第101話 VS.第六闘神ジンケ - Round 1
【MVP決選デュエル】
【レギュレーション:ノーアイテム・ノーリミット】
【方式:1ラウンド制・1セット先取】
【制限時間:なし】
【対戦開始まで残り10秒】
ルールを確認するメッセージが次々と目の前に流れ、最後にはカウントダウンの数字だけが残った。
【9】に変わったそれを見ながら、俺は魔剣フレードリクを抜いて構える。
正面に対峙するジンケは、いつの間にか薄手の黒い手袋を両手にはめていた。
「ジンケさん……どうして槍を片付けてしまったんでしょう? 素手で戦うつもりなんでしょうか?」
「あれ。知らないの、ろねりあさん?」
ろねりあとセツナの会話が耳に届く。
「有名な話だよ。《第六闘神》ことジンケは、主に槍を使うプレイヤーだ―――ただし」
ジンケが、手袋をはめた両手をぐっと握り締め、胸の前に構えた。
「彼は、槍よりも拳で闘った方が強い」
――そう。
まさに、その拳に、以前の俺は敗れたのだ。
あのときから、俺は強くなっただろうか?
実力で言えばそう変わっちゃいないだろう。
むしろ対人戦にはブランクがある。
対人戦の最前線で闘い続けているジンケの方が強くなってるってことはあっても、俺の方が強くなってるなんてことは有り得ない。
違うことがあるとすれば、今回は本当の相棒を使えるってことと―――
「―――先輩っ!! 負けたらシバきますからねっ!!」
聞こえたチェリーの声に、俺はサムズアップで応えた。
脳裏に蘇るのは、ジンケに負けた後、俺の代わりに泣いたチェリーの顔。
コイツを喜ばせてやりたかったっていう叶わなかった願望。
だから、今更のように叶えよう。
あのとき見られなかったチェリーの笑顔を、今日ここで見てやろう。
「―――行くぞ、第六闘神」
小さく呟けば、
「―――来いよ、MAO最強」
小さく応えが返る。
そして、カウントがゼロになった。
「――68」
ジンケの足が、凄まじく静かに地面を蹴る。
直後、その姿が消失した。
徒手空拳――《拳闘士》クラス特有のAGIが可能とする、超高速《視線攪乱》!
首筋の左側がざわっとした。
その感覚に従い、左に魔剣を振るう。
鋭く繰り出されたジンケの拳と、俺の魔剣フレードリクが激突した。
ガィンッ!! と硬質な音がして、俺たちは互いに弾かれる。
ジンケの手袋は、バカみたいに硬い繊維で作られたって設定の特別製だ。
剣とだって正面から打ち合うことができる……!
「ったく……! 相変わらずふざけた勘の良さだ! 超能力者か、あんた!」
「人の視界から消えられる超人が言うな―――!!」
俺の魔剣が、ジンケの拳が、再びぶつかり合った。
「――55」
手数では両手を使えるジンケの方が有利。
威力ではステータスとクラス補正で勝る俺の方が有利。
アバター操作力ではジンケの方が上。
勘の良さでは俺の方が上―――!!
「おおぉおッ!!!」
両手で魔剣の柄を掴んで、唐竹に振り下ろした。
瞬間。
チリッと首筋がざわつく。
まずっ――!?
「―――そこだ……!!」
嫌な予感がしたそのとき、ジンケが魔剣の峰を正確に叩いた。
斬撃の軌道が逸らされる。
体技魔法でキャンセル―――間に合わない!
「第二ショートカット発動!!」
ジンケの手が稲光を発する。
これは――拳闘士系体技魔法《雷破掌》!
威力は低いが、代わりに麻痺効果がある。
コンボの始動技だ……!
俺の腹に稲光を発する手が添えられた。
直後、全身を衝撃が貫く。
「かッ……!!」
身体の自由が利かなくなった。
舌も動かなくなって、ショートカットの詠唱ができなくなる。
デュエル中の麻痺は一瞬で治るが、その一瞬が致命的……!!
「第三ショートカット発動!」
続けざまの詠唱で体技後硬直をキャンセルし、ジンケは右手に炎を纏わせる。
《炎昇拳》か……!
立ち上る竜のように下から振り抜かれた炎拳が、俺の顎を強力に打ち据えた。
身体が、浮く。
麻痺が治っても、空中に浮かされた人間には何もできない。
その間に、ジンケはトドメの一撃を準備する―――!!
「第四ショート―――」
「第四ショートカット発動!」
ジンケの拳が風を纏ったのと同時に、俺の剣もまた風を纏った。
「ッ!?」
打ち出されたジンケの《風砕打》と、強引に放った俺の《風鳴撃》とが激突する。
威力で劣るジンケの方が弾かれ、地に足がついていない俺の方も反動で後ろに流された。
ズザザッ、と靴が地面を削る音が重なる。
8メートルほどの距離を開けて、俺はプロゲーマーと睨み合った。
「もう覚えやがったのか、この野郎」
「ダンジョンやボス戦中に、あんたの動きは散々見せてもらった。嫌でも覚えるっつの」
人読み、という技術がある。
キャラや技などのゲームにあらかじめ設定された情報ではなく、それを動かすプレイヤー本人の癖などを覚えてしまうことだ。
ジンケは、それが異常にうまいプレイヤーだとされていた。
曰く、たった1ラウンド闘うだけで、第六闘神は相手の未来を視ることができるようになる―――
どこまで本当なのかはわからないが、さっきのいなしのことを思うと、あながちハッタリとも言い切れない。
俺が剣を振るうタイミング、強さ、速さ――何もかもを把握していなければ、拳で正確に峰を叩くなんてできるはずもないからだ。
真剣白羽取りの方がまだ簡単だろう。
「――35」
HPをだいぶ持って行かれた。
俺のクラス《魔剣継承者》は、火力がめちゃくちゃ上がる代わりに耐久が冗談みたいに下がる。
もう1回、今のコンボを喰らったら、命はないかもしれない。
「――30」
もう少し粘りたいところなんだが……!
