第104話 身に覚えのない娘
「えっ!? ケージに隠し子が!?」
恋狐亭に戻ってくると、六衣が愕然とした顔をした。
「えっ!? あたしに姪っ子が!?」
ついでにレナが目をキラキラさせた。
俺に手を引かれてエントランスに入った子供――どうも女の子らしい――は、大挙して群がってきためんどくさい連中を見て、俺の足の後ろに隠れる。
「えーっ!? なになに!? マジじゃん! マジで子供いるじゃんお兄ちゃん! え、誰!? 誰との子供!? チェリーさん!?」
「ち、違いますっ! 心当たり皆無です!」
「えー? なに? じゃあ浮気? 浮気なのお兄ちゃん? 妹としてそういうの感心しないなー」
「なんでガチで産んだことになってんだよ! 仮想世界で子供なんぞできるわけねえだろ!」
「そういうシステムもあるのかなって。ほら、結婚とかあるらしいじゃん」
……MAOなら実装されかねないかもとは思うが、少なくとも今のところ、そういうシステムはない。
「なんだ……。びっくりした……」
六衣は胸をなで下ろすように呟くと、中腰になって女の子の顔を覗き込んだ。
「NPCね……。たぶん汎用AI実装型の高位NPCだと思うけど……」
「ん~……! パパぁ……」
じっと観察されるのが怖かったのか、女の子は俺の足にしがみついて、心細そうに唸った。
目覚めてからというもの、終始この調子で、俺から離れようとしないのだ。
割と人見知りする子らしい。
「……なんでケージのことをパパって呼んでるの?」
六衣が中腰のまま俺を見上げて言った。
「俺の方が知りたいわ……」
「ダ・フレドメイアを倒した後に残った炭の山の下にいたんですよ」
チェリーが女の子を見下ろしながら言う。
「だから、先輩がダ・フレドメイアのラストアタックを取ったのが関係してるんじゃないかと思うんですけど……絶対クロニクル・クエスト関連ですよね? 六衣さん、何か知りませんか?」
「えー? 確かにわたし、メタNPCになったけど、クエストの内容については何にも知らないわよ? 《Nano》から頼まれてるのは、この旅館と温泉街をちゃんと管理しといてってことだけだし」
「ですよねー……」
メタNPCは、言ってみればゲーム内に常駐しているGMみたいなものなのだ。
ゲーム運営を補佐する役目を負うが、ゲームの内容についてすべて知っているわけじゃない。
「クエストログにも、相変わらず【ナイン山脈を攻略しよう!】としか書かれてないんだよね」
セツナが苦笑しながら言った。
「まあいつも通り、細かいことは好きにやれってことなんだろうけど……今回はまた、凄まじい無茶振りが来たよね」
「何をどうすればいいのか、いくらなんでもわからなすぎますよね……」
「ってか、あたしたちがあの炭の山を掘り返さなかったらどうなってたんだろうねー?」
ろねりあが眉をハの字にし、双剣くらげが女の子の頬をつつこうとして逃げられた。
「こんにちは~」
レナが女の子の前にしゃがみ込んで、目線を合わせる。
「あたし、レナ」
「れな……?」
「そうそう。パパの妹。レナ叔母さんだよ~」
「れなおばさん!」
「わ~! よく言えたね~!」
レナが頭を撫でると、女の子はくすぐったそうにする。
こいつの対人スキル、子供にも発揮されるのかよ。
それとも、パパ――って呼ばれてる俺の妹だからなのか?
「っていうか、お前、おばさんって呼ばれるの抵抗ねえの?」
「まったく!」
我が妹ながら、年頃の女子らしさをどこかに放り捨ててきたような奴だな。
「ね、お名前はなんて言うの?」
「おなまえ~……?」
レナに尋ねられて、女の子は首を傾げる。
そういえば聞いてなかったな……。
ロックオンしてもキャラネームが出ないから、わからないのだ。
「おなまえ……おなまえ……」
「……うーん。もしかして、わかんない?」
「わかんない~?」
わかんないがわかんないといった顔だった。
「ないのかもしれませんね、名前……」
チェリーがおとがいに手を添えて呟く。
「名前がない?」
「だって、あんな場所にこんな子、ボス戦中は絶対にいなかったじゃないですか。ダ・フレドメイアを倒したと同時に出現―――いえ、誕生したとしか考えられませんよ」
「……確かにな……」
だとすれば、この子の本当の親はあの太陽竜ということになるか。
人間のように見えて実はドラゴンなんだろうか。
……でも、だったら、俺はパパどころか親の仇だよな。
「それじゃあ名前つけようよ!」
レナが言った。
「ダ・フレドメイアっていうボスから生まれたんなら、そこから取ってメイアちゃん! どう?」
「めちゃくちゃ安直だな」
「やっぱ姓名判断とかしないとダメかな?」
「姓がなくないか?」
「お兄ちゃんがパパなんだから名字も一緒でしょ?」
俺と一緒って……《古霧坂メイア》?
