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「他称」勇者の破剣刃(エンデマリア)  作者: 宵時
第一章 F:Hero meets werewolf
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1-1 Awakening

 夜の街に魔力光が(とも)り、世界を(いろど)っている。

 すれ違う人の波をかき分けていき、目当ての店の看板を見上げた。

 酒のグラスを打ち鳴らした意匠は酒場を示す。

 単に酒を飲むだけでなく、様々な情報が零れる場所として〝俺のような人間は〟非常に重宝する場所だった。


 両開きの扉を潜ろうとすると、右側の蝶番が壊れていたようで戸板が落ち、派手な音を鳴らす。

 客の一部が音に視線を引かれてこちらを見るが、すぐに興味をなくして話に花を咲かせていた。



「や、申し訳ない」

「いえいえ、お気になさらず」



 修繕に来た給仕娘に軽く会釈し、社交辞令的な言葉を交わしておく。

 酒に飲まれて酔えば暴れるような輩もいる。

 そんな中で戸板や机やら椅子が破損することなど日常茶飯事ということなのだろう。

 手際よく戸板が定位置に戻され固定された。

 修繕を終えた給仕娘が俺の前でにこやかに営業スマイルを見せる。



「いらっしゃいませ! 御一人様で?」

「君みたいな美人さんが隣にいてくれたら嬉しいんだけどねー」

「またまた御冗談を。ではあちら奥の席へどうぞっ」

「有難う」



 誘いは鮮やかに断られたので、素直に言葉に従いあてがわれた席へ向かう。

 席の脇に背負った革袋を下ろし、脱いだ外套を丸めて足元へ投げる。

 少し迷ったが首に巻いた布はそのままにすることにした。椅子に座る。

 先程の給仕娘が水の入ったグラスを机に置いてメニューを差し出した。



「ご注文が決まりましたら、お声かけをお願いいたします」

「店主の気まぐれ定食、肉マシマシで」

「有難う御座います! マスター、肉増しで気まぐれ一つですっ」



 野太い応答が聞こえてきた。笑顔を残して給仕娘が去っていく。

 俺も和やかに返しグラスを手に取る、前に一緒に置かれたおしぼりを使ってグラスの外側を拭く。

 小さく息を吐き、吸って意を決してグラスを握る。

 良かった。この範囲であれば〝問題はない〟のだ。

 水で喉を潤しつつ、周囲の会話に耳を澄ませる。



「ゲンさんとこはどうよ。このご時世、鍛冶やろうにも材料集めもままならんだろ?」

「豚鬼共がわんさかいるからのぅ。迂回路を使って何とかしとるよ」

「まだ供給立たれないだけマシってもんよ。うちなんか牙鬼一族に牛耳られて参ったよ」

「勇者様は雇わないのけ?」

「勇者ってもよ、いつ〈魔王化(ダクプリズム)〉すっかわかんねぇべ」

「ホント、厄介なもんを残してくれたもんよの、始まりの勇者さまはよぉ」

「勇者じゃねぇよ。あんな最悪の裏切りもんはないで」



 愚痴を突き合わせながら大柄な男達が葡萄酒(ぶどうしゅ)を飲み、骨付き肉にかぶりつく。

 俺は喉奥に出かかったものを飲み込むように、グラスに口をつける。

 首の付け根がむず(がゆ)い。恐らく、あれが(うず)いているんだろうが表に出すわけにもいかない。

 右手で肩こりを揉みほぐすようにして疼きを抑えようとするが、治まらない。



「面倒な世よなぁ。味方だと思ってたもんが敵になっちまう」

「それも英雄だの救世主だの騒がれてた時の人が、敵対してた勢力を率いるんだべ」

「あの魔王ラニもすげぇもんだ。魔獣共からすりゃ仇なわけだろ?」

「いんや、何回も殺されたらしいけれど一度も死ななかったらしいべ」

「なんだそりゃ。死なないんじゃ殺されたって言い方はおかしくないか」

「王国からの公式発表がそうなんだから仕方ないさ。疑いすぎるのもよくない」



 語っている最中に給仕娘が追加の葡萄酒と肉料理が運ばれ、男達が大いに喜ぶ。

 一緒に席について語り合おうと持ちかけられるも、和やかに拒絶して給仕娘は空いた皿やグラスを持って厨房へと戻っていった。

 俺はさらに一口、グラスの水を飲む。杯が空になってしまった。

 新たな料理に食らいつき、供された葡萄酒を流し込んで男達の会話が加速する。



「確か、その不死身の魔王ラニは自殺したんだってな。なんでまた、ねぇ」

