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「他称」勇者の破剣刃(エンデマリア)  作者: 宵時
第一章 F:Hero meets werewolf
11/13

1-8 Howling

 ウェインの動きが止まる。

 暗青色(あんせいしょく)の瞳が驚愕に見開かれていた。

 包囲網を敷き、見守る者達も絶句している。

 魔獣に害された者達にとっては、余りにふざけた理由。

 人類の味方であり、魔獣と敵対する勇者としてあるまじき言動。


「くっ……くく、あははははははっ! なんだそりゃあっ」


 痛い静寂の後、事態を遠巻きに眺めていたバルサミが嘲笑を込めて言い放った。

 村人がざわめきだす。

 ウェインが騒々しさを増す空気を断ち切らんとするように大鎌を振るう。

 俺は大きく後退して回避。振り抜いた後の隙に肘打ちを叩き込むも、鎌の柄で受け止められてしまった。

 また体を退いてヒット&アウェイ戦法を継続する。



「かははは、女なら誰でもいいのかよ腐れ勇者!」

「いやいや、見境なく盛るなら性欲の勇者かなんかじゃないのかぁ」

淫猥(いんわい)の魔王の方がいい響きだろ」

「ちげぇねぇ。おい〝多相〟勇者様よ、さっさと変態野郎を蹴散らしてくれよ!」



 バルサミの取り巻きたちが口々に罵倒する。

 ウェインは苦笑するだけ。余りに直情的過ぎる理由に困惑しているのか、それとも〝意図〟を組んでくれたか。


 ウェインの持つ大鎌が姿を変えていく。

 魔剣ミラーオブユアセルフの刀身が、冠する名通りに禍々しい闇色に染まり、邪悪な意匠の柄を持つ本来の剣状の形態をとった。

 鎌よりはマシだが、いつまで避け続けられるだろうか。



「ふふふ、面白いね。君は本当に面白いよ」

「美意識過剰のウェインに異常者扱いされたくないね」

「いや、褒めてるんだよ。アーレイン。君の〝信念〟は確かに受け取った」

「受けてくれた上で、それか?」

「ああ。いい加減観客もうるさいのでね。私の力を最大限に

発揮できる、この邪念解放形態で葬ってあげるとしよう」

「……やってみなっ!」



 俺は拳に念を込める。

 意志の力を注ぎ込む。

 地を蹴り走り出す。


 対するウェインは待つ。

 刃を振り上げ、駆けてくる俺を待ち受ける。

 まるで断頭台へ自ら突っ込んでいるようだった。


 背後にはサフィラがいる。

 彼女は、何を思って戦いを見ているのだろうか。

 俺を軽蔑しているだろうか。気持ち悪いと感じているだろうか。

 俺は何故戦っていたのか。勝ったとして、道は開けるのか。

 この包囲網を抜けられるのか。バルサミの陰謀を暴けるのか。


 雑念を捨てる。ただ真っ直ぐに突き進む。

 ウェインが断頭の魔剣を振り下ろす。

 俺は叩き込むべき拳を開き、迫る刃へ手を伸ばした。

 素手で刃物に立ち向かうという無謀すぎる行為。

 だが、アーレインには〈聖誓印(ゲシュシール)〉がある。

 刻み込まれた呪いが刃とぶつかり合い、輝きを放つ。


 闇色の魔剣が俺の手のひらに触れ、掴まれる。

 瞬間、轟音が響いた。

 魔剣ミラーオブユアセルフが爆砕され、破片が周囲にぶちまけられる。

 爆発によって砂が巻き上がり、視界を塞いでいく。


 武具を破壊したとはいえ、油断はできない。

 「多相」勇者ウェインはまだ己の強みを出していない。

 何にでも成れて、どんなものにも対応できる千変万化の力を持つ。

 どこから襲撃がきても対応できるよう身構える。


 刹那、背後から迫る気配。反応する前に人影が過ぎ去った。

 少しずつ土煙が晴れていく。