それを聞いて、チェリーがブラウザを開いて何か調べ始めた。
「メイア……めいあ……あっ、明るいに亜空間の亜で《明亜》って漢字当てればそこそこ良さそうですよ」
「じゃあそれで! ……というか、チェリーさん、あたしたちの名字知ってるんだ?」
「あ゛」
忘れかけていたので今一度確認しよう!
レナの中で、俺とチェリーは付き合っていることになっているが、レナはチェリーの正体が自分の友達の真理峰桜であることは知らないのだ!
チェリーは冷や汗を流しながら目を逸らした。
「ま、前にせんぱ――ケージさんから、聞いたことがありまして~……」
「そっかー! 付き合ってるなら本名くらい知ってるよねー!」
あぶねえーっ!
セーフ!
「というわけで、今日からあなたのお名前は《明亜》だよ!」
「めいあ~……?」
「そうそう!」
「めいあ。……めいあ!」
何度も繰り返して、女の子はきゃっきゃと笑った。
「やった! 気に入ったみたい!」
「あっ!」
瞬間、女の子――メイアの頭上に、ぴょこんっとタグが付いた。
《メイア》。
そんなキャラネームが表示されている。
「あっという間に適用された……」
「どうなってるんでしょう……?」
ますます不思議だ。
この子がただのNPCでないことが、さらに証明された。
「それじゃあ、この……メイアちゃん? これからどうしようか?」
セツナが俺の方を見て言う。
俺は足にしがみついたメイアを見下ろして、
「……まあ、とりあえず、保護だろうな。放っておくわけにもいかねえし……」
チェリーも頷いた。
「ですね。幸い、六衣さんもいますし」
「えっ!? 何!? わたし!?」
「私たちは四六時中ログインしてるわけにはいかないんですから、こっちにいない間は六衣さんにお願いするしかないじゃないですか」
確かに、こんなに小さい女の子を、一人きりで放っておくわけにはいかない。
誰かしらが見ておく必要がある。
今は休みだからまだいいが、明後日からは平日だ。
特に昼間は誰もログインできなくなる。
「ワシは四六時中ログインしとるぞ! ガハハハハハ!!」
……もちろん中には昼間も暇な廃人ニートもいるわけだが、それはそれで任せておけない。
というわけで、六衣に頼むしかないのだ。
「え、えー……? でも、わたしも一応、旅館の仕事あるし……」
「んー……でも、六衣さんが無理となると、他のメタNPCの方に頼むしかなくなりますよね? となると……」
「アイツはもっと無理だろ」
実は俺たちには、六衣の他にもメタNPCの知り合いがいる。
教都エムルに住んでるんだが、アイツは六衣よりも忙しいはずだ。
子守なんてしてる余裕は絶対にない。
「ねえねえ、六衣さん六衣さん」
レナが明らかに何か企んでいるニヤニヤ顔で六衣に話しかけた。
「よく考えてみようよ。お兄ちゃんが出かけてる間、お兄ちゃんの子供の面倒を見る―――これって、何だかお兄ちゃんの奥さんみたいじゃない?」
「やります!!!!」
何の躊躇いもない手のひら返しだった。
六衣はメイアの前にしゃがみ込み、
「えへ、えへへへ。わたしがママだよ~。なんちゃって」
……電子人類にシフトしたことで、むしろ知性を失っている気がする。
「……おいレナ。お前、何を煽ってんだよ」
「別にお兄ちゃんとチェリーさんの邪魔をしたいわけじゃないよ? でもまあ、機会は平等に与えられるべきだよねー」
それっぽいことを言いやがって。
絶対ただの愉快犯だ。コイツは結局のところ、自分が楽しければそれでいいのだ。
「チェリーさんも、ここはチャンスだよー?」
「えっ? な、何のですか!?」
「もちろん、正妻ヅラするチャンスだよ! ここで余裕を見せておけば、お兄ちゃんにコナをかけたい子が他にいても、『ああー、あの余裕しゃくしゃくの人が彼女なんだな。敵わないな』って思うよ、きっと!」
