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「他称」勇者の破剣刃(エンデマリア)  作者: 宵時
第一章 F:Hero meets werewolf
6/13

1-3 Curse

 一連の騒動の後、宿屋も兼ねているということで今夜の寝床とさせてもらうことになった。階下では荒くれ者の男たちが文句を垂れ流しながらも、壁の修復作業をしているようだ。


 破壊した張本人である俺が参加していないのは別件のため。

 あてがわれた部屋はベッドに作業机、簡素な棚の置かれた質素なものだった。

 持ち込まれた椅子にマルタ婆と刀剣を持ってきた男が座っている。

 同じく持ち込まれた机には特別な客用と思われる、豪華な装飾の施されたカップに注がれた茶が湯気を立てていた。ご丁寧にスプーンは銀製と来ている。

 まだ疑っているのか、疑いが晴れたのかよく分からない。

 俺はベッドに腰かけ、目の前で湯気を立たせるカップを見つめていた。

 重々しい溜息の後、マルタ婆が口を開く。



「アーレイン殿、改めて失礼を承知で確認させて欲しい。

名前と出自を明かしてくれ。人狼の件があるでのぅ」

「尋問まがいだな。まぁ、構わないけど」

「貴様、マルタ婆を前によくも……」

「へぇ、勇者に対してそんな口が利けるわけ?」

「ぐっ……」

「これ、これ以上荒立てるでない」

「す、すみません」



 苛立つ男が口を挟むが、少し強者をちらつかせただけで押し黙った。

 特権を振りかざすつもりは毛頭ないが、面倒を回避するためには利用する。

 どの辺りまで開示するべきか。考えつつ俺は回答を口にする。



「アーレイン=ヒスクリフ、っていうのは名乗ったか。

西方の聖ハルモニアスにあるヒースクリフ教会の出だ。

今はとある人物を探して旅をしている」

「孤児じゃったか。さぞ、苦労の多い人生を……」

「おいおい、長く生きたからって勝手に他人の人生を察するなよ」

「いや、勇者の血筋であれば……その、色々な壁が、な」

「偏見ってものだな。どんだけ勇者に恨みがあるんだよ」



 いい加減腹が立ってきた。この村の勇者に対する悪意は異常だ。

 マルタ婆を制止して、代わりに男が口を開く。



「おい糞勇者。てめぇみたいな特権振りかざすカスにゃ分からんだろうけどな、

やられてる方はどれだけ面倒を被っているか少しは考えやがれっ!」

「やる気あるならいつでも相手になるぞ? そんなに面倒な馬鹿がいたのかよ」

「〝多相〟だとか名乗ってやがったな。お前より糞なナルシスト野郎だよ」

「…………ウェインか」

 男の目が鋭さを増す。親の仇を見つけたように俺を睨む。

 頭が痛くなってきた。嫌な思い出を忘れるように頭を振る。


 勇者特権。

 その名の通り、勇者であることを盾にあらゆる事柄が合法化される権利。

 男が怒りを示しているように、勝手に他人の家に入り込んで棚を漁る。

 壺を壊し、保存品を持ち出す。

 道具屋で金を払わず武具や稀少な道具を奪い去る。

 まさに何でもアリ、やりたい放題といったものだ。

 全ては諸国剣王会議で飛び出た一言に端を発する。



「てめぇ、あの腐れナルシストとグルなのか」

「だから最初から悪って決めつけるんじゃねぇって。何度か、

なし崩し的に仕事をしたことはあるが、俺だって余り好きじゃないんだ」

「ふん、勇者なんざどいつもこいつも自分勝手なクソだ」

「ウェインは……まぁ、躊躇しないだろうな」

「アーレイン殿、話が脱線しているように思うのじゃが」

「そうだったな、悪い」



 男の視線が痛い。

 恐らく特権を盾に持ち去られた被害者の一人なのだろう。

 とにかく無為に言い合っていても貴重な時間を垂れ流しているだけだ。

 一つ咳払いをして軌道修正していく。



「〈魔王化(ダクプリズム)〉したラニに対抗するため、

魔獣を討伐する能力を持つ勇者の誕生と成長を第一とする。

あらゆる事柄よりも優先する絶対勇者宣言で制定された勇者特権だが……」

「蓋を開けりゃ、報酬に群がるアホがわんさか。

戦う気もない癖に強盗まがいに振る舞うクズ共」

「いや、悪いことだけでもないわい。偽物と見分けるため、

辺境の村にもワシのような魔法使いを遣わして警戒を強化した。

結果的により早く危機を察知することはできる」

「マルタ婆、勇者なんぞが優遇されるのを看過するのかよ!」

「騒ぐでない。対処できる者は村で扱う。じゃが、人狼対策は速度勝負じゃ」

「それでも、こんな奴に……」



 こんな奴である俺は首をすくめて、おどけてみせた。

 〝多相〟勇者ウェイン=オルランジュであれば人狼の討伐は容易かっただろう。

 勇者特権による庇護の下、百人の子を産んだとされる〝百人母〟ヴェルヴェット=オルランジュが子の一人であり、別の何かに変化し様々な能力を操る男だ。


 実力は折り紙付きだが、再三言われているように自信家かつ病的なまで美意識にうるさく、なるべくならお付き合いしたくない人間だった。

 マルタ婆が溜息を吐く。



「状況は芳しくないのじゃ。急がねば犠牲者が出てしまう。

ワシは探査魔法と設置型魔法は得意じゃが、直接戦闘には向かん。

人狼が本性を晒せば、男衆が武具を持っても対抗し切れるかは分からんのじゃ」

「このクソ勇者も刀剣が使えないんだろ? 戦力外じゃねぇか」

「……アーレイン殿。その、全く武器が扱えないのか、の」

「実際見てもらったように俺は刀剣が使えない。

でも、全く武器が使えないわけじゃないぜ?」

「全く触れられぬ、というわけでもないようじゃが、その……あれは――」

「〈聖誓印(ゲシュシール)〉だよ。

俺の母親が組み込みやがった、どうしようもない〝呪い〟だ」

「やはり、そうであったか。〈聖誓印〉でもなければ、あの反応は出せぬ」


 マルタ婆の顔には賛美、男は渋々といった調子だが力を認めてはいるらしい。


「マルタ婆、〈聖誓印〉ってあの魔王ラニも持ってたんだよな」

「その通り。

人はの、一生に二度だけ強く願い乞うことで聖なる印を刻めるのじゃ。

己と、己の願いを捨てるほどの奇跡を誰かに願える。

かの者が勇者であった頃、それだけ多くの仲間から願われたのじゃろう。

考えようによっては、生を願った奇跡が呪いになりうるかもしれんな……」

「書物じゃ絶対に魔王ラナクに勝つよう祈ったんだろ?

