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「他称」勇者の破剣刃(エンデマリア)  作者: 宵時
第一章 F:Hero meets werewolf
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1-2 Burst

 取り囲む男たちの視線が痛い。

 が、鼻の粘膜を貫き食欲をかき立てる肉の香りには負ける。

 俺は東方で聞きかじった食事作法に(なら)って、勢いよく眼前で右手のひらと左手のひらを合わせた。

 いるかどうかはどうでもいいが、恵みの神様への感謝を示しているらしい。

 何はともあれ、美味しそうな食べ物は有難かった。


 近寄っていた男たちの一部が手を打ち鳴らした音に反応して後ずさりする。

 押し退けられる形で後続の男がバランスを崩し、机に倒れ込んでけたたましい音を立てるが知ったことではない。厨房から店主が備品を壊すなと怒鳴り散らす。


「いっただっきまーす、っとぉ」


 威嚇しているのか呆気にとられているのか分からない男たちを尻目に左手にナイフ、右手にフォークを持って供された定食に挑む。

 鉄板の上で肉を切り分け、口へ運ぶ。程よい焼き加減に脂が口の中でほろっととろけて甘みを生み出し、絶妙な味わいの音色を奏でる。肉質も香りも最高だ。


 行儀など気にせず茶碗を手にし、白米を口内へ招き入れる。

肉汁と混ざって口の中で新たなステージへ移り共演を果たして胃袋へ雪崩れ込む。



「随分と暢気(のんき)なもんだなぁ、勇者様よぉ」

「そりゃ魔王の血を引いてるんだ。胆力あるお方なんだろうよ!」

「……単になめられてるだけじゃねぇべか?」



 男たちの誰にも答えず、俺は食事の手を進める。

 挟まれる形となった給仕娘が厨房へ戻るべきか、床にぶちまけられた料理や皿を片付けるか迷っていた。気にせず俺は肉と野菜を一緒に刺して口に運ぶ。

 男たちもどう対応するべきか迷っているようだった。



「おい、マルタ婆を呼んで来い。ホントに勇者かどうか調べさせるぞ」

「調べてどうするんだべ? 下手に刺激するより手伝ってもらうのは……」

「馬鹿っ! またぞろ〈魔王化(ダクプリズム)〉でもしたら大変なことになる!」

「だがの、こいつ剣どころか武器一つ持ってないぞ」

「……おい。てめぇ、どこかに武器隠し持ってんのか?」



 無視。

 俺の手はまた白米をかき込む。

 足元に置いていた荷物を蹴り飛ばしてやった。

 転がった旅荷物が男の足にぶつかる。男が驚いたように飛び退いた。

 別の男が爪先で荷物を突き、安全を確かめてから引っ張り起こす。

 数人が店の外に走って行った。

 マルタ婆とかいう怪しげな人物を呼ぶのだろう。


「勝手に見てもいいって意味だな?」


 頷きで返して、俺は箸休めに汁物の椀を手にして卵のスープを飲む。

 胃全体に染み込む。いい出汁によい鶏卵を使っている。素晴らしい。


 男の手で俺の荷物が衆目に晒される。

 下着や野営用の寝袋、組み立て式の簡易寝所に保存食を詰める缶。

 面白いものはない一つない。至って普通の旅荷物だと思う。


 ようやく見つけたナイフの刃をじっくりと見ているが、どこにでも売っている作業用の刃物だ。魔獣相手には威嚇にすらならない。

 人間程度なら効果があるだろうが。



「何にも、ないな」

「あの勇者だろ? 何にもないはずがねぇ!

