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「他称」勇者の破剣刃(エンデマリア)  作者: 宵時
第一章 F:Hero meets werewolf
9/13

1-6 Farce

 散らばった思考の欠片を集めていく。枠に当てはめる。

 幾つかは推測によるものだが、恐らくサフィラの記憶を借りれば埋められる。

 (いぶか)しげな表情でサフィラが俺を見ている。


「いったい、どういうことですか。人狼が利用されている、というのは……」

「二十年。言葉にすれば短いけれども、思想や体制が変わるには十分な時間だ」

「答えになっていないと思うのですが、馬鹿にしているのですか」

「まさか。単なる興味だよ。

人間(おれ)魔獣(きみ)が同じ認識を持っているかどうか、ね」

「……魔獣が人と同じように心を持っている、というお話ですか」



 真っ直ぐ俺を見つめるサフィラの瞳が悲しみに揺れる。

 表に出た感情が本物なのか、欺くための偽りのものなのか。

 全てを受け入れるわけではない。全てを否定するわけでもない。

 ただ、最初から白と黒を塗り分けたくないだけ。

 俺自身の自己満足だった。


「ラニの仲間が残した文献にあった。

魔獣の祖たる魔王ラナクとの決戦までに

立ちはだかった魔獣たちは、人間を餌と認識し

本能のまま食い殺そうとしたのではなく、

同胞として牙が主であるラナクへ届かぬよう

排除しようとしているふうに感じた、ってね」

「……言葉通りに、信じているのですか」

「意思疎通ができているかどうかなんて関係ないんだ。

今こうして勇者というだけで拒絶反応を起こす連中が

いるように、人間同士ですら長らく争い続けてきた」

「同族同士の争い、という括りで言えば魔獣も領土紛争くらいは起こしますけど」

「それはお互いに意志あるものだと理解しているからぶつかるんだろ?