で、人間の敵になった後は不死身の魔王様ってわけだ。

迷惑この上ない話だよ、全く」

「それでも、人の権利なのじゃ。

また抗えぬ魔獣に立ち向かう手段でもある」

「マルタ婆が魔法を使えるのも、その〈聖誓印〉の力だっていうのか?」

「その通りじゃ。誰もが己の子を想って向かう道に幸あれと祈る。

大抵の親は健全な肉体を望み、魔獣に勝つことを願うものじゃがのう」

「ハッ、クソ勇者の親は何を思って押し付けたんだろうな」

「これ、他の者の誓いを嘲笑(あざわら)うでない。

己の誓言を(けが)すことになるぞっ!」

「わ、わかったよマルタ婆」



 俺を放っておいて好き勝手に話してやがることは無視しておく。

 そもそもにおいて〝排除〟を念頭に置いているのが気に食わないが、ここでまたもめても面倒になるだけだ。俺は右手のひらを見せて左手で示す。



「銀だから爆発したんじゃない。

この体が刀剣を拒絶しているんだ。

あらゆる刀剣は触れればぶっ壊しちまう。

さしずめ、俺自身がソードブレイカーってとこだな」

「刀剣が扱えぬなら、アーレイン殿は何を武器とする。

まさかとは思うが……素手と言い出すのではあるまいな」

「刀剣じゃなきゃ何でもいいよ。なんだったら、ヒノキの棒とかでもいい」

「ふざけんなよクソ勇者。なめてんのか。人狼を棒っきれでどうにかするって?」

「できるから言ってんだよ脳筋。俺はできないことは言わない」

「流石クソ勇者様。見栄を張ることだけは一人前だな」



 この男とは言葉でも常に平行線でしか殴り合えないようだ。

 マルタ婆も男も見せつけられた一面性を信じ切り、怯えている。

 確かに人狼の存在は村という小さな世界を蝕み、食い殺す暴力だ。

 人間に化け、社会に紛れ込む。

 夜に一人ずつ消えていき、最後には誰もいなくなる。


 勇者に関しても横暴な者ばかり見れば全てが同じだと誤認するのも分からなくはない。悲しみや怒りを察することはできる。

 だが、そこで止まってしまうことが俺には理解できなかった。


 階下でけたたましい音が鳴り響く。怒鳴り声が聞こえてきた。

 マルタ婆が頭痛に耐えるように額に手を当てる。



「やれやれ、また荒くれ共が暴れ始めたかの」

「マルタ婆、俺がいって見てきますよ」

「頼む。アーレイン殿、済まぬな。皆気が立っているのじゃよ」

「……人狼の件、誰から聞いたんだ」

「街から仕入れに来たという商人からの情報じゃ。

無論〈探知(ディテト)〉も済んでおる」

「ふぅん。で、何を扱っている奴なんだ」

「さあ、何じゃったかの。野菜だとか肉だとか、武器だとか……」



 記憶の箱を探ってマルタ婆が眉間に(しわ)を寄せながら考え込む。

 俺からすれば怪しさ爆発だが、同じく外様の存在である俺の声が届くかどうか。

 中々答えを思い出さないマルタ婆を待つ間、階下の声に耳を澄ませてみる。



『給仕ちゃん、早く拾ってくれよぅ』

『す、すみません。すぐに片付けますから……』

『銀食器は大事に扱わなきゃなぁ。そうそう、布を使ってな』

『おっかなびっくりしすぎじゃないっすかねぇ』

『お前らが急かすからだろ、ボケっ! 見てる間に手伝ってやれよ!』



