第100話 VS.呪転太陽竜ダ・フレドメイア - 5th WAVE
俺は飛ぶようにして恋狐亭に戻ると、預けてあるアイテムを確認して悲鳴をあげた。
「うげああっ!! マナポーション1回分しかねええええ!!!」
「何してるんですか先輩! どうしてもっといっぱい用意しておかなかったんです!」
「こっちでも用意できるんだからそんなにいっぱい持っていかなくてもいいって言ったのお前だろ!!」
持てるだけの回復アイテムをストレージに放り込むと、俺たちは大急ぎで外に取って返す。
恋狐温泉は、すでに狩り場と化していた。
「往生しろやトカゲどもォォォ!!!」
「逃がすな!! 経験値だ!!!」
「寄越せ……経験値寄越せ……」
経験値2倍ボーナスの話を聞きつけたプレイヤーたちがMAO中から集結し、呪竜という呪竜を虐殺していた。
人手が足りない人手が足りないと嘆いていたのが嘘のような人数である。
「今まで傍観決め込んでたくせに、経験値と聞いた瞬間群がってきやがって! 亡者どもが!!」
「まったくですね! 卑しいブタどもが!!」
「「俺たちにも寄越せえええーっ!!!」」
ぶひぶひぶひ。
卑しいブタです。
経験値おいしい。
呪竜をズバッと斬り倒すたび、バカみたいな勢いでレベルが上がる。
あれほど遠くに思えていたレベル110もあっさり超えた。
まるでゴールデンスライムでも狩っているかのようだ……! ぐわはははは!!
「おおーい! こらーっ!! ダ・フレドメイアのこと忘れてるだろ二人ともーっ!!!」
理性を失った経験値の亡者たちと呪竜の断末魔とでできた喧噪に、爽やかなイケメンボイスが混じった。
狩り場の中を駆け抜けてくるのはセツナだ。
「人が頑張ってボスを食い止めてるって言うのに! ずいぶんと楽しそうじゃないか!!」
「嫌味ったらしいなあ人気実況者。まるで京都人みたいだぞ」
「京都人だよ!! ケージ君もだろう!?」
そうだった。
「ダ・フレドメイアがここに到達するまでにはもう少しあるでしょう?」
チェリーが呪竜を焼殺しながら言った。
「それまでにできるだけ戦力を上げておこうという算段ですよ! 決して欲望に負けたわけじゃありません! 決して!」
「――だったら!」
また違う声がして、空から呪竜が墜落してきた。
その背中にのっかっていたのは4人の女子。
ろねりあ、双剣くらげ、ポニータ、ショーコだった。
「わたしたちも欲望に負けたわけじゃありませんよね?」
「こんなおいしい狩り場、さすがに逃せないでしょー!!」
「くすくす。エリアボスほっぽりだしてまで?」
「……囮が効いてるから、もう少しは……」
「囮?」
「事情を知ったフェンコール・ホールの建築職の人たちが、囮用のお城を突貫工事で建ててくれたんだよ。今、ダ・フレドメイアはそれを壊すのに夢中だ」
セツナは淡く苦笑する。
「二人に文句言ってたよ。『ちゃんと理由があるんなら先に言え』って」
知りません。
フェンコール・ホールを瓦礫の山に変えたのは通りすがりの蛮族です。
「でも、保って10分ってところだろう。だから、それまでに――」
「おう。できるだけレベルを上げて――」
「はい! 経験値に群がってきた人たちも巻き込んで、恋狐温泉でダ・フレドメイアを迎え撃ちましょう!!」
街はまた作ればいい。
失われる命ももはやない。
大いに遊ぶとしようじゃねえか!
