輪廻脱出大作戦!!!
気づいた時には、俺は真っ白い部屋に一人ぽつんと立っていた。病室を思わせるような様相だが、ベッドや窓といったものは何もなく、壁と床以外に存在しているのは俺だけだった。天井を見上げたが、電球のような光源もない。窓も電気もない部屋がなぜ明るいのか。そんな疑問が浮かんだが、ここがどこか、というさらに強大な疑問を前に、あっという間に霞んでいった。
何だか頭がボーっとする。寝起きのときの怠さを十倍にしたような倦怠感が全身を覆っている。が、ボケッと突っ立っているわけにもいかないので、とりあえず辺りを見回してみる。
前、後ろ、右、左。部屋のどこを見ても、扉がない。では俺はどこから入ったのか。というか、そもそも俺はなんでここにいるんだ。ここはどこだ。
混乱が加速する中、静寂を破るように、学校のチャイムのような音が部屋に鳴り響いた。スピーカーもない部屋でその音がどこから聞こえたのかが不思議だったが、とりあえず耳を澄ませた。
[田崎進サマ、田崎進サマ。おはようございます。ただいま、担当の者が参ります。もうしばらく、お待ちください]
田崎進とは俺のことだ。しかしなぜ、俺の名前を知っているのだ。担当の者が来るとか言っていたが、一体何の担当ーー。
「うわあああ!」
思わず叫び声をあげてしまった。俺の目の前、本当に数センチという距離に、いきなり老婆の顔面が現れたのだ。
「だだだ、誰だお前!」
後退りしながらそう尋ねると、老婆は俺の動揺など気にも止めずにこう言った。
「田崎進サマですね。このたびは誠に御愁傷様でした。これより、霊界入国審査を行いますが、準備はよろしいでしょうか」
……。
……は?
「……は?」
思ったことがそのまま口から飛び出した。
な、何だこの婆。い、いきなり現れたと思ったら、なんかごちゃごちゃ喋りだしたぞ。もしかして、こいつがさっき放送で言っていた、「担当の者」ってやつか?
よくよく見ると、その老婆は、なんと言うか、本当に普通の婆だった。淡い青の着物を身に纏い、金色の帯を締めている。四角い輪郭だが頬の皮が大きく垂れ下がっており、細い目と皺を区別するのが難儀だった。
手には何やら、黒いファイルのようなものを抱えている。
「……田崎進サマですね。このたびは誠にご愁傷ーー」
「それはもういい! もういいから!」
同じ話を繰り返そうとした老婆を制し、俺は尋ねた。
「ねぇ、ここどこ? ていうかあんた誰? なんで俺、こんなところにいるの?」
「……ここは、審査室と呼ばれておりまして、肉界にて死亡なされた方を霊界にお連れ出来るかどうかを審査する部屋でございます。本日零時五十七分に、田崎進サマの肉体が生命維持活動を停止されたため、田崎進サマの魂がこの審査室に送られてきたわけでございます。ちなみに私、本日の審査官を勤めさせていただく、BA-BA4185と申します」
一息にそう答えると、老婆はこちらの反応を窺うように黙り込んだ。
何やら小難しい説明だったが、とりあえず二つのことは理解出来た。一つは、老婆の名前が何やら機械じみていること。もう一つは、ここが肉界と霊界、つまり「この世」と「あの世」の間にある入国審査室のようなものであるということ。
と、いうことは……。
「もしかして、俺、死んだの?」
「はい。酒に酔って自宅の食器棚にぶつかり振ってきた有田焼の茶碗が頭部に直撃し即死しました。享年三十三歳でございます」
我ながら情けない死に方だが今はそんなことどうでもいい。死んでしまったことはショックだが、それよりも、この老婆の言っていた「審査」という言葉が気にかかった。「審査」とは一体何か。そんな俺の疑問を先読みしたかのように、老婆が口を開いた。
「霊界、というものは、肉界でその使命を終えた死者の魂が安らかな時を過ごす世界のことでございます。俗にいう、『天国』ですね」
天国。つまり俺は、これから天国に行けるかどうかの審査を受ける、ということだろうか。
「ただ、亡くなる方全てを天国に送ってしまいますと、定員オーバーや治安の悪化を引き起こしてしまいます。そこで、天国へ行く前に、私どもが審査を行いまして、本当に天国へ行くのにふさわしいかどうか、見極めさせていただく、ということでございます」
「審査の基準は?」
「単純でございます。生前、田崎進サマがどんないいことをして、そんな悪いことをしたのか、を点数化させていただきます」
成る程。つまりこの老婆は、死者の罪に判決を下す閻魔大王ということか。しかし、当然気にかかるのは、もしも落ちた場合、俺は一体どうなるのか、ということだ。
「あのさ。もしその審査に通らなかったら、俺はどうなるの? やっぱり、その、地獄とかに落とされるわけ?」
もしも地獄に落とされるのだとしたら、何としてでもこの審査をパスしなければならない。
「……地獄、でございますか」
予想に反して、老婆の反応は珍妙なものだった。質問の意味がよく分からない、といった様子だ。
「地獄、というものは、確か天国と対になるもので、罪人に罰を下す、と肉界で言われている世界のことでございますか?」
質問を質問で返された。とりあえず俺は頷いたが、どうやらこの老婆、地獄、というものがよく分からないらしい。
「私たちの仕事は、死者の魂を天国に送るか送らないか、を決めることでございます。天国行きか地獄行きかを決めるわけではありません。そもそも、地獄というものは存在しませんし」
地獄が存在しない!?
