第109話 今回も一人負け
「いや、だってさあ、前々からさ、思ってたんだよ! お兄ちゃんって、家族以外には大体挙動不審なのに、桜ちゃんのときだけあんまりキョドんないな、って!」
妹は供述する。
「そこへ来てチェリーさんのアバターだよ! あたし、ピンと来ちゃった! 『おいおい、あたしの友達とあたしのお兄ちゃんがあたしに隠れて付き合ってるよ。ご褒美かよ!』ってなっちゃって、『よーし、これは知らんぷりした方がおいしいぞ!』ってね! なんというか、ご馳走様でした!」
晴れやかな笑顔を浮かべる妹に、俺と真理峰は唖然とするしかなかった。
……一体……。
一昨日からの俺たちの苦労は、一体……。
「まあまあその辺のお詫びはね、ゆくゆくしていくとして……えーと、UO姫さん? かな?」
レナは未だフリーズしたままのリアルUO姫に近寄った。
「そういうわけだから、ごめんなさい! なりすまし作戦は失敗ってことで! 桜ちゃんの反応によってはもうちょっと乗ってあげよっかなーって思ってたんだけど、意外と早く音を上げちゃったから! 次はもうちょっと正々堂々来てくれたら、お兄ちゃんの妹としても嬉しいかなー?」
UO姫はぷるぷると震え、顔を赤くし、さらには目尻に涙を浮かべ始めた。
ああ……哀れなり……。
俺も含めて、この場の全員が、この妹の手のひらで踊らされていたのだ!
「……ふ、ふっふふふふ……」
リアルUO姫はふらりとよろめきながら、怪しい笑い声を漏らした。
これは……雰囲気が怪しい。
一昨日の夜辺りに同じ雰囲気になった気が……!?
「……バレちゃったかぁ。しょうがないなぁ」
あれ?
意外と普通だ。
「ごめんね、チェリーちゃん? なりすますようなことしちゃって。チャンスだと思ったら止まらなかったの」
「ごめんで済んだら警察はいらないんですよ! しっしっ!」
割と大人な態度で接するUO姫に対し、真理峰は微塵たりとも大人さを見せようとしなかった。
「ふふふ……悪いのはわたしだし、今日のところは退散するけど……その前に……ふふふ……」
なんかさっきからやたら笑ってない……?
体裁取り繕ってるけど、かなりギリギリだったりしない?
「メイアちゃん」
UO姫は真理峰の腕の中にいるメイアに目線を合わせた。
「わたしの本当の名前はミミ。覚えてくれる?」
「ミミ……?」
「そうそう」
UO姫はにっこりと柔和な笑顔で、
「あなたのママだよ☆」
舌の根も乾かぬうちに二度目のなりすましを断行した。
「なあっ―――!? あっ、あなた! あなたね! 面の皮が厚いってよく言われません!?」
「うるさーいっ!! 恵まれてる人にはわかんないよ! 形振り構ってられない女の気持ちなんか!!」
やっぱり自暴自棄モードに入っていた。
この女がもっとも厄介になる瞬間である。
「あはははっ! いやー、すごいなぁお兄ちゃん。いつの間にこんなにモテるようになったのー?」
「アイツの場合は付き纏われてるに近くなりつつあるんだけどな……」
賭けてもいいが、UO姫、コイツ絶対ストーカーになるタイプ。
「ママだよー? ほら、ママって言ってみてー?」
「言っちゃダメです! ママじゃないからね、メイアちゃん!」
二人の板挟みになったメイアは、あっちへこっちへと顔を行き来させる。
あー、あんな風に両方からがみがみ言ったら……。
「…………うあああ――――ん…………!!!」
ほら泣いた。
どうしたらいいかわからなくなったんだ。
大声をあげて泣くメイアを前に、真理峰もUO姫も黙らざるを得なかった。
そして揃って、俺に助けを求める視線を向けてくる。
俺かよ。
「……やれやれ」
俺たちがどうしたらいいかわからないでいるうちに、この冒険者会館の管理人であるタマさんが、カウンターの中でダルそうに立ち上がった。
「君たちね……青春したいのはわかるけど、自分たちの都合に小さな子供を巻き込むのはやめなさい。子供は誰の道具でもないのよ……。たとえNPCでもね……」
返す言葉もなかった。
タマさんは着崩した着物を引きずりながらやってくると、チョコ菓子を1本、メイアの顔の前に差し出した。
「サービス」
「……う~……?」
メイアはそれをそっと握り、自分の口に運んだ。
「おいしい?」
「……おいしー!」
それだけであっさりと笑顔になる。
チョコ菓子は万人を幸せにする効果があるらしい。
メイアはタマさんからもらったチョコ菓子を、真理峰の頬にぺちぺちと当てた。
「あまーい! ママー! あまーい!」
「はいはい、ごめんね。ママはそれ食べられないから―――って、え?」
「「「「「え?」」」」」
「……は?」
え?