「――上がった! 112!」
「こっちは111です! くぅぅ、追いつかない!!」
出し惜しみナシで呪竜を狩りまくり、レベルが上がってはチェリーに自慢する。
「ポーションー! ポーションはいかがっすかー!!」
「寄越せ!!」
「いやこっちだ!!」
「言い値で払うぞー!!」
「毎度ぉー!!」
HPやMPがなくなれば、バーゲンセールのごとき熾烈な競争に飛び込み、商人プレイヤーからボッタクリ価格のアイテムを買い占める。
〈ヤバいwwwマジで入れ食いwwww〉
〈そのうち呪竜いなくなりそうww〉
〈乗るしかない、このビッグウェーブに……!!〉
〈呪竜の最速討伐手順についてはこちらのURLで!↓〉
〈っしゃあーっ!! 恋狐温泉ついたあ!! 狩りの時間じゃあ!!!〉
経験値の亡者どもは時を追うごとに増え続け、SNSのトレンドには『恋狐温泉』『呪竜』『経験値2倍』といったワードが並んだ。
そして―――
「やれやれ。呆れるくらい欲望に忠実な奴らだぜ」
銀髪のメイドを連れたプロゲーマーが崩れた土産物屋の上に現れ、笑い含みにそう言った。
「なんだ、第六闘神じゃん。ずいぶん遅かったな」
「経験値に興味はねーからな。あんたらの代わりにボスの足止めをしてやってたんだよ」
「恩着せがましいな。要するに経験値よりも貢献度を優先しただけだろ」
「経験値はいつでも稼げるけど、貢献度は今しか稼げないもんね~!」
甘ったるい声と共に、白銀の騎士たちに守られたUO姫がやってくる。
「これでクロニクル・クエストの上位報酬はミミたちのも・の♪ 毎回毎回チェリーちゃんたちにばっかり譲らないよ~?」
「さあて、それはどうですかね?」
チェリーが挑戦的に笑いながら告げた。
「いくらちまちま貢献度を貯めても、ラストアタックひとつであっさりひっくり返ったりするのがクロニクル・クエストですから」
「つまり」
平坦な声で言うのは、第六闘神ジンケの側に侍るリリィさん。
「ダ・フレドメイアのラストアタックを取った人が、今日、一番の勝ち組」
「いいな。わかりやすくてよ!」
ジンケは肩に担いでいた槍を、背後にある断崖に差し向けた。
「充分たらふく食べただろう。そろそろ会計にしようじゃねーか。
――シメのご到着だぜ!」
断崖の彼方に、燃え盛る太陽竜が顔を出した。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
温泉街に集まった、優に3桁を超えるプレイヤーたち。
ご馳走の食べ放題で力をつけまくった彼らは、どいつもこいつもその強さを試したくてうずうずしていたのだった。
ダ・フレドメイアの黒点に、次々と魔法が突き刺さる。
返す刀でまき散らされる紅炎で、荒れ果てた温泉街が火の海と化し、プレイヤーが100人くらい消し炭になるが、その程度では止まらない。
「うおおおおおッ!!!」
「らあああああッ!!!」
俺の魔剣が、ジンケの槍が、火勢を弱めた太陽竜の黒点をさらに突いた。
太陽竜が纏う炎が火柱となって高く聳え、同時、白い輝きが辺りに満ちる。
「コロナだっ!!! 太陽風が来るぞ!!!」
セツナの警告で、数百人に上るプレイヤーの大半が物陰に飛び込んだ。
直後、凄まじい熱風が吹き抜ける。
物陰以外のすべての場所が一瞬にして真っ赤に燃え上がり、逃げ遅れた連中は無念の叫びを残して消滅していった。
直前の光で黒い影ができた場所は安全なのだ。
一発即死の太陽風攻撃を横目に、俺は思わず笑う。
「へっへっへ」
「ふっふふふ!」
傍らにいるチェリーも同じように笑った。
コロナが消え、影もなくなり、俺たちは物陰から飛び出す。
太陽風によって多くのエネルギーを消費し、ダ・フレドメイアは全身を真っ黒にしていた。
黒点が全身に広がったのだ。
あの状態なら攻撃し放題―――!!
チェリーが。
UO姫が。
リリィさんが。
セツナが。
ろねりあが。
双剣くらげが。
ポニータが。
ショーコが。
ゼタニートが。
ストルキンが。
ジャックさんが。
魔法を。
スキルを。
剣技を。
撃つ。
撃つ。
撃つ!
撃つ!!
3段連なっていたダ・フレドメイアの体力ゲージは、すでに最後の1段の半分を割っていた。
勝利が視野に入り、ラストアタックを狙ってプレイヤー同士の探り合いが始まる。
MPを温存するか?
もう少しボスが弱るのを待つか?
ここで攻撃したら、別の奴にハイエナされるんじゃ?
惑い、迷い、躊躇い。
それらが生んだ、一瞬の停滞の中で―――
俺とジンケだけが、躊躇なく飛び出した。
「「おぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」」
咆哮が重なった。
剣の刃が、槍の穂先が、猛然と巨竜の肌を削り取ってゆく。
単純な火力では間違いなく俺が上。
だが純粋なアバター操作力では、悔しいがあっちが上。
どっちがより多くのHPを削るか?
どちらの攻撃が最後に届くか?
それらは当事者の俺にもまるでわからず、ただ、一心不乱に剣を振るった。
長すぎるコンボによって、疲労ペナルティが積み重なる。
ステータスが下がり、腕の動きが鈍くなる。
だけど、ここでは止まれない。
ここでは退がれない。
気持ちが逃げれば勝利も逃げると、俺の中の何かが訴える―――!!