 俺を差し置いてウェインに肉薄する者がいた。

 背丈はウェインとほぼ同じ。全身を覆うのは銀色の体毛。

 頭部には二対のでっぱり、もとい三角形の耳が立てられている。

 両手の鋭い爪が喉元を狙うも、男の両手で止められ筋力勝負に持ち込んでいた。

 大きく開かれた口元には刃のような歯が並ぶ。

 琥珀(こはく)色の瞳が殺意に爛々と輝いていた。



「じ、人狼だああぁぁぁっ」

「あの女、ついに本性を現しやがった!」

「やっぱりあいつが人狼だったんだっ」

「あーあー……あんなに可愛いのに、人狼だったなんてよぉ」



 村人たちが口々に叫ぶ。確かめたくない。でも見なければならない。

 振り返る。サフィラの姿はない。

 視線を戻すと人狼とウェインが組み合っていた。



「……それが、君の本当の姿なのかい?」

「ぎっ……くる、うるるるるっ」

「そうか。もう人語を操れないほどに憤怒を燃やしてるんだね」



 告げたウェインは悲しそうに微笑んでいた。

 何故サフィラは変身してしまったのか。ウェインと戦っているのか。


 これでは意味がない。何のために俺が戦っていたのか分からない。

 サフィラが人狼であることを隠すためにウェインを倒そうとしたのに。

 ウェインと人狼へと姿を変えたサフィラの力は拮抗している。


 どういうわけか、身に着けていた衣服はどこにもなかった。

 明らかにサフィラよりも体積が膨張しているのに、衣服を破り裂いて本来の姿をあらわにしたわけでもないらしい。服が体毛へと置き換わっているというのか。

 鋭い爪や牙、耳や雄々しい尻尾を構成しているというのか。


 わからない。理解が追いついていない。

 包囲陣を敷いたままの村人たちの間にも恐怖が駆け抜けていく。

 近隣の街を襲った人狼が目の前にいる。

 恐れるな、という方が無理だろう。

 人狼サフィラとせめぎ合うウェインは微笑んだままだ。


「さて、君が力を解放したのであれば、私も本気を出さねば失礼に当たるなっ!」


 ウェインの気合の一斉に人狼サフィラは獣の咆哮で応じた。

 さらに筋力が増した爪がウェインの首元を目指そうと突き進む。

 防御するウェインの肉体に変化が現れた。

 両腕が銀の毛並を見せ、膨れ上がっていく。

 爪に爪を差し込んで対抗し、持ち直すどころか逆に押し始めた。

 勢いよく腕を振るって人狼サフィラが退く。


「ふふ、驚いたかい。これが〝多相〟と呼ばれる所以(ゆえん)だっ」


 右手と左手の爪を打ち鳴らしてウェインが牽制する。

 男の両腕は人狼の腕へと変わっていた。人狼サフィラが唸り声をあげる。

 威嚇するように、同じ動きで爪を打ち鳴らして研ぎ澄ます。


「なるほど。どちらが上か試そうというのかな」


 人語による答えはない。腹の底に響く咆哮が鳴り渡る。

 叫んだのを合図に再び両者が接近。

 爪を振るい、爪で受けて切り返す。まるで人間が剣で打ち合うようにウェインと人狼サフィラは互いの原始的な力をぶつけ合う。


 人狼サフィラが右腕を上段から斜めに振り下ろす。

 後ろに退いて回避したウェインが右手の爪を振るうも、前転で回避されてしまった。そのままの勢いで爪が伸ばされる。


 人狼サフィラの突きを空いた手で受けるウェイン。

 戻した右手を振るうも姿を捉えられない。

 獣の敏捷性を発揮し、しなやかに抜け出ていた人狼サフィラは空を舞う。

 空中から落下の勢いと合わせ、両手を組み合わせ槍と化して地面を目指す。


 ウェインは激突を避けて横へと転がって逃げる。人狼サフィラは地面へ激突。

 轟音が響く。地面が揺れて包囲陣の外側で村人の悲鳴が聞こえた。