あまりにも自然だったから、一瞬気付かなかった。
今……真理峰のことを……。
「……今、呼びましたよね?」
「呼んだ呼んだ!」
「言ったね」
「わー! 桜ちゃん! ママ就任おめでとーっ!!」
「え? えっ!? ええーっ!?」
混乱する俺たちをよそに、メイアだけが、しれっとした顔でチョコ菓子を貪り食っていた。
そして、
「……ふふ、ふふふふ……! あっそう。結局そうなるんだ……。ふーん……。知ってたし……わかってたし……」
UO姫が一人、ぷるぷると震えながら何か呟いている。
何か声をかけるべきか、と迷った、次の瞬間だった。
「―――だったら愛人になるだけだもんっ!! ばーか!!!」
小学生みたいな罵倒を残して、会館を飛び出していった。
さんざん状況を引っかき回すだけ引っかき回して、最終的にはアイツ一人が傷ついて終わる……何度同じパターンを繰り返せば気が済むんだ……。
「僕、なんだか不憫に思えてきたよ、彼女のこと」
「今回はフルボッコでしたね……」
「ケージ君も罪な男ですなー」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。その気がないならちゃんとフッてあげるのも優しさだよ?」
妹からの有り難い忠告だったが、それに対してはこう返すしかない。
「俺が何回アイツをフッたか、教えてやろうか」
「……あー」
レナは察した顔をして、気の毒そうにUO姫の消えた扉を見た。
「ママ……私がママ……め、メイアちゃん、もう一回呼んで?」
「……? ママ?」
「えへへ……えへへへへへへ……」
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「ケージとチェリーにもてあそばれた」
と、MAOに戻るなり、六衣から訴えが出た。
「メイアちゃんの世話を頼むって言ったくせに結局あっちに連れてっちゃうし! 母親みたいだって舞い上がってみたらチェリーがママって呼ばれてるし! わたしったらとんだ道化よ! ねえ!?」
「いや……まあ、そのー……」
「ふ、不可抗力と言いますか……」
「ふんだ! いいもん! 知ってたし、最初から! あなたたちは口では付き合ってない何とも思ってないって言いながら、周りを巻き込んでイチャつきたいだけなんでしょ!? さぞ気持ちいいでしょうね! 優越感で! 彼氏もできたことがないわたしにはわかんないけどっ!!」
久しぶりに六衣のひがみ根性が炸裂していた。
そういやこじらせ処女だったっけ、こいつ……。
何だか言動がキレたときのUO姫と似ている。
「はっはっは。これは落ち着きそうにないな」
気楽そうに笑いながら口を挟んできたのは、研究者みたいな白衣を身に纏ったモノクロ色の髪の女、ブランクだった。
この白衣の作家には、六衣を口八丁で言いくるめた実績がある。
「なんとかしてくれ……。これから圏外行くから、メイアを預けようと思ったんだが……」
「ふむ。なら私が預かろうか。なに、ウェルダと遊ばせておけばよかろう」
「それは子供というものを一緒くたにしすぎじゃないですかね……?」
メイアは3~4歳くらいだが、ブランクの弟子兼護衛のウェルダは小6くらいだ。
同じ子供とはいえ別物だと思う。
「年下の子の面倒を見るのも経験だ。うむ、そういうことにしとこう」
「後付けを隠そうともしねえな」
「私は六衣を宥めておくよ。そら、行こう六衣。こういうときは酒だ! ……なんでも、運営から特別に支給された高級なのが倉庫にあるらしいな……?」
我欲に塗れたことを囁きながら、ブランクは六衣と肩を組んで旅館の奥へと消えていった。
……まあ、たぶん、いま俺たちが何を言っても逆効果だろうしな。
「先生に言われて参りましたー! メイアちゃん、お預かりしますよーっ!」
それから少ししてやってきたウェルダに、メイアのことを頼んでおく。
元より人懐っこい子だし、メイアともすぐに打ち解けてみせた。
よく考えてみれば、ウェルダも普段からブランクの世話をしてるわけだから、子供の世話くらいできるわな。
そういうわけで身軽になった俺たちは、二人で恋狐亭を出た。
目指すは、解放された新エリア。
呪竜遺跡の先にある、新たなる最前線だ。
「メイアちゃんの手がかりが何か見つかるといいですね……」
「おう。クエストを進めさえすれば、何か起こるとは思うんだけどな」
「……進めさえすれば、ですね」
「……ああ」
俺はゆうべから今朝にかけての先行組が得た情報を流し見て、難しい顔を作った。
「一筋縄じゃいかなそうだな……」
「だから面白いんじゃないですか」
「そりゃそうだ」
今回の新エリアには、珍しくも正式名称が付いている。
その名も、《呪転領域ダ・ナイン》。
ついにボスだけじゃなく、エリアまでもが呪いに侵されているのだった……。