「……そ、そうですかね……?」
「何かにつけ焦るのも可愛いけど、時には器の違いを見せつけるのも有効だよ!」
「……なるほど……」
妹が実兄の彼女(という設定になっているチェリー)を言いくるめている。
っていうか何言いくるめられてんだよ。
まあややこしいことにならないのは大歓迎だが。
……そういえば。
「……………………」
「どうしたんですか、先輩? 急にきょろきょろして」
「いや……こういうとき、真っ先に話をややこしくしそうな奴の姿が見えねえな、って思って」
「?」
UO姫の奴のことだ。
いなけりゃいないでなんか不安になるんだよな。
クランメンバーを駆り出してボス戦した直後だし、戦後処理に追われているのかもしれない。
「ほら、メイアちゃん。飴ちゃんあげる」
「あめちゃん!」
一方、六衣は子供を飴で買収していた。
なんで当たり前のように着物の袂から飴が出てくるんだ。
実は大阪出身なのか、こいつ。
「あっ! もう……」
それを見咎めたチェリーが、俺には向けられたことのない優しい声音でメイアに言う。
「メイアちゃん。今は六衣さんだから良かったけど、人から簡単に物をもらっちゃダメだよ?」
「ダメ……?」
六衣からもらった飴を握り締めて、メイアは不安そうにチェリーを見上げた。
「次からは、ちゃんと私たちに聞いてね? 『もらっても大丈夫?』って」
「んー」
メイアがこくりと頷くと、チェリーは口元を綻ばせて、その小さな頭を優しく撫でる。
「それじゃあ、ちゃんとお礼言おうね。ほら、六衣さんに『ありがとう』って」
「ん……ぁりあとー!」
「よくできました」
チェリーがもう一度頭を撫でると、メイアは嬉しそうに笑った。
……そんな二人を、俺たちは半ば唖然とした顔で見ている。
「チェリー、お前……」
「はい?」
「さっきは抱き上げるのにもビビってたくせに、子供の相手、めちゃくちゃ慣れてないか?」
「えっ? いえ、抱き上げたことはありませんでしたけど……こういうのは、ほら、なんとなくわかるじゃないですか」
「わかんねえよ!」
コミュ力オバケめ!
「……っていうか、お兄ちゃん」
なぜか実妹がじとーとした目で俺を見ていた。
「本当に産ませてないよね? やっぱりチェリーさんがママなんじゃないの?」
「「ち・が・うっ!!」」
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晩飯の時間も差し迫っていたし、キツいボス戦の直後で疲れていたから、メイアのことは六衣に任せ、俺はいったんログアウトした。
「ふう……」
凝り固まった背中をごりごりと伸ばして息をつく。
一体なんなんだろうな、あの子は……。
ダ・フレドメイアの死骸の中から出てきたことと言い、クエストに関係するのは間違いないんだろうが……。
そんなことを考えながら、バーチャルギアのアタッチメントを外して眼鏡モードにし、掛ける。
ぼんやりとしていた視界が明瞭になったところで、ひとまず下におりるかとドアに向かおうとした。
「……んに~?」
……え?
俺は足を止める。
声……?
今、声がした。
聞き違いじゃない、確かに……。
「んん~……パパぁ……」
俺は弾かれたように振り向いて、ついさっきまで寝ていたベッドを見た。
そこに。
女の子が、座っていた。
「……は……?」
そんな、馬鹿な。
ありえない。
そのベッドには、ついさっきまで、確かに誰もいなかったはずだし――
そもそも。
そこにいるのは、メイアだった。
仮想世界にしか存在しないはずのNPCが、この現実世界で、ぼんやりと俺の顔を見つめているのだった―――
前々回のVSジンケ戦、ちょっと描写を追加しているうちに、
決着の流れまでまるっと変わってしまったので、
お暇な人はどうぞ。
二人の勝敗を分けた要素がかなりわかりやすくなったんじゃないかと。