人間が動物たちの意志やら思想やらを無視して

山や森を切り拓いて街を作るのと同じだ。

最初から対話しようなんて考えてない。全て奪い去るだけなのだから」

「父や兄が喰らう人間を餌だと言い切ったのと同じ、ですね」



 頷く。

 俺が〈聖誓印(ゲシュシール)〉の呪いで気絶する前の話の続きだった。

 人間はいちいち屠殺し食料にする動植物の声なんか聞かない。

 聞く理由がない。


 (はばか)りなく人を喰らう人狼も同じだ。

 餌の嘆願などに耳を傾ける暇はない。

 人間も確認されている多くの魔獣も雑食が多い。

 自らの肉体に栄養素を作り出す器官がないため、他生物の肉体を分解・吸収し自らに必要なエネルギーを吸収する。

 俺は見つめてくるサフィラの瞳に向き合う。



「搾取する対象を自分たちと同列の存在と見たくないだけなんだ。

けど、現実には俺とサフィラは同じ言語を操り、その意味を解して

意志疎通することができる。人間や魔獣という枠組みなど関係なく、

互いにこの世界に生きる一人に変わりない」

「皆が、アーレインさんのように捉えてくれればいいのに」

「繰り返すけれど、残念ながら願望に過ぎない。

こと、この村の人たちにとっては、ね」

「人狼だと確かめるために、私とアーレインさんを

捕らえて〝勇者〟を呼んだ、と言ってました」

「勇者を村に招き入れると、どうなると思う?」



 問いにサフィラが思案し、記憶を探るように瞳を動かす。

 元いた街でも同じように対抗戦力として勇者を招聘(しょうへい)したはずだ。

 答えらしきものを探り当ててサフィラの口が開く。



「どう、って……魔獣を倒すために、勇者さまの力を借りる、のですよね?」

「人間が魔獣の襲撃から抗うために研鑽した知識を魔法と化し、脈々と

受け継いできた技術を武器に替え、〈聖誓印〉を刻んで同じ高みに立った」

「危ういと分かっていても、戦力として期待されている、と?」



 また頷いて肯定しておく。

 より早く事態を収拾するために確実性を欲する。

 リスクがあっても利用できるものは利用してしまう。


 それだけではない。疎まれても危険性を(はら)んでいても勇者は勇者であり、抗う術を持たない人々にとっては救世主に変わりない。

 俺は推測しているバルサミとマルタ婆の狙いを言葉にしていく。



「実は勇者特権はある条件を満たすと勇者以外でも恩恵を受けられるんだ」

「村の方が仰ってたように、勇者さまが

活動しやすいよう作られた制度ではないのですか」

「勇者だけでなく、勇者を招いたことで村や街の株も上がる。

勇者は私利私欲だけではなく、人間を救うために戦っていると

証明する空間が欲しい。民衆は救済を望んでいる」

「双方の利害の一致、ということですか」

「勇者は人々を救い、価値を示せる。

村や街の指導者は〝うまく勇者を使いこなした〟として国から

報奨金が出る。このちっぽけな村を潤すには十分な額が……ね」

「使いこなす、なんてそんな……」

「ね。強いからじゃない。ただ恐れられているだけだ。

人外の魔獣には人外の勇者をぶつけてやれ、ってことさ」

「ひどい、ですね」



 口にしてフィラが寂しげに笑う。

 俺は首を(すく)めて微笑んでやった。

 事実、災いの種だと言えるだろう。


 〈魔王化(ダクプリズム)〉した勇者ラニはかつての仲間に討たれた、と〝一般的には〟伝わっている。

 だがいくつかの文献には自死した、とも書かれている。

 どちらが真実なのかは分からない。

 どちらでも現実は揺るがない。


 撒かれた〈剣戯(ツルギ)〉は各地に点在し、欲を叫ぶ強きものを待っている。

 〝強きもの〟のカテゴリーに勇者以外が含まれるかどうかさえ、まだはっきりと分かってはいない。

 俺はいくつかの例を頭に思い浮かべる。



「〝百人母〟ヴェルヴェット=オルランジュの血脈は特に〈魔王化〉が

近いと言われている。ウェインもそうだし、北方の〝絶氷者〟

ラスターク=オルランジュなんかは既に討伐隊が編成されているとも聞くな」

「それでも、人は勇者……英雄を求めてしまうのでしょうか」

「できないことをさらっとやり遂げる。

そんな救世者はいつの時代も望まれるよ」

「……もしかしたら、一番に救いを求めているのは魔獣かも、しれませんね」



 自嘲混じりにサフィラが微笑む。

 死に近い状況を前に強がっているようにも見えた。


 魔王ラナクが何故魔獣を率いて人類の敵となったのかは分からない。

 ラニが魔獣を救うために禍根を遺したのか、純粋に人類を憎んだのか。


 答えは永遠に失われている。生きている者が探し、辿り着くしかない。

 サフィラが腕の調子を確かめるように五指を開いては閉じる。

 人狼と共にある状況であるにも関わらず、俺の中に恐怖という感情はない。

 仮に本性が残虐であっても対処できる心構えはあるが、不思議と近しいものを感じているのだと思う。



「サフィラも今の状況から救われたいと思うか?」