HPは見ていなかった。
だからそれは、完全な勘だった。
「第五ショートカット発動―――ッ!!!」
残るMPをつぎ込んで発動する《龍焔業破》。
魔剣フレードリクの刃から迸った炎が、巨大なドラゴンの形を取り、ダ・フレドメイアの顔面に食らいつく。
しかし、同時。
「第五ショートカット発動―――ッ!!!」
ジンケの槍が、目映いばかり紫電を纏った。
大砲めいた轟音と共に放たれるのは、必殺の投擲体技《雷翔戟》。
迸った龍焔のアギトと、投げ放たれた雷槍の穂先の、どちらが先に届いたのか、俺にはわからなかった。
ただ―――
「――――ァァAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――」
どこか物悲しい、甲高い断末魔を、呪転太陽竜が天高く響かせたことだけが、確かだった。
太陽が、鎮火する。
呪竜遺跡の最奥で俺たちを阻み。
ダンジョンとして俺たちを惑わせ。
ボスとして俺たちを圧倒し。
文明を呪って破壊を振りまいた巨竜は―――
最期には、ぼろぼろと、朽ちた木のように―――
―――巨大な炭の塊となって、その場に降り積もった……。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
この瞬間、MAOにログインしているすべてのプレイヤーに対して、同じメッセージが伝えられた。
【エリアボス《呪転太陽竜ダ・フレドメイア》が討伐されました】
【CHRONICLE QUEST CLEAR!】
現実と言わず仮想と言わず、弾けるような歓声が満ち溢れた。
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
「はああ~~~~っ!!!」
クエストクリアのメッセージを見た瞬間、俺は大きく息をついてその場に大の字になった。
これでダ・フレドメイアがエリアボスじゃなかったらどうしようかと思ったが、そうだよなー、さすがにエリアボスだよなあ……!!
「せーんーぱいっ!」
チェリーが顔を覗き込んでくる。
「ラスアタ取りましたか? 取りましたよね!? ここまで来て媚び媚び姫にMVP持っていかれるなんてイヤですよ!」
「いやあ、仮に取れてなくても、MVPはジンケの奴だろ……」
アイツは途中参加だったが、それを言ったら前回、フェンコールのときの俺たちもそうだったしな。
プレイヤーで初めて呪竜を倒したのもアイツだし、最初にダ・モラドガイア内部のダンジョンに入ったのもアイツだ。
加えて、ボス戦じゃあ取り巻きの呪竜をバッタバッタと倒しまくってたし、最後の総力戦での与ダメージ量も相当のもんだろう。
貢献度は俺たちに勝るとも劣らないはずだ。
この上ラスアタまで取られてたら、MVPは間違いなくヤツだろう。
「それはそれでダメですよ。横から入ってきたプロゲーマーにMVPをかっさらわれるなんて、フロンティアプレイヤーの名折れです」
「そんな肩書きに誇りを持ったことはねえけど、確かに悔しいのは確かだな。どれどれ……」
上体を起こして戦利品を確認してみると――
「――おおっしゃあっ!!!」
快哉を叫びながら、俺は飛び上がるように立ち上がった。
「取ったんですか!?」
チェリーに親指を立ててみせる。
ラストアタック・ボーナスとして、《太陽竜の火花》というアイテムが、俺の戦利品リストに表示されていた。
前回は《魔剣再演》ってチート技を使ったからってことで、ラスアタボーナス争奪ジャンケン大会に移行したが、今回は完全に自力だから俺のもの!
「これでMVPはもらったようなものですね!」
「どうだろうな。上の方だとは思うけど――」
続いて、クロニクル・クエストの貢献度ランキングを確認する。
えーっと……?
「―――え?」
俺は、目を疑った。
俺の名前が、ランキングの1番上にあったから――
――では、ない。
確かに、あった。
俺の名前は、ランキングの1番上に表示されていた。
しかし。
【1st:ケージ】
【1st:ジンケ】
事態を確認したのか、他のプレイヤーたちもにわかにざわつき始める。
「同率1位!?」
クロニクル・クエストの貢献ポイントが、まったく同じ。
この場合は、MVPが二人――とはならない。
この場合は――
俺の目の前に、小さなウインドウが表示された。
それにはこう書かれていた。
【クロニクル・クエストMVPを辞退しますか?】
【それとも、ジンケさんにMVP決選デュエルを申請しますか?】
俺はジンケを見た。
ジンケもまた、かすかに笑って俺を見ていた。
周囲のプレイヤーたちが熱気を帯び始める。
同率1位。
それが意味することを、それが導く展開を、こいつらも知っているからだ。
一応、俺は確認する。
「いいのか、プロゲーマー? 仕事中だろ」
プロゲーマーは好戦的な笑みを見せた。
「オレの仕事は、あのボスを倒すまでだ」
だから、と。
ジンケは、ずっと装備していた槍をストレージに仕舞い込んだ。
「―――ここから先は、プライベートだ」
夕日が、ナイン山脈の稜線に沈もうとしている。
エリアボス亡き後に、今日、最後の闘いが幕を開ける。
MVP決選デュエル。
直接対決によって、今日もっとも活躍した人間を決める。
―――そう、機会がやってきた。
今から4ヶ月くらい前、あの大会の敗北の。
闘神殺しの機会が、やってきた。