〝百人母〟ヴェルヴェット=オルランジュが大量に生みやがってよ」

「実際は何人いるか分かったもんじゃないらしいぜ」

「勇者特権振りかざして悪さした奴が何人いたか……。

勝手に家に押し入って好き勝手に荒らしてお(とが)めなし。

無銭飲食は当然で女も大量に囲っていたって聞くし」

「やっぱり王のせいだべ。増え続ける魔王に対抗せにゃ、って急いだから」



 男たちの不安など知ったことではないし、憶測も近いようで遠い。

 所詮、辺境の土地に住まう閉鎖的な村ではこの程度の認識なのだろう。

 古臭いカビの生えた因習だ。食事を終えた俺は一息吐く。

 食事作法の締めに、再び両手のひらを合わせる。


「ご馳走様でした、っと。親父、美味かったよ」


 呆れた表情で給仕娘が口を開く。


「……よく、のんびり食事していられますね」

「おっかなびっくりしてた方がよかった? そういう方が好み?」

「変なこと言わないでくださいっ」

「俺に構ってるより片付けとかした方がいいと思うけど」



 俺の提言と同時に店主からも直々の清掃命令が出た。

 店主の言う通りに給仕娘が片付けに入る。

 周りのぶちまけた張本人も手伝うよう言いくるめられている。

 俺の荷物を調べ尽くした男たちが苦い顔をしていた。



「そう怖がりなさんな。別にアンタら取って食おうってわけでもなし」

「……何が目的なんだ、腐れ勇者」

「よく知りもしない癖にえらい言われようだね」

「黙れ! 大勇者時代に〝勇者〟なんてもんは災いしか呼ばねぇっ」

「大体さ、俺は〝勇者〟なんて御大層なもんじゃないから」

「だったらその印はなんだってんだ!」



 叫んで男が俺の首筋を指差す。円で囲われた翼を持つ聖剣の意匠。

 見せつけるように首筋をかく。印は何の変化もなく首にある。



「俺としても要らないんだがね。残念ながら本物なんだな、これが」

「どうかな? マルタ婆がくれば分かることだ」

「〈探知(ディテト)〉か。無駄だと思うけどなぁ」



 店の床板を踏み鳴らし、慌てた様子の男たちが駈け込んで来た。

 荒い息をしながらフードを被った老齢の女性がこちらに近付いてくる。

 老いながらも中々の魔力波動を感じる。

 一応、ちゃんとした魔法使いではあるらしい。

 一緒に来た男の一人が両手で鞘に収まった刀剣を抱えている。



「マルタ婆、こいつだ。多分、勇者だと思うが……」

「ま、待ってくれ。年寄りに急がせおってからに」

「村の一大事かもしれないんだぞ! のんびりしてられっかよぉ」

「わ、わかった。わかったから怒鳴るでない」



 呼吸を落ち着けたマルタ婆が歩みを進める。

 他の者とは違い、俺に対する変な先入観はないらしい。

 マルタ婆の後ろに刀剣を抱えた男が続く。

 嫌な予感がしてきた。


 深く皴の刻まれた顔がくつろぐ俺に寄ってくる。

 席から立って、こちらからも距離を詰めていく。

 椅子や机から離れた床板の上で待つ。

 俺の前に立ったマルタ婆が緩慢な動きで顔をあげる。

 黒い瞳が俺の頭から爪先までじっくりと見た。

 枯れ木のような手が俺の首筋に触れる。


「聖なる輝きよ、この者の真実を照らしたまえ!」


 声と共に熱。漏れ出しそうになった苦鳴を何とか押し留められた。

 〈探知〉によって肉体に魔力を流され、魔法による変装や模倣が解除される。

 男たちが息を()む。

 反応から察するに、いや当然ながら変化はない。



「ふむ。偽の紋様でもないようじゃ。確かに、この者は勇者……」

「だが勇者様なら武器持ってなきゃなぁ。聖剣ってわけじゃないが、

剣の一本も持ってないっていうのもまた怪しいってもんだ」

「疑ってかからせてもらうが、若者よ。最近妙な噂話を聞いていてな。

人狼がこの村に紛れ込んでいるようなのじゃ。失礼を承知で頼みたい」

「人狼退治の依頼か? それなら大歓迎、って言いたいところだが――」



 俺を見るマルタ婆の目には真剣さがあった。

 冗談が通じる状況ではないらしい。