「……人と魔獣が敵対する世の中ですから。

私が捨てたとしても、意味はなかったのですよね。

追われ続けて、滅ぶまで狩り尽くされる」

「君は襲わないのだろう? でなければ、耐えられるはずがない」



 人間が食事を摂らなければ死ぬように、人狼も食物として人間を欲することを辞められないはずだ。唯一の例外を除いては。

 俺の思考を読んでいるように、サフィラの笑みには諦めが混じっていた。



「信仰がヒトのものであれば、恐らく救済も人類だけのものなのだと思います」

「違う。欲すれば届く。人狼は人に紛れることができるのだから」

「紛れるだけです。銀で(あぶ)り出される。私も、例外ではありません」

「人狼は全身の変化はできても、部分ではできないと聞いた。

が、サフィラはカモフラージュとして部分的な変化を可能としている。

もしかしたら、それが君が自分自身に刻み込んだ〈聖誓印〉なのか?」

「ご想像の通りです。私はヒトになりたい。

ヒトは、ヒトを食べません。

だから、私はヒトと同じものを食べ、

同じ言葉を交わし、同じ日々を送るために封じました」

「部分変異……とでも言うべきか。なるほど、ね」



 小さく微笑む。

 賭けではあるが、全て片付くかもしれない。

 村の男の口ぶりから察するに、人狼という脅威から村を救うべく馳せ参じる勇者はウェイン=オルランジュだろう。

 ウェインが誇る能力とサフィラの人狼としての能力を駆使すれば上手く抜け出させるかもしれない。


 とはいえ、成功にはサフィラの技量とウェインの協力が必要になる。

 小さく息を吐く。決意を固めて、ゆっくりとサフィラへ手を伸ばす。

 俺の妙な動きに気付いて、サフィラが手をひく。当然の反応だろう。



「何を、するつもりなのですか」

「手を取るだけさ。当たり前のように、人がヒトの手を取るんだ」

「人間と人狼、ですよ。それにアーレインさんには呪いがあるはずじゃ――」



 言い切る前に俺の右手は所在なさげなサフィラの右手を取った。

 手のひらと手のひらが触れ合い、五指を握り込む。激痛が全身を走り抜ける。

 毛細血管が破れて内出血を引き起こす。

 同時に〈聖誓印〉が体内の負傷を治癒し始める。

 唇の端から伝う感覚。血の筋を生み出し、流しながら俺は微笑んで口を開く。



「俺は、こんなとこでのんびりしているわけには、いかない。

読み通りなら、多分ウェインが〝人狼として〟俺たちをまとめて

始末するだろう。恐らく勇者特権による恩恵を持ちかけたのは

バルサミで、マルタ婆は渋々と話に乗った、ってとこだな」

「アーレインさん! そんなことより、手を、放さないとっ」

「マルタ婆も本位ではない。村人の総意でもない。

それでも、全員の幸福を願って生贄を差し出した。

サフィラは、それでもヒトでありたいと、思う……か?」



 こみ上げる感覚。手を繋ぎ、硬く握りしめたまま左手で口元を覆う。

 指の間から鮮血が漏れ出し、重力に引かれて石造りの床へと落ちていく。

 サフィラは涙目になりながら、何度も何度も首を縦に振っていた。



「生を諦めるな、よ。人間も魔獣も同じ世界を生きるものだ。だか、ら」

「無理、ですよ。私が素直に死ねば済む話です」

「いや、終わらない。そもそもバルサミは逃がす気は、ないよ」



 咳き込む。床へ血を吐き捨てる。

 サフィラの瞳が琥珀色を宿す。自らが生き残る道を諦めようとしたことすら忘れ、俺の体を気遣う慈しみに揺らいでいた。


 一括(ひとくく)りで喪われていいはずがない。

 こんなに優しい人が害悪と断じられ、滅される世界など許さない。

 ふらつく。無意識に手を離してしまった。

 サフィラが俺の体を支えようとして、手を止める。


 触れれば傷つけてしまう。

 逡巡している間に俺の〈聖誓印〉は超高速で肉体を修復していく。

 俺は荒く呼吸を繰り返し、整えてから続くべき言葉を生み出す。



「ウェインがサフィラを見逃したことにも理由がある。

俺よりもシンプルな信念を持っているから、ね。

バルサミの目的は君を捕らえることだ。奴の本職は人買いだからな」

「人買い……だったら、」



 倉庫の扉を叩く音でサフィラの問いが()き消される。

 予想より早いが、どうやら執行者が到着したらしい。


 神経系統が()じれる。

 破砕した器官が失われ、新たに生み出されていく。

 自身の中で破壊と再生が繰り返される感覚にも、もう慣れてしまった。


 外が歓声で沸く。怒号が響き、村の男が施した即席の錠が解除される。

 扉が開かれるまでの刹那、俺はサフィラの耳元で囁いた。

 驚愕に見開かれた琥珀色の瞳が金へと戻るのを見て、俺は笑う。


「さぁて、一世一代の〝賭け(ファルス)〟を始めるかな」


 俺が小さく意志を表に出したのと同時、倉庫の扉が開け放たれた。

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