第107話 カップルを飛び越えて三人家族
「おおー……」
程なくして目を覚ましたメイアは、真理峰に手を引かれながらきょろきょろと辺りを見回した。
俺と真理峰とレナは今、冒険者会館を目指して寺町通りのアーケード商店街を歩いている。
俺たちにとっちゃ見飽きた光景だが、メイアにとっては見るものすべてが新鮮なんだろう。
「ごめんねー、桜ちゃん。せっかく遊びに来たのに、付き合ってもらっちゃってさー」
「ううん。私もこの子のこと気になるし」
「でもさあ、お兄ちゃん。冒険者会館って、要するにゲーマーの溜まり場なんだよね。桜ちゃんみたいな子連れてっても大丈夫なの?」
「別に。大丈夫だろ」
妹よ、お前は知らんだろうが、そいつは常連なのだ。
メイアが懐いたことによって、至極自然な流れで、真理峰も『俺の妹の友達』としてついてくることができた。
現地にいるセツナやろねりあたちには先に事情を伝えておいたので、よしなにやってくれるだろう。
「パパぁー」
「ん?」
うわ、俺、『パパ』って呼ばれて普通に反応できてる。
慣れって怖い。
「てー」
「て?」
「手!」
真理峰と繋いでいるのと反対の手を、俺の方に差し出してくるメイア。
つ……繋げと?
真理峰と一緒に、お前の手を?
「……わーお」
レナがによによと笑った。
止める気はなさそうだった。
俺はおずおずと真理峰に尋ねる。
「……いいのか?」
「わ、私に訊かないでください……お兄さん」
お兄さん、と付け足して、かろうじて俺と他人のフリをする真理峰。
そうだよな。
変に意識する方が怪しまれる。
俺が手を握ると、メイアは俺と真理峰の間で嬉しそうに飛び跳ねた。
……うん。
やってみて改めて実感したが、まるっきり親子だ、この構図。
「うふふふふふふ…………パシャリ」
すすすーっとレナが前に出たかと思うと、こっちを見てスクリーンショットを撮りやがった。
メイアもちゃんと写るように、バーチャルギアの画面をそのまま撮影したのだ。
「お前な! 人を撮るときは許可を取れって習わなかったのか!?」
「まあまあ。個人的に楽しむだけにするから。
……わーお、高校生夫婦! これはレア……!」
「あっ……うっ……ううう~~~~っ!」
真理峰も何か言い募ろうとしたみたいだが、過剰な反応は危険だと判断したらしく、かろうじて飲み込んだ。
そのまま親子スタイルで冒険者会館にたどり着く。
「階段、急だから気をつけてね」
「んしょ……んしょ……」
地下へ続く階段をメイアが一生懸命降りるのを見届けたのち、会館の中へと入った。
「あっ! 来た来た! おーい!!」
酒場風の喫茶エリアの一隅で、ツインテールの女子が手を振っている。
顔見知りの5人が、その周囲に揃っていた。
ろねりあ、双剣くらげ、ショーコ、ポニータのJK4人組と、相変わらずの爽やかイケメン実況者セツナだ。
……女子4人に混じってあれほど違和感のない男も珍しいよな。
「わ~! あれがみんなのリアルなんだ~! 初めましてー!!」
「あっ! もしかしてレナちゃん!? うわー! アバターと全然変わんない!」
レナと特に仲がいい双剣くらげを皮切りとして、5人はそれぞれレナと自己紹介を交わす。
それから、
「あっ、紹介します! こっちは桜ちゃんって言って、あたしの友達です!」
「真理峰桜です。初めまして」
真理峰はさすがの演技力でにっこりと挨拶してみせた。
が、
「あ……うん。は、初めまして」
「よ、よろしくお願いします、チェ――真理峰さん」
「はじめま……? あっそうか。初めまして!」
いや、まあ、そうなるよな。
女子はみんな真理峰と同じくらい演技できるなんて嘘だよな、やっぱり!
「(……ねえ、ケージ君。もう面倒くさいからバラしちゃわない?)」
セツナが澄み渡ったイケメンボイスで恐ろしい提案を囁いてきた。
「(お前……ここでバラしたら、今までの苦労はどうなる……!?)」
「(それ、ろくなことにならない思考だと思うけどなあ……)」
くっ、言い返せない……!
「そ、そうです! それよりも!」
ろねりあがパンと手を打って強引に誤魔化した。
「いるんですよね、今? メイアちゃんがここに!」
「いるよー! ギア掛けてみてよ、みんな!」
レナに言われて、5人はそれぞれ自分のギアを掛ける。
そして、俺と真理峰の間にいるメイアを見つけた。
「おーっ…………お?」
その両手を俺と真理峰が握っているのを見て、5人の目が一様に色を変える。
俺にはその目が『お前ら隠す気あんのか?』と言っているように見えた。
仕方ないだろ!