「ちょっと待って。じゃあ、天国に行けなかった奴はどうなるんだ」
「簡単なことです。天国、つまり霊界へ行く資格を有していないわけですから、その方にはもう一度人生をやり直していただきます。即ち、輪廻転生の渦に戻っていただく、というわけでございます。その際にはもちろん、犬や猫、蟻などではなく、『人間』として生まれ変わっていただきます」
……それってつまり、受かれば天国、落ちてももう一度人生をやり直せる、ってことじゃないか!
どっちに転んでも悪くない。というより、落ちればもう一度生まれ変わることが出来るのだ。ならば……。
「じゃあ俺、落ちたってことでいいよ。まだ天国なんて行きたくない。人生やり直したいんだ」
今の話、裏を返せばいつでも天国に行くことが出来る、ってことだ。だったら、変に受かって天国へ行くよりも、もっと人生を謳歌したい。
が、俺の台詞を聞いた老婆は浮かない表情を浮かべた。
「えー、田崎進サマ。残念ながら審査の辞退は受け付けておりません。それに最近は、審査の通過率も悪うございまして、おいそれと簡単に転生させることもできないのです」
「そうなの? でもさ、俺、多分生前良いこととかしてないよ? 多分落ちると思うぜ。そもそもさ、その審査ってどうやるの?」
「審査の方法ですが、こちらが客観的に審査した点数を反映させる方法と、田崎進サマの自己申告による加点方式を組み合わせて審査致します」
なんだ、自己申告の部分は俺に委ねられているわけだから、そこを意図的に悪くすれば生き返ることができるわけか。よーし。
俺の心を読み取ったのか、老婆は苦々しげな表情を浮かべて言った。
「田崎進サマ、きちんと審査を受けてもらわないと、こちらとしても困ってしまうのでございます。私どもとしましては、キチンとした厳正な審査を……」
老婆が説教を始めそうだったので、俺は反論した。
「だってよ、俺はまだ三十三歳なんだろ? まだまだ、やりたいこといっぱいあるんだって!」
そうだ、死ぬなんて真っ平だ。例え違う人生でも、思い切り人生を謳歌して死にたい。天国なんて、素晴らしい人生を全うしてからだって行けるのだ。この老婆がなんと言おうが、俺はこんな審査、絶対に受けーー。
「霊界には、かわいこちゃんがいっぱいいますよ」
「聞き捨てならない。続けて」
「霊界では皆様に快適な死後生活を満喫していただくため、自分の思うような姿、年齢でお過ごしいただいております。ですので現在、霊界はアイドル顔負けの美男美女で溢れております。もちろん、田崎進サマも今の醜〜いお姿をお捨てになって、いぶし銀の二枚目になっていただくことが可能でございます。誰よりもカッコいいお姿になれれば、きっと、霊界中の美女たちが田崎進サマに夢中になることでしょう」
「そ、それはもしかして、は、はははははは、ハーレムも夢じゃないってことか!?」
「もちろんでございます! うっはうはでございます!」
「ばあさん、いや、ババア4185さん!」
「BA-BA4185でございます!」
俺は、大きく息を吸い込んだ。
「俺を、その霊界に連れて行ってくれ!」
「では、ただいまより審査を行わせていただきます」
「あ、ちょい待ち!」
審査を遮られ、老婆は少し不機嫌な表情を浮かべた。
「なんでございましょ」
俺は、さっきからずっと気になっていたことを質問してみることにした。
「あのさ、審査を通れなかったら肉界に戻されるんだよな。ということは、俺は魂は前に、審査に落ちたことがある、っていうことか? 最近は通過率も悪いんだろう?」
