第111話 いざという時だけ力を発揮するタイプはズルい
つづら折りの峠道を登った先には、前線キャンプが築かれていた。
見晴らしのいい岩山のてっぺんなので、モンスターの襲撃があっても容易に対処できるってわけだ。
まずは情報収集である。
「どうもー。どんな感じですかー?」
天幕を張って露店を出していた商人プレイヤーに、チェリーが気さくに話しかける。
こういうのはこいつの役目だ。
アバターとわかってはいても、美少女に気さくに話しかけられて悪く思うゲーマーはいないのだった。
「この先はエリアが三つに分かれてるぜ。ここから見下ろせば一目瞭然のはずだ」
「三つですか」
「大ざっぱに言って、樹海エリア、渓流エリア、雪山エリアの三つだな。例によってどこへ行くも自由だが、雪山エリアはちょっと遠くて、補給なしで行くにゃ骨が折れる。後回しにした方がいいってのが、ここにいる連中の考えみてえだ」
「ってことは、今は樹海エリアと渓流エリアを攻略中なわけですね?」
「ああ。さっき、そこそこ人数のいるパーティが、樹海の方に入ってくのが見えたな」
「なるほど……。ありがとうございます!」
チェリーは俺のところに戻ってくる。
「先輩、聞いてましたか?」
「おう。とりあえず自分らの目で見てみようぜ」
キャンプの端っこまで行って、エリア全体を見渡した。
これが《呪転領域》の全貌ってわけだ……。
視界右奥の方はなだらかだが、深い樹海に覆われている。
視界左奥の方は、高低差のある地形で、谷間に渓流が流れているのが見えた。
そして正面。
ずっとずっと、何キロも進んだところに、雪に覆われた山がある。
てっぺんの辺りは、真っ黒な雲に隠れていた。
「雪山は、話の通り遠いですね……」
「しかもまともな道がない。樹海か渓流のどっちかを通っていけと言わんばかりだな」
「ってことは、どっち行きます?」
「樹海は誰か行ってるんだろ?」
「渓流ですね! 川下り!」
「川上りになるかもしれんぞ」
「えー」
そういうわけで、ポーション類を補充したのち、登ってきたのとは反対の峠道を下った。
相変わらず出現するモンスターは《マウンテンゴブリン・カース》ばっかりだったが、渓流エリアに近付いていくにつれ様子が変わってくる。
「後ろです、先輩! 背後回って!」
「わかってるってっ……!」
対峙するのは黒いトカゲ型のモンスター。
《カース・リザード》。
そいつがブレス攻撃の予備動作に入った瞬間、素早くその背後に回る。
「おらっ……!」
《魔剣フレードリク》で尻尾をぐさぐさやっていると、カース・リザードはいななきを上げて消え散った。
「ふう……。トカゲっぽいのが多くなってきたな」
「トカゲと言いますか、ドラゴンと言いますか」
戦利品を確認する。
換金用アイテムと……ん?
「《ファラゾーガ・リザードの火炎袋》……?」
「《カース・リザード》じゃなくてですか?」
「呪転する前は《ファラゾーガ・リザード》だったってことか」
「……リザード系ってこれまでにも何種類か出てましたけど、《ファラミラ・リザード》が最上級じゃありませんでしたっけ?」
「名前を見るに、そのさらに上だな」
こういう系は、デザインはおおよそ同じで、身体の色だけ違う、みたいなことが多い。
だが、呪転領域のモンスターはどいつもこいつも黒いので、色の見分けがつかない。
「もしかしてだけどさ、《カース・リザード》の中にたまーに《ファラゾーガ・リザード》だった奴が混じってて、そいつしか落とさない素材があったりして……?」
「……うわー。性格悪いです」
リザードガチャだ。
もしそうだとしたら、たまたまコイツに遭遇できた俺たちは幸運なのかもしれない。
まだ情報の少ないうちは、何が幸運で何が不運なのかもよくわからんからな。
「一応、この素材は大事に取っておこう」
あとでレートがめちゃくちゃ高騰したりするかもしれない。
「そろそろ谷に着くな」
地割れめいた深く鋭い谷の淵に、俺たちはたどり着く。
そっと下を覗き込むと、何十メートルも下に渓流がせせらいでいるのが見えた。
ひええ……高い……。
足が竦む。
「どうします? 降りますか?」
「う、うーん……もう少し上から様子を見て……」
チェリーがにやあと笑った。
「降りましょう。断固降りましょう」
「な、なぜ……!」
「え~? 怖いんですか~? MAO最強ともあろうプレイヤーが、ただの高い場所にビビるんですか~?」
くっ……!