別に俺たちがやろうと思ってこうしたんじゃない!
「……ホントにリアルに出てきちゃってますね……ちょっと信じられません」
ろねりあがメイアの前にかがみ、軽く手を振ったりしながら呟いた。
「まったく違和感ないよね……。ARキャラって普通、もうちょっと浮いてる感じがしない?」
セツナの言葉に、俺は頷く。
「つっても、AR技術は日進月歩だし、知らないうちにこのくらいできるようになっててもおかしかないけどな」
「ましてやNanoのやることだからね……」
「タマさーん!! その辺どうなのー!?」
と、双剣くらげが明け透けに呼びかけたのは、カウンターの中だ。
そこには、着物を着崩した女性が、チョコ菓子をタバコのように口にくわえて、だらりと椅子に座っていた。
この冒険者会館京都支部の管理人であり、Nanoの社員でもあるタマさんだ。
「あー」
タマさんは凄まじくダルそうな声と顔でこちらを見やり、
「ゲーム内容についての質問には回答を差し控えさせていただきます」
あからさまなテンプレ回答で答えるのを拒絶した。
Nanoはビビるくらいリーク情報が出ないことで有名で、社員であるタマさんも口が堅いのだ。
「ま、わかってたけどね」
セツナが苦笑して、
「とりあえず座ろうか。お昼はまだだろう? 何か注文して――って、メイアちゃんが食べられるものって買えるのかな」
「こちらにて食糧アイテムの販売も開始しておりまあーす……」
カウンターの中で、タマさんが気だるそうに言った。
……なるほどな。
リアルでメイアのご飯を調達したいときはここに来いってことか。
カウンターで料理を注文し、二つのテーブルに分かれて座った。
椅子とテーブルの高さが合わなかったので、メイアは真理峰の膝の上に。
マジですっかり懐いたな。
最初は人見知りする子供だと思ったけど、懐くのは案外早いらしい。
「で、本題に入るけど……昨夜のうちに、試せることは試したんだっけ?」
「おう」
セツナに水を向けられた俺は、メイアについて試したことをざっと話していった。
一つ、メイアはMAO以外の仮想空間には入れない。
二つ、メイアは俺たちが見ている世界を俺たちと同じように認識している。
三つ、メイアはギアを掛けていない人間には自分から話しかけようとしない。
「ギアを掛けた人間にしか話しかけようとしない?」
「これは憶測なんだが、メイアにとって、ギアを掛けていない人間はただの背景なんだと思う。
考えてもみろ。現実空間を行き交う全員を生きたキャラクターとして処理してたら、そのデータ量は膨大になる。メイアの知覚上で処理落ちが起こるかもしれない。
それを防ぐために、人物として処理する対象をギアを掛けた人間に絞ってるんじゃないか」
「…………メタ読みはあんまりしないでほしいなぁ…………」
遠くで社員がぽつりと呟いたが、聞かなかったことにした。
「具体的にどうやってるか知らんが、メイアが現実世界を認識している方法にも、ギアが関わってるはずだしな……」
「技術に関しては考えても無駄でしょうか?」
苦笑混じりに言ったろねりあに、セツナが「だろうね」とやはり苦笑混じりに言った。
Nanoがいきなり謎の技術をゲームに投入してくるのは、今に始まったことじゃない。
特許の出願申請とかを調べたら何かわかるかもしれないが、そういうのは好きな奴に任せよう。
「それと、わかったことはもう一つある。これがゲーム的に一番重要そうなんだが……」
「ふん?」
俺は真理峰の膝の上に座っているメイアに話しかけた。
「メイア。俺の言うことを真似してくれるか」
「んんー?」
「《メニューオープン》」
「めにゅー……おーぷん!」
直後、シュンッとメイアの前にウインドウが現れた。
俺以外の面々が目を見張る。
「ちょっとごめんな」
俺は現れたウインドウを手で引き寄せると、全員に見えるよう、テーブルの真ん中に置いた。
別テーブルの面子も寄ってきてそれを覗き込む。
「これって……」
「ステータス……?」
そう。
メイアが出したウインドウに表示されているのは、ステータスだった。
●メイア
キャラクターレベル:0
クラス:------
HP:10
MP:0
STR:1
VIT:1
AGI:1
DEX:1
MAT:0
MDF:0
ステータスポイント:0
スキル:なし
使用可能魔法:なし
「……レベル0……」
レナの手前、発言を控えていた真理峰が、思わずといった風に呟く。
俺は頷いて、自分の考えを語った。
「たぶん……今のメイアは、卵みたいな状態なんだ」
1と0しかないステータスを指さす。
「わざわざステータスが見れるようになってるのがその証拠だ。
――おそらく、メイアは何らかの条件で成長する。そして、俺たちと同じように戦うようになって……同じように、レベルが上がるようになるんだ」