俺の質問を聞いた老婆は、手にしている黒いファイルをぺらぺらと捲り、背表紙の裏面を凝視した。
「……現在、肉界で過ごしている方々の魂のすべてが、過去、審査に通らなかった魂というわけではありません。霊界においては常に新しい魂が誕生し、肉界に送られていますし、そもそも審査の通過率も五割程度は超えています」
なるほど。俺たちの魂は肉界で生まれたわけではなく、霊界で生まれて肉界に送り込まれたわけだ。
それに加え、少なくとも死んだ奴の半分以上は霊界に行けるらしい。落ちるほうが難しいのだ。
「で、俺の場合はどうなの?」
「はい。田崎進サマの魂はこれまでに、63回不合格になっています」
「……オゥ」
ハーレムの夢が極限まで薄れたところで、老婆が、パンッ、と音を立ててファイルを閉じた。
「さ、今度こそ、霊界の入国審査を行いますよ!」
正直自信はないが、こうなったら腹をくくるしかない。輪廻の渦から脱出し、俺はハーレムを手に入れるのだ!
「よろしくお願いします!」
老婆は手に持っていた黒いファイルを開いた。なんでさっき閉じたんだろう。
「それでは、田崎進サマの点数を発表致します」
「え、もうでるの?」
「はい。予め準備しておりましたので」
なんだか緊張してきた。何せ、今までの俺の人生が採点されているわけなのだから。
「えー、田崎進サマ(享年三十三歳)の点数は……」
どこからともなくドラムロールが流れる。俺は緊張した面持ちで、老婆を見つめた。そして……。
「四十三点です!」
「ぎゃーーーーーーーーーーーー!」
予想以上に低い点数に俺は絶叫した。
「ちょちょちょ、ちょっと待て! なんでそんなに低いんだよ! 俺ってそんなに悪いことしてた!?」
そう尋ねると、老婆は答えにくそうに、うーん、と唸り始めた。
「な、何だよ」
「正直申し上げて、田崎進サマの人生は普通過ぎます。加点もなければ減点もない。強いて言えば、中学三年生の時に好きな女の子の体操服を盗んだことで七点減点されていますが……」
思わぬところで性癖がばらされたがそんなことはどうでもいい。つまり基準点が五十点で、愛しのあの子の汗が染み込んだ体操服の代償が七点。なんと俺の人生は、中学三年時が人生の谷であり、あとは全部真っ平らだというのだ。
「では自己申告の前に、軽い問診を行います」
「問診?」
「簡単な質問ですから正直に答えてください。こちらの資料が間違いないかの確認ですので」
あれか、と俺は納得する。健康診断とかで、「タバコは吸いますか、お酒は飲みますか」と聞かれるのと同じ、というわけだ。
「それでは最初の質問です。タバコは吸いますか、お酒は飲みますか」
やっぱりか。
「タバコは吸わない。お酒は、飲み会の時に吞む程度かな」
「えー、お酒を最初に吞んだのは?」
「二十歳の誕生日かな。オヤジと乾杯したのを覚えてるよ。あ、待った。小学生の頃にオレンジジュースと間違えてビール呷った」
「では、ギャンブルは?」
「しないな。宝くじはたまに買うけど」
「喧嘩をしたことは?」
「小学生のころに親友のよっちゃんと口喧嘩したくらいか」
「うーん。気持ち悪いくらいにクソ真面目でございますね。こちらの資料にも間違いはないようです」
その黒いファイルにも「クソ真面目」と書いてあるのだろうか。
「では、問診による点数の変動はなし、でございますね」
まずい。このままでは霊界に行けない。ハーレムを味わえない!
「ところでばあさん。合格ラインは一体どれくらいなんだ」
「BA-BA4185でございます。一応、合格点は六十点となっていますが」
お、意外と低い。これなら、自己申告でなんとかなるか?
