞窟の中を流れてたどり着きました。
……入口が狭いんです。大きな身体の生き物――例えばドラゴンなんかは、入れないくらい」
……それは、つまり。
あえてドラゴンが入れない場所に作られたってことか?
あるいは……ドラゴンが入れない場所だからこそ、今日まで現存した?
呪竜が我が物顔で闊歩していた遺跡を思い出す。
「やっぱり、そういうことなんですかね。この山の文明が滅びたのは――」
たぶん、正解だろう。
ドラゴンを神のように奉るこの山の文明は、しかし、ドラゴンによって滅ぼされたのだ。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
さらに奥へと探索を進めた。
いい加減、ポーション類が心許なくなってきたから、そろそろ帰ることを考えなければならない。
しかし、この文明の歴史がおぼろげに見えてきたことで、何もかもが気になってきて、なかなか一区切りつけることができなかった。
「先輩、これ見てください!」
「ん? ……ドラゴン像に、斧が刺さってるな」
「壊そうとしたけど、刃が通りきらなかった風に見えません?」
「壊そうとした? なんで?」
「壊したくなることがあったからでしょうね。無理だとわかってはいても、衝動のままに」
衝動に任せた破壊。
八つ当たり。
こんな風な痕跡が、この隠し神殿には至るところに存在した。
湖の古城と同じだ。
かつて、この場所で何が起こったのか、それを一切説明せずに、ほのめかしているのだ……。
神殿の中の結構な範囲を回ってみたが、ボスは見つからなかった。
代わりに宝箱を見つける。
《カース・スケルトン》が3体も守りについていて、何やら重要さを感じさせた。
それらを退けて、宝箱に手をかける。
「……あ」
「なんですか?」
「また罠外し用意すんの忘れた」
「何やってるんですか、もう!」
「お前は?」
「……………………」
「お前もじゃねえか!」
仕方ない。
またしても漢開封だ。
何回繰り返せば気が済むんだ、この失敗。
チェリーがナチュラルに一歩下がり、俺に押しつけようとしやがった。
なのでその手をひっつかみ、宝箱に近付けていく。
「きゃあーっ! 先輩が無理矢理、乱暴に!」
「人聞きが悪い! 往生しやがれ!」
最終的には後ろから抱きかかえるような形になり、逃げようとするチェリーを捕まえた。
その状態でチェリーの両手を掴み――って。
なんで俺たちはこんなに密着しているのだ。
急に我に返った。
「…………………………」
「…………………………」
ぎゃあぎゃあ騒いでいたのが、急に静かになる。
とはいえ、今さら身体を離すのももったいな――ゲフンゲフン、変なので、そのままの体勢で、二人一緒に宝箱に手をかけた。
「「せーの!」」
パカッ。
開ける。
……トラップなし。
「なんだ。騒いで損しました」
「まったくだ」
「得したのは先輩だけですね?」
胸の中から俺の顔を見上げて、にやっとするチェリー。
「はいはい。そうだな」
「にゃあっ!? お、乙女の脇腹を触りましたね!?」
普通ならセクハラ行為扱いだが、生憎、チェリーが俺をセクハラ防止機能の例外に設定していることを、俺は知っていた。
……システムレベルで『触っていいですよ』と言われているという事実は、心のハードルを下げる。
リアルならこんなことはできない。
宝箱の中には、武器が入っていた。
それも見たことがないタイプの武器だ。
「なんだこれ……?」
「剣、ですかね?」
柄の両端に一つずつ刀身が付いた剣、あるいは薙刀。
「PSOのダブルセイバーみたいだな」
「寡聞にしてそれは存じ上げませんけど……とりあえず、すごく使いにくそうじゃありません?」
宝箱の中から取り上げて、ストレージに入れてみた。
アイテム名を確認する。
「えーと、《エルフの弓剣》……エルフ!?」
「えっ!? ちょっと見せてください!」
チェリーも身を乗り出して、俺のストレージに表示されたその名称を確認した。
「エルフ……! 今まで設定にしか存在しませんでしたよね!?」
「おう。NPCどころか、アイテム名に出てくることもなかった……。大昔は人間と仲がよかったって話がちょくちょく出てくる程度だ」
エルフやドワーフといった亜人系のキャラクターは、MAOプレイヤーが最も実装を待ち望んでいる存在の一つだ。
だから狐耳美少女の六衣が人気を博したのだとも言える。
「《弓剣》っていうのも不思議な名前ですよね……。『ゆみけん』? 『きゅうけん』?」
「ちょっと装備してみ――あっ、くそ、できねえ」
剣って書いてあるし、俺のクラスで行けるかと思ったんだが。
俺とチェリーは二人して、《エルフの弓剣》を装備できるクラスを探した。
しかし。
手持ちのスキルで用意できるすべてのクラスを試してみたが、《エルフの弓剣》を装備できるものは、ただの一つとして存在しなかった。
「どうやったら装備できるんだ、これ……」
「何か別の条件があるんですかね……?」
うーん、と行き詰まってしまった頃。
ちょうどいいタイミングで、セツナから連絡が来た。
『ちょっといいかな? チェリーさんもそこにいる?』
「おう。渓流エリアのほうでダンジョン見つけたから、そこを探索してる」
『えっ、そうなんだ。相変わらず鼻が利くよね、君たち……。そっちも気になるけど、こっちも重要なんだ』
セツナは言った。
『樹海エリアのボスっぽいのを見つけた。これから1回ぶつかってみるから、よかったら君たちも来てくれる?』