 何故そこまで人狼を恐れるのか。理由は分かっている。

 厳格な面持ちでマルタ婆が再び口を開く。



「人狼は人に化け、人に近付いて喰らうのじゃ。

近隣の村で多くの被害を生み、駆逐されたとは聞いている。

じゃが、完全に絶えたとも限らぬ。余所者はまず疑わねばならぬ」

「〈探知〉で終わりじゃないのか? それとも銀をちらつかせるのか」

「恐ろしいかえ? 人ならば恐れる必要などないはずじゃ」



 男が持ち込んだものの中から銀の装飾が施されたものを選ぶ。

 手にして歩み寄る男の顔には愉悦があった。

 魔を犯す嗜虐的な心を表している。

 俺は小さく息を吐いた。



「はっ……アンタらの方が魔獣よりよっぽど邪悪だと思うよ」

「ほざいてろ。怪しい奴め、さっさと審判を受けよ!」

「参ったな……」



 煌びやかな銀の装飾の刀剣は、魔法儀礼を経た高価なものだ。

 人狼は銀に()かれる。

 理由は分からないが〝そう言い伝えられて〟いる。

 誰によるものか分からない。真実かどうかさえ分からない。

 それでも、何らかの形で作用しているから受け継がれているのだろう。



「どうしたのじゃ。人であるなら、己が手で掴み潔白を掲げて示せ」

「マルタ婆の問いに答えない時点で真っ黒だけどなぁ」

「…………仕方ないな」



 気が進まない。

 俺が人狼だから、というわけではない。

 だが、この状況では触れないといけないのだろう。

 別の理由で困っている。

 俺に刻まれた〈聖誓印(ゲシュシール)〉が(うず)く。


「おら、さっさとしろクソ勇者」


 男が急かす。

 面倒だ。

 本当に、面倒臭い。


 大丈夫だろう。恐らく。

 そう信じるしかない。


 やっと観念したか、とでも言いたげな顔で男が剣を投げ寄越した。

 受け取って、俺は剣を抜き放って鞘を捨てた。

 手に変化はない。俺の表情にも変化はないはずだ。

 王の前で忠誠を誓うかのように、儀式めいて眼前で刀身を立てる。


 鏡のように磨き上げられた刀身に俺の顔が移っている。

 灰がかった銀髪に琥珀色の鋭い瞳。

 成程、狼っぽいかもしれない。


 マルタ婆が、剣を渡した男が、給仕娘が、皆が俺を注視する。周囲を取り囲む男たちが剣で武装し、遠巻きに見ている者は銀の矢を弓につがえて構えていた。

 人狼だと判明した瞬間に殺してしまおうとする臨戦態勢だ。


 俺は微笑む。肉体に変化はない。

 痛みはないし、体が獣になるわけでもない。

 ただ刀身が変化していた。

 溶鉱炉に突っ込まれたように紅い輝きを宿す。


 瞬間、身を(ひるがえ)した。

 剣を先程まで座っていた席へ投擲(とうてき)し、すぐに駆けだす。

 壁に突き立った紅い刃を見ることなく、外套を壁に向けて蹴り広げた。

 周囲が殺気立つ中、外套の奥でより強い輝きを放ち、炸裂する。

 轟音を響かせて店の壁に大穴が穿(うが)たれた。

 こちら側への衝撃はなく頬を撫でる風だけ。

 一身に被害を受け止めた外套が燃え上がり、ぼろぼろになって崩れていった。


「あーあー……勿体ない。結構したのになぁ」


 右手の指を立て、眼前で東方式の供養儀礼をもって外套の冥福を祈る。

 振り返る。

 俺を人狼と決めつけ、息巻いていた男たちの顔には揃って驚愕の色。

 面倒だが説明せねばならないだろう。



「見ての通り。俺は〝刀剣を扱えない〟体質でね。使おうとすると爆裂する」

「……なんなんだ。なんだってんだよ、お前はっ!」

「だから勇者なんかじゃない、って言ってるだろ。

アンタらが剣を振るって戦う者を勇者と呼ぶなら、

俺はその分類に当てはまらない、ってだけの話だ」

「人狼じゃ、ないのか」

「繰り返すけど、依頼するなら退治してやってもいいぜ?」



 俺は両手のひらを見せて抵抗の意志がないことを示す。

 厨房からは店主が壁の修理代の請求を叫んでいた。

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