「では、続いて自己申告を受け付けます」
「ちょっと待った。俺が今までにした良いこととか悪いこととか、全部そのファイルに書いてあるんだろう? 俺がいちいち自己申告する必要なんてあるのか?」
それとも、ファイルに書いていないことがあるのだろうか。そんな疑問に、老婆は快活に答えた。
「もちろんでございます。実はこのファイル、田崎進サマが行ったことの『結果』しか書かれていないのでございます」
「結果? どういうことだ」
「例えば、田崎進サマの中学三年時における期末テストの点数は、平均点に近いものとなっています。そのことはこのファイルに書いてあるのですが、この試験の時、田崎進サマがどのような勉強をし、試験対策を行ったか、までは書かれていないのでございます。田崎進サマにはこれより、『結果に反映されなかったけど頑張ったこと』を、自己申告していただきたいのです」
「つまり、人生の『部分点』というわけだ」
「左様でございます」
うーん。理解は出来たが、俺の人生で部分点を貰えるようなことなどあっただろうか。些か心もとないが、とりあえず思いついたことを口にしてみる。
「仕事場でさ、共用のパソコンが壊れた時に俺が修理したことがあるんだよね。結局直らなかったんだけどさ」
俺がそう言うと、老婆は感心したように、ほう、と息を吐いた。
「とんでもなく普通の人間かと思っておりましたが、人並みに良いことをするのでございますね。結局直せないところが田崎進サマらしいですが」
老婆の毒舌が気になったが、重要なのはこの出来事が点数化されるかどうかだ。それによって、イケメンになって美女を侍らすのか、それとも非モテの無惨な人生を繰り返すのかが決まって来るのだ。
「……こんなしょぼいので大丈夫なのか?」
不安な気持ちを滲ませながら尋ねたが、老婆はあっけらかんと答えた。
「もちろんでございます。皆のためにパソコンを直そうとしたことは、『良いこと』ですので」
「ホントか!?」
良かった。こんなしょぼいことでも点数になるようだ。これなら、本当になんとかなるかもしれない。
「で、何点になるんだ」
せめて、基準点である五十点を超えるくらいは欲しい。しかし、そう上手くいくはずもないか。五点も貰えればいいと思うことにした。
「点数にはなりません」
……え?
「ゼ、0点!?」
「あ、当たり前でしょう。長い人生の中、パソコンを直そうとして直せなかったという中途半端な善意に点数がつくとお思いですか?」
「で、でも……」
やっぱり、これくらいのことではダメなのだ。もっと、こう、でかいこと、凄いことはなかったか……。
「入院した友達のお見舞いに行った!」
「ダメです」
「小学校卒業の時、皆で先生に花を買った!」
「ダメです」
「後ろの席の子にお菓子を分けた!」
「ダメです」
「庭の草むしりをした!」
「ダメです」
「自殺しようとしている人を助けようとした!」
「ダメで……な、なんですと?」
……ん?
あぁ!!
「そうだ、思い出した! 前に一度、ビルから飛び降りようとしている人を説得したことがある!」
「す、凄く『良いこと』ではありませんか! なぜそれを早く思い出さないんですか!」
「て、点数になるのか!?」
「もちろんでございます! さ、早く詳しいお話を!」
そう、それは、俺が二十五かそこらの話だ。
仕事場にあまり友達のいない俺は、一人寂しく屋上で弁当を食べていた。するとそこに、一人の若い女性がやってきた。なかなかの美人だったことと、一人で屋上に来る女性が珍しかったことから、俺は何となくその女性の様子を伺っていたのだが、しばらくフェンスから外を眺めていたかと思うと、なんと彼女は、靴を脱いでそのフェンスを登り始めたのだ。
まさか自殺。そう思った俺は弁当を放り投げ、彼女の元へ駆け出した。
「おい、危ないから下りてこい!」
俺が叫んだ時には、その女性はフェンスを越え、すでに反対側に下りていたのだが、俺は構わず叫び続けた。
「ま、ままま、まさか、自殺なんて、考えているんじゃ……」
「……あなたに関係ないでしょう」
暗く、そして重いその声を聞いて、俺は自分の直感が当たっていたと確信した。
「ど、どうして、そそそ、そんなこと……」
「……疲れたのよ。私のことは放っておいて」
「ほ、放っとけるわけないでしょ! とにかく、こっちへ戻るんだ! 自殺なんてダメだ!」
俺の説得もむなしく、女はこちらに戻ろうとはしなかった。
「そりゃ、生きていれば辛いこともあるさ。でもそれだけじゃないだろ。いいことだってたくさんーー」