人の弱みを握ったときが一番楽しそうだな!
「……こ、怖いわけねえだろ。高い場所が怖くてボスが倒せるかっての」
「あー! こんなところに降りれそうな道がありますよ~?」
「……ほそっ……」
こんな細い道から降りたら落ちるだろうが!
「くすくすくす。ま、怖いなら? 私に掴まっててもいいですけど? 特別に許してあげます。こういうのも役得って言うんですかね?」
「……つ、掴まらないし。絶対掴まらないし」
「なんなら手握っててあげましょうか」
「子供じゃないし! 怖くないし!」
突入!!!!
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
―――と、煽ったのは私の方だったのだけど。
「ひょええええ……」
「あの、ちょっと……先輩?」
「ひいいいいい……」
「せんぱ、あの、さすがにちょっと、近い……」
「ほおおおおお……」
「あ、聞いてない……」
先輩に掴まられるどころか抱きつかれるようにされながら、細い崖道をそろそろと降りていく。
うううー……!
高いところは別に平気だけど、別のことで集中できない!
先輩、ホントに高いところダメなんだなあ……。
戦闘中は大丈夫みたいなのに。
アドレナリンが出てるからなのかな。
戦闘中の先輩の脳味噌はかなり謎に満ちてるから、一度脳波でも取ってみたら面白いかも。
……そういえば、恋人向けにパートナーの脳波や心拍をモニタリングできるアプリがあるって……。
いやいやいや!
ゲームだけじゃなく、リアルでまでそういうことをやり始めたら、本当に言い訳できない。
それに、脳波や心拍を四六時中監視するって、なんだかストーカーっぽくて重いし。
……でも先輩の脳波に興味があるのも事実。
前にブランクさんに、私は絶対重い女だって言われたけど、本当なのかな……。
などと益体のないことを考えていたら、コケそうになった。
先輩が抱きついてるから歩きにくい。
「……先輩? 歩きにくいので、ちょっと……」
先輩が捨てられそうになった子犬みたいな目で私を見た。
……かわいい……。
嗜虐心がじくじくと疼いてしまう。
「代わりに、ほら、お手て繋いであげましょうね?」
「(こくこく!)」
手を差し出すと、素直にそれを握られた。
先輩の手、女顔負けの綺麗さなんだよね……。
指が長くて、ぎゅっとしてもらうと気持ちいい。
でも。
「この握り方でいいんですか~? もっと安心できる握り方、ありますよね~?」
と煽りながら、人差し指を先輩の指の間に滑り込ませてみる。
さすがの先輩も「むぐぐ……」と唸って、少し葛藤しているみたいだった。
私は先輩のこの顔が見たいのであって、恋人繋ぎがしたいわけじゃない。
したいわけじゃないのだ!
やがて先輩は根負けして、私の指の間に自分の指を滑り込ませた。
ふふふ。
「じゃ、先を急ぎましょうか?」
先輩の手を引いて、再び崖道を降り始める。
このまま谷底に着くまで殊勝な先輩を楽しんで、それに飽きたら脇腹をつついて脅かしたりして遊ぼうと思っていたけれど、すぐに邪魔が入った。
「ギィャアアアアッ!!!」
そんな耳障りな鳴き声と共に、大きな翼を持った何かが空からやってきた。
こいつ……ドラゴン……!?
いや、その姿は鳥やコウモリのそれに近い。
頭の上にポップアップしたネームタグには、《カース・ワイバーン Lv111》とあった。
まずい……!
戦うには、この崖道は狭すぎる!
「チッ……仕方ない……!」
カース・ワイバーンが何らかの攻撃モーションを取ったのとほぼ同時に、先輩が緊迫した声で呟き、
私の手を引いた。
「ちゃんと掴まってろよ!」
「ええっ!?」
さっきまで私に抱きついてた人が何を―――
先輩は私と手を繋いだまま、崖道から虚空に身を躍らせた。
「ひゃああああああああああっ!?!?」
重力に身を任せながら、先輩は私を庇うように胸の中に抱え込む。
遙か下にはせせらぐ渓流が見えた。
そこに向かって落ちながら、私は心の中で叫ぶ。
だから!
戦闘のときだけカッコいいことするのはズルいって1億年前から言ってるでしょ!!