「そんなの知らん。知ったところで今の世が変わるわけでもねぇべ」

「んだな。かろうじて、魔王ラニに対抗して人々を守った元・仲間たちも

今はいい扱いを受けてないって聞く。御大層なものを残されたせいかの」

「〈剣戯(ツルギ)〉ねぇ……眉唾物じゃないか?」

「んでも、昨今の〈魔王化〉した勇者共はその〈剣戯〉のせいだって聞くべ」

「そもそも勇者特権なんぞを作った王が悪い」

「おいおい、批判なんかしちゃあ大変だべ」

辺鄙(へんぴ)な酒場で(さかな)にする程度、どこだってやってらぁ!」



 店主が野太い声で「辺鄙とはなんだぁ、酔っ払い共!」と冗談半分怒り半分に叫ぶも、男達の豪放な笑い声やグラスを打ち鳴らす乾杯の音頭にかき消されていく。

 そんなやり取りを見ているうちに給仕娘がこちらの席にやってきた。



「お待たせしました。ご注文の店主の気まぐれ定食、肉増量で御座います」

 机の上に皿が並べられていく。

 鉄板皿の上で香ばしい匂いを散らしながら肉がいい焼き色を見せている。

 サラダの上には茹でた貝が乗っていた。

 藤籠に盛られた鶏の唐揚げが放つ香りは食欲が胃袋を刺激し、食欲をかき立てる。



「うるさい場所でごめんなさい。お客さん、ここは初めてですよね?」

「うん、まぁ……ね。でも君が謝る必要はないでしょ」

「いえ、ちょっと難しい顔されてましたので、迷惑だったのかな、と」

「あー…………うん。個人的な事情だから、気にしないで」



 相変わらず疼きは鎮まらない。

 肩を揉んでいると給仕娘の視線が動く。



「肩、痒いんですか? 巻いた布を取ってしまった方がいいのでは?」

「や、いいんだ。これは、ちょっとね」

「そうはいきません。街の外には人を刺す魔虫がいると聞きます。

危ないものをお店に持ち込まれては他のお客さんの迷惑になってしまいますから」



 拒絶の意志を示すも、給仕娘は関係ないと迫ってくる。

 意外にも豊満な乳が寄ってきて下半身が反応しかけるも、愚息の面倒を見ている場合ではない。

 何としても〝これ〟を見せるわけにはいかない。

 給仕娘の伸ばした手を掴む。暖かく、そして柔らかい。

 瞬間、全身を激痛が走り抜けた。歯を食いしばって耐える。

 声も何とか抑えられた。が、給仕娘は気付いたようで慌てて手を離す。



「だ、大丈夫ですか?」

「や……何が、かな」

「今、なんだか雷に打たれたみたいに、びくんって体を跳ねさせ、ましたよね」

「違う違う。君みたいな可愛い子と手繋いじゃって嬉しくて、歓喜の震えだよ、うん」



 俺は左手をあげて警戒しつつ、右手で痛みを生み続ける首筋を抑えつける。

 周りの人間も何事かと席を立って集まってきた。少しまずい展開だ。



「なんだなんだぁ、サーちゃんにちょっかい出す馬鹿がまだいたのか」

「ん? あんちゃん見ない顔だなぁ。流れもんか?」

「行商人、ってわけでもなさそうだなぁ。旅荷物しかないよぅだしよ」

「最近物騒だからな。近頃人間に化ける魔獣もいるらしいじゃねぇか」

「おっそろしいなぁ。あんちゃん、もしかしてその魔獣か?」



 魔王ラニについて語らっていた男達も介入してきた。

 はちきれんばかりの屈強な肉体には無数の傷がある。歴戦の勇士、というよりは荷運びの現場で鍛えられたという風貌で、蓄えた(ひげ)にも貫禄がある。

 壁際の隅にある席なので、こう囲まれてしまうと脱出も難しい。

 もしかしたら給仕娘も最初から一見の俺を警戒していたのかもしれない。

 何故か。考えようとして、辞めた。観念して俺は両手をあげる。

 降参の意を示した俺を見て、男達の間を縫って給仕娘がやってきた。

 素早い手つきで首に巻いていた布が剥ぎ取られる。


「これ、は……」


 隠されたものを曝した給仕娘自身が驚き、固まっていた。

 露わになった首筋には円に囲われた意匠が刻まれている。

 翼を生やした剣、かつて人々に自由を取り戻した勇者ラニが所持していたという聖剣を模している。

 今代においては魔王の因子を示す、忌むべき証。


「ゆ、勇者様の証っ!」

「……アーレイン=ヒスクリフ。その、皆さんが想像する勇者〝らしい〟です」


 苦笑いと共に俺は男たちと給仕娘に取り囲まれながら名乗った。

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