 最後の声は先程様子を見にいった男のものだ。

 どうやら片付けの間にあの給仕娘が食器をぶちまけてしまったらしい。

 剣呑な空気を感じる。聴くだけでなく、実際に行った方がいい。


「婆さん、思い出したら教えてくれ」


 返事を待たずに部屋を出て階段を下りていく。

 一階の店内では様子を見に行った男が数人の男たちと対峙していた。

 葡萄酒を喰らって騒いでいた者に混じって見慣れぬ顔がいる。



「外からとやかく言われるこたぁないぜ。俺と嬢ちゃんの問題なんだ」

「バルサミ=コーサスだったな。貴様もいい噂は聞かないぞ」

「もしかして俺も疑ってんのか、あぁ?」



 男とバルサミが向かい合って互いを視線で牽制する。

 床には銀食器が散らばり、給仕娘が丁寧に布を使って拾っていた。

 焦っているのか傍の争いに怯えているのか、布で滑らせて食器を落とす。落ちて床で跳ねたことに驚くかのように肩を震わせ、また拾おうとして取りこぼす。


 バルサミは男から目を逸らすと床を見た。

 より正確には何度も何度も取り落しては拾おうとする給仕娘を見ている。

 口元には薄ら笑い。邪気をまとった者が放つうすら寒い空気があった。


「あー……うるせぇな。何をハシャいでんだよ、大の大人がさ」


 男たちが囲む輪を強引にこじ開けて渦中に飛び込んでいく。

 屈んで給仕娘の手から布を奪い、無造作に銀食器を回収し木製の箱へ収める。

 片付け終えて箱を給仕娘へ渡し、軽く肩を叩いてやる。



「はい、終わりっと。厨房に持って行ってもう一回洗った方がいいよ」

「は、はいっ! すぐに!」



 道を開けてやり、給仕娘が小走りに去っていく。

 立ち上がると複雑な表情の男と、不快そうな顔のバルサミが出迎えてくれた。



「勇者サマだっけか? 英雄気取りかぁ」

「ドジ踏んでる女眺めて何が楽しいんだよタコ。

薄汚ねぇ〝人買い〟がよ」

「あぁ? てめぇ、なんで俺の仕事――」

 反論しかけたバルサミが慌てて口を抑える。もう遅い。

 階段の方から足音。

 マルタ婆が息を切らしながらも、枯れ木のような指でバルサミを指す。


「思い出したぞ! バルサミ=コーサス……そやつは運び屋じゃ!」

「知ってたよ、婆さん」


 答えて俺はバルサミと向き合う。


「何を狙ってるか知らないけど、悪党っていうのは臭いもんだ。

痛い目見たくなかったら大人しくしとけ。

朝になったら宿代払って即村から出てくの超オススメ」

「……勇者、てめぇ何してるか分かってんのか」

「はぁ? 腐れ悪党からか弱い女の子を守る簡単なお仕事だよ」

「…………仕方ない。〝今夜〟は諦めよう」



 吐き捨て、バルサミは荒々しく戸板を開け放つと外の闇に消えていった。

 蝶番(ちょうつがい)が外れて落下し、やかましい音を散らす。

 バルサミの怒りを表しているようだった。

 俺は事態の推移を見守っていた男たちと向き合い、自分の胸を叩く。


「人狼の件も、人買いも俺がまとめて片付けてやるよ」


 宣言の後に最初に飛び出た言葉は店主の「扉を直せ」という怒鳴り声だった。

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