「……ないのよ。いいことなんて。もう……私には……」
暗く濁っていた声が僅かに震えた。泣いているのだろうか。
「そんなことない。あなたの人生だって、きっとこれから、たくさんいいことが……」
「あなたって……優しいのね」
俺の言葉を遮るようにして女はそう言い、そして振り返った。大きな目に涙を浮かべたその表情は、こんな時に不謹慎かもそれないけど、とても魅力的に思えた。
「皆、あなたみたいな人だったらいいのに」
そう言って、女は、背中から地面に落ちていった。
「……結局助けられなかった。俺は、目の前で人が死んだことに動揺しちまって、救急車や警察も呼ばずに、ただその場に突っ立ってたよ。いろいろな処理をしてくれたのは、多分、後から屋上に駆けつけた他の社員だったんだろうな」
「結局女性は死亡、救急車を呼ぶなどの行動を起こさなかったのであれば、このファイルに記載されていなくてもおかしくはありませんね。……少々お待ちください」
老婆はそう言うと、着物の帯からスマートフォンらしきものを取り出し、なにやら操作をし始めた。そして……。
「確かに、田崎進サマが言っておられた日にちと場所で、自殺なされた女性の魂がこちらに送り込まれています。どうやら、結婚詐欺にあわれたらしいですね。それで自殺なされたそうです。担当者は……。なんと。私めでございます」
「そうだったのか……」
画面を操作し続けていた老婆の手が突然止まった。
「……どうしたんだ」
「これは……田崎サマ、その女性から、あなたサマへの伝言を預かっています。その女性、宮脇楓サマのファイルに、そう記されています」
伝言?
「……なんて、書いてあるんだ」
老婆は、にっこりと微笑んで、こう伝えた。
「『ありがとう。あなたと、もう一度また、会いたいです』と、仰っていました」
「それで、俺は結局どうなるんだ」
「もちろん合格でございます。霊界への入国を、認めさせていただきます」
合格……彼女、宮脇楓のおかげ、なのだろうか。とにかく、俺は霊界に行けるようだ。
「それでは、続いて諸手続きに移らさせていただきます。まずは、先ほどの容姿についてですが……」
「……このままでいい」
「……え?」
「このままの姿で、霊界に送ってくれないか」
「……かしこまりました。そのように、手続きさせていただきます」
そう言うと、老婆はファイルに何かを書き込んだ。
「理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
老婆はファイルに記入をしながら、上目遣いでそう尋ねてきた。
「容姿をお変えにならない、理由でございます」
「……彼女に、気づいてほしいからさ」
「え?」
「彼女にあの世でもう一度会えるように、だよ。ほら、俺がイケメンになっちまったら、宮脇楓さんも、俺に気づかないだう。だから俺は、彼女に会うために、このままの格好で霊界に行く。それに、俺も霊界に行けるんだって思ったら、急に自分に自信も持てた。もっとこの自分と、一緒にいたいと思ったんだ」
ハーレムなんかいらない。たった一人、宮脇楓に会えればいい。心の底から、俺はそう思っていた。
「宮脇楓サマは、霊界にはいらっしゃいませんよ」
そうか。宮脇楓は霊界にはいな……ん?
え?
は?
「はああああああ!?」
「自殺というものは、『自分を殺す』という意味です。殺人を犯した人間が霊界に行けるわけないでしょう」
「え、ちょっと待て。じゃあ、宮脇楓は今どこに……」
「もちろん肉界でございます。ファイルによれば、74回目の転生でございますね。よほど男運がないのか、しょっちゅう裏切られて自殺なされているようで」
な、74!?
「じゃあ宮脇楓は、いつになったら霊界へやってくるんだ!」
「ううん。二、三百年はかかるかもしれませんね」
「ふざけるな! そんなに待てるか!」
俺は老婆に掴み掛かった。
「お、おやめください田崎サマ! 私には夫も子もおりますゆえ……」
「バカか! おいババア、頼む! さっきの取り消してくれ!」
「はい?」
「さっきの自殺を止めようとしたって話だ。あれは嘘だ! 取り消せ!」
「ななな、何を仰っているのです! そんなことできるわけないでしょう!」
「宮脇楓のいない霊界に、意味などない!」
「ゾッコンでございますか!」
「なあ、頼むよバアさん!」
「ですから、BA-BA4185でございます!」
俺は老婆の目の前で、叫んだ。
「俺を、肉界へ連れて行ってくれ!」