 土を巻き上げ、視界を不透明にして人狼サフィラが両腕の凶器を振るう。

 土煙で見え難いがウェインが打ち合いに応じているようだった。

 獣の唸り声と爪を打ち合う剣戟に近しい激突音が鳴り渡る。


 俺はどうするべきなのか。どう行動すればいいのか。

 人狼サフィラに加勢してウェインを倒すべきか。

 だが、倒したところで今度は村人やバルサミと戦わなければならない。

 彼らを撃破して村を脱出できたとしても、恐らく周辺の街や村にも人狼の出現とその正体、関与する人間として俺の手配写真が出回っているだろう。

 逃げおおせても一生逃げ回る、気の休まらない生活を送らねばならない。


 ではサフィラを殺すか。

 サフィラを助けるのではなかったのか。

 ウェインと共にサフィラを倒せば、人狼を撃破し村人を守る補助をしたと見做(みな)されるか。救世者として語り継がれるか。

 そんなことが俺の目的だったか。胸に抱いた起源だったか。


 違う。断じてそんな保身的な判断を下すわけにはいかない。

 絶叫。甲高い悲鳴が鼓膜を打ち震わす。

 誰だ。村人か。土煙が晴れていく。


「そ、んな…………」


 絶望が言葉となってこぼれ落ちた。

 俺が逡巡している間に勝負は決していたのだ。

 ウェインが掲げた腕から鮮血が(したた)り落ちる。

 太い人狼の腕に吊られた人狼サフィラは胸の真ん中を貫かれていた。

 腕が振られ、胸を穿たれた人狼が地面を転がっていく。



「悪いね、アーレイン。私は人類を守らねばならない。魔獣は倒さねばならない」

「ウェイン、てめぇっ!」

「そう凄むなよ。では、私が殺されればよかったのか?

君とサフィラちゃんと逃げおおせたとして、どこへ行くんだ?

ずっと追われ続ける生活を殺されるまで送るのか?」

「それ、は……」



 続く言葉を失う。元より、反論しても無意味だっただろう。

 村人が歓声をあげる。

 取り囲む人間の中で世話になった店の主だけが苦い顔を浮かべていた。



「流石勇者さまだ! あっという間に倒しちまったぜ」

「俺は信じてたぞ。やっぱり勇者は人間の味方なんだっ!」

「その調子で意気消沈して萎びてる変態野郎も片付けちまってくれよ!」



 勇者への賞賛を皮切りに好き勝手な野次が飛び交う。

 力が抜けていく。膝を崩し、その場に手を着く。

 地面に転がる人狼サフィラはぴくりとも動かない。

 心臓を貫かれ、一撃で息の根を止められたのだ。介抱する意味もない。


 強い風が吹き荒ぶ。また土が巻き上げられて視界を隠す。

 村人たちも突風と砂を吸い込まぬよう自らの顔を腕で覆って防ぐ。

 風が去っていくと、後には剣が残っていた。

 人狼サフィラの遺体は跡形もなく消え去っていた。

 ウェインが魔剣ミラーオブユアセルフとは異なる意匠の剣を拾う。



「さあ、皆さん。脅威は去りました。元の世界へとお帰り下さい」

「だ、だけどよ。そこのやつは……」

「彼を討つことに意味はありますか?

私には無力で情けない男にしか見えませんが」

「そ、そうですよね。仰る通りですハイ!」

「とはいえ、ご心配でしたら私が連れていきましょう」

「それは助かります。うちで収容しても仕方ないですからね」

「この村も勇者と共闘した、と称えられるでしょう。

また機会があれば立ち寄らせて頂きますね」

「是非ともお願いいたします!」



 そんなウェインと村人の会話もどこか遠かった。

 俺は再び手足に枷をつけられ、ウェインに連行される形で村を去った。

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