「出し惜しみをしてる場合じゃなさそうだな」
口元に薄く笑みを刻んで、第六闘神は告げた。
「外していくぜ。ついてこいよ―――!!」
―――!!
まさか、もう……!?
ジンケが大きく息を吸ったその瞬間、チェリーが観戦者たちに叫んだ。
「《解放の咆哮》です!! 耳を塞いで―――!!」
「――――ぉぉぉぉおおおおおおおおおおオオオオオオオオオァァァァァァァァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!」
世界そのものがビリビリと震える。
地面が揺れているかのようにすら感じる凄まじい咆哮に圧倒され、俺は指一本動かすことができなかった。
「なっ……なんっ……ですかっ、この大声ぇっ……!!」
「みっ、耳がぁ~!! 壊れちゃう~!!」
耳を塞いで悶絶する観戦者たちの仲で、ただ一人、銀髪のメイド――リリィさんだけが、慣れた様子で平然としていた。
「ハンマー投げの選手は、投擲の瞬間に大声を上げることで、意図的に脳内でアドレナリンを分泌する」
平坦な声が、しかしどこか得意げに語る。
「いわゆる『シャウト効果』―――それは仮想世界でも同じように発動する。身体は別物でも、それを操作するのは同じ脳」
俺たちだって、気合いを入れて攻撃するときは大声を出す。
実際、経験的に、声を出した方が集中力も上がるのだ。
だが――ジンケのそれは、俺たちの声出しとは一線を画す。
「ジンケの《咆哮》は、脳の性能を瞬間的ではなく、ある程度持続的に向上させる」
リミッターの解除。
脳の機能を100パーセント引き出し、戦闘に動員できるリアルチート。
「判断力、集中力、反応速度――すべてを常人以上に引き上げる、第六闘神必殺のルーティーン。
リミッターを外したジンケは、誰にも止められない」
咆哮が止まり、空の彼方へと吹き抜けて。
獰猛さに満ちた眼光が、俺を射貫いた。
来―――
「―――あっ?」
ジンケの姿が、目の前にあった。
間合いを詰められた。
来る、と俺が身構えるよりも早く……!!
チリッと肌が危険を察した時にはすでに、鋭いフックが俺のこめかみに突き刺さっていた。
身体がぶっ飛ばされる。
まるでドデカい岩がぶつかってきたようだった―――明らかにステータス通りの衝撃じゃない!!
地面に片手を突きながら顔を上げるが、ジンケの姿はどこにもない。
――右!
勘で危険を察知して、その場に伏せた。
暴力的に空を切る音が頭上から聞こえる。
避けた!
「――15!」
よし、と顔を上げても、そこに残っているのは気配だけ。
速すぎる……! 目すら追いつかない!!
地面を転がって回避行動を取ろうとするが、その前に拳がやってくる。
「ぐッ……!?」
胸を打ち据えられた。
身体が跳ね上がって、獰猛に目の色を変えたジンケを目の前に見る。
……っは。
何が闘神。
まるで獣だ。
闘いに飢えた猛獣だ……!
パンチがけぶるような速度で放たれた。
魔剣でそれを防ぐことができたのは、ほとんど偶然だった。
衝撃を受け止め切れずにたたらを踏む。
その隙に懐に飛び込んできたジンケを、袈裟懸けの斬撃で追い払おうとしたが、軌道があらかじめわかっていたかのように簡単に避けやがった。
「――10っ……!」
ジンケの左手が伸びてくる。
これまでで最大の危機感を得るが、俺の足よりもジンケの手の方が速かった。
胸倉を掴まれる。
逃げられなくなる。
HPは残り2割を割っていた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「ああっ……!!」
先輩がジンケさんに胸倉を掴まれた瞬間、ろねりあさんたちが悲鳴を上げた。
「ちぇ、チェリーさん!? どうして平気そうなんですか!? ケージさんが負けちゃいますよ!?」
私はおかしくなって、思わず笑ってしまう。
「大丈夫ですよ、慌てなくても」
どうやら気付いているのは、私だけみたいだった。
先輩が、最初からはっきりと、自分の勝利の形を思い描きながら闘っていることに。
私は稜線に沈もうとしている夕日を見やる。
「間に合いそうですね」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「ずっと気になってたんだが―――」
俺を捕まえたジンケは、なのに怪訝そうに、眉根を寄せて俺の顔を睨んだ。
「―――あんた、さっきから何を数えてるんだ?」
俺は薄く笑う。
「さあな。あと5秒くらいでわかるんじゃないか?」
そして、脳裏でずっと続けていたカウントを口にした。
「――5」
同時、ジンケの腹を思いっきり蹴り飛ばす。
「――4」
胸倉を掴む手を振り払い、剣先を突きつけて牽制した。
「――3」
ジンケは魔剣を潜り抜けて、顎を狙ったパンチを繰り出してくる。
「――2」
それをかろうじて避けて、俺は嫌がらせめいた足払いを出した。
「――1」
足を取られるのを嫌ったジンケがいったん距離を取り、
「――0」
この瞬間、湖で《呪転霧棲竜ダ・ミストラーク》を相手にそれを使った時刻から、ちょうど86400秒が経過した。
俺は唱える。
「第一ショートカット発動!」
―――《魔剣再演》